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2008年12月 7日 (日)

アナウンサーうるさい

Photo 今K-1グランプリの決勝戦を見ている。

見ようと思っていたわけではないが、帰ってきてTVをつけたらやっていたので見ているという感じ。

ちょうど決勝に進んだ2選手の入場だった。

フジテレビの、確か三宅というアナウンサーがやたらと喋っていた。

僕は台無しだと思った。

あの時間は、選手の表情が最もよく観察できる時間であり、アナウンサーが作った言葉では表現できないものがあるはず。

競馬でいうならパドックだろうか。

選手の表情を見て、「緊張しているな」とか、「気合入ってるな」とか、そういうことを想像する時間なのだ。

なのにその想像の余地を与えずに、まるで「間」を恐れるかのように喋り続けるアナウンサー。

女子高生かっ!!

アナウンサーは「自分が感動を与えるんだ」と、完全に思い違いをしていると思う。

お前が感動を与えるわけではない。あくまで脇役なんだ。脇役が主役を食おうとしたら、舞台自体の魅力が下がることは誰にだって分かるだろ。

でもそれをしようってのがアナウンサーで、それが残念で仕方がない。

 

それと同時に思い出した。

スポーツ科学部在学中に、名前は忘れたけど、楽天イーグルスの初代GMとなったあのアメリカ人の講義で、一度大リーグのVTRを見せられたことを思い出した。

今でも覚えている。(2003年か04年)

どのカードの、どのバッターかは全く覚えていないけど、あるホームランに対して、現地アメリカの実況のアナウンサーはそのバッターがダイヤモンドを一周する間一言も喋らなかったんだ。

そこには観客の歓声と、ゆっくりと走るそのバッターの姿のみがあった。

僕はそこから、会場の雰囲気、そしてバッターの表情をじっくりと味わうことができた。

これが実に心地よかった。

 

言葉になっていない、つまり共通言語になっていないから、視聴者によって感じ方はそれぞれだろう。

だからいい。

何かを見て、それをどう感じるかなんて人それぞれでいいんだと思うから。

どう思おうが勝手。「こう思わなきゃいけない!」なんて強迫観念はそこにはなくていいんだ。

でも実況のアナウンサーは恐らく、“感動を共有”させようよしている。

つまり、万人に全く同じ感動をお届けしようってわけだ。

調子に乗るのもいい加減にして欲しい。

そんな力を持った人間はどこにもいない。

確かにテレビという力を借りて、アナウンサーは幾分かはそれを実現できるかもしれない。

でも僕はそれをうっとおしいと思うんだ。

 

K-1に限らず、実況のアナウンサーは本当に喋りすぎだと思う。

得に無理矢理感動させようという話にはうんざりする。

喋らないことで伝わることもあるということ、そしてたまにはそれの方がより人に感動を与えることを知って欲しいと思う。

そしたらテレビで見るスポーツが格段に面白くなるに違いない。

 

その点、WOWOWのアナウンサーはかなりいい線をいっていると思う。

民放アーメン。

 

ではまた。

 

↓THE SUMMER SET「Close To Me」

 

 

 

 

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