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2007年4月

2007年4月29日 (日)

公園を良くしよう

今公園はどんどんつまらなくなっています。

野球サッカーなどが禁止されているだけでなく、少しスリリングな遊具は撤去され続けています。

これは遊具を使用して遊んでいる最中に怪我をした、あるいは死亡した事故が多発したからだと思われます。

しかし、なぜ最近になってそのような事故が増えたのでしょうか?

そもそも増えたのでしょうか?

ただそのような事故の原因を、昔は子供や親の不注意としていたのが、遊具そのもののせいにするようになっただけなのではないでしょうか。

例えばシーソーをしていて怪我をしたとします。

昔なら「次から気を付けなさい」で終わる話です。

あるいは次から少しの間だけ親が公園まで付いていって見るようにするかもしれません。

ところが今は、両親共働きだったりでそれができない。

でも子供に怪我はさせたくない。

だから役所に訴えて遊具を撤去するのでしょう。

ここでは子供に注意を促すというプロセスはないのかもしれません。


もし僕の想像が正しくて、親のエゴ、過保護のせいで公園の遊具が撤去されているなら、それは本当に間違っていると思います。

だって、危険だからといって撤去していたら、世の中の大半のものが撤去されてしまいます。

それに、僕が思うに、公園の遊具は危険だからこそいいのです。

鉄のパイプに頭を打ち、ブランコから放り出され、人は痛みを知り、それが「危険」だということを認識するのです。

さらに、危険を感じることはスリリングで楽しいのです。

公園が楽しい場所となるのです。

さらに、子供はスリリングな遊びを通じて安全と危険の境界線を無意識的に学びます。

また人間の体力の限界も知るでしょう。

子供の頃にこれらを知ることは非常に重要です。

少し大袈裟かもしれませんが、これらを学んだ人は人がどうすれば死ぬかを想像できます。

たとえ喧嘩をして人を殴るとしても、どこを殴ってはいけないかを知っているでしょう。

人は自分の経験を、他人に置き換えて想像することができるからです。

「自分がやられて嫌なことは、人にしてはいけません」

これは自分がされて嫌なこてを自分で経験し、認識していることが大前提なのです。

そんな、多くの経験積む場であった公園が、ただの安全に遊べる場になってしまうことは本当に避けたいです。

最近は教育改革などと叫ばれている時代ですが、子供たちが勝手に学び成長していた場を壊す意味が僕には分かりません。

確かに遊具で遊んでいる最中に亡くなった子供の遺族は気の毒です。

しかし、人は死ぬのです。

死の原因を一つずつ排除しようとすれば、それこそ腐敗した何の楽しみもない世界になってしまいます。

そこは是非乗り越えて頂いて、また子供たちが自由に遊べる社会作りに向かっていくべきだと、僕はそう思います。

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2007年4月28日 (土)

ブッシュと安倍が

僕は今朝夢を見ました。

夢の中でブッシュ大統領が安倍総理大臣に、

「キミガソウリデアルカギリ、『アメリカハンエイドウメイ』ニサンドウシロ」

と言っていました。

 

先ほど風呂上りにテレビを見ました。

ニュースの生中継で、ブッシュ大統領と安倍総理大臣が一緒に会見を開いていました。

僕は安倍さんがアメリカに行っていることを知りませんでした。

僕が見た夢は何かの暗示でしょうか。

会見でブッシュが、

「アメリカノギュウニクヲタベルコトハイイコトダ」

と言っていました。

さて安倍さんは、『アメリカ繁栄同盟』に則ってアメリカ産牛肉を輸入するのでしょうか。

今後の動向に注目です。

 

ところで、夢の中とはいえ、『アメリカ繁栄同盟』というネーミングはどうなんでしょう。

自分のセンスのなさにびっくりです。

 

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2007年4月27日 (金)

問題意識を持つということ

今日は「満員電車」について考えてみたいと思います。

 

僕は普段満員電車には乗らないのですが、たまに乗ると、まーびっくりします。

まず同じ時間、同じ場所(つまり駅)にあれだけの人が集まること。

そしてその人たちがほぼ同じ場所に行くことに驚きます。

それだけ東京の真ん中に会社が集中しているということでしょう。

さらに驚くのは駅員の行動です。

よく車掌や駅員は、「駆け込み乗車はおやめ下さい。無理なご乗車はおやめ下さい」などとアナウンスしていますが、満員電車における乗客の“詰め込み”は当たり前の顔をして行っています。

「無理な乗車」って何なんでしょうか。

満員電車とはそれほど当たり前のこととなっているのです。

人はあんなものに乗ってでも会社に行かなければならないわけですし。

ただ、あの満員電車を本当に歓迎している人なんていないでしょう。

だったらなくす方法を考えるべきなのです。

しかし、その方法論は一度も耳にしたことがありません。

それだけ難しい問題だということでしょうか。

いや、むしろ、満員電車そのものが問題として意識されていないのかもしれません。

「そういうもの」として受け入れてしまっているのかもしれないのです。

そこが問題です。

首都に政府機関や企業が集中していることも問題ですが、それは少し大きすぎる問題のでここでは置いといて、一般人の意識を問題にしたい。

問題を問題として考えることが欠如していることです。

JRなどの鉄道会社は電車で乗客を目的地へ運ぶという「サービス」を提供しています。

一般的に、同じ料金のサービスは同じ量・質でなければなりません。

鉄道会社の提供するサービスは、200円で提供するサービスは同じ(つまり、200円分の距離しか運ばない)ですが、その質はかなり異なります。

座って優雅に行ける人もいれば、満員電車の中で呼吸も大変な状態で行く人もいます。

まずこれがおかしい。

本来はおかしい。

仕方ないというのも分かるけど、まずおかしいと思わなければならないと思います。

問題意識を持たなければ事態は変わらないからです。

 

ではどうすれば満員電車はなくなるでしょうか。

それは本来鉄道会社が考えるべきことなので僕は考えません。

もちろん社会の構造、つまり先ほど述べたように、都心に全てが集中しているということも同時に変えなければならないでしょう。

通勤・通学・帰宅時間をズらすとか、企業・学校ができることもあるでしょう。

しかしそれも一般市民が問題意識を持ってはじめて起る動きでしょう。

 

まずは当たり前を疑い、それを問題であると意識することが大事なのだと思います。

 

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2007年4月22日 (日)

今の選挙のやり方を何とか変えたい

今日は選挙の日ですね。

僕のところは市議会選と市長選がありました。

さっき投票を済ませてきたところです。

 

ところで、選挙公報を見て改めて思ったんですけど、一体何を基準にして投票する相手を選ぶのかって難しいですよね。

マニフェストなんてものがありますが、僕はあれを全く信用していません。

だから選挙公報なんて見ても正直判断できない。

全部ウソに見えてきちゃいます(笑)

今回の選挙は入れたい候補者が一人いたので迷いませんでしたが、もともとの情報がゼロで、情報が選挙公報だけだったとしたら、僕は誰に入れていいのか迷ってしまうでしょう。

いや、迷うだけならいいですね。

分からなくなって選挙に行かないってこともあり得ます。

実際、誰に入れたらいいのか分からなくて行かない人は多いと思います。

僕の妹は親に言われるまま、公明党の候補者に入れているようですし・・・。

 

僕はこの選挙のやり方を絶対変えたいと思っています。

しかしその方法論が思いつきません。

唯一思いつくのが、候補者を議論の場に引っ張り出すということです。

その議論とは、候補者だけのものではありません。

候補者全員と一般市民を交えた議論です。

「太田光が総理大臣だったら」をイメージしてくれればいいです。

ああいう場ではその人の本性が見えると思っています。

大事なのは一般市民がいるという点です。

政治家同士の話し合いは、主張もそれに対する反論も想像が付くからシナリオを予め作ることができますが、一般市民相手ではそうはいきません。

全然論理的でないことを言う人もいれば、自分のことしか考えていない人もいる。

議論としてはめちゃくちゃになるでしょう。

しかし、それが政治というものなのではないでしょうか。

そういう人たちの意見を聞けるか、そういう人たちを説得できるか。

この議論ではそういう大事な資質を見ることができると思うんです。

この議論を見た投票者たちはきっと一つの判断基準を得ることになるでしょう。

 

もしそうなればただ名前を叫ぶだけの選挙活動はなくなり、しっかりとした哲学を持った政治家が生まれるのではないでしょうか。

地盤・看板やら、組織票やらが力を持たないような社会にするためにも、市民一人ひとりに分かりやすい選挙にしなければならないと思います。

 

政治家を議論の場にさらけ出すんだっ!!

 

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2007年4月21日 (土)

男女は平等であるべきではない。対等あるべきなのだ。

近年の社会は男女平等を目指す傾向があると思います。

「女性も社会に出て働くべき」という考えから『男女雇用機会均等法』が生まれ、また、女性だけの職業だった看護婦やスチュワーデスは『看護師』『キャビア・アテンダント』と名称を変えました。

小学校では、男子も女子も「さん付け」で呼ばれるとか。

世間では、男女は平等であるべきという考えがもう普通になっているといえるでしょう。

では、なぜ男女は平等じゃなければならないのでしょうか。

まず『平等』の定義を明らかにしておきましょう。

 

----------------------------------------------------------------

【平等<びょうどう>】

かたよりや差別がなく、すべてのものが一様で等しいこと。

                                     ~広辞苑より~

----------------------------------------------------------------

 

これで何となく女性が会社員になりたがる理由が分かります。

男性と同じことをしたいというのが『男女平等』なのです。

同時にこれは少子化の原因も示唆しています。

男性と同じことをしていたら子供は産めませんからね。

 

さて改めまして、男女は平等であるべきでしょうか。

僕の答えは「NO」です。

なぜなら、もともと男と女は違うからです。

女性は男性よりも体格が小さいし、脂肪が多いから体力もない。

女性は妊娠・出産ができるが、男性はできない。

生物学的に見ればもっと多くの違いがあるはずです。

そしてその生物学的(身体的)な違いは必ず生活に現れてくるものだと思います。

だから男女平等なんて始めから実現不可能なのだと思うわけです。

実際、無理矢理男女平等なんてものを実現させようとするから少子化(出生率の低下)などの問題が生まれています。

 

ただこういうと女性をはじめとする一部の人が反発するでしょう。

そこで僕が考えたいのが『平等と対等』の違いです。

専業主婦が何故会社員になりたがったのでしょう。

なぜ男は外で働き、女が内で家庭を守るという形を嫌がったのでしょう。

それは、家事が労働よりも価値が低いとみなされていたからではないでしょうか。

だとしたら、問題はそこにあるのではないでしょうか。

重要なのは、女性を会社で働けるようにすることではなく、いわゆる家事といわゆる労働を、同等の価値とみなすことなのだと思うのです。

 

---------------------------------------------------------------

【対等<たいとう>】

双方の間に優劣・高下のないこと。双方同等であること。対々。

                                    ~広辞苑より~

---------------------------------------------------------------

 

女性が会社で働くこと自体が悪いわけではないと思うのですが、実際の問題として少子化は重要な問題です。

もし女性が会社で働くことでそれが助長されているのであれば、政策レベルで考えなければならないのではないでしょうか。

「人権」という厄介な言葉があるので、声を大にして「女性は家事に徹するべき」などということは言えないでしょう。

政治家がそんなことをいえば“失言”と言われるのは間違いありません。

でもこれは本当にちゃんと考えなければなりません。

人権を守ることがそれほど重要なのか。

確かに女性には「子供を生まない権利」があると思います。

しかし、僕たち人間はそこまで“動物”から脱却しなければならないのでしょうか。

僕は、この人間の考え(人権についてとか)が向かう先は人類の破滅でしかない気がしてしまいます。

まぁ多少大袈裟のような気もしますが・・・。

でも、僕ら「ヒト」も動物であることを思い出すと、やはり僕らには子孫を残す『義務』があると思うんです。

 

これは環境問題と少し似ています。

「子供を生まない権利」を主張することは、今の地球を汚す権利を主張することに似ています。

僕は思うんです。

自分の権利は大事だし、大いに主張するべきだけど、同時に他人の権利も尊重しなければならない。

よく、自分の子供たち、孫たち、その子供たちのために今の地球の環境を残さなければならないということが言われます。

それは、未来の人間たちも僕たちと同じように生きる“権利”があるからです。

これと同じで、僕たちは子孫を残さなければならないんです。

それはやはり、未来の子供たちには、“生まれて、生きる権利”があるからなのです。

 

平等と対等。

今一度考え直してみると、考えが変わることもあるかと思います。

 

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2007年4月14日 (土)

自画自讃

今日は眼科に行きました。

なんか昨日の夜、突然左目に激痛が走って、今日もまだ痛かったので。

僕は病院とか嫌いなので、本当に久しぶりの病院だったんですけど、やっぱ病院ってあんまいい所じゃないですね。

今日は子供がね・・・・・・多くて・・・ね。

まーうるさい。

別に仕方ないとは思うんですよ。

子供って泣く生き物ですし、いきなりあんな意味分かんない空間に連れて行かれたら不安にもなるでしょう。

で、僕が検査待ちで椅子に座っていた時に、ちょうど目の写真を撮るために一人の小さな女の子が連れてこられたんですね。

もちろんお母さんも一緒です。

その子がね、その写真撮る機械のとこに来た瞬間、まー泣く泣く。暴れる暴れる。

目の写真ですからね。少しでも動くと撮れないんでしょうね。

病院の人二人とお母さんの三人がかりで椅子に座らせて、10分くらい格闘した結果なんとか写真を撮ることができたようです。

その後も泣き止む様子はなく、「エーンエーン!」ずっと言ってました。

周りも何とか泣き止ませたいから、「頑張った頑張った」って連呼してました。

それでも子供は「エーンエーン!ウワーン!」。

一向に泣き止みません。

「頑張った頑張った!」

「エーンエーン!」

ずっとこのやり取りです。 (やり取り??)

とうとう子供は泣き止むことなく先生のいる部屋に診察のため入っていきました。

そこからもずっと泣き声は聞こえてきました。

「エーンエーン!ウワーン!うぇっエーン!がんばったー!うぇ~ん」

 

もう自分で「頑張った」言っちゃってました。

 

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それからの僕はもうニヤけるのを抑えるので必死でした。

 

 

あ、ちなみに僕の目の原因はただのゴミでした(笑)

 

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2007年4月12日 (木)

すぐに集団を形成する新入社員

さて会社員になって2週が過ぎました。

まだ研修しかしてないので、働くとか会社員の実感はあまりないですが、僕は早くもうんざりしていることがあります。

それは新入社員に対してです。

いや、お前もじゃんという突っ込みもあるでしょうが、それはちょっと置いといて下さい。

 

で、何にうんざりしているのかというとですね、すぐに固まることです。

朝僕が最寄り駅に着くと、そこにはどこの会社の連中か知りませんが、明らかに新入社員だろうって人が集団でいます。

どうやら駅で待ち合わせしているようなんです。

朝の忙しい時間にあんな集団が固まって動いたら、まー邪魔でしょうがないですね。

僕は思うわけですよ、「周りのこと考えろよ。会社くらい一人で行けよ」と。

そして電車に乗り込み、今度は自分の会社の最寄に着くわけですね。

そして会社に向かって歩いていると、続々と同期が固まりだすんですよ。

今日なんか、最初一人で歩いていたのにどんどん人が集まってきて6,7人の集団になりました。

別に僕のところに寄ってくるわけではありません。

なぜか新入社員は、同期を見つけるとそこに追いつき一緒に歩くんですね。

まぁ別に2,3人で歩くんならいいですよ。そんな邪魔にもならないでしょうしね。

でも6,7人はないでしょ。絶対邪魔だし、声も当然うるさくなる。

思わず歩くスピード上げてその集団から抜けちゃいました。

一緒だと思われたくなかったんです。

地元の駅で見た恥ずかしい奴らと、うちの同期が同じだと思うと、なんか情けなくて嫌になりました。

みんな頭はいいんですけどね。

まだまだ学生気分なんでしょうね。

まぁスーツ着ただけで疲れる僕もまだまだ学生抜けてないんですけどね(笑)

 

ちなみに今日の退社時、同期の一部が飲みに行こうとしていて、会社の前でたまっていました。

そこにいた一人が僕を誘ってくれましたが、僕はあの集団に加わるのはどうしても嫌だったので、誘ってくれた人には申し訳なかったですが、あっさり一言「行かね」と言って帰りました。

 

もう同期だけで集まってする研修にもうんざりです。

うちは内定者のうちから色々と集まる機会があったせいで、同僚である前に友達になってしまったことが痛いと思われます。

仕事の関係じゃないんですね。

それ自体が悪いわけではないし、仲が良いのは良いことに決まってますが、仲が良いせいでいつでも集団でいたがるのは事実だと思います。

人事は責任を取ってしっかり教育しないといけないでしょう。

 

んまー、それぞれの職場に配属されれば周りに同期も減り、自然と問題は解決されると思いますけども。

それでも、あのすぐに集団を形成する習性は、僕から見ると気持ち悪くて仕方ありません。

 

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2007年4月10日 (火)

“凄い人”の言うことが正しいわけではない

偉い人って何であんな自身満々なんだろう。

偉い人ってのは、例えば会社の役員とか、社長とか。

 

今日、会社の役員と話す機会があったのです。

 

彼の過去の功績は凄いと思うし、経験・実力もそりゃ僕とは比べ物にならないんでしょう。

でも、なぜ彼に僕の将来のビジョンを批評されないといけないのでしょうか。

彼は僕の目標について今まで何か考えていたのでしょうか。

いや、僕から話を聞いただけで、その場でパッと思ったことを言っただけでしょう。

なんて軽いのでしょうか。

何か偉いことをやった人は、誰に対しても、どの場面においても偉いのでしょうか。

僕はそうは思いません。

役員が考えたことのないことを考えている僕ら新入社員はいると思います。

なのにあたかも答えを知っているように全てを断言する。

少し弱気な人ならあれで夢をあきらめるよ。

まぁ、そんなくらいであきらめる夢ならはじめから叶わないという意見はあるでしょうが・・・。

僕は役員の話でさえ疑って聞いてるので全然そんな風には思わなかったけど、でもムカつきましたね。

僕はいつか政治家になりたいんですけど、それを聞いて役員は、

 

「政治家は器だろうな。器がでかくなきゃ。政治屋なら別だけど」

 

と言いました。

 

全く意味が分かりませんでした。

「器って何ですか?」

「なぜそう思うのですか?」

「僕は器が大きくなきゃいけないなんて思いません」

色々言おうと思いましたが、この人に僕の話をすることは不毛だと思ったのでやめました。

別に役員も僕が嫌いで言ったわけではないし、否定したわけでもないんですけど、何か知った風な言われ方をしたのが嫌でしたね。

あ、もちろん面白い話もあったし、僕は彼を凄い人だと思っています。

おそらく優秀なビジネスマンであり、アイデアマンなのだと思います。

 

ただ、それだからってあまり人の夢や目標を簡単に批評するなってことが言いたいわけです。

僕は彼の言葉でなく、何となく目から、「お前には無理だ」というメッセージを受け取りました。

役員がそう思っていたかは知りませんが、僕はそう感じました。

 

僕は絶対今の思いを持ち続けて、世の中に問題意識を持ち、実現したい世界を描き続けたいです。

そのためのパワーを会社で得たい。

パワーとは、金銭であり社会的地位であり、人的ネットワークであり、そこから生まれる発言力です。

忙しい毎日になると思いますが、そこだけは忘れずに、何の為に会社にいるのか、最終的に自分がやりたいことを何なのかを間違えないようにしたいと思います。

そして最後にあの役員に、

「どうだこんにゃろ」

と言ってやりたいです。

 

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2007年4月 9日 (月)

公立学校に競争原理??

都知事選は石原慎太郎が勝ちましたね。

投票に行って慎太郎以外に入れた人も、慎太郎に入れた人も、そして選挙に行かなかった人も、ようは全ての人がこれからの都政に注目していって欲しいと思います。

そして、何か問題があればどんどん文句を言えるといいですね。

 

さて、さっきニュースを見ていたら、教育再生委員会の話が出てきました。

何やら公立学校に競争原理を取り入れるとか。

つまり、公立中学の選択を都内で全て自由にして競争させる。そして、多くの生徒を集める学校の予算を増やすということです。

これに対する僕の見解は、「NO」です。

なぜなら、僕は義務教育の間は、教育は地域で行なわれるべきだと思うからです。

もし遠くの学校を選んで通うとしましょう。

学校では充実した生活を送れるかもしれません。

しかし部活をやれば帰りが遅くなるし、地元に帰れば周りに友人がいません。

当然保護者同士の付き合いもなくなります。

これは地域の崩壊を助長する流れといえるでしょう。

 

少し前までは地域密着などという言葉が流行り、地域の重要性がいわれていましたが、ブームが去れば忘れるのが日本人。

地域の重要性なんてもう頭にないのでしょうか。

何か問題を解決しようとして、未解決の問題を無視していては意味がありません。

社会問題はブームではないのです。

解決しなければなくなりません。

なくなったと思うのは、マスコミが騒がなくなっただけなんです。

そこを気をつけないと、いつまでたってもマスコミに振り回させ、利用されるだけの人生です。

 

さて、今回の問題が本格的に議論させるのはもう少し後らしいですが、どうか委員会にはよく考えて欲しいです。

競争の原理なんかを取り入れるよりも、もっと問題の本質を考えて欲しい。

予算を競争原理に則って分配すればいい教育ができるとは、僕には思えません。

そして地域離れを助長するという点でも、僕はこの案には断固反対します。

 

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2007年4月 7日 (土)

明日は選挙

いよいよ明日は都知事選です。

僕は以前、石原慎太郎を応援していると書きましたが、実は研修中に同期と選挙の話をした時、かなり石原反対の意見を聞きました。

例えば国歌強要についての批判。

同期の友人曰く、慎太郎はかなり学校や教師を圧迫しているそうです。

真実は分かりません。

ただ、そういう話が出るってことは受け止めないといけません。

そこで僕はゼロベースで候補者を調べてみることにしました。

まぁ多少の先入観が入っていたことは否めませんが(笑)

 

選挙公報を見たり、ネットで調べたりした結果、僕は慎太郎を応援することにしました。

調べれば調べるほど慎太郎の考えは僕の考えに似ている。

言いたいことをストレートに言うから、誤解もされるし敵も作るけど、彼の考えてることは同意できることが多いんです。

まぁ僕も敵を作りやすいですしね。

似てるんですかね。僕と石原慎太郎は。

 

Photo_124  

でももう一回勉強して良かったです。

今までは慎太郎以外は駄目だと思ってたんですけど、浅野さんは案外良いかもしれません。

宮城県知事時代はそれなりに評価されてたみたいですしね。

ただ、それだけの人なら石原批判よりも自分のポリシーを語って欲しかったですね。

 

まだまだ僕は勉強不足なので実際は誰がベストなのかは分かりません。

いや、僕だけではなく、誰にも分からないことなのでしょう。

だから僕は自分の考えを信じ、それに近い考えを持つ石原慎太郎に一票入れようと思います。

このしょーもないブログを見てくれている人で、東京に住んでいる人がいるなら、どうか明日は選挙に出かけましょう。

朝7時から行けるので、ちょっと用事がある人でも行けるでしょう。

「誰でもいいから」とは言わないけど、選挙に行かないよりマシです。

特に若い人には、まず一回選挙に行くことから始めて欲しいと思います。

「分からないから行かない」は言わないで欲しい。

誰だって分からないんだ。

でも、政治は生きてる以上絶対に関心を持つべきこと。

だって税金は嫌でも取られるんだから。

政治に文句を言う為にも、選挙には絶対行こう!

 

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2007年4月 4日 (水)

マナー研修

今日は一日マナー研修でした。

挨拶や名刺交換、電話対応などを習いました。
マナーは知った上で、無視するものは無視したいので、一生懸命やりました。

でもやはり、意味の分からないマナーは多いです。

席次とか名刺交換のやり方とか尊敬語・謙譲語・丁寧語の使い方とか。

ところで、マナーとは相手に気持ちよく仕事してもらうためのものだそうです。

そして、こちらがそう思っていることを伝える手段みたいです。

人に感情を伝えるのにこんな回りくどいことをしなければならないと思うと、少し悲しかったです。

偉くなったらマナーを少しずつぶっ壊したいと思います。

あ、でも中には良いと思えるマナーもあると思うので、そういうマナーはしっかり身につけないといけないですね。

元気良く挨拶するとか。

何てことないことで相手がいい気分になれるなら、それはそれで素敵ですからね。

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2007年4月 3日 (火)

反省

今日は一日座学でした。

ケツが痛いです。

それに今日は少し凹んでます。

またも自分の喋り方に問題があることを再認識したからです。

卒論のためのインタビューを録音した時に気付いていたのに直していませんでした。

そんな意識すら全くありませんでした。

僕はホントに学習できない人間ですね。

自分のこだわりがあるところで人と衝突したなら簡単には譲らないないけど、僕は喋り方にはこだわりはありません。

だから明日から意識して直していきたいと思います。

無駄に人を不快にさせる気はさらさらありませんので。

それ以外にも、もう少し謙虚な姿勢が必要だと思いました。

常識に流される気はないけど、僕も社会で生きていく以上、人を不快にさせない術は身につけたいと思います。

もちろん、そこで自分の哲学を曲げるようなことがあってはならないと思います。

明日はマナー研修です。

僕が最も苦手とするところでしょう。

頑張ります。

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2007年4月 2日 (月)

入社式

今会社近くのホテルに泊まっています。

今日無事入社式を終えました。

新入社員代表がそれっぽい決意表明をし、先輩社員にみんなで声を揃えて「よろしくお願いします」と言いました。

前日にはリハーサルまでやりました。

吐き気がします。

うちの会社って、結構面倒くさいです。


さぁ明日も一日研修です。

風邪がひどくなってきているので早く寝て治したいと思います。

あと3泊しないといけませんから。

ではまた。

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