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2007年6月

2007年6月30日 (土)

正確に性格に

昨日の研修で、外部スタッフさんとのやり取りの仕方を学びました。

直接会って話すわけではないので、こちらの意図やお願いしたい内容をちゃんと文章で伝えなければなりません。

大事なことですのでしっかり研修のプログラムに組み込んでくれたようです。

 

ところが、配布された資料にはこう書かれていました。

 

 

 

「(前略)ニュアンスを伝えるのではなく、性格に修正箇所を伝えなければならない」

 

 

 

 

 

さっそく正確じゃないんかーいっ!!

 

 

 

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講師は笑ってごまかしてました。

 

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2007年6月28日 (木)

感覚でもう一回やってみよう

会社にいるとやたら理屈を求められる。

まぁ当然ですね。

他人の考えなんて論理や理屈で説明してもらわないと分からないですからね。

でも僕はもうすでに面倒くさくなっています。

なんていうか結構どうでもいい。

ただ何となくやるのがいいとは思ってないけど、理屈や論理にそれほど意味があると思えないことがあるんです。

それは、後付けってことがあるからです。

後付けってそもそも根拠になり得ないはずだから意味がない。

理屈や論理を根拠に人を説得するのは当然の行為だと思うけど、僕は何となくの感覚で意見を言うことが多いからマジしんどいっすわー。

ポロっと言ったことに根拠を求められてもまじキツイ・・・。

 

Let's try this one more time with feeling.

                 blink-182「Don't leabe Me」

 

ただ感覚で仕事するのもたまには良い気がするんですけどね・・・。

会社でそれを望むのはちょっと図々しいですね(笑)

 

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2007年6月26日 (火)

実は非合理的な人間

今日も「ゲーム理論を読みとく」(竹田茂夫)から一つの言葉を紹介します。

 

戦争とは両方とも損をする選択、パレート非効率な資源配分なのだ

                                      竹田茂夫

 

これの説明はこうです。

両国の指導者が合理的であれば、戦争より政治交渉を好むはずだし、合理的であれば、客観的に決まっている勝利確率でパイを分割することに合意するはず。そうすることで「戦争のコスト」は政治的交渉によって避けられるからだ。

 

このことから解ることは、戦争とは非効率なものだということ

だって、奪う奪われるだけの関係だけでなく、ただ失われるものがたくさんあるわけだからね。戦争ってやつは。

その代表的なものが人の命、そして自然なわけです。

はじめから負けると分かっている国は、相手が望むものを差し出す方が合理的だということですね。

もちろんそんな簡単に決断できることではありませんが。

 

そこで、二つ目に分かることが、この世の中は合理的に動いているわけではないということ

非効率だと分かっていても戦争は起きるし、少子化なら子供を誰かが産めばいいわけだけど、それもしない。自らを滅ぼす道である自然破壊を平気でする。

この世はちっとも合理的なんかじゃない

なのに僕たち人間は自分らのことを合理的だと思っているでしょう。

論理的で筋の通ったことこそ正義で、みんな自分がそうしていると思っている。

論理なんて後付けだったりするのにね

 

論理的、合理的・・・。

人間はちょっと調子に乗りすぎてるのかもしれません。

格好のいい言葉を自分に当てはめて、自分を正当化している。

 

一旦、論理に酔ってる自分を見直す必要がある気がします。

 

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そういえば「論理よりも情緒」って、国家の品格で言ってましたね。

その通りだと思います。

 

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2007年6月25日 (月)

戦争の形

戦争はもはや人類の文化です

僕たち人類は常に争いを続けてきました。

しかしその戦争はいつも分かりやすく同じ形であったわけではありません。

「ゲーム理論を読みとく―戦略的理性の批判」(竹田、2004)によると、戦争は時代をおって近代戦総力戦(20世紀のふたつの世界大戦)、新しい戦争(第二次世界大戦後の内戦やジェノサイド)というようにその姿を変えてきました。

これらをまとめると下記のようになります。

 

 

①近代戦・・・軍事行動の正統性と実行力を独占する国家が、正規軍どうしの戦闘というかたちで戦争を行い、勝った方が負けた方から領土や利権や賠償金を獲得する。

 

②総力戦・・・近代戦から、戦闘員と非戦闘員の区別、軍事と民事の区別、政治と経済の区別が失われたもの。一国の経済力と技術力を総動員して爆撃機を製造し、敵国の住民を大量殺戮する目的で爆弾を空からばら撒くという第二次世界大戦の「戦略爆撃思想」は、総力戦の特徴を象徴している。

 

③新しい戦争・・・国民国家による暴力の独占が失われ、エスニック・グループや部族やテロリスト集団に軍事的暴力が拡散したもの。

 

 

こうして見ると戦争の形はただ変化してきているだけではありません。

確実に良くない方向に変化しているのです

国民国家による暴力の独占とは実に的を射た表現だと思いますが、それが失われ、今や暴力の権利は世界中に拡散しているのです。

敵がどこにいるか分からない。

そして誰が敵か分からない状態です。

敵なのに味方の振りをする国同士の喧嘩の方がはるかにマシだといえるでしょう。

 

これから先、戦争の形はどう変化するのでしょうか。

もはや戦争をなくそうなんて理想論を語る気にもなれません。

もちろん目指すべきとこはそこなんですけど、この流れでいきなり戦争をゼロにするなんて現実的ではないんです。

ていうか、僕はどう頑張っても戦争はなくならないと思っています。実は。

 

なくなるとしたらそれは、人類が自滅するときです。

「ヤバい、このままじゃ俺らみんな死ぬ」

そう思った時にきっと争いはなくなります。

そして人類みなで力を合せて取り組むわけです。

 

環境問題に

 

環境問題は人類を滅ぼす問題でもあるけど、戦争から人類を脱却させてくれる問題でもあるんです

そういう素敵な問題なんです。

だから、別に地球をキレイにしたくなくても、別に健康なんてどうでもよくても、ただ戦争に行きたくない人は、環境問題に取り組みなさい。

それがいい。

 

 

 

あ、また環境問題の話になっちゃった。

 

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2007年6月24日 (日)

人類は限りある存在なんだよ

突然ですが、地球って一つしかないと思いますか

あ、ここでいう地球とは固有名詞の地球ではなく、「地球のような星」という意味です。

つまり、空気と水があり、生物が存在する星です。

よく地球は「奇跡の惑星」なんていわれて、いかにも宇宙に唯一生物が存在する星みたいに思われています。

でも僕はそうは思いません。

これだけ広い宇宙で、同じような星がないなんて考えれない

だってそうでしょ。

例えば、何か誰も考えた事のないようなアイデアを思いついたとしても、それって大抵の場合誰かがすでに考えたことなわけですよ。

地球があるってことは、やはりもう一つ二つもしかしたらそれ以上地球と同じような星があるってことなんです。

たぶん。

大学で受けた「地球進化論」とかいう授業でも、生物が存在する可能性のある惑星はめちゃくちゃあるといってましたし

 

でも、じゃあなぜ宇宙人と遭遇しないのかって思いますよね。

地球人はもうすでに宇宙へ飛び出しています。

宇宙で暮らしている人もいます。宇宙ステーションとかいうところとか。

ただ、まだ行けるところはかなり狭い範囲でしかないのです。

 

そう。

つまりそういうことです。

広い宇宙のどこかにいる地球人のような人たちにもやはりそれが限界であるということなんです

お互いの領域に侵入するところまで技術を発達させることはできないということです。

技術の限界なのか、それまでに種族が滅びるのか。

どちらかです。

 

今の地球人を見てるとどうやら後者です

永遠に生きられるならたぶん人類はどこまでも技術を進歩させます。

宇宙のどこへでも行けるようになるでしょう。

でも現実はそうはならない。

人類は宇宙人に接触する前に滅びます

きっと宇宙の歴史はそうやって繰り返されてきています。

どこかで奇跡の惑星と言われる惑星が誕生し、そこに知能の発達した生物が繁栄するが、その惑星の周辺から出ることはできず、やがて何らかの原因で滅亡します。

 

でも人類がその殻を破る可能性はゼロではないでしょう。

つまり、技術をさらに発達させ、まだ見ぬ人類に似た種族に出会う可能性はあるといえばあります。

でも先ほども述べたことと同じ理由で、人類がそれをできるなら、今までにいたであろう人類のような種族がそれを先にやっているはずです

地球が宇宙の歴史の中で限りなく古い惑星であれば、僕たち地球人が先行して技術を発達させていると考えることもできますが、どうやら地球は宇宙の歴史の中で新しい部類に入ります。

それは、今地球が生きているということが証明しています。

 

僕たち人間には限界があるのです

何でもできるわけじゃない。

宇宙に進出して移り住むなんてできないし、地球を永遠に保つこともできない。

限りある存在なんです。

 

だったら僕ら人類は何をすればいいのでしょうか。

簡単です。

喧嘩をやめて、絶滅の時が来るまでなるべく長く生きることです

やがてみんな一緒に死ぬのに、今から殺しあうことはないし、自殺をすることもありません。

この場合の「殺し合い」が「戦争」を意味し、「自殺」が「環境破壊による自滅」を意味することはいうまでもありません。

 

どうせやがて滅びる弱き存在だ。

弱いもの同士助け合って、傷なめ合って、仲良くやろうぜい。

 

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こんなこと言っても誰にも響かないんだろうなー(笑)

タバスコの輸入を早くやり過ぎた猪木の気持ちだな・・・。

 

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2007年6月23日 (土)

空を見て世界平和を考える

とある日の朝。

目が覚め部屋のカーテンを開けると、そこには青空が見えた。

前日の予報では曇りと言っていたので、僕は何かラッキーな気分になった。

支度をして僕は家を出た。

空は曇っていた。

窓から見た一部の空が晴れていても、その周りは実は曇りだったりする。

 

僕は日本に生まれて今まで幸せに生きてきたけど、世界には多くの不幸や見かけ上だけの幸せがある。

窓から見える自分だけの空が晴れていても、それ以外は曇っていたり雷雨だったりするんだ

 

一体僕は、この広い空をどこまで見ればいいのだろうか。

 

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なんつって。

 

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2007年6月19日 (火)

暴力の連鎖を断ち切るために武器を送るアメリカ

今日の読売新聞朝刊の6面の記事です。

 

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米軍「敵の敵は味方」作戦

イラクスンニ派に武器供給

(前略)「我々が試みているのは、暴力の連鎖を断ち切ることだ。特に(宗派や部族の)現在地域では、暴力が暴力を呼ぶ悪循環が事態を悪化させてきた」。イラク駐留米軍のペトロイアス司令官は17日、米FOXテレビとの会見でこう説明した。(後略)

                          ~6月19日読売新聞朝刊より~

----------------------------------------------------------------

 

まったく意味分かんないわ、アメリカ政府。

自由とか民主主義とか言ってれば全部正義になるとでも思ってるんかね。

そんでやってることを正当化して世界の警察だなんて言っちゃってるんだもんな。

もはや、自由と民主主義って言葉は「郵政民営化」に並ぶ詐欺用語だっつーの。

 

こんな国が世界牛耳ってるんだからな・・・。

こりゃ世界平和は遠いわー。

 

戦争中毒―アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由  

 

 

仲良しの友達が悪いことしてんだから注意しなきゃいけないよな、僕たち日本人はさ。

 

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2007年6月18日 (月)

18歳は大人か子供か

国民投票法案がどうこう言われているときに、「18歳は大人か」という議論がありましたよね。

あれどう思いますか?

18歳は大人ですか?子供ですか?

 

これは難しい議論です。

というよりも、答えの出ない議論です

なぜなら、基準がないからです

何を以て大人とするかの基準はどこにもないのです。

どこぞの民族だと何か試練みたいのが与えられて、それをクリアすると大人として認められるとかあると思うんですけど、日本ではそういうのはありません。

「20歳になったら大人」という法律があるから、20歳から大人ということにしているだけです

だから急に18歳は大人か?なんて聞かれても困っちゃうわけですね。

そして大抵の人は、「18歳はまだまだ子供だ」というわけです。

 

でも、周りにいる人を見たら分かるかと思いますが、18歳以下でも立派に物事を考えてる人もいれば、40歳になっても何も考えてない人もいるわけです。

だから、18歳は大人とは言えなくても、一概に18歳は子供とも言えないと思います。

 

だったら18歳は大人か議論にどうやって決着をつければいいのか。

僕はもう決めちゃうしかないんだと思います。

「18歳は大人ってことにします!」もしくは、「今まで通り!変えません!」って宣言しちゃうんです。

まぁ好ましい態度であるとは思いませんが、僕は18歳を大人とすることには基本的に賛成なので、これでもいいかなと(笑)

 

18歳は、政治に興味もないし、金も稼がない。

そう考えると大人ではないかもしれません。

しかし、18歳を大人とすることで変わることがあるかもしれないと思うんです。

 

「人は役割を演じている」という考え方があってですね、学生は学生らしく、社長は社長らしく、父親は父親らしく、母親は母親らしく、男は男らしく、女は女らしく振舞う傾向があるそうです。

もちろん例外がたくさんいることは間違いないですが、僕はこの考え方はけっこう当ってると思っています。

僕はリーダーシップについて勉強していましたが、リーダーはリーダーになることでリーダーシップを発揮できるようになる場合が多いと思うんです

これを今回のケースに当てはめると、18歳を大人として認めることで18歳は大人になるのです

大人の定義が曖昧な以上、今の18歳と大人としての18歳がどう違うのかはっきりとは言えませんが、何らかの変化はあるのではないか、そしてそれはいい方向にいく変化なのではないかと僕は思っています。

 

まぁとにかく、もっと若いうちに政治に興味を持つべきだと考える僕は、18歳を大人とすることに賛成なんです。

ただ懸念すべきは、投票権を持った18歳を操作して憲法改正にもっていこうとすることで・・・・・・・・・

それを考えると理想ばかり言ってられないなって感じです。

 

うーん、難しい!

 

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2007年6月12日 (火)

アル・ゴアは魚の捕り方を教えてくれる人なのだ

今日は仕事の中でいい言葉を頂きました。

なんか職場環境を良くするためのチームみたいなのに僕は参加させられてるんですが、そこのリーダーの方が言った言葉です。んまぁ別にその人も誰かの言葉を引用しただけですが。

さっそく紹介しましょう。

 

魚を捕ってあげるのではなく

魚の捕り方を教えてあげなさい

 

僕はこの言葉を聞いて、会議中であるにも関わらず環境問題こそこれだと思い、アル・ゴアの一件を思い出しました。

みなさんは覚えていますでしょうか。

「不都合な真実」が公開されている真っ只中に、アル・ゴアの家がめちゃくちゃ電気を消費してるとかいってワイドショーで叩かれたのを。

日本では大して大きく報道はされていなかったと思いますが、アメリカではアホどもがやんややんや言ってたみたいです。

 

僕はこの報道を聞いたとき、別にアル・ゴアを責めようとは思いませんでした。

なぜなら環境問題とはそういうものだからです

そういうものとは、一人が突っ走って環境問題に取り組んだところで意味がないものということです

いくらアル・ゴアが電気を節約しても、二酸化炭素を放出しなくても、その他大勢が電気をガンガン使い、二酸化炭素ガンガン吐き出していたらやはり意味がないのです。

だからアル・ゴアの家でやたら電気使ってても別に何も思いませんでした。

むしろそこで、大袈裟なくらい節約してる人の方が実は危なかったりします

文明を壊してまで環境汚染をストップしようとする思想に近づきます。

僕はその考え自体には強く反対はしませんが、社会的には危ない思想であると捉えられ、信用を失うでしょう。

その点、アル・ゴアは一般的な感覚を持ったうえで、温暖化ストップを唱えていることになります

だから僕はむしろ安心したくらいなのです。

 

話を戻しますが、アル・ゴアは僕らに魚を捕ってくれる存在ではありません

ここを勘違いするから先のような報道が出てきたんだと思います。

アル・ゴアは魚を捕ろうと呼びかけ、その捕り方を教えてくれる存在なのです

そこを勘違いして、「お前だって地球を汚してるじゃないか」というのはちょっと言ってはいけないことです。

元も子もありませんから。

アル・ゴアは、もちろん自分でも地球を汚してます。

しかし同時にそれを防ごうとしてるんです。

そこを理解しないと、人類の文明を守りながらの地球温暖化ストップは実現不可能です

 

僕ら一般市民にはアル・ゴアのような影響力がないので、教えられた魚の捕り方を実行するのがいいでしょう。

身近な人に働きかけ、魚の捕り方を教えてやるくらいはどんどんやった方がいいですが、まずは自分ができることをやるのがいいですね。

 

魚を捕ってもらうのではなく、まずは自分で魚を捕る。

そしてやがては、魚の捕り方を教えてやる存在になりましょうよ。

だってやっぱり、自分だけでやるより、人もやってくれた方が効果倍増だからね!

一人じゃ持ち上がらない網だって大勢なら持ち上げられるってもんです。

 

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2007年6月10日 (日)

俺の地球を汚すな!!

地球の環境問題はとても大きな問題です

環境問題に関する特番もよく見かけますし、書籍も多く出ています。

アル・ゴアの「不都合な真実」もその一つですね。

 

しかし、まだまだ環境問題に対する意識は薄いように思えます。

エコバッグはまだ全然浸透していないし、エアコンは家庭や会社でガンガン使われています。

車もビュンビュン通っています。

自動車やエアコンなどはだいぶ環境に配慮されたものが増えていますが、それは「環境にやさしい」という文句をビジネスに利用しているだけのようにも思えます

技術的な進歩はあっても、個人個人に根付く環境問題への問題意識はまだまだ低いのではないでしょうか。

先日紹介した僕の会社での紙の無駄遣いも、結局は個人の意識が低いからです。

 

ではなぜ低いのでしょうか。

地球温暖化、環境破壊が人類に大きな影響を与えており、将来的には人類にとって絶望的な状況を招くことは色々なところで訴えられており、それにはとても説得力があるにもかかわらずです。

 

僕は考えました。

そして一つの答えを出しました。

「みんなの地球を守ろう」

とか、

「子どもや孫にキレイな地球を残そう」

とか謳うからダメなんです。

「みんなの」とか「子孫」なんて結局は自分ではない他人だからダメなんです。

自分だけのものじゃなく、同時に誰かのものでもあるものなんてそう簡単に大切にはできないのです。

人間とは実に利己的な生き物ですから

 

だったらこう考えたらどうだろう。

僕らは利己的だから。

そこを素直に受け入れて、それからこう考えたらどうだろう。

 

The World Is Mine!

俺の地球を汚すな!

        健ちゃん

 

World Is Mineなんて言ったら世界征服でも企んでいるのかと思われそうですが、そういうことではありません。

「他の誰のものでもなく、自分のものである地球」

そう考えたら地球を汚す愚か者を許してはおけないし、自分が愚か者にならないよう気をつけるのではないかと考えたのです。

利己的ゆえに地球を汚している人間。

次に主張するべきわがまま(利己)は、

「お前俺の地球汚すなよ」

これで決まりでしょう。

 

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先日購入したTシャツです。

このTシャツを着て、僕は僕の地球を守りたいと思います。

頑張ります。

エコバッグ買いました。

 

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2007年6月 9日 (土)

まずは子どもをちゃんとしつけよう

少し前の話なんですけど、仕事の関係で幼稚園年長さんのどもたちに接する機会がありました。

そこで僕は、勉強をする子どもたちを観察しました。

その際僕らホストは、ゲストである子どもとその親におかしとジュースを配りました

そのおかしを食べながら勉強をする子どももいれば、全く手を付けずに勉強をする子どももいました。

想像がつくと思いますが、おかしを食べながら勉強をする子はすぐにおかわりを要求し、勉強に集中ができていないように思いました。

逆におかしに手をつけていない子の集中力は比較的高かったように思います。

 

この機会を通じて僕は改めて実感したことがあります。

それは、教育における親の影響力の大きさです。

つまりしつけです。

今回のおかしを食べるか食べないかという問題を見ても分かるように、しつけというベースができていないと、いくらいい先生がいても駄目だし、いい教材があっても駄目です。

そこから先の教育が成り立つのは難しくなるでしょう。

その状態は現在の学校に現れているのかもしれません。

朝食を食べない

親が子どもを怒らない

このようなしつけのなさが、学級崩壊や学力低下を引き起こしているともいえると思います。

 

しつけというと実に多様で分かりにくいですが、つまり子どもにどれだけ我慢させるかということだと思います

子どもがしたいと思うことをどれだけ我慢させるかです。

僕はテレビゲームが好きでしたが、我が家では一日1時間というルールが幼い頃にはありました。

ご飯の前におかしを食べることも許されませんでした。

まぁうちのしつけはそれほど厳しいものではなかったのですが、最低限のしつけはあったと思います。

今の家庭はどうでしょう?

 

さらに、問題を家庭だけにおしつけるのもやはり駄目です。

教育者にも問題はあります

例えば、おかしやジュースを与えた僕らがまさにそのダメ教育者なのです。

たしかに子どもがゲストであり、こちらはホスト側。

ある程度のもてなしは必要だったかもしれないが、あくまで教育者として立ち振る舞わないとならなかったと反省しています。

おかしやジュースは勉強の後に、ご褒美的なものとして差し出すべきだったでしょう。

 

子どもが望むものを何でもしてあげるのではなく、子どもの将来を考え、それが教育的に本当に正しいかどうか判断しなければならないのだと思います

それが目の前の子どもを不機嫌にさせることもあるでしょう。

しかしそもそもしつけとはそういうものだし、教育とはそもそも子どもから望んで受けるものではないのだから、そこは割り切った判断をしなければならない。

 

親にしろ、学校の先生をはじめとする教育者にしろ、ダメなものはダメと、威厳ある態度で子どもと接しないとならないと思います。

 

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2007年6月 7日 (木)

名言紹介

今日は以前読んだ、「入社3年目までに勝負がつく77の法則」からある言葉を紹介します。

 

初めて起こるミスはない。

前回の反省が足りないのだ。

            中谷彰宏

 

僕もそうですが、人はミスをした時、「仕方ない。次から気をつけよう」と考えがちです。

僕はそれ自体が悪いこととは思いません。

仕方のないミスはあると思うし、それを繰り返さないことが大事だと考えるからです

でも、そのミスは防げたミスかもしれないということを忘れてはならない。

この言葉はそう言っていると思います。

「今度から同じミスはしない」と反省するだけでは反省が足りないのです。

なぜミスをしたか。

本当の原因は何で、どうすれば防げるのかを考えることが反省であり、そうすることで過去犯したミスを繰り返さないだけでなく、将来起こるかもしれない他のミスを防ぐことになると思います。

だから何かミスを犯した時、「次から気をつけよう」だけでなく、「ミスの原因は何だ?」「同じ原因でミスをしたことが以前にもあったのではないか?」と自問自答していきたいですね。

実は同じ原因で何度もミスを犯してることに気付くかもしれませんよ。

 

入社3年目までに勝負がつく77の法則  

 

 

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2007年6月 6日 (水)

調子がいい健ちゃん

僕はAB型です。

AB型はよく、二重人格などと言われます。

まぁ僕はそれを否定はしません。

なぜなら、人間は誰でも二重人格であるといえると思うからです

 

今日の帰り、同期と一緒になりました。

その人は内定者時代の早い段階で知り合ったし、サバサバした性格なので僕はけっこう好きです。

その人と話しながら駅に向かっていました。

まぁ何を話したかはよく覚えていないんですけど、何か自分の職場の話になりました。

そこで僕はガツーンとくる一言をくらいました。

その一言とは、

 

「たまに健ちゃんが先輩と話してるのを聞いてるんだけど、健ちゃんって調子いいよね

 

割と前フリなしでこれ言われました(笑)

僕はこれ以上傷付きたくなかったので深くは聞きませんでした。

本当は、「どういうところが?」とか聞きたかったんですけど・・・・・・我慢しました。

あ、「調子いい」って、絶好調とかそういう意味ではありませんよ?笑

 

僕が思うに、同期と接している時と態度が全然違うってことと、先輩に対して結構失礼な言動をしてるってことかなと・・・。

まぁどちらも認めます。

同期に対する態度と上司や先輩に対する態度が違うのは当然だし、そこは意識してやってる部分ですから。

後者に関しても、たぶん僕はそうしてしまっているだろうなと思います。

もちろんこちらは意図的ではありません。

もともと礼儀とかマナーとか知らない人間なんで・・・。

それに、僕のセクションの先輩方は本当にいい人ばかりで、結構遠慮なく話しかけたりできるんです。

それが同期にとっては嫉妬すべきところだったのかもしれません。

たしかに僕は同じ部署の同期の中で一番恵まれているかなと思います。

みんなの状況を把握しているわけではないですが、表情を見て、僕が一番楽しんでいるように思います。自分で言うのも何ですが(笑)

それくらいいい職場なんです。僕のいるとこは。

 

冒頭でも述べたとおり、僕はAB型ゆえか二重人格者であります。

でも僕だけでなく、みんな二重人格者なんです。

よく人は、

「あいつは普段は○○なのに、先輩の前では××だ」

なんてひがみを言いますが、自分もそうであることを忘れ、ちょっと上手くいってる人を妬んでいるだけなんです。

僕の場合上手くいってるというより、一番楽そうに働いてるってことで軽く妬まれたんだと思いますが・・・。

でもまぁそんなわけだから、僕は同期に言われたことをあまり気にはしていません。

言葉遣いは先輩に注意されましたし、そういう礼儀などは気をつけながら、これからも“調子よく”働こうと思ってます。

 

だってその方が楽しいんだもん。

 

二重人格かどうかなんてどうでもいいし、調子がいいかどうかもどうでもいい。

自由気ままにいこうじゃないか!

 

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2007年6月 4日 (月)

優先すべきは環境問題

僕の会社では紙をめっちゃ使います。

商品で使うだけでなく、会議やら何やらでとにかく紙を使います。

 

でも僕が何よりあきれているのは、それほど重要ではない“お話”にわざわざ紙を使っていることなんです。

僕のいるセクションでは、毎朝交代交代でテーマに沿った話をするんですけど、みんな紙芝居のようにわざわざ喋ることを印刷して見せてるんですね。

パワポをプリントアウトして使ってるんです。

まぁその方が分かりやすいってのは間違いないんですけど、わざわざ紙を使うまでもないだろうっていうのが僕の正直な感想です。

そんなことでいちいち紙を使ってたら紙がいくらあっても足りませんよ・・・。

 

僕は環境問題は真剣に考えていこうと思っているので、こういうのはどうも納得いきません。

確かに紙は便利。

紙に書いて見せたら、ただ喋るよりは効果的かもしれない。

でも、木を切り倒してまで使う必要のある紙かと考えたらそうではない

その代償を払ってまで使う紙ではないんです。

 

「あった方が便利だから」といってすぐ動くのではなく、「あった方が便利だけど、本当に必要か」を考えなければならないと、僕は思います

そして、環境問題よりも優先すべき問題はないと思っていれば、紙の使用は確実にもっと減るはずです。

 

優先すべきは絶対に環境です

人類を滅ぼす可能性があるとしたら、今のところそれは環境破壊による自滅しかないと僕は思ってます。

 

「あった方がいい」

この考え方をそろそろ捨てませんか。

 

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2007年6月 3日 (日)

会社のサッカー部と地域のフットサルクラブの掛け持ち

今日はサッカーとフットサルでした。

サッカーの方は、市のリーグの第4節。

僕はFWで初先発を果たしました(前半のみが始めから決まっている起用ですが・・・)。

前半のみでも僕は初先発に張り切りました。

でもチームとして上手く攻撃ができません。

一発で裏を狙うか、僕が一人でDFにプレッシャー掛けてボール取るくらいです。

何回かDFからボールを奪うことに成功し、その一回はキーパーと一対一になるところまでいきました。

しかし僕がシュートするタイミングを逃してしまい、キーパーが出てきてキャッチされてしまいました・・・。

残念無念です。

あともう一回シュートチャンスがありましたが、それも上にふかしてしまいました。

難しいボレーシュートだったとは思いますが、クロスボールがめっちゃ良かったので、せめて枠に飛ばしたかったです・・・。

 

とまぁこんな感じで後半頭で交代させられました。

試合は後半に1点入れられ、敗戦です。

 

僕は正直負けて当然だと思っています。

だってチームの意志が全く統一されてないんだもん。

ある人は僕に言いました。

 

「ボール蹴っていくから、どんどん裏走れ」

 

またある人は僕に言いました。

 

「引いて受ける動きをしろ」

 

まぁどっちもすればいいんでしょうけど、チームとしてはどっちを重視したいのか僕には分かりませんでした。

しかも新人の僕はまだあまり意見が言えません。

言ってもシカトされるんで言いません。

だから試合中混乱しながら、でもただ一生懸命走り回りました。

 

さらに試合後の反省会でのことです。

ある人は言いました。

 

「やっぱ中盤での横パスがないからキツイ。走り合いになっちゃう」

 

またある人は言いました。

 

「もっと蹴って良かった」

 

みんなで意見を言い合うのはいいとは思うんだけど、監督的な人がいるんだからその人が基本的な戦術を決めて、それに従う方が現実的だと思います。僕は。

それを基にして修正すればいいんだけど、今はみんなが思い描くサッカーがバラバラで、その個々人が描いてる理想に向かって修正しようとしてるから、結局まとまらず修正もできない。

これじゃチームは成長しないと思います。

やっぱチームは同じ方向向かなきゃ。

 

でもやっぱり僕は下っ端だから、皆さんに向かってこんなこと到底言えませんけどね・・・。

 

はー。

ただ純粋にサッカー楽しみたいわー。

マジ上下関係とかサッカーに持ち込まないで欲しいわー。

まぁある程度は大事だと思うんですけど・・・。

 

その点、僕のフットサルチームはそういうのないから素敵。

上は34歳だけど、全然偉そうじゃないし、むしろ下の19歳の奴が偉そうだったり(笑)

まぁもちろん僕が一番偉そうなんですけどね!

でも上下関係なんてものはない。

僕は一生このチームを続けたいと思っているし、まだまだ大きくしたいと思っています。

最近新しいメンバーも入ったし、素敵なクラブを目指してこれからも頑張りたいと思います。

 

そういう意味では、サッカー部の方は反面教師的に見る必要があるかも・・・。

それでフットサルの方に活かすことができれば全部OK!

 

ただサッカーとフットサルを同じ日にやるのはちょっとキツイ(笑)

フットサルの練習中に足攣ったし・・・。

もう少し年取ったらサッカーの方は退こうかな。

 

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2007年6月 1日 (金)

医者に自分の意見を言おう

タイトルの通りです。

今日会社帰りにまた歯医者に行って、親知らずを抜いてきました。

まだ麻酔が効いているのか、痛みは全くありません。

徐々に痛み出すのでしょうか・・・。

 

いやーそれにしても今日行った歯医者さんは前行ったとこと違って良かったです。

前行ったとこは、僕が右上が痛いって言ってるのに、

「腫れてるのは下ですねー

とか言っちゃってましたから。

しかも下の親知らずは大学病院とか行かないと抜けない曲者らしく、結局腫れ止めと痛み止めだけ出して何も治療しない始末。

それで3000円弱も取る始末でした。

 

でも今日行ったとこは、レントゲン撮ったりして口の中を見た後、

「あー歯当ってるねー。抜こう」

とか言って、すぐに抜いてくれました。

上の親知らずは抜きやすいと聞いていたのですが、その通りですぐに抜けました。

歯医者さんの腕も良かったのでしょう。

やっぱ医者って言っても様々ですね。

病院は選んだ方がいいです。

 

ただ、今日も実はすんなりいったわけではなかったんです。

抜いてくれたのはそこの院長だったんですけど、僕を最初診察したのは何やら若い女性の方でした。

その方は、抜いて欲しいと主張する僕に対し、

「これだけ腫れてると抜けないですね」

と言っていました。

でも僕は、

「ずっと歯が当ってるから、腫れは引かないんじゃないですかね」

と食い下がりました。

「腫れ止めも効かないし、様子を見ていてもラチがあかないと思うんですけど・・・」

とさらに畳み掛けました。

そのすぐ後に院長が出てきて、抜くことになったわけです。

 

僕が主張したから院長が出てきたのかどうかは知りませんが、医者に対して自分の意見を言うことは案外大事なのかもしれません。

医者の言う事を聞いてれば間違いないと思いがちですが、自分の体のことを一番わかっているのはやはり自分なのです

専門的な知識はなくても、感覚的に分かることって結構あります。

こうすると痛い。だからここがこう悪いんじゃないか。

これくらいのレベルなら簡単に想像できるわけです。

もちろん医者は知識もあるし、ハイテクなマシンを使って検査するわけだから、僕らよりも正しい判断をできるかもしれないけど、その前の段階で、医者に症状を正しく詳しく話すことで医者の判断のレベルを上げるわけです

そこに自分の意見が入ると、また医者はそれを判断材料として消化してくれるのです。(中には完全に無視する医者もいるかもしれませんが・・・。まぁそれはやぶ医者と断定していいでしょう)

また、意見は要望であることもあります

すぐ治したいから、今できる治療をしてくれということもあるでしょう。

だから意見を言うことはとても大事です。

 

いい医者にかかること。

そして自分の意見を言うこと。

これがいい治療に繋がると思います。

 

何はともあれ、歯を抜いてスッキリしました!

抜いた箇所が落ち着いたら今度は虫歯を治療するように言われました。

 

4本も(汗)

 

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