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2007年2月

2007年2月28日 (水)

アメリカ合衆国大統領には平和主義者を

今日は映画を見てきました。

「ボビー」です。

ロバート・ケネディが殺害された頃の話です。

ロバート・ケネディは、あの暗殺されたことで有名なジョン・F・ケネディの実の弟です。

大統領になる直前に殺害されました。

映画では、むしろその時代のアメリカを描いていて、ボビーはそれほど登場しないのですが、最後の演説(おそらく本物の演説テープ)は感動します。

是非見て下さい。

 

でもやっぱこの映画見ても思うんですけど、何かアメリカって困ったらとりあえず殺せばいいって思ってる気がしてなりません。

このケネディ兄弟ってのは戦争に反対したりして、敵の多かった人みたいです。

それは「13DYS」を見てもよく分かります。

どちらの暗殺も犯人はよく分かってませんが(もちろん逮捕者は出てますが)、やっぱり陰謀説ってのが存在するんですね。

もうアメリカ怖すぎです。

政府、つまり権力者や富豪の反対勢力で、しかも本当にその存在を脅かすようになると、殺されるんですよ?

しかも適当な人間を犯人にするから自分たちは傷付かない。

 

でですね。

ケネディ兄弟の暗殺にしろ、9.11にしろ、戦争が絡んでるんですよね。

ジョン・F・ケネディはキューバ危機を回避しました。

つまり、核戦争になる事態を避けたということです。

核戦争とか言うと僕らは絶対に避けるべきものと思いますが、それで儲かる人がいるわけですね。

戦争ってのはですね、仕方なくする場合もありますが、したい人がいるから起るんだと思います。

キューバ危機を回避したジョン・F・ケネディを良く思わない政治家や富豪は多かったというわけです。

 

ロバート・ケネディも同じです。

彼はベトナムからの撤退をずっと唱え続けていました。

つまり、彼が大統領になれば戦争は終わるということだったんです。

ベトナム戦争によって儲けていた人にとっては面白くない話ですね。

 

9.11はご存知イラク戦争ですよね。

まぁ中東は色々あり過ぎて完全には理解できていませんが、結局誰かの利益のタメに戦争をする。あるいは続けたいってことなのではないでしょうか。

だからそれを邪魔するものは殺してしまおうってことなんです。

あるいは、戦争するためなら自国民を多少殺しても仕方ないってことなんです。

ホント恐ろしいです。

僕の考えが間違っていればいいのですが・・・。

 

とにかく、アメリカのこの姿勢が変わらない限り、永遠に戦争が起る可能性が存在します。

気に食わない奴は殺してしまうんですから。

今はアメリカは世界最大の国だからいいけど、もしこの国が窮地に追い込まれたりしたらどうなるんでしょう・・・。

ホント核とかぶっ放しまくるんじゃないか。

 

時期アメリカ大統領の立候補が明らかになっていますが、僕はあの民主党のオバマにやって欲しいですね。

やっぱ優生学、つまり「白人最高!」って考えのある人が大統領やってる限り何も変わらない気がするんです。

黒人は今でも差別が残ってるでしょうし、そういう意味で本当に平和を考えることができると思うんです。

かつてキング牧師が暗殺されたように、都合の悪い黒人はまた消されるかもしれませんが、黒人であるという点でヒラリーよりもオバマに期待です。

 

 

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良くも悪くも、アメリカが世界の権力だから、その大統領は絶対に平和主義者であって欲しいものです。

 

 

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【コメント】

大体の人が良いと言う映画なので見てみたけど、途中までかなり退屈だった。寝てしまった。最後の方は衝撃的な感じで、それなりに面白かった。ただ、ホント途中は見なくても大丈夫だった。特にストーリーが分からなくなることもなかったし。周りが言うほど面白いとは思えなかった。

 

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2007年2月27日 (火)

永遠の未完成

バルセロナには有名な芸術家がたくさんいるそうです。

その中で、僕が今回の旅行で見たのはガウディとピカソです。

ガウディの作品だと、あの有名なサグラダ・ファミリアとグエル公園、あと何とかっていう病院に行きました。

 

まずサグラダ・ファミリア。

これは地下鉄の駅から出るとすぐ隣にそびえ立ってました。

下から見上げた姿は圧巻の一言です。

 

 

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聞くところによるとこの教会はもう200年くらい建設中だとか。

確かに外も中も工事中でした。

 

 

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てかこれ完成するんですかね?

建設してる内にまたどこか壊れて、建設と修復を同時にやってく感じだと思うんですけど、それだといつになっても完成しない気が・・・。

それに工事の人手もあの規模にしては少なかったような気がします。

でも永遠の未完成ってのもなかなか味があると思います。

永遠の未完成・・・・・・・・・なんか響きいいですね。

僕のキャッチフレーズにしようかな(笑)

ちなみに、ここの土産屋は日本人率が30%はあったと思います。

裕福な日本人を象徴するのか、ただ単に日本人が土産好きなのか、それとも優柔不断なのか。

僕の友人は明らかに3番目で、ちょっと僕はイライラしてしまいました。

優柔不断な男が嫌われる理由がよく分かる気がします。

 

さて次は何たらっていう国立病院に行きました。

サグラダからすぐ近くなんです。

ここは病院とはいえ、建築物として有名で、多くの観光者が訪れる場所となっています。

もちろん病院としても営業しており、中には入れませんでした。

 

 

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しかしこんな観光客でごった返す中働く職員も大変ですね。

僕ならストレス溜まると思います。

でもこんな美しい建物の中で働けるのは幸せでしょうね。

まぁたぶん中は普通の病院なんでしょうけど(笑)

 

その次は闘牛場に行きました。

シーズン中ではなかったので、なーーーんにもありませんでしたが、友人が行きたいと言うので。

 

 

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中にも入れないし、特に面白いものもありませんでした。

 

翌日はグエル公園に行きました。

ここもガウディが設計した建築物で溢れてます。

世界遺産です。

ここが一番人多かったですかね。天気も良かったし。

半袖でも暑いくらいでした。

 

 

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ここはただ建築物が芸術的というだけでなく、広場があったりして公園の機能もあるし(もはや観光客ばっかで機能はしてませんが)、自然を上手くマッチさせていて、とても気持ちのいい場所でしたね。

なんかちょっと神秘的な雰囲気のするところもあったりして。

もっとゆっくりできたら良かったと今思います。

 

 

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この後ピカソ博物館に行きましたが、中は当然撮影禁止なので写真はありません。

感想はというと、ピカソの幼少からの絵と、あのイカれた風な絵の両方を見れたってのが面白かったですね。

昔は普通に上手に書いていたのに、いつの日からか顔を変形させたりしてって、最終的にはあんな感じになってました。

どういう心境だったのか考えながら見ていましたが、僕には人間が嫌いになったとしか思えませんでした。

実際はどうだったのかは知りませんが、いずれにせよ自分の心境をああやって表現できる芸術家を羨ましく思いました。

 

さて今回の観光はざっとこんな感じです。

写真はもっとありますが、全部は載せられないのでこれでご勘弁を。

 

それにしても、ヨーロッパの建築は日本とは全く違いますね。

基本的に石なんですよね。

それが僕たち日本人にとっては余計に新鮮なんでしょう。

街並みも凝ってるし、日本人があまり力を入れていないところにヨーロッパでは力を入れてるんでしょう。

これも風土とか気候とかが関係して、こういう文化の違いが出来たんでしょうね。

 

面白いです。

どっちが美しいかと言われれば断然バルセロナですが、まぁその分日本にも違う部分で良さがあるのでしょう。

良し悪しではなく、文化の違いと捉えなければ、馬鹿な外国かぶれになってしまいますね。

 

 

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【コメント】

途中までは結末がどうなるのか、犯人は誰なのかよく分からなくて面白かったけど、見終わって思うのは、普通ってこと。良くも悪くもないです。

 

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バルセロナの交通事情

バルセロナの道路は凄いです。

何が凄いって、まず横断歩道と車の停止線が近い近い。

たぶん30cmくらいじゃないですかね。

道路を渡る時、車が止まらずに突っ込んでくるんじゃないかと思ってしまいます。

しかも日本に比べて全然減速しないんです。

スーっときてピタっと止まる感じです。

 

さらに、スタートも早いです。

あっちの歩行者信号は、日本に比べて点滅の時間がとても短いのですが、その上車やバイクのスタートも早いので、あやうく轢かれそうになります。

しかも奴らは、歩行者がまだ横断中であろうとお構いなしにスタートを切ってきます。

おっかない人種です。

 

こんな人たちですから運転もとても暴力的です。

バルセロナの道路にはいつもクラクションの音が鳴り響いていました。静かなのは道路が空いている朝くらいでしたね。

無茶苦茶な車線変更は当たり前。んで無理矢理行こうとするもんだから交差点塞いじゃったりして。それでクラクションをファーン!って。

ルールってのは一人が破るとみんな破るようになるもんなんですかね?

みんなが守ればもっとスムーズに行くと思うんですがね。

おかげでバルセロナには傷一つないキレイな車なんてほとんどありませんでした。みんなぼっこぼこです。

 

そんな交通事情だからか、バルセロナにはバイクがとても多いです。

そして歩道に普通に止めてます。

まぁあっちは日本よりも歩道がはるかに広いので歩く邪魔になるってことはないのですが、一応あれは路駐になるんでしょう。スタジアム付近には路駐の警告みたいな紙がいっぱい貼られてたので。

 

あと救急車の数も凄いです。

夜は特に。絶え間なく救急車の音が鳴り響いてるってレベルです。ホントに。

サイレンの音も日本とは異なっていて、日本のは単調に「ピーポーピーポー」って感じですが、向こうのは「ウーゥー ウーゥー ゥウッ↗ ゥウッ↗ ウーゥー」ってな感じで音のリズムを変えていました。

渋滞の時は「ゥウッ↗ ゥウッ↗」の部分が何回も聞こえてきました。

おそらく「どけ、オラ!」って意味なのでしょう。

 

まったく美しい街の外観とは裏腹にやかましい街でした。

ホント日本は平和だなーとつくづく思います。

ただ、あの歩道の広さは是非真似して欲しい部分ですね。

特に歩道のいたるところにあるベンチは、これからますます高齢化が進む日本では必須アイテムではないでしょうか。

もちろん、人工も国土も違うので難しいとは思いますが・・・。

あ、運転マナーは真似しない方向で。

 

ちなみに「オラ」は「こんにちは」とか「やあ」とかそういう意味のスペイン語ですけどね。

 

 

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【コメント】

内Pファン必見!ストーリーとかも普通に面白いし、随所に笑えるポイントがある。内Pでしか見られないような笑いもあるし、何度も笑えます。

 

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2007年2月26日 (月)

個人でも主張できる人に

バルセロナ二日目はいよいよサッカー観戦でした。

UEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1st leg「バルセロナvsリヴァプール」です。

試合に関することはここでは書かないことにしますが、結果は前にも書いたように2-1でリヴァプールの勝利でした。

 

僕は日本ではジュビロ磐田の試合を中心に何回も観戦に行ったことがありますが、ヨーロッパの試合は当然初めてでした。

もう全然違いましたね。

サッカーが生活の中心みたいな人がたくさんいるんでしょう。

もう愛しすぎちゃってるんでしょう。

それに、国民性っていうか、そういうものも混じってああいう熱狂が生まれるんですね。たぶん。

おそらくいくら日本でサッカー人気が出ても、ああはならないでしょう。

基本穏やかですからね。

 

でもこれはいいことだと思います。

穏やかなのはいいことです。

僕はすぐ相手クラブのファンを挑発するような行為は下らないと思ったし、タバコを投げたり、唾を吐きかけたりするあっちのサッカーファンには嫌気が差しました。

サッカーやそのクラブが好きなのはいいけど、そこに相手を尊重する気持ちがないとダメなんだと思います。

日本のファンに尊重の念があるというわけではないけど、暴れたりしないのはいいことです。間違いない。

選手がピッチで試合をしてるのに、なんでファン同士がピッチの外で“試合”しなきゃならんのか分からないです。

お前らの大好きな選手達が試合してるのに見ないのかと。そっち見ないで何してんだと。

そう言いたいですよ。

 

日本みたいにみんなが常に大合唱することもなく、一人一人がサッカーを楽しんでいるのは単純に「いいなー」と思いましたが、同時に見習いたくない部分も多く見てしまったのでした。

ただ、僕が入った席がゴールの真裏だったので、そういうファンが多かっただけかもしれませんが・・・。

でもやっぱり、日本もあれだけ熱狂的になってくると面白いですね。

日本流で熱狂して欲しいです。

 

しかしあっちの人は凄いですよ。

だって、みんなで揃って声出すとかじゃなくても、一人で普通に歌ったりしてますからね。

もちろんみんなで歌う集団もあるんだけど、日本みたいにそれを周りに強要しないし、声出さないファンを非難したりしないんです。

僕はそういうサポーターが嫌になってゴール裏の観戦をやめたんです。

人には強要しないで、自分でやりたいようにやる。自分の観戦方法で楽しむ。

こういうスタイルは本当いいなと思いました。

 

日本でもたまにサポーターが揉めることがありますが、これはやっぱり集団でのこと。

でもヨーロッパではあくまで個人と個人が揉めてました。

まぁある程度集団と集団の揉め事もあるんでしょうけど。特にライバル関係にあるクラブにおいては。

でも日本のそれとはちょっと異質ですよね。

 

ああいう個人でもモノが言えるヨーロッパ人はカッコいいと思ってしまいますね。

喧嘩することは決して良くないけど、あの主張する態度とか、集団でなくても変わらずにいる姿勢は見習いたいものです。

 

基本的にマナーのいい日本人が、欧米のいいところを日本人なりに取り入れた時、最高のサッカー、いやサッカーに限らず、最高の文化が生まれる気がします。

単純に欧米を良しとするのではなく、しっかりした考えの上で欧米化していけたらいいのではないでしょうか。

 

 

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【コメント】

僕が浪人時代からずっと意識してきた「疑う」ということをテーマにしていると思う。でも何となく受け入れがたい言い方をしてしまっているような気がする。言ってることはもっともなんだけど、特に面白いとは感じなかった。それは僕にとって新鮮な考え方ではないということのせいなのか。

 

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飛行機という映画館

この旅行は僕にとって2回目の海外旅行でした。

一度目は11歳の時に父に連れられてアメリカはコロラド州に行きました。

それから10年以上の時間が経っているし、あの時は父に任せっきりだったので今回が初めてといっていいでしょうね。

 

そもそも飛行機だってそんなに乗ったことあるわけじゃないので、まず飛行機のサービスに驚きましたね。

僕の記憶では、座席の前の方にちょっと大きめの画面があって、そこで映画とか上映してた気がしたのですが、僕が乗ったエール・フランスの飛行機では、座席毎に画面があって、好きに映画を見たり音楽を聞いたり、ゲームをしたりできたんです。

まずこれにビックリですよ。

映画も何本か用意されていて、行きの飛行機だけで「父親達の星条旗」、「The Queen」、「守護神」を見ました。

だから、10数時間のフライトもそれほど苦じゃなかったです。

映画と読書と音楽鑑賞、あとたまにソリティアをやって過ごしました。

あとは座席がもっと広ければ言うことなしなんですけどね。

まぁそれはもっと金出せってことなのでしょう。

 

機内食もなかなかでした。

パリ経由だったのですが、成田→パリの便はけっこう美味しかったです。パリ→バルセロナは微妙でしたが・・・。

ただヨーロッパはパンが美味しいですね。

基本的にフランスパンみたいな堅いやつだったんですけど、味は凄い美味しかったです。

これはバルセロナの現地でもそうでしたけど、あっちの人ってパン食べるんでしょうね。

パンばっかでしたからね。

 

行きは本当予定通りに到着しました。

思ったより疲れもなかったです。

これも航空会社のサービスのおかげなのでしょう。

 

帰りの便も、1時間ほど到着が遅れはしましたが、映画と本と音楽で全然過ごせました。

ちょっとケツが痛かったくらいです。

帰りの便では「明日の記憶」を見ました。

 

何と言っても一人映画が趣味の僕としては、往復の飛行機で4本も映画が見れたことが嬉しかったです。

しかも「守護神」ってまだ公開中とかじゃないんですかね?それともちょうど終わった頃でしょうか。

いずれにせよ、けっこう最近の映画もあって、ホント大満足ですよ。

内容は正直微妙なのが多かったですけどね(笑)

 

とにかく僕の今回の旅行は、飛行機内のサービスに驚くことから始まったのです。

海外旅行へ行く予定のある方は、いったん映画館に行くのを控えてみるのもいいかもしれませんよ。

 

 

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↑パリの空港

 

 

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【コメント】

若年アルツハイマー患者のお話。渡辺謙の熱演が印象的。どこか現実的でない印象も受けたが、僕の知らない現状があると感じた。面白いかと言われればそうでもなかったが、こういう病気があるということを知った。

 

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2007年2月25日 (日)

バルセロナ旅行あらすじ

ただいま、スペインはバルセロナから帰国しました。

4泊6日の短い旅行でしたが、結構楽しむことができました。

 

一日目は現地のホテル(ペンション?)に21時くらいに着き、宿泊している日本人の方と軽く飲んですぐ寝ました。

ここは日本人の方が経営しているとこで、宿泊している人も全員日本人でした。

だからこういう交流は毎日のようにありました。

 

二日目は早くも旅行のクライマックスです。

僕らの旅行の最大の目的、UEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦1st leg「バルセロナvsリヴァプール」です。

世界最高峰のゲームを、欧州最大のスタジアムで見ました。

日本とはかなり違う環境に本当に驚きました。

特にファンの熱気は日本とは質が違いましたね。

お互いのファンの衝突はそこらへんで起きてました。

正直怖かったです。

試合は僕が応援していたリヴァプールが2-1で勝利しました。

バルセロナファンの友人は言葉を失っていました。

ホームで1-2の敗戦はかなり痛いのです。

 

三日目はサグラダファミリアと闘牛場を見ました。

サグラダはやはり圧巻でした。

下から見た外観も凄かったですが、中に入るとまた不思議な感じの建物で、工事が終わった姿が早く見たいと思いました。

さらにエレベーターで上まで昇ると、そこからはバルセロナの景色が一望できるほどです。

ただでさえあんなデカイ建物なのに、細部までこだわってデザインがされているように感じられました。

ただの建築物ではなく、あくまで芸術なのでしょう。

どちらかというと実用性にこだわっている日本とは違う味があります。

闘牛場はシーズンオフ中で、全く何もありませんでした。

 

四日目はグエル公園とピカソ博物館に行きました。

グエル公園は自然と芸術がミックスしたとても魅力的な空間でした。

ピカソはやっぱり理解できませんでした。

幼少の頃の絵などは上手いと感心するのですが、いわゆるピカソらしい絵になってからは、全然分かりませんでした。

なんでわざとああいう書き方をするんだろうと。

アイデアはいいとしても、ちょっと雑過ぎるだろうと。

まだまだ僕にはピカソは早過ぎたようです。

 

そして五日目の朝早くに僕らはバルセロナを発ちました。

 

ざっとですが、これが今回の旅行です。

色々感じたことがありますので、しばらくはバルセロナのことや海外のこと、日本人のことなどを書くことになりそうです。

でもちょっと疲れてるので今日はこのへんで。

 

 

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2007年2月20日 (火)

さらば日本

さらば日本

スペインに行ってきます!

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2007年2月18日 (日)

理想論が悪とは限らない

僕はよく理想を語りすぎることがあります。

この世から全ての武器を失くすとか、リーダーなんて誰にでもできるとか。

パッと浮かぶものはそんなにありませんが、つい理想論に走ってしまうようなんです。

 

でも僕はそんな自分が嫌いではありません。

なぜなら、僕はちゃんと理想論だって分かって言ってるからです。

実現は難しいと知りながら言ってるんです。

 

じゃあ何故そんなことを言うのか。

それはですね、理想論とは方向を示すことだと思っているからです。

最も遠いところに点を打ち、そこを目指すという意味での理想論なんです。

運動部に所属したことのある人などなら分かるかもしれませんが、石灰で白線を引く時に、足元を見ながら線を引くと曲がってしまいがちだけど、遠くの目標を見て引くとけっこう真っ直ぐ引けるんです。

僕はこれはあらゆる場面における目標設定にも当てはまると思うんです。

 

一般的には目標は、達成可能で、期限が決まっている方がいいとされています。

僕はこれを否定するつもりはありません。確かにそうだと思います。

でもそれと同時に、遠くの目標を目指すことも大事だと思うんです。

むしろこれがないと絶対にぶれる。

白線の話と同じで、近いとこ、妥当なとこばかり見ていると、当初目標にしていたところとはかけ離れたところに到着してしまったりすると思うんです。

初志貫徹がいつでも正しいとは限りませんが、大事なことなのではないでしょうか。

 

それに、遠くを目指す人は、たとえそれが達成されなくても限りなく遠くに到達することができるような気がしています。

始めから妥当なところを目指す人は、やっぱりそれなりのところにしか行けないように思うんです。

そういう意味でも理想論が悪いとは思えません。

 

しかし何人かの人は、理想論を聞くと即座に、「それは無理」と反論します。拒絶といってもいいかもしれません。

異常なまでの拒否反応を示す人もいます。

 

理想論を語る時、最も大事なのはその方向がぶれていないかどうかだと思いますが、理想論に反対する人は到達地点の距離について言及する人が多いようにも思えます。

方向さえあっていれば、目標地点が1万kmか100万kmかはでもそれほど大きな問題ではないと思うのですが、そこを反対するんです。

「そこには行けないよ」と。

おそらく僕みたいに考えてる人からすれば、「いや知ってるし」って感じなんです。

そこに到達できるかどうかは問題ではない。問題は、そこを目指していいかどうかなんです。

そこを間違えなければ理想論も悪くないと思うのですが、どうでしょうか。

 

もちろん理想論を良しとする背景には、あまりにも短期的に物事を考えて、結局どうすればいいか分からなくなる場合が多いように思うからなんです。

短期的・中期的・長期的な目標やビジョンを持つことが一番良いのは決まってます。

でも人間そんな器用にできない場合もあるから、理想論を始めから拒絶することはやめた方がいいと思ってるんです。

いつか、「理想論だ!」という言葉が、中傷の言葉でなくなる時代が来ることを願います。

 

あ、最後に一応言っとくと、たぶん世の中には理想論を語りながら本当にそれが実現可能だと思っている人もいると思います。

そういう人みんながダメとは言わないけど、中には危ない思想もあるのも事実だと思います。

そこはまた区別しなければならないでしょう。

難しいですね。

 

 

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断固たる決意

いやー、凄い冷たい雨が降っていますよ。

さっきバイトから帰ってきたところなのですが、カバンとコートはビショビショになるし、足のつま先がやたら冷えて欝になってます。

 

でも最近やっと冬って感じがしてきました。

僕は「不都合な真実」を見てから暖房を付けない生活をしているんですけど、ここ2,3日結構きつくなってきました。

でももちろん暖房はつけてません。

足先冷え死しそうな今でもつけてません。

環境問題は世界最大の問題ゆえ、こんなことで負けるわけにはいかないのです。

 

こんな冷たい雨にも負けません。

雨にも負けず 風にも負けずとは誰の言葉なのか知りませんが、なかなかいい事を言います。

環境問題を取り組むにあたってキャッチコピーにしましょう。

もちろん結びの言葉は、

「暖房付けない 車にも乗らない!」

です。

 

それでは足が本当に冷たいので布団に入りたいと思います。

さようなら。

 

 

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2007年2月17日 (土)

いろんな世界を覗く度に いろんな事が恥ずかしくなった

僕は読書が好きです。

本には色々な知識や考え方が入っているからです。

僕の考えと比較したり、全く知らなかった知識を吸収したり、読書は本当に頭を使うと思います。

本で得た知識がどれだけ役に立つかといえばそれは全く分からないし、結局は実体験することで本物の知識になるとは思うのですが、それでも読書は大事だと思います。

本を読み出したのはここ2年くらいなのですが、なんで今まで本を読まなかったんだろうと、少し後悔もあるくらいです。

 

そんなこんなで読書で色々なことを知る僕ですが、本を読めば読むほど知識の重要さを感じます。

知識がなければ人はその事柄に関して考えることを拒否するものだと思うんです。

例えば、若い人たちはよく政治に関心がないと言われますが、それは政治を知らないからではないでしょうか。

そこに知識というきっかけを与えることで人は思考を始めるんだと思います。

僕はそうでした。

 

実は僕は興味のないことは全く触れたいタイプだったんです。

でも読書をするようになってから、知らないのに興味がないってのは説得力がないなって思うようになりました。

何にも知らないのに、「そんなのどうでもいいじゃん」という同年代の友人は多くいますが(僕も以前はそうでしたが)、これがくだらない。

知らないのになんでそんなことが言えるのでしょう。

食わず嫌いはよくないと思います。

食べてみたらおいしいものはたくさんあるのです。

僕は読書をするようになって、「なんで今までこのことを知らなかったんだ」と後悔に似た感情を抱くことが何回もありました。

僕らの知らないことでも、面白いものはたくさんあるし、それを知る前から拒否するのはやっぱ違うのではないかと思います。

 

 

いろんな世界を覗く度に

いろんな事が恥ずかしくなった

             BUMP OF CHICKEN 「真っ赤な空を見ただろうか」

 

 

そのことが何かを知った上で、「興味ない」と言うのならいいと思います。

だから、自分の興味だけを追求するのではなく、たまには全く触れたことのない何かに触れてみることも面白いと思います。

食わず嫌いだった自分が恥ずかしくなることもあるかと思います。

 

 

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外す日々

昨日は合コンに行きました。

一人遊び大好きな僕にしては珍しい行動です。

2次会でカラオケに行ったのですが、自分の好きな曲を入れたら誰も知らなくてドン引きされました。

 

今日はサッカーの試合でした。

DFのパスをかっさらいキーパーと一対一になったのですが、完全なるキックミスで何とも情けないシュート打ってしまいました(言い訳するなら、シュートの瞬間にバウンドがイレギュラーしたのですが・・・)。

枠に飛ぶとかいうレベルの話ではありませんでした。

全く情けない限りです。

 

合コンでは選曲で外し。

何なら音も外し。

サッカーではシュートを外し。

 

合コンなんぞに行ってハメを外した罰でしょうか。

 

 

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2007年2月16日 (金)

言葉の選択肢は多い方がいい

僕は「間違った日本語」とか「日本語が崩れてきている」とかいう考え方があまり好きではありません。

なぜなら、言葉はコミュニケーションの手段であるから、伝わればいいと思うんです。

最近僕らは「普通に」という言葉をよく使うようになりましたが、おそらく上の世代の人にはこれを嫌う人も多いのではないでしょうか。

 

「普通においしい」

「普通に痛い」

「普通に行く」

 

これらは確かに文法上正しい使い方ではないのかもしれません。

でもこの「普通に」という言葉は、実に微妙なニュアンスを巧みに表現している言葉だと思うんです。

ただ「おいしい」と言うのと、「普通においしい」と言うのでは明らかに違うんです。

「おいしい」というのはどの程度なのかがよく分からない。

「すごく」をつけて「すごくおいしい」と言うと、「おいしい」よりも何段階か上の「おいしい」になります。

それと同じで、「普通に」をつけると正に“普通に”なるんです。「おいしい」の平均とでもいえばいいでしょうか。

つまり、その辺にある「おいしいもの」と同じレベルってことですかね。

「普通に行く」というのは、「当然行くに決まってるでしょ」のようなニュアンスが伝わってきます。

もちろん他の人がそういう意味で使ってるかどうかは定かではありませんが、少なくとも僕はそういう意味で使う分には「普通に」はとてもいい言葉だと思います。

 

しかし、同じく最近使うようになった言葉で危ない言葉があります。

それは、僕もけっこう使ってしまいますが、「ヤバい」という言葉です。

僕らはよくあらゆる場面で「ヤバい」と言います。

 

ロナウジーニョーを見て、「ヤバい」。

美味しいものを食べて、「ヤバい」。

気に入った服を見つけて、「超ヤバいんだけどぉ~」。

 

この「ヤバい」も実はその感情が伝わりやすい言葉に思えます。

とにかく興奮しているというような印象を周囲に与えることができます。

しかし、具体的な感情を表現できていないんです。

ロナウジーニョの何がヤバいのか。プレーなのか歯なのか。

美味しいと思われるものも、実は美味しくなくてヤバいと言ってるかもしれません(まぁ表情で分かる話しではありますが・・・)。

服も、そのデザインの良さに興奮したのか、その値段の高さに驚いたのか分かりません。

こちらはその「程度」だけを表現した言葉ということになります。

 

つまり、「ヤバい」という言葉は相手に解釈させる言葉なのだと思います。

言われた側が状況に合せてそれを勝手に解釈するんです。

ただし、僕が問題だと思うのは、そこで誤解が生じるかもしれないということではありません。

 

伝える側の言葉のチョイスが減るということです。

 

どの場面でも「ヤバい」と言えば相手が勝手に解釈してくれるんだから、伝える側は言葉の選択をしなくていいということになります。

とりあえず「ヤバい」で済ませることができてしまうんです。

最初に言ったように、言葉は所詮コミュニケーション手段であり、伝わればいいという考え方に立てば基本的には問題ありません。

でも、そうは思えない僕も存在しています。

 

言葉のチョイスが少なくなることで、頭が悪くなるんじゃないかと。

 

確かに言葉はコミュニケーションの道具であり、頭を良くするための道具ではありません。

でも、誰でも頭はいい方がいいでしょ。

「美味しい」も「美しい」も「上手い」も全て「good」で表現できる英語とは違う良さが日本語には確実に存在してるんです。

そしてそれを使いこなすことで日本人はその高い知的レベルを維持できていたのかもしれないと思うんです。

 

言葉を単なるコミュニケーションの道具と考えないで、つまり、ただ伝わればいいという姿勢を貫くのではなく、その場面で最も適切な言葉を選ぶようにする方がいいんだと思います。

最初の意見と矛盾しているかもしれませんが、それが僕の考えです。

 

まぁ要するに、「普通に」はOKで「ヤバい」はダメだってことです。

 

 

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2007年2月15日 (木)

風の悪戯

今日は凄い風でしたね。

家庭教師に行く時の電車は、途中で橋の上を通るんですけど、完全に徐行してましたからね。吹き飛ばないように。

風っておっかないです。

電車落ちたら確実に死んでました僕。

自然には勝てないってことですね。

 

そういえば家への帰り道でTSUTAYAの横を通った時、駐輪場の自転車が一気に倒れたんです。風のせいで。

当然僕はそのままスルーしましたが、なぜか罪悪感を感じました。

あの罪悪感は何なのでしょう。

別に僕のせいではないのに。

 

風・・・・・・罪な奴です。

 

 

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アルコールではストレスは解消されない

人間はよくアルコールを摂取しますよね。

その目的は何でしょうか。

快楽。

ストレス解消。

付き合い。

まぁ色々ありますよね。

 

でも、今僕が挙げた「ストレス解消」は本当にお酒によって達成されることなのでしょうか。

僕は「NO」だと思います。

バイトの仲間などと飲みに行くと必ず愚痴大会が始まりますが、それで不満が解消されるかといえばそうでもない気がしています。

もちろん不満を人に知ってもらうというだけで幾分かは気分が良くなるでしょうが、それは実に一時的なことだと思うんです。

だってそこで出た発言は、いわばお酒の力を借りて言った言葉。

シラフに戻ればその発言をしていた自分はいなくなり、結局何も変わらなかったりする。

ストレスの原因を放置したまま、表面的に気分を良くしているだけなのだと思います。

風邪を引いている人が、ろくに栄養も撮らず、睡眠も足りないけど、咳止めの薬だけ飲んでいるようなものです。

風邪をのものは治らないけど、症状を抑えることで治った気になるっていう。

お酒によるストレス解消はこれに似ているような気がします。

 

おそらく根本を見つめる必要があるのです。

ストレスの原因は何か。

それを取り除くにはどうしたらいいか。

それが分かったら行動するだけです。

本当のストレス解消というのは、そうすることでしか達成されないのではないでしょうか。

 

僕は4月から会社員になりますが、お酒に逃げるような人間にだけはなりたくないものです。

 

 

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2007年2月14日 (水)

今会いに行きます

つい先日、おじいちゃんとおばあちゃんから就職祝いをもらいました。

3万円も入っていました。

年金しか収入のないおじいちゃんとおばあちゃんにとっては、3万円はとても大きな金額です。

いや、もちろん僕にとってもかなりデカイ金額ですが。

本当感謝です。

 

お礼の電話をした時、おじいちゃんは元気そうでしたが耳が遠いようでした。おばあちゃんは声がかすれていて元気なさそうでした。

おじいちゃんはたまには顔見せに来いと言いました。

もう僕は10年くらいおじいちゃんちに行ってません。

昨年は父方の実家には行きましたが、母方のほうには行ってないんです。

もう僕のおじいちゃんとおばあちゃんはこの二人しかいません。

だからというわけではないけど、そしておじいちゃんが本当に僕に会いたがっているのかどうかは知らないけど、僕は暇になると思われる3月にでも会いに行こうかと思っています。

ちょうど学生のうちにどこか一人旅したいと思っていたし。

おじいちゃんちは兵庫の姫路なので、京都とか奈良とかついでに行ってしまおうかと思っています。

 

もちろんメインの目的は、久しぶりにおじいちゃんとおばあちゃんに会うことです。

なるべく元気なうちに会ってあげるべきだと思うので。

 

 

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芸術は国を超える

僕は正直アメリカが嫌いです。

しかしこの場合のアメリカが政府を指すことを敢えて言う必要があります。

なぜなら僕は、アメリカの音楽をよく聞くし、映画もよく見るし、個人的に知るアメリカ人のパーソナリティが好きだからです。

 

よくここをごっちゃにする人がいます。

僕が戦争などの話をして「アメリカ嫌い」などというと、「俺は好き」と言ってアメリカの友人のことやアメリカに行った時の話などをしてくる人がいます。

そしてアメリカのバンドが好きという僕を、「矛盾してる」などと批判します。

そもそも矛盾を受け入れないで生きることはできないと思っている僕としては、この批判を冷静に聞くことができるのですが、それでもこの批判するポイントには少々驚きます。

 

まず個人と国家の話をごっちゃにしてはいけないと思います。

国民は一人一人違う意見を持っており、国の行動がそれら一つ一つを必ずしも反映していないことがあるからです。しかも頻繁に。

ブッシュだって個人的に付き合ってみたらもしかしたらいい奴かもしれません。

 

そしてこれはかなり大事なことだと思うのですが、国家と芸術はもっと別ということです。

特にアメリカにおいては、政府を批判するようなことを歌うアーティストは多いです。

映画だって批判的なものはたくさんあります(もちろん「アメリカ最高!」的な映画も多いですが)。

つまり、そもそもアメリカ政府を嫌うこととアメリカの芸術を好きになることが矛盾するかどうかも怪しいのです。

 

よくスポーツや音楽は国境を越えるといわれます。

その通りです。

その国に存在する音楽やスポーツ、映画はその国のものではないのです。

そんな小さなところに収まっているものではないのです。

 

芸術は国を超えるのです。

 

それでもまだ、アメリカの愚行について激論を交わした後の帰り道にMY CHEMICAL ROMANCE(アメリカのバンド)を聞いてテンションが上がる僕を矛盾していると批判するなら、僕はその矛盾を喜んで受け入れます。

 

そんな矛盾こそが音楽の偉大さを証明しているとも思うからです。

 

どうか、この先どんな状況になっても、つまりアメリカが世界の敵と完全にみなされるような時がもし来たとしても、その芸術だけは影響を受けず健全でいて欲しいです。

 

 

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【コメント】

イタリアを舞台にした裁判を描いた小説。「それでも僕はやっていない」で僕が感じた、「無意識の嘘」を問題として挙げている。実に興味深かった。人間の記憶がいかに曖昧であるか。僕らはこれを絶対に知っていなければならない。でないと無意識に誰かを陥れることになりかねないのだから。

 

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2007年2月13日 (火)

崖っぷちの安倍晋三が取った行動

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杉並区立児童青少年センターを視察し、フリークライミングに挑戦する安倍晋三です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか問題だらけ発覚してる割にあまり目立たない首相。

昨日は踏み切り内で女性を助けて身代わりとなった警察官の遺体が安置されている警察署を尋ねてコメントしてました。

 

「日本人として誇りに思う。息子さんにはお父さんを見習って生きて欲しい」

 

・・・・・・・・・いや、そりゃそうだけども。

もっと働くべき場所があるのではないでしょうか。

支持率もますます低下しているようですし、そろそろ危機感持った方がいいと思います。

 

このフリークライミングが谷底から這い上がることを示唆するものであるかどうかは、僕の知るところではありません。

しかし写真で見る限り、安倍っちの手がもう一つ上に伸びることはなかったでしょう。

なぜ最初の手を置く位置をもう一つ上にしなかったのか。

おかげでその姿はギャグにしか見えませんから。

 

 

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【コメント】

冷戦の時代の、キューバ危機に直面したアメリカ政府、特にジョン・F・ケネディの苦悩を描いている。アメリカが決して一枚岩ではないことがよく分かり、また、翌年ケネディが暗殺されたことが何となく見えてくる。

 

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2007年2月11日 (日)

論述形式の勧め

少し前の話ですが、大学のある授業で先生が、「テストの問題形式は何がいい?」と学生全員に聞きました。

そしたら、「穴埋め形式」にほとんどの学生が挙手。

僕は愕然としました。

僕は論述形式を望んでいたのです。

 

確かに穴埋め形式は多くの日本人が慣れ親しんできた問題形式だと思います。

社会科なんかはほとんどが穴埋め形式でした。

そして穴埋め形式で点を取るためには、ただ用語とその関連するキーワードを暗記さえすればいいのです。

作業としては単純です。

でも僕はこの問題形式に疑問を覚えます。

もちろん当時は点数を取るために必死に暗記をしていましたが、今となってはあれほど意味のないテストもないなと思っています。

なぜなら、暗記は頭は使うけど考える力を使わないからです。

その勉強は単純作業です。

色々な用語を覚えることができるけど、それが何なのか理解しないし、それに対する自分の意見を持つこともない。

つまりほとんどの場合、穴埋め形式の問題を解くために暗記したものは、全く役に立たない知識となるだけなのです。

 

僕は最近になってやっと知識の重要さを知りましたが、それでも考える力や意見を持つことよりも大事だとは思えません。

それを大学生が、しかもうちの大学に来ている人間の大多数が穴埋め形式を望むって事実にもうガッカリです。

もちろん僕の意見が正しいとは言い切れないので、暗記のメリットっていうかいい部分っていうのもあるとは思うんですけど、本当に意味のある試験にするなら論述だと思うんです。

 

たしかに知識は大事。

でも意見を持つことも大事。

知識は使いこなさないと意味がないのです。

その能力を問うことができるのは穴埋め形式などではなく、論述なのです。

 

これは小学校から高校までに言える大きな課題の一つだと思います。

どうか意味のある勉強を。

 

 

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どう生まれたかも重要、どうありたいかも重要

コンビニのレジにはお客さんの性別・年代を打つボタンが付いています。

お会計の最後にこれを入力することで、その店にはどのような層のお客さんが来ているか、その人がどういうものを買っているかが分かるシステムです。

ほとんどの店員は適当に押してますけどね。

 

さて昨日の深夜、長い髪のきれいな女性が来店しました。

最初顔は確認できませんでしたが、その後姿から相当な美人が予想されました。

やがてその人がレジに来ました。

彼女は、「お願いします」と言いました。

その声がとても低く、思わず顔を確認するとどうも男性のようでした。

髪型、服装、喋り方は完全に女性でしたが、残念ながら声と顔が完全に男性でした。

 

彼女、あえて彼女と言いますが、彼女はフランクフルトを注文してきました。

その言い方はとても丁寧で、まるで古風な日本女性を絵に描いたような感じでした。

とにかく僕にはとても好印象でした。

 

僕はお会計の最後に迷わず「20代・女」のボタンを押しました。

 

 

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2007年2月10日 (土)

幼児教育、初等教育で最も大事なこと

今の世の中には「お受験」という言葉があります。

実に異様な言葉です。

何故に受験に「お」をつけるのでしょう。

子供に丁寧語の習慣をつけさせるために、教育ママが作った言葉でしょうか?

それとも、子供に受験を強いることを少しでも正当化するために、「お」をつけて受験を神聖なものにでもしようとしたのでしょうか?

 

いずれにせよ、僕は「お受験」には否定的な意見を持っています。

ただ単純に、そんな小さな頃から勉強を強制することに意味はないと思うからです。

子供は遊びを通じて、喜んだり、泣いたり、、怒ったり、怪我をしたり、友達を傷つけたり、悪さをして怒られたりしなければならないのです。

また、子供が最初にリーダーシップを発揮する場面は、間違いなく子供だけが存在する公園です。

公園は遊ぶ場所であり、自主性や協調性を育てる場所なのです。

 

しかし「お受験」のために塾に多くの時間を割けば、公園にいる時間は失われます。

塾では大人が子供に何かを教えてくれるかもしれません。

それはそれで得るものもあるでしょう。

しかし、自主性は確実に養われません。

なぜなら、常にリーダーシップを取る大人がいるからです。

何をやるかも全て大人が決めてくれます。

どこで何をするか、0から決めていた僕らとは違います。

 

「子供には旅をさせろ」と言いますが、これは自主的に何かをするということと、親は子供を解放しなければならないということを示唆していると思います。

教えてくれることを学ぶことは大事ですが簡単です。

それよりも幼児教育や初等教育で大事なのは、自主性を養うことではないでしょうか。

 

こんな世の中だからこそ言いたいことがあります。

教育について考えることはいい事です。

しかし、教育とは何も大人が子供に対して働きかけることだけではないのです。

分かりやすい言い方をすると、放任することも教育だということです。

そしてそれは子供の自主性を養う教育となります。

 

もし自主性を幼い頃から養えれば、もうその子は将来何にでもなれます。

自分で考え、動く力を得るのですから。

 

だから「お受験」は強制してはいけません。

もちろん、もし自主的に「お受験したい」などと子供が言えば話は別ですが。

 

ちなみにですが、これは受験による競争を否定するものではありません。

むしろ僕は競争することに対しては肯定的な意見を持っています。

まぁそれはまた別の機会に。

 

 

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2007年2月 9日 (金)

活用できるものは活用せよ

ある日自転車で家に帰る途中、一人のおばちゃんが僕の前に立ちはだかりました。

道は二人がすれ違うのが精一杯の広さです。

そして僕の自転車には今チリンチリンがありません。

僕は何とか抜こうとしましたが、おばちゃんが右にフラフラ左にフラフラするのでなかなか抜けませんでした。

やがておばちゃんは後ろの僕の存在に気付きました。

おばちゃんは2,3回後ろをチラチラ見ました。

その度おばちゃんはフラフラしました。

結局僕はなかなか抜けません。

またおばちゃんは後ろをチラチラ見ました。

早く抜けよと言わんばかりです。

でもおばちゃんは後ろを向くとフラフラしました。

だから僕は抜けませんでした。

 

やがて少し道が広くなったので僕はすかさず抜き去りました。

僕は抜く時に気付いてしまいました。

おばちゃんのハンドルにはミラーがついていました。

後ろが見れるミラーです。

おばちゃんはミラーを見ることなく、フラフラする危険を犯してまで後ろを目視していたのです。

 

この世の中、便利だと思っていたものが実は活用されないこと、案外多いようです。

 

 

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上からの改革、下からの改革

昨日は教師を志す友人と教育問題について熱く語りました。

彼は去年教育実習を経験したばかりで、学校の現状に幻滅していました。

学校を変えるなら上から変えないと無理だと言っていました。でも俺は現場でできる限りのことをすると。

ただし、家族は犠牲にできないと言っていました。

もし学校を変えようとして上と対立した時に、収入面などで家族に迷惑をかけてしまうと。

だからそこまで何かできるとは思えないと。

 

彼のいうことはもっともだと思います。

まず現場だけではキツイでしょう。

一番問題意識を持っているのは現場でしょうが、問題解決が一番難しいと感じているのも現場なのでしょう。

それに、家族を持つと自分のことばかり考えていられないから、それこそ昇進だってしないと収入がキツイかもしれない。

 

だから僕みたいな人がやればいいんだと思いました。

僕は結婚願望もないし、そもそも僕は万人から好かれるタイプの人ではありません。

何かを変えようとして人から反発されるのなんて屁のカッパです。

そして僕はまずは偉くなろうと思っています。

自分の発言力を高めるために、まずは偉くなってやろうと思っています。

 

友人が現場からできる限りのことをするなら、僕は上から彼らを解放したいと思っています。

彼らが改革を起すのに邪魔な障害、例えば教育委員会とかPTAとかを全部ぶっ壊してやりたいです。

僕は教師にはなりませんが、一応教育に関わる仕事に就くので、偉くなって教育を根本から変えたいと思っています。

 

僕は上から。

友人は現場から。

教育改革は決してどちらが欠けても達成されないのではないでしょうか。

 

 

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ま、友人は確実に教師になるでしょうが、僕が将来学校と関われるかってのはかなり怪しいんですけどね。

 

 

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2007年2月 8日 (木)

ドラクエから学ぶ集団の力の行使

日本人はよく集団で力を発揮すると言われています。

これは最近では、一人では何も出来ないという否定的な意味合いで言われることが多いわけですが。

でも集団で力を発揮すること自体が悪いわけではありません。むしろいいことのはずです。

 

しかし、集団の力が間違って使われている場面が多くあるのも事実ではないでしょうか。

例えばいじめです。

ガキ大将的な生徒が一人で弱いものいじめをするパターンもあるとは思いますが、大体のいじめは集団で個をいじめます。

ご存知の通り、日本人の集団の力は恐ろしいものがあるので、いじめられる側はたまったものではありません。

 

本来集団の力はどこで発揮されるべきなのでしょう。

いじめでしょうか?

そんなはずはありません。

 

なぜ集団になるのか。

それは、バラモスやゾーマを倒すためです。

決してスライムを倒すためにパーティーを組むのではないのです。

一人では倒せないから集団で挑む。

つまり、集団の力を発揮すべき場面は、強大な敵に挑む時なのです。

 

強大な敵とは何でしょう。

それは、環境問題であり、アメリカ国家であり、テロリズムであり、いじめ問題です。

個人レベルで見たらもっと多くの問題があるでしょう。

 

一匹のスライムを倒しても大した経験値も得られなければ、アイテムも落としません。

見るべき敵はバラモスでありゾーマなのです。

そこでいかに集団の力を発揮するのかを考えるべきだと思います。

それこそいじめなんて、スライム一匹に対してミナデインでも撃つようなものです。

そんな無駄はいい加減やめた方がいい。

世の中にはもっと強大なボスがいるのだから。

 

 

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ちなみに僕は「3」で止まっちゃってますけどね。

 

 

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2007年2月 6日 (火)

「不都合な真実」

「不都合な真実」を見ました。

とても良かったです。

最後にスタッフロールと同時進行でメッセージが流れるのですが、そこで泣きそうになってしまいました。

まさか泣くような映画だと思っていなかったので、そんな自分に驚きです。

あの時の感情を言葉で表現するとすれば、

「何やってたんだろ俺」

という感じでしょうか。

 

この映画で感じたことは、

「地球温暖化はおそらく、この世に存在する最大の問題である」

ということです。

それは単純に、最も人類を滅ぼす可能性が高い現象だからです。

そう思いました。

 

人間は人間以外の動物を「動物」と呼びますが、生物学上僕ら人間も動物であることは疑う余地がありません。

そんな動物の使命ともいうべきことの一つに、種の保存があると思います。

人間はどんどん本能的なものを失っており、現代にそんなことを考えて生きてる人はごく僅かでしょう。

少子化がそれを証明しています。

この種の保存ですが、これは、人類が生きる場所を宇宙に移さない限り、地球なしでは考えられないことです。

地球という場所があるから僕達は生きていられるのです。

ならばまず絶対に守らなければならないのは地球です。

地球温暖化という現象が地球崩壊の入り口なのだとしたら、絶対に阻止しなければならない問題なのは明らかです。

何を差し置いても解決すべき問題、それが地球温暖化。そういう意味で人類が抱える最大の問題だと主張したいです。

 

この問題を解決するには、一つの国がいくら真剣に環境問題に取り組んでもダメです。

地球規模の問題ですから。

もし解決のために各国が動くとすれば、必然と足並みを揃えようということになるでしょう。まぁ経済発展状況や軍事力を考慮すれば全く対等とはいかないでしょうが。

それでも国と国が協力しなければならないのです。

僕はこれこそ世界平和に繋がる行動だと思います。

かりに温暖化を阻止できなかったとしても、「地球を守る」という共通の利益に各国が向かうことが平和なのです。

自分の利益ばかりを考えている国がある現状を考えれば、環境問題に世界レベルで取り組むこと自体が良いことなのです。

もはや、「地球温暖化は本当に存在する問題なのか?」などという戯言に耳を貸す必要はないです。

地球を守り、人類を守る。

さらには、世界平和を築くためにこの問題を“利用”すればいいんです。

 

何はともあれ、「不都合な真実」、一度見て下さい。

となりのおばちゃん達は「眠かった」などとほざいていましたが、真面目に見れば感じるものがあるはずです。

 

 

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また考えなければならない問題が増えてしまった僕ですが、帰宅後ズボンのチャックが全開だったことに気が付きました。

どうやら大きな問題ばかり見ていると見失うものもあるようです。

気をつけたいと思います。

 

 

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小比類巻に見る間違った努力の仕方

昨日の「K-1ワールドMAX」の一回戦で、僕の嫌いな小比類巻とあの「さんまのからくりTV」でお馴染みのボビー・オロゴンの弟、アンディ・オロゴンが対戦しました。

結果は延長Rの末、アンディが勝ちました。

アンディは格闘技を始めて6ヶ月、今回で3戦目だそうです。

 

ところで、僕が小比類巻を嫌いなのは彼の努力の仕方が気に入らないからです。

もちろんメディアを通して知るだけなので、本当の彼のことを僕は知らないわけですが、メディアを通じての情報で判断する限り、彼は本当に努力をしているとは思えません。

一昔前よく流れたVTRでは、彼の根性焼きが度々紹介されていました。

ひた向きにサンドバッグを蹴る姿もよく見ます。

根性焼きはまぁどうでもいいとして、この蹴りが問題です。

蹴りは彼の唯一の武器です。

たぶん蹴りだけ見ればかなりいいものを持ってると思います。

でも彼は試合ではほぼローキックしか蹴りません。

パンチも出しません。

僕が思うに、彼はガードを外すのが怖いのだと思います。

パンチもハイキックも、一瞬ガードが外れることは避けられません。

 

試合を見たことのある人なら何となく感じていたと思いますが、彼はビビリなのです。

攻め込まれると相手に背中を向ける癖がちょっと前までありました。

それは治ったように思いますが、ガードを外せない癖は治らないようです。

しかし、いくらガードをしていても、相手がパンチを繰り出すと怖がる彼は、ことごとくパンチをもらいます。

素人のアンディのパンチもよけられませんでした。

冷静なうちはディフェンスできている時もありますが、連打になるとほぼ間違いなくビビると言っても過言ではありません。少なくとも僕にはそう見えます。

 

つまり、彼が練習すべきはパンチに対しての恐怖心を失くすことであり、それはメンタルトレーニングや実戦形式でしか克服できないものだと思うのです。

もちろんサンドバッグを蹴り続けて克服できるものではないでしょう。

ひたすらに試合では使わないハイキックでサンドバッグを蹴り続ける練習風景は、周りから見るといかにも頑張っているように見えますが、本当に頑張るということは、冷静に自分を分析し、目標達成のための正しい努力をすることだと思います。

 

ちなみに試合後の会見で、彼が試合前から左足首を骨折していたことをプロデューサーが発表しました。

どの程度の骨折なのかは分かりませんが、彼は骨折していた左足を軸足に、右足でローキックをバンバン蹴っていました。

おそらく事実は事実なのでしょうが、正直この発表には興ざめです。

しかもプロデューサーが発表するっていう・・・。

せめて言い訳くらい自分でして欲しいものです。

 

とにかく、努力は正しくしないと本当にもったいないです。

よく、「長所を伸ばす方がいい」なんて声を聞きますが、もしそれが、短所から目を逸らした結果なのであれば、ただの“逃げ”でしかなくなってしまいます。

正しい自己分析と、それを受け入れることが大事なのだと思います。

 

 

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最後になりましたが、アンディがブラジリアン・キックを繰り出した時は驚きました。

どうやら小比類巻の敗因は自身にだけあるというわけではなさそうです。

 

 

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2007年2月 5日 (月)

いじめの強要といういじめ

以前、いじめ加害者側の子供が自殺したという記事を書きましたが、どうやら事実は少し異なっていたようです。

自殺した中学生はいじめをするような子供ではなく、むしろ真面目で人望も厚かったとか。

おそらく強要されたいじめだったのでしょう。

いじめっ子の大将クラスの子供に無理矢理いじめに加担させられたと考えるのが妥当です。

そういうケースは僕が中学生の時にもありました。

 

確かに当時の感覚から言って、いじめる側が説教されたからといって自殺するとは考えにくいです。

説教した教師やチクった生徒、いじめてた生徒にムカつくことはあっても、それが原因で自殺はしないでしょう。そもそもそういう人はいじめる側にならないと思います。

読売新聞の記事で、いじめた側の指導に行き過ぎた点がなかったか調査中みたいな文章がありましたが、行き過ぎた点があるとすれば、ただ強要されただけの子供に対して大将クラスの子供と同様の扱いをしたということではないでしょうか。

いじめを強要するということ自体がもはやいじめの一種とも考えられます。

だとしたら、いじめを強要された子供たちもある意味では被害者です。

人を傷つけたのだから、ある程度の説教は必要だと思いますが、主犯とは絶対に区別しなければならないでしょう。

 

今回の事件の原因がこれだとすれば、ここから反省し、二度と善良な子供が自殺しないようにしなければなりません。

本当の悪は誰なのか。

教師は生徒を日頃よく見なければならないのです。

そうすれば実際に問題が起きた時に、「分からなかった」なんてことにはならないと思います

 

 

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2007年2月 4日 (日)

オーウェンになり損ねた男

今週も先週に引き続き、土曜日サッカー、日曜日フットサルという週末でした。

スポーツを愛する僕には最高ともいえる過ごし方です。

スポーツの中でもサッカー、フットサルは格別です。

唯一人生で後悔があるとするなら、子供の頃にサッカーをやってなかったことです。

もし小学生くらいからやり直せるなら、当時やっていた剣道や野球ではなく、サッカーをやります。

そしてプロ目指します。

たぶんなれます。

 

こんなこと言っても仕方ないのは分かってますが、もし小さい頃からずっとサッカーやってたら・・・と、どうしても想像してしまうんです。

 

しかしお父さん、お母さん、なぜ小学一年生の僕に剣道なんかを習わせたんですか。家にいるとうるさいという理由はいいとしても、何故剣道だったんですか。

あんな大事な時期に・・・。

おかげであなた達は日本のワンダーボーイを育てるチャンスを逃したのです。

 

 

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【妄想<もうそう>】

①〔仏〕(モウゾウとも)みだりなおもい。正しくない想念、

②〔心〕根拠のない主観的な想像や信念。病的原因によって起り、事実や経験や論理によっては容易に訂正されることがない。

                                     ~広辞苑より~

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2007年2月 3日 (土)

嘘のない世界に

僕は嘘をつく人が大嫌いです。

見栄や建前なんてこの世からなくなればいいと思っています。

詐欺なんて最低です。

でも僕も見栄をはったことはありますし、嘘をついたことだってあります。

そこがまたもどかしい所です。

 

しかし嘘はそういう風に意図的につくものだけではありません。

これは、映画「それでも僕はやってない」を見て思ったことですが、人はある事実を自分の中で解釈する時に、事実を誤解して認識することがあります。

これは無意識で行なわれることであり、そこに何らかの意図はありません。

その同じ事実をまた違う人が違う解釈をしてしまったら、その事実を説明する時、どちらかが嘘をつくことになります。

 

それに、記憶が変わることによってつく嘘もあると思います。

記憶は時間とともに変化してしまうからです。

例えば親は子供の頃運動神経が良かったとか必ず言うものですが、その記憶は美化されたものであり、事実とは異なる可能性があります。

 

これらの嘘はよくあることだと思うし、何といっても仕方がない。

僕が最近悲しいと思うのは、『論理に合せてしまう嘘』。

例えば自分の感情を説明しようとする時に、ある行動を持ち出して、「こういうことをする人はこういう感情を持っているはずだ」と思い込む。そして、じゃあ自分もそうだということにしてしまう嘘。

本当は怒っていたけど、その後も変わりなく働き続けたからあの時は怒らずに何とも思わなかったんだ、みたいに。

あるいは、本当は自分でも曖昧な認識でしかないのに、他人にある事実を絶対的な前提として与えられると、人はたちまちその前提に合せて論理を組み立て、本当は曖昧だった部分でさえ勝手に構築してしまうことがあります。

実はその前提さえ前提となり得ないかもしれないのに。

これもある意味では悪気はない行為です。

 

しかし、僕はこれは悪であるように感じています。

自分を疑うということを全く考えていないからそうなるのではないでしょうか。

「そう思い込んでるだけじゃないか?」

そう自問自答することは大事だと、僕は思っています。

もっと深く考えれば立ち止まれます。後ろを振り返れます。

自分の思ったことを信じ込んで突っ走るのは簡単で楽です。

しかしそれが間違いであったことを考えて欲しいのです。

自分だけが損をするなら問題ありません。しかし人は嘘によって、それが意図的で無意識であれ、人を傷つけることがあるのです。

 

僕は嘘のない世界にしたいです。

悪意のない嘘は仕方ないにしても、相手をはめるような悪意のある嘘はもちろん、自分の思慮が足りないせいでついてしまう嘘もできるだけ避けるように努力したいものです。

 

 

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2007年2月 2日 (金)

いじめ問題の新たな問題発生か

大変よろしくないニュースを目にしました。

以下Yahoo!ニュース(時事通信)より抜粋です。

 

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千葉県松戸市教育委員会は2日、同市立中学2年の男子生徒(14)が1日にマンションから飛び降り、死亡したと発表した。前日、ほかの生徒にけがを負わせるトラブルがあり、市教委は自殺とみて詳しい状況を調べている。
 松戸東署も自殺とみて、動機を調べている。
 市教委によると、生徒は1日、学校を休み、午後3時45分ごろ、市内にある自宅とは別のマンションから飛び降り、死亡した。
 生徒は1月31日、校内で、同学年の生徒7人とともに、ふざけ半分からエスカレートし、別の男子生徒(14)を殴るなどして転倒させ、肩の骨を折るけがを負わせた。放課後、教諭がいじめとみて、個別に呼んで反省させ、謝罪させた。被害者の生徒は自殺現場のマンションに住んでいた。

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とうとういじめ加害者側と思われる生徒までが自殺してしまったようです。

これは困ったことになるかもしれません。

自殺した子供の遺族の方には残酷に聞こえるかもしれませんが、これによっていじめ加害者を守るような発言が出てくる可能性があると思うんです。

もしそうなれば、もともとのいじめ問題を解決から遠ざける動きです。

良くありません。

もちろん今回の事件がいじめとどう関係があるのか、原因をはっきりさせないと何ともいえないことですが。

 

しかし政府や教育委員会はそもそも、いじめをなくすのが目的なのか、自殺を減らすのが目的なのか、そこをはっきりしないと道を踏み外します。

もし後者を目的とするなら、いじめ問題なんかよりも、最も自殺する人が多いとされている40代や50代のサラリーマン男性を助ける方法に向かわなければなりません。

しかし、いじめ問題は教育改革の中で話し合われていることのはず。本来の目的は自殺を減らすことではなく、いじめを失くすことであるはず。

そして何となくではあるが、社会全体がいじめ被害者を守るような方向に向いていたはず。

ならば今回の事件は毅然たる態度で受け止め、決しておどおどしないで欲しいものです。

 

もちろん加害者を徹底的に叩けなどと言っているのではありません。

相手は子供です。加害者とはいえ、寛大な態度で許すことも大事でしょう。

しかし、教育改革を成功させるためにも、ここで手を緩めることが良いとは思えないのです。

 

最後になりましたが、自殺した中学生のご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

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良いものに理屈はいらない

最近はいい天気の日が続いてとても気持ちがいいですね。

今日は気温はそれほど上がらなかったけど、それでも晴れた空はいいもんですよね。

特に僕が好きなのは朝焼けです。

夜勤明けに自転車漕ぎながら見る朝焼けは、疲労感も混じって何とも言えない気持ちになります。

疲れを吹っ飛ばすというよりも、その疲労感さえ心地よくさせてくれるような。

 

僕はよく理屈っぽいと言われるし、自分でもそれは認識してるんですけど、こういう感情は説明できません。

なんで朝焼けを見ると嬉しくなるのか、青空を見て気持ちいいと思うのか。

分からないし、説明する必要がない。

こういうのは理屈なしでいいもんなんだ。それでいいんだと思います。

 

芸術とかもそういうものだと思います。

よくこのバンドのどこが好きとか、あの画家のどこがいいとか言ったりするけど、僕にはどうでもいいようにしか思えないんです。

いいものはいい。

そう思うんだから仕方がない。

時に「そう思う自分」は理屈で説明できないんです。

もちろん説明しようと思えばいくらでもできます。でもそれは実は自分でも確信していないことだったりします。そう思い込んでるだけだったりします。

本当は理由はないのに、無理矢理に理由をつける。こんな下らないことはありません。

 

いいものはいい。

理由なんてない。

それでいいんじゃないでしょうか。

 

 

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【コメント】

なんていうか、どうにもコメントしにくいですが、良いです。特に衝撃を受けるような感覚はありませんでしたが、良いです。

 

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睡眠の勧め

昨日は珍しく23時くらいに寝ました。

夜勤明けで家庭教師行って、ちょっと疲れてたからですかね。自然と眠くなって。

んで、きっちり8時間寝てやろうと思って、今朝は7時に目覚ましをセットしておきました。

そしたらもう快調快調。

目覚まし鳴る直前に起きるという理想の起き方はできませんでしたが、目覚まし止めた瞬間、すっと起きられました。

そしてあまりにも快調だったので部屋の掃除しました。

 

以前テレビで、統計的に一番長生きする睡眠時間はおよそ6時間だと言っていました。

たしかに、1時間半周期の睡眠がいいっていうのも授業で習いました。レムとノンレムの関係でですね。

でも僕的に一番快適なのは8時間睡眠です。

なかなか8時間も睡眠時間取れる日ってのはないですけど、余裕ある時は8時間寝るようにしてます。

8時間がベスト。6時間はベター。最悪3時間というのが僕の基準です。

 

そもそも長生きの願望がない僕としては、これからも8時間睡眠を目標にしていきます。

特にストレス溜まってる時とかは、しっかり睡眠を取るのが大事なのではないでしょうか。

よくストレス発散といってお酒を飲む人がいますが、僕はそんなことよりも、夜な夜な外を走って汗かいて、シャワー浴びて寝るのが一番だと信じています。それが8時間睡眠ならベストです。

もし今ストレス溜まってる人いたら是非お試しを。

快適な一日が送れるはずです。

 

 

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【コメント】

CD屋で視聴して即買いしました。僕的にかなりの衝撃を受けたアルバムです。ホント外れがない。お勧めです。

 

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2007年2月 1日 (木)

歴史の教え方

歴史に興味を持ち出してからよく思うんです。

小学校から高校までの歴史の授業って本当に意味なかったなって。

人類が誕生してから一応近代史までをやったような気がするけど、その流れが全く理解できなかったんですよね。

当然興味も持てなかったです。

高校では面白い世界史の先生がいて、授業自体が面白いと思ったことはありますが、それでも思えてるのは、先生が実演して教えてくれた「ブルータスお前もか・・・」とか断片的なものでしかありません。

 

以前太田光が番組内で、「歴史は遡って教えた方がいい」と言ってましたが、僕はこれ大賛成です。

そもそも僕が歴史に興味を持つようになったのは、現在の日米関係がどのように作られたかを、主に戦後の歴史から知ってからなんです。

そしたら当然その戦争は何だったのかとか、何故戦争が起きたのかとか、興味が広がっていきますからね。

学校でも遡る形で教えて欲しいと思ってるんですけど、ダメなんですかね?

逆に大昔から現代に向かっていく教え方のメリットって何なんですかね。

先生によっては授業時間がなくなって、近代史てきとうに済ませたりしちゃうし、絶対近代から遡ってった方がいいと思うんですけど。

それに、子供だって誰だって、自分のいない大昔より、今自分が生きてる時代を学ぶ方が面白いんじゃないでしょうか。

で、「今がこうなのは過去にこういうことがあったからだよ」って教えたら分かりやすいと思います。

 

あと無理矢理、日本史と世界史に分けるのもどうかと思います。ていうか、世界史は日本との関わりを教えていくくらいで十分かもしれません。

もちろん産業革命とか人類の中で見ても大きな出来事は教えた方がいいとは思いますが、それも、それがどう日本に影響したのかとか話すべきです。

まずは日本史。自分の国の歴史を知らないことを恥ずかしいと思うくらいにならなければ。

 

僕は本当今まで歴史を学んでこなかったことが悔しくて仕方ないのです。

どうにか歴史の授業に革命を起こしたい。

教育改革の中では、いじめ問題やゆとり教育の見直しなどが注目されていますが、日本を安倍総理が掲げる「美しい国」にするためには、何よりも歴史教育が大事なのかもしれないと思うんです。

誰か歴史教育について発言してる政治家いないんですかね・・・。

ヤンキー先生はいじめ問題にしか興味なさそうだし、安倍は問題外だし、伊吹(文部科学大臣)とか死んだ方がいいし。

・・・・・・いないなこりゃ。

 

 

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