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2006年11月18日 (土)

いじめについて真剣な主張です

さっき、「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中。」を見ました。

僕はこの番組が大好きで毎週欠かさず見ています。

 

いつも太田には感心してばかりですが、今日は太田の発言に感動すら覚えました。

国民の怒りベスト5のコーナーで、いじめの問題の話になった時です。

和希沙也が小・中学校時代にいじめられた体験を話し、「いじめる側に理由なんてない」と言いました。

それに対し、太田光は言いました。

 

「いじめる側に理由なんてないと言ったけど、それは違うと思うんだ。やっぱりどこか人と違う人をいじめるんだ。浮いてるからいじめられるんだ」

 

この発言だけを聞くと大抵の人は、「じゃあ浮かなきゃいいんだ。浮いてるのがいけないんだ」と思うかもしれません。そういう風に表面的に捉える人間が多い世の中です。

でも違います。

太田光がこれで何が言いたいのかと言うと、『人と違うことを悪とする事への疑問。そして、いじめとはそういう異質な人を排除しようとする働き』だという事だと思うんです。これは僕なりの解釈ですが。

そしてこの後、僕が感動した一言が飛び出したのです。

 

 

人と違う人は魅力的だ。

死まで考えるような人は魅力的なんだ。

                 爆笑問題 太田光

 

 

本当にその通りだと思います。

いじめられる人は大抵異質な人です。

だってクラスに一人とか二人しかいないじゃないですか?

彼らは圧倒的少数派なのです。

つまり大多数とは違う、「異質」です。

さらに、自殺は異質中の異質です。

最近はマスコミが頻繁に報道しているから「自殺は多い」なんて勘違いしている人がいるかもしれないけど、自殺をする人なんてほとんどいないんです。

自殺をする人と自殺をしない人、どっちが多いでしょうか?

ダントツでしない人です。

だから自殺をする人は異質なのです。

ディスカッションなんかをしてると気付くけど、みんなと同じ意見を繰り返すように堂々と言う人や、教科書や世間一般で言われている事をあたかも自分の意見のように言う人ほどつまらない人はいません。

だから人と違うことを考え、発言する人は面白いと思うのです。

 

 

いつも大多数にいて、みんなと同じことしか言わない人ほど異端の意見を必死に排除しようとするものです。

何故排除するのか。

それはたぶん怖いからです。

「異質」は怖いのです。それは誰でも理解できる感情でしょう。

 

「あいつは自分達とは違う。あいつがいると自分達が今のままでいられなくなる。排除しよう」

 

こういう心の動きなのではないでしょうか。

そしてこれこそいじめの正体なのではないでしょうか。

 

しかし、この異質を排除しようとする働きはもしかしたら本能的なものなのかもしれません。

テレビの取材班などが文明の進んでいない民族などを村を訪れる時、その民族はしばしば武器を持って訪問者を威嚇します。

これは異質のものを排除しようとする行動です。

文明の遅れているところでこういう行動が見られるということは、「異質」を排除しようとするのは本能的だと言えるのかもしれないのです。

それに日本は、アメリカやイギリスなどの他民族国家とは違い、異文化つまり異質に触れる機会が少ないです。

だから「異質」を排除しようとする働きが強いのかもしれません。

そう考えると、いじめはすぐにはなくならないのでしょう。

 

そうなると大事なのは、太田光も言ってたように『自分が自分を好きになること』なのです。

周りの全員が自分を嫌いになっても、自分が自分を好きでいることが大事。

でも、もしそれでも耐えられなかったら、周りを見下してもいいかもしれない。

 

「こいつらは異質な私を恐れている。だから排除しようとするのだ」

 

こう考えることも時によっては必要かもしれません。

 

 

 

いじめとは関係ありませんが、僕は以前このブログで「少数派意見」の大事さを述べたのですが、

今日の放送を見てその思いをさらに強くしました。

 

太田光も言ったんだ。

やっぱり少数派は魅力的で貴重な存在なんだ。

 

 

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【苛め<いじめ>】

いじめること。特に学校で、弱い立場の生徒を肉体的または精神的に痛めつけること。

                                      ~広辞苑より~

----------------------------------------------------------------

 

 

もう一つ太田光が言ってたことを紹介します。

これは是非、今いじめられている人に聞かせてあげたいんですけど、僕にできるのはこのブログを通じて発信するくらいだから・・・・・・。

 

太田光は言いました。

 

「集団の中で一人でいるから孤独を感じる。一人旅に出ると、一人でいるのが当たり前だから孤独には感じない」

 

もしいじめられて死にたくなるくらいまで辛くなってしまったら、一人旅に出てみるといいかもしれません。

「一人でいることは寂しい、悲しい」って考え方が大抵の人にはあるけど、その常識を疑うことができるかもしれません。

もしかしたら集団の中で浮いている自分すら受け入れられるようになるかもしれません。

 

 

ちょっと長くなってますが、ついでに言いたいことがあります。

それはいじめられている人に対して、「強くなれ」とか「勇気を持て」という発言が全く意味を持たないということ。

いやむしろいじめられてる人を追い込む発言です。

これは和希沙也も言ってましたし、僕もそう思います。

 

文部科学省の伊吹大臣が全国のいじめられっ子へ向けたメッセージにこの「勇気」という文字が入っていました。

 

「君は一人じゃない。お父さん、お母さん、友達、先生、誰でもいいから話す勇気を持って欲しい」

 

だそうです。

勇気を持てということは、「今の君には勇気がない」と言ってるに等しい。

どんな状況であれ、いじめられている側を否定するような発言は絶対にしてはならないと、僕は思います。

 

 

本当にいじめを撲滅したいなら、「勇気を持て」や「強くなれ」のように、異質の人に変化を求めるのではなく、

日本全体が、「異質」を尊重する文化を形成していかなければならないと思います。

 

 

 

例えばホリエモンの逮捕など、僕はこの日本の異質排除の文化によるところが大きいのではないかと思っております・・・・・・・・・。

 

 

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コメント

>ときなさん
コメントありがとうございます。
そんな風に言ってくれる人がいて正直嬉しいです。ブログを続けてきた甲斐がありました。ときなさんは今、とても辛い毎日だと思います。でも僕には何も言ってあげられません。だから、たまにまた、僕のこの意味不明な記事でも読みに来てください。きっと「自由気ままーん」なんて気の抜けたブログを見ていたら、辛い状況やそれがなくならない世界なんて笑ってやろうと思えるようになるかもしれませんし。分かりませんが(笑)

投稿: 上杉 | 2009年6月 7日 (日) 21時51分

私はこの記事に感動しました。実際に泣いているほど感動しました。
私は現在いじめにあっています。何故私がこの様な目にあわなければならないのか。何故私なのか。答えは私が異質だから。
その異質という現状、気にいらないものでした。「私は皆と違う」どこか怖いものでした…。
上手く言葉に表す事ができない私だから、また悩み続ける日々が続きました…。
長年悩んだ末、たった先ほどこの悩みが解消されました。
「こいつらは、異質な私を恐れている。だから排除しようとするのだ」心に響きました。「人と違う人は魅力的だ」長年導き出せなかった素晴らしき言葉です。こんなに良い記事を読ませていただいて有り難う御座いました。明日からまた新しい一週間、どう過ごそうか迷っていたところで、でも、この記事を読んで明日からはスカッとした気持ちで過ごせる事だろうと思います。本当に有り難う御座いました。

投稿: ときな | 2009年6月 7日 (日) 17時43分

いじめはいじめる側といじめられる側だけの問題ではありません。教師や周りの級友など見て見ぬふりをしている人も関係しています。彼らを無視していてはじめは解決しません。異端者を排除する働きだからと言っていじめを許すことはできません。本能だから孤独でもいいのか、本能だから排除を許してもいいのか。いじめる側に問題を押し付けるとこんな答えが出るのではないでしょうか。

投稿: lark | 2008年12月26日 (金) 20時34分

>うさモモさん
もちろん許される行為ではありませんね。セクハラはあれほど加害者に厳しいのに、何故いじめは被害者に厳しいんでしょうね・・・。不思議です。


>たっつーさん
その通りだと思いますね。みんな口では個性の時代とか言うんですよね。でも実際の行動はみんなと同じ事をって感じで・・・。それが日本の文化と言ってしまえばそれまでなのですが・・・・・・。

投稿: 健ちゃん | 2006年11月19日 (日) 07時14分

日本人は特に突出者を排除しようとする傾向がありますよね。個性が大事とかいいつつ、結局みんな同じようにしないといけないというように、学校が子どもたちに、異質者排除を植えつけていってるようにも感じます。どんな理由があっても、例え本能であっても、いじめは絶対に許されないし、それを律する理性をちゃんと持って生きていけるように、周りも指導していくべきですね。

投稿: たっつー | 2006年11月18日 (土) 08時52分

なるほど、なるほど。確かにおっしゃるとおりかもしれませんね。
いじめる側に何で苛めるのか?というアンケートを取ってみるといいかも知れませんね。きっと、苛める明確な理由なんて無いと思います。だって、本能で苛めて(排除する動作)いるんだから。 でも、苛めは本能でしているとしても、許される行為ではない事は確かなのだ。
(´・ω・`)

投稿: うさモモ | 2006年11月18日 (土) 03時17分

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太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中 2006/11/17 太田光総理の様な人間だけにはなりたくない。 [続きを読む]

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