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2007年2月18日 (日)

理想論が悪とは限らない

僕はよく理想を語りすぎることがあります。

この世から全ての武器を失くすとか、リーダーなんて誰にでもできるとか。

パッと浮かぶものはそんなにありませんが、つい理想論に走ってしまうようなんです。

 

でも僕はそんな自分が嫌いではありません。

なぜなら、僕はちゃんと理想論だって分かって言ってるからです。

実現は難しいと知りながら言ってるんです。

 

じゃあ何故そんなことを言うのか。

それはですね、理想論とは方向を示すことだと思っているからです。

最も遠いところに点を打ち、そこを目指すという意味での理想論なんです。

運動部に所属したことのある人などなら分かるかもしれませんが、石灰で白線を引く時に、足元を見ながら線を引くと曲がってしまいがちだけど、遠くの目標を見て引くとけっこう真っ直ぐ引けるんです。

僕はこれはあらゆる場面における目標設定にも当てはまると思うんです。

 

一般的には目標は、達成可能で、期限が決まっている方がいいとされています。

僕はこれを否定するつもりはありません。確かにそうだと思います。

でもそれと同時に、遠くの目標を目指すことも大事だと思うんです。

むしろこれがないと絶対にぶれる。

白線の話と同じで、近いとこ、妥当なとこばかり見ていると、当初目標にしていたところとはかけ離れたところに到着してしまったりすると思うんです。

初志貫徹がいつでも正しいとは限りませんが、大事なことなのではないでしょうか。

 

それに、遠くを目指す人は、たとえそれが達成されなくても限りなく遠くに到達することができるような気がしています。

始めから妥当なところを目指す人は、やっぱりそれなりのところにしか行けないように思うんです。

そういう意味でも理想論が悪いとは思えません。

 

しかし何人かの人は、理想論を聞くと即座に、「それは無理」と反論します。拒絶といってもいいかもしれません。

異常なまでの拒否反応を示す人もいます。

 

理想論を語る時、最も大事なのはその方向がぶれていないかどうかだと思いますが、理想論に反対する人は到達地点の距離について言及する人が多いようにも思えます。

方向さえあっていれば、目標地点が1万kmか100万kmかはでもそれほど大きな問題ではないと思うのですが、そこを反対するんです。

「そこには行けないよ」と。

おそらく僕みたいに考えてる人からすれば、「いや知ってるし」って感じなんです。

そこに到達できるかどうかは問題ではない。問題は、そこを目指していいかどうかなんです。

そこを間違えなければ理想論も悪くないと思うのですが、どうでしょうか。

 

もちろん理想論を良しとする背景には、あまりにも短期的に物事を考えて、結局どうすればいいか分からなくなる場合が多いように思うからなんです。

短期的・中期的・長期的な目標やビジョンを持つことが一番良いのは決まってます。

でも人間そんな器用にできない場合もあるから、理想論を始めから拒絶することはやめた方がいいと思ってるんです。

いつか、「理想論だ!」という言葉が、中傷の言葉でなくなる時代が来ることを願います。

 

あ、最後に一応言っとくと、たぶん世の中には理想論を語りながら本当にそれが実現可能だと思っている人もいると思います。

そういう人みんながダメとは言わないけど、中には危ない思想もあるのも事実だと思います。

そこはまた区別しなければならないでしょう。

難しいですね。

 

 

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