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2008年6月

2008年6月30日 (月)

定義付けの恐ろしさ

こんばんは。先ほど「ニートって言うな」という本を読み終わりました。なかなかに面白い本でした。健ちゃんです。

言葉の力ってやっぱり恐ろしいです。

この本を読んでも思いましたが、人って何かを定義づけると、とたんにその存在を認知し始めると思うんです。

まぁマスコミの影響と言ってしまえばそれまでですが。

ニート、フリーター、DV、メタボリックシンドロームetc。

これらは近年突如現われた人ではありませんが、名前がつけられ、定義つけられてから広く認知されていったと思います。

そして過剰に意識されるようになったと思います。

名前が付くとこうも違うのかという感じです。

また、その定義に当てはまってしまう人たちも、名前がつくとあたかも世間が自分を認めてくれたかのように思ってしまう人もいそうです。

「俺ニートだからさ〜」
「私、メタボです!(腹をさすりながら)」
てな具合です。

さらにタチが悪いのが、言葉(名前)が一人歩きして、最初の定義とは違う定義で世間に認知が拡がってしまうことです。

ニートは本来、働いておらず、就職活動もせず、学業にも励まず、というような人のはず。

ただそれだけの人のはずです。

でもニートというと「引きこもり」とかそういったイメージまで一緒についてくる人も多いでしょう。

名前をつけることの恐さはここにあると思います。

本当はニートの中にも様々な人がいて、一様にできるわけがないのに、名前をつけてしまうとそれが途端に忘れられて、「ニートとはこうだ!」と極端な定義付け、イメージ付けがされてしまうと思うのです。


マスコミに限らず、僕たちは何か面白い標的を見付けるとすぐに名前をつけたがりますが、どうなんだろうと思う今日この頃です。

とりあえずマスコミには踊らされないように気をつけます。

ではまた。

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2008年6月27日 (金)

国際化

こんにちは。人々と昼休みをずらし、優雅に休憩中です。健ちゃんです。

さっきボーっと歩いてて思ったのですが、国際化って一体何のことなのでしょう。

人や文化が交流することだとは思うのですが、その結果どうなることを国際化といっているのでしょうか。

一瞬だけ考えて思ったのは、国際化というのが、自国よりも優れているとされている外国の文化や価値観に、自国のそれを合わせることになってしまっているのではないかということです。

国際“化”というくらいですから何らかの変化がなければなりません。

じゃあどう変えようかというと、やはりどこかの国に合わせるということなんだと僕は思います。

国際化本来の目的と定義は知りませんが、そんな国際化なら僕はどうでもいいです。

外国の文化を取り入れて、オシム風にいうと「自国化」するならいい。

でもどこかの特定の国に文化や価値観を合わせていくのは、世界の画一化とむしろいうべきであって、それが世界が進んでる方向なら僕はとても悲しいです。

僕は日本人だからイギリスのプレミアリーグに興奮し、アメリカのパンクロックに魅かれるのです。

違う環境、違う価値観が存在して、それを受け入れられたときが面白いのです。


だから僕は思うのです。

夏に僕にスーツを着せようとするな!

ではまた。

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大家さん

おはようございます。引越し以来、初めて自分のところの郵便受けを開けることができました。前の住人宛てのものばかりでした。健ちゃんです。

昨日はとてもいいことがありました。

大家さんに郵便受けの開け方を聞いたとき、教えてもらうついでに大根の煮物とグレープフルーツを頂いたのです。

大家さんはけっこうなおばあちゃんで、たぶん若い人に良くするのが好きなんだと思います。

とても嬉しそうでした。

頂いた煮物をおかずに夕食を食べました。

めちゃくちゃ旨かったです。

一人暮らしをするとこんな事もあるんだなと思うと、これからがまた楽しみです。

次は何くれるんだろ…。

ジュルッ。

ではまた。

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2008年6月26日 (木)

ウカツ

おはようございます。風邪と捻挫が治りません。健ちゃんです。

昨日は久し振りに定時退社できました。

おかげで嬉しいシーンに出合うことができました。

家路を自転車で走っていると、路地でサッカーボールを蹴っている二人の子どもがいたのです。

道路を遊び場にする子どもを見て僕は嬉しくなりました。

僕がだんだんと近付いていくと、一人の子は僕に気がつきました。

しかしもう一人は気付きません。

気付いている彼も僕の存在を知らせようとしません。

僕はどんどん近付きます。

やがて僕は彼ら二人の間を通り過ぎようとしました。彼らは道を挟んでボールを蹴り合っていたので。

するとその時、案の定気付いていない方の彼がボールを蹴ったのです。

ボールは僕の左側からとんで来ました。

幸い子どもが蹴ったボールなので威力はありません。

僕はすかさず左足でトラップし、ヒールキックでボールを戻してやりました。

自転車を漕ぎながらの一連の動作に目を奪われたであろう子どもたちの視線を背に、僕は何事もなかったかのようにその場を去りました。


捻挫している左足に激痛が走ったことは言うまでもありません。

チーン。


ではまた。

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2008年6月24日 (火)

危ない25歳ってか

おはようございます。一人暮らし1週間で風邪引きました。捻挫もしました。踏んだり蹴ったりです。健ちゃんです。

今朝、フジテレビのめざましテレビという番組を久し振りに見てみました。

スポーツコーナーで司会の大塚さんがサッカーのロシア代表のアルシャビンという選手の名前を、明らかにお前知らなかっただろという間違え方をした後、「いやー今絶好調ですからね。本当にいい動きしてます」と褒めちぎっていました。

説得力ゼロ!


その次のニュースは、秋葉原の無差別殺傷事件関連のもので、犯人が25歳だったから25歳に注目してみようというクソみたいな企画で、どう抽出したのか知りませんが、25歳の人がたくさん出てきてインタビューに答えていました。

勝ち組負け組について、恋人や友人についてなど色々答えていました。

そこから得られるものなんて何一つありませんでした。

めざましテレビの結論も、「ちょっと最近怪しい25歳だけど、ちゃんと見れば良い人もいるんだよ」ていうようなものでした。

僕は最近、ニュースを全く見ない生活だったので、まず25歳がそういう風に思われていたことに驚きあきれました。

テレビ(情報)に踊らされる世間が目に浮かびました。

スポーツニュース然り、報道然り、めざましテレビはろくでもないことが分かった朝でした。


ちなみに僕は今年25歳です。

僕アーメン。

ではまた。

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2008年6月20日 (金)

TSUTAYAポイントの使い方

おはようございます。最近パソコンのフリーゲームにハマってます。あれにはかなり自由な発想と思想、メッセージがつまっていて、とても面白いです。健ちゃんです。

昨日TSUTAYAで漫画を買いました。

BECKの33巻です。ROOKIES文庫版の3巻です。

合わせて1199円とかでした。

レジの店員さんは、「ポイントで端数の99円お引き致しましょうか?」と言いました。

僕はすかず、「お願いします」と答えました。

100円玉が一枚しかなかったので。


このようなポイントの使い方を勧められたのは初めてでしたが、なかなか良い提案だなーと思います。
いらん小銭が発生しないから代金の受け渡しもスムーズだし、財布も膨らまない。

なぜ今までなかったんだろう(あったとしても出合わなかったのだろう)と思います。

きっとポイントの消化はグンと増えると思いました。

そんだけ。

ではこのへんで。

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2008年6月18日 (水)

アルソック

おはようございます。一人暮らしを始めてネットが使えなくなったので携帯からの更新です。健ちゃんです。

つい先ほど、通勤のため駅に向かっていると、一台の車が朝っぱらから電柱に突っ込んで止まっていました。

警察官が2人ほどいて、事故の検証をしているようでした。

またその隣りには事故の現場をパシャパシャと写真に撮っている人がいました。

保険屋かな?と思いましたが、その人が着ていた制服にはALSOK(たぶんスペル違うけど、アルソックと読んでください笑)と書いてありました。

アルソックはそんなこともするのかー。さすが総合警備会社だなーと思いましたが、事故った車を見ると「ALSOK」と書いてありました。


お前のかーいっ!!

ALSOKアーメン。


ではこのへんで。

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2008年6月15日 (日)

ものは言い様

マックで、「何も入れたくない」を売り文句にしているアイスコーヒーが発売された。何も入れなくても美味しいということなんだろうが、怪しいものだ。
昔、「急いで飲んだらもったいない」を売り文句にしているコーヒーがあった気がするが、それは凄い濃い味で、とても急いでは飲めないものだった記憶がある。
このマックのコーヒーも同じか!?
試す気はないけど。

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何でも教育のせいにすればいいってもんじゃない

社会の問題解決のために、「教育」をその手段として選ぶことは、問題の原因を子どもに押し付けているか、自分の時代での問題解決を諦めているかである。

もちろん教育は大事だけど、大人が尊敬されるべき存在でいることが子どもにとって最良の教育だと思うので、大人は社会の問題を、絶対に若者のせいにしてはいけないんだと思う。

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2008年6月 8日 (日)

秋葉原通り魔事件~報道がもたらす悲劇~

こんばんは。お久しぶりです。健ちゃんです。

 

今日は家に帰ってくるなりタイトルのニュースを目にしました。

本当に悲惨な事件だったようです。

生々しい写真がYahoo!ニュースなどに掲載されていました。

 

僕は結構前から発言していますが、こういう事件はマスコミによる報道がもたらしていると思っています。

事件の全部の原因を報道のせいにするつもりは全くありませんが、大きく関係していると思います。

今回の事件の容疑者は「人を殺したかった」と言ってるそうですが、これつい最近の通り魔事件で聞いた台詞ではありませんか?

どこかの駅で起きた通り魔事件。

今回の容疑者はおそらくこの事件を知っていたでしょう。

直接の動機がこの事件にあると言いたいのではありませんよ?

ニュースなどでその事件を知ることにより、自分の鬱憤や不満を晴らす方法を得るということなんです。

例えば、この世に殺人なんて言葉がなければ僕は幾分か人を殺すという行為は減るだろうと思っています。

それと同じことです。

人は言葉や映像で想像を働かせます。というよりも、それがなければアイデアは思い浮かびません。

ゼロベースで考えてあるアイデアに至る人なんてほとんどいないのですから。

考えの基になるもの、あるいは模倣の手本があってアイデアが生まれる。

今回の無差別大量殺人だって、どこかで似たような参考資料があってアイデアが生まれたと考えるのが普通だと思います。

そしてその参考資料をどこで手に入れるかというと、やはりテレビなどによる報道なんだと思うのです。

 

なんていうか、テレビ局も結局会社なので利益第一ですから、“面白い事件”は大々的に扱うでしょうし、それに国民も食いつきます。

だから殺人の連鎖を生むような報道はするなと言っても実現が難しいのは分かっていますが、でも僕はもうちょっと報道する側に配慮を求めたい。

例えば新聞なら、一面にデカイ写真入りで、誰かを煽るような見せ方はしないで欲しいし、テレビなら事実のみをサラっと報道して、心理学者とか出てこないで容疑者や社会背景を分析しないで欲しい。

本当に。

そういう詐欺まがいなことは社会をおかしくするだけだと僕は信じています。

 

だんだん機嫌が悪くなってきたので今日はこの辺で。

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