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2007年2月 3日 (土)

嘘のない世界に

僕は嘘をつく人が大嫌いです。

見栄や建前なんてこの世からなくなればいいと思っています。

詐欺なんて最低です。

でも僕も見栄をはったことはありますし、嘘をついたことだってあります。

そこがまたもどかしい所です。

 

しかし嘘はそういう風に意図的につくものだけではありません。

これは、映画「それでも僕はやってない」を見て思ったことですが、人はある事実を自分の中で解釈する時に、事実を誤解して認識することがあります。

これは無意識で行なわれることであり、そこに何らかの意図はありません。

その同じ事実をまた違う人が違う解釈をしてしまったら、その事実を説明する時、どちらかが嘘をつくことになります。

 

それに、記憶が変わることによってつく嘘もあると思います。

記憶は時間とともに変化してしまうからです。

例えば親は子供の頃運動神経が良かったとか必ず言うものですが、その記憶は美化されたものであり、事実とは異なる可能性があります。

 

これらの嘘はよくあることだと思うし、何といっても仕方がない。

僕が最近悲しいと思うのは、『論理に合せてしまう嘘』。

例えば自分の感情を説明しようとする時に、ある行動を持ち出して、「こういうことをする人はこういう感情を持っているはずだ」と思い込む。そして、じゃあ自分もそうだということにしてしまう嘘。

本当は怒っていたけど、その後も変わりなく働き続けたからあの時は怒らずに何とも思わなかったんだ、みたいに。

あるいは、本当は自分でも曖昧な認識でしかないのに、他人にある事実を絶対的な前提として与えられると、人はたちまちその前提に合せて論理を組み立て、本当は曖昧だった部分でさえ勝手に構築してしまうことがあります。

実はその前提さえ前提となり得ないかもしれないのに。

これもある意味では悪気はない行為です。

 

しかし、僕はこれは悪であるように感じています。

自分を疑うということを全く考えていないからそうなるのではないでしょうか。

「そう思い込んでるだけじゃないか?」

そう自問自答することは大事だと、僕は思っています。

もっと深く考えれば立ち止まれます。後ろを振り返れます。

自分の思ったことを信じ込んで突っ走るのは簡単で楽です。

しかしそれが間違いであったことを考えて欲しいのです。

自分だけが損をするなら問題ありません。しかし人は嘘によって、それが意図的で無意識であれ、人を傷つけることがあるのです。

 

僕は嘘のない世界にしたいです。

悪意のない嘘は仕方ないにしても、相手をはめるような悪意のある嘘はもちろん、自分の思慮が足りないせいでついてしまう嘘もできるだけ避けるように努力したいものです。

 

 

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