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2009年1月

2009年1月31日 (土)

good conversation

Photo 昨日は朝から会社へ行き18時前まで働いて振られた友人をなぐさめる会第2弾をやって日付が変わって昼の13時に帰ってきた。

 

月曜日にその友人とはサシで飲んで、その時は振られた彼女について、男と女について、女について、色々と話した。

でも今日はROONEYSのメンバーも何人か集めて合計6人で飲んだ。

飲み会の最中僕は、告白するのはいつも男で、振られるのもいつも男だな、と思った。そういうふうにできてるんだな、人間は、と思った。

「男女平等」なんて言葉は一刻も早くなくならなければならない。

 

2次会はいつものKさん家。でもその前にラーメンを食べに行った。超うまいラーメン屋が高円寺にはあるのだ。

そこで変な人に出会った。僕と友人が隣り合わせになって食べていると、僕の左隣にいた男性が話しかけてきた。その男性は二人組で、なぜか僕達は食べながらずっと彼らと話していた。

それが実に愉快だった。

別に何てことない会話だ。それ何食べてんの?とか、歳は?とか、どこで飲んでたの?とか、静岡から来たの!?じゃあサッカーチームどこ好き!?とか。

彼らは29歳だった。でも僕らはおおよそタメグチで話した。

あ~、こういう会話っていいな、と思った。ただ通り過ぎるだけの会話だし、意味があるかと聞かれれば、ない、と答えるようなものだけど、こういうことが人生を面白くするんだと思う。

この前も駅の駐輪場のおじいさんに話しかけられて何気ない会話をした。何てことない会話だ。

おう!おはよう!何時頃帰ってくる!?、う~ん、夕方くらいっすね、夕方か~じゃあこのへんがいいよ!うん!ここに止めな!とか、彼からしたら仕事なんだけど、そんな話をする駐輪場のおじいさんめったにはいない。少なくとも僕は出会ったことがなかった。

僕との会話が終わり僕が去ろうとしたときに、違う若者が駐輪場にやってきて、おじいさんは同じように話しかけようとした。でも若者はイヤホンをしていてそれに気が付かず、あるいは気付かないフリをして通り過ぎてしまった。

あ、やつは1つ人生をつまらないものにしたな、と思った。

 

ラーメン屋を出てお酒を買ってKさん家に行った。ZIMAで乾杯し、ワインを飲む予定だったが、案の定と言ってはなんだが、僕はZIMAすら飲み切らずに寝た。

リビングで寝たはずだったが、翌朝起きたら寝室にいた。そこには布団2枚に僕を含めて4人が寝ていた。まったく記憶にない移動だ。聞けば僕は自分で移動したらしい。こっちで寝ろ、という友人の声に僕は素直に従った、らしい。

ワインおそるべしだ。

でも二日酔いはない。最近飲む機会が増えていて、アルコールが残らない体になった気がする。肝臓の機能がよくなったのだろうか。

 

みんなよりも早く目が覚めてしまったので、一人で読みかけの小説を読んでいた。犬が僕のあぐらをかいた脚の上に乗ってくるので重かった。

やがて一人、二人と起きてきて、くだらないテレビを見たりしてぼーっと過ごし、12時頃に家を出た。

きっとあいつが彼女のことを忘れることに一役、いや二役くらいは買えただろう。

 

帰りの電車の中で一通のメールが来た。

「合コン1コ組めそうだよ!」

あいつが彼女のことを忘れる日は、案外近いのかもしれない。

 

 

ではまた。

 

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2009年1月29日 (木)

うるせえよ雑談

Photo 今日は昼から会社へ行き19時過ぎまで働いて帰ってきた。

 

会社に行く途中、最寄り駅の近くで昼食をとった。まだ乗る予定だった電車まで時間があったので本屋へ行った。

そこで僕は伊坂幸太郎作品を見つけてしまった。

「陽気なギャングの日常と襲撃」

伊坂幸太郎の作品はそれなりに調べたはずだったが、これは迂闊だった。知らなかった。しかも新書だ。

ハードカバーでしか出ていないものは意図的に買っていなかったが、新書であれば即買いだ。

まだ「ねじまき鳥クロニクル 第3章」を読んでいる途中だが、正直早くこっちが読みたい・・・。速攻で読んでしまおうクロニクル。

 

 

昨日、今日と、19時を過ぎてまで仕事をしてしまった。

僕は、特に今月はほぼ17時半に帰っていたから夜の会社の雰囲気は久しぶりだった。

やはり居心地のいいもんじゃなかった。

僕の気分を害すもの、それは雑談と笑い声だ。

昨日は隣の課の人がずいぶん長いこと3,4人で雑談をしていて、しまいには鼻歌を歌い、「こんな歌じゃなかったっけ!?」などと言い出す始末だった。

まるで中学校の放課後の教室だなと思った。

どうにかしてあの集団と違う空間で仕事をすることはできないだろうか。

 

今日も別のグループから雑談が聞こえていた。

いや、厳密には雑談ではなかったような気もする。たぶん仕事の話が盛り上がってうるさくなったんだろう。

いつもは雑談なんてない人たちだし。

でも僕はちょっとイライラすることがあって、だからそれにもイライラしてしまった。

 

【雑談<ざつだん>】

さまざまの談話。とりとめのない会話。ぞうたん。「―して時を過ごす」

                  ~広辞苑より~

 

放課後の雰囲気が楽しいのは僕にも分かる。

でも会社でそれを味わったらいかんでしょうと思う。

残業代が出ないような会社ならいいよ別に。ダラダラ残っても給料は一緒なんだからさ。

でもうちは違うだろ。

残業代きっちりもらってんだからさ、お金もらってる時間はちゃんと働けよと思う。

んで、そこから開放されてから自由に話したり鼻歌歌ったりすればいいじゃないか。

なんでわざわざ会社で騒ぐんだよ。

ちゃんと考えてんのかな。いろいろ。自分のこととか。あと労働について。

仕事中に雑談してる自分を想像したこともないんだろうな、きっと。

楽しくなりすぎて周りが見えなくて迷惑かけまくる高校生みたいだ。

 

想像力が欠けてんだよ。

 

でも僕はあの人たちに何も言わない。

「○○さん静かにしてよ!」と注意もしないし、「課長!○○さんがうるさくて仕事に集中できません!」とチクったりもしない。

中学生気分に付き合う気は僕にはない。

それよりも、残業の時間をそういう最悪なものと出会う時間と決め付けて、残業を避けることの方が僕にとっては有益だ。

僕の関係ないところでやるのは、僕には本当にどうでもいいことだからね。

勝手にどうぞ、だ。

 

ただ、もしその人たちが仕事の中で僕に何か意見することがあったとしたら、僕はその意見を偏見無しに受け入れることができる自信は、正直ない。

意地になって反論すらしてしまいそうだ。

 

ではまた。

 

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2009年1月28日 (水)

優しさ

Photo 今日は朝から会社へ行き20時まで働いて、帰りに本とCDを買って帰ってきた。

 

今日は全社的な朝礼があった。そこで聞いた副会長の言葉に、僕は苛立った。

それはどこぞの国の誰かの言葉を引用したもので、全部は覚えていないんだけれども、こういうものだった。

 

「優しくない人間は、生きる資格がない」

 

何を言ってるんだ。

生きる資格?そんなもんあるかよ。

僕達は別に生まれる資格を勝ち取って生まれてきたわけではなく、ただ生まれただけじゃないか。

なのに資格だと?

じゃああれだ。優しくない人は死刑だ。この日本なら僕は死刑だな。

まったく冗談じゃない。

では僕はこう言おう。

 

優しくない誰かに向かって、生きる資格がない、なんて言う資格は誰にもない。なぜなら、他人に、生きる資格がない、なんて言う人間は優しくないからだ。

 

【優しい・恥しい<やさしい>】

《形》文 やさ・し(シク)(動詞「痩す」の形容詞形)

①身も痩せるように感じる。恥かしい。

②周囲や相手に気をつかって控え目である。つつましい。

③さし向かうと恥かしくなるほど優美である。優美で風情がある。

④おだやかである。すなおである。おとなしい。温順である。

⑤悪い影響を及ぼさない。

⑥情深い。情がこまやかである。

➆けなげである。殊勝である。神妙である。

                  ~広辞苑より~

 

優しいって、意味多すぎだろ。こういう言葉はみんな曖昧なまま使うんだ。よく分からないまま。

こんなに曖昧な言葉なのに、人は優しい人を好みすぎる。

そんな奴らはイラク戦争に賛成しとけっての。

民主化は優しさなんだろ?

 

 

本は「ねじまき鳥クロニクル」の第3章を買った。

まだ第2章を全部読んでいないんだけど、おそらく今夜には読み終わると思ったから次を買っておいた。明日は午前半休だから午前は読書をするつもりだ。

 

CDはMxPxの「slowly going the way of the buffalo」を買った。

MxPxは僕がパンクを好きになったきっかけでもあったバンドだ。

まだ持っていないCDがあって、それをCDショップでたまたま見つけたから買った。

今日はこれから音楽聞きながら読書で決まりだ。

 

 

そういえば、僕が普段外で使っているポータブルMP3プレーヤーの調子が悪い。

なぜか朝電源が入らない。バッテリーではなく電池式なのだが、電池の充電はちゃんとしてある。でも入らない。んで結局電源入らずにカバンに入れて会社に行くんだけど、帰りに電源を入れようとすると一発でつく。

こんな日が結構ある。

夜はつくが朝はつかない。なんかのなぞなぞみたいだ。

だから僕は買い換えるかどうか迷っている。死んでるようで生きている。

そうか。脳死判定を受けた人の家族はこんな気持ちなのかもしれないな。

違うか。

だいぶ違うな。

 

 

ではまた。

 

 

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2009年1月27日 (火)

地球を回してんのは陽気なギャングじゃないんだぜ

Photo 今日は昼から会社へ行き17時半まで働いて帰ってきた。

 

今日は午前休を取っていた。昨日彼女に振られた友人をなぐさめてお酒を飲んでいたからちょうどよかった。

ちなみに友人が振られたのは昨日の朝で、僕はその前日の日曜日に、「あいつが彼女と仲良くやってるから世の中の流れが悪いんだ。きっとあいつが別れたら俺に彼女ができるし、不況も回復するぞ」という発言をしていた。

そしたら友人は本当に振られ、僕はそのなぐさめる飲み会を見越していたかのように午前半休を取っていた。

友人は振られてひどく傷付いた。でもそんなことは一切何も関係ないかのように地球は回っていた。回しているのは僕かもしれない、と思った。

僕の発言にみんな注目するがいいさ。ふはは。

しかし友人のことが心配だ。

 

 

会社からの帰りに牛丼を食べた。

食べていると、一人の男性が食べ終わり店を出た。

自動ドアが開く音で店員はそれに気付き、「ありがとうございました。またお越しくださいませ」と言った。男性はもうドアの外だった。

店員の気持ちは外に出てしまった男性に向けられたものだったが、それを受け取ったのは店内に残っている客たちだった。

葬式やお通夜と似てるな、と思った。

 

さてまだ19時だ。

もうご飯も食べてしまった。

本を読んで、さらに新しい本を買いに行くこともできそうだな。

うん、そうしよう。

結局僕はこの前、「ねじまき鳥クロニクル」の第2章を買った。

その続きを読もうと思う。

 

ではまた。

 

あ、そうそう。

今日会社で、社内でのバレンタイン廃止の連絡があった。つまり義理チョコはあげなくていいですよ、ということだ。

今年の僕のバレンタインチョコがゼロに決定した瞬間だった。

 

アーメン。

 

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この世は悲しみに満ちている。

世界のどこかで飢えで死ぬ子がいる?

戦争に巻き込まれて死ぬ善良な市民がいる?

ヒーローが政府によって暗殺される?

 

僕にとってはそんなことは悲しみでも何でもない。

僕にとってはリアリティがない。

そんなものテレビとか本でしか触れたことがない。

 

悲しいことは、愛してやまない人に別れを告げられることだ。

これほど悲しいことがこの世にあるのか。

ちなみに僕は今日も酔っ払っている。

死ぬことは悲しいことじゃない。当たり前だ。

生きることが悲しいんだ。生きていなきゃ悲しくないんだ。

なんで別れなきゃいけないんだ。いや、分かってはいるんだ。男と女なんてそんなもんだってね。

男と女の関係に限らず、人の気持ちなんて変わるもんだってことは。

でも、やっぱりこれは悲しいよ。

 

僕は彼らを本当にお似合いのカップルだと思っていたし、絶対に結婚して欲しいと思っていた。でもそれはどうやら叶わないらしい。

うまくいかないもんだ。

僕はもうすっかりやる気がなくなってしまったよ。

以前、このブログでも書いたけど、ちょっと前にも僕がそう思ったカップルが別れている。いずれも女が男を振る形だ。

あ、いらんことを言ってしまった。

どっちがどっちを振ったかなんてあまり関係ない。僕が男で、僕自身の経験上の感情が表れてしまった。

でも結局、僕らには別れが来るんだなと思う。それは仕方ないんだ。

極論を言えば死別がくるわけで。

でも、だからこそ、あえての別れ、つまり積極的な意思表明による別れは残念だと思ってしまう。なんでわざわざと。

まぁ感情に左右される人間ってことか。うーん。そんなこと言っても僕は何も納得できないでいる。

あー、分からない分からない。

何なんだ。一体何だっていうんだ。卑怯じゃないか。

何も言わずにいきなりライフルを心臓目掛けて打ち抜くようなものだぞ。

抵抗のしようがない攻撃は卑怯だ。

宣戦布告のない攻撃は卑怯とされているだろうが。それで日本が落としいれられたことを知らないわけではないだろうが。

あー。僕は一体何を言ってるんだろうか。

酔っ払っているせいにしておいてくれ。もう放っておいてくれ。

もうどうでもいいんだ。

悲しみの中に微かに光るものなんて、僕には探せないよ。

きっとあいつにも当分無理だ。だからこの世は悲しいと言ってるんだ。

 

 

 

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2009年1月25日 (日)

微妙は揺れる

Photo 今日はフットサルの大会で、その後DVDを借りて家に帰ってきた。

 

フットサルの大会は予選で敗退してしまった。

僕の調子はかなり悪く、チームに迷惑をかけまくった。いや、僕だけじゃなくチームの流れもよくなかった気がする。

そういうときはある。

 

帰りにフットサルコートから駅まで歩いて向かっている時に、僕はふと気付いてしまった。

前を歩くチームメイトが彼女と仲良く手をつないでいるのを見て気付いてしまった。

僕の周りにいる人にはほとんど恋人がいる。

僕には恋人はおろか、好きな人もいなければ僕を好きな人もおらず、休日にデートする相手もいない。

僕は現在25歳で、今年で26歳になる。

僕はこのことを隣にいたチームメイトに話してみた。僕は気付いてしまったよ、と。一人ぼっちなの僕たちだけだよ、と。大体の25歳は彼女の一人や二人いるっぽいよ、と。

ちなみに彼にも恋人はいない。

すると彼はこう言った。

「俺はずっと前から気付いてた。だから焦ってる」

気付いてなかったのは僕だけだった。確かに彼は最近、彼女作ろうと頑張っていた。

そういうことかよ。

 

 

でも僕はどうしたらいいか分からず、とりあえずTSUTAYAで「ゆれる」という映画を借りて観た。

とても面白かった。

オダギリジョーが主演なんだけど、やっぱりいい。僕は俳優ならオダギリジョーが一番好きだ。

俳優はオダギリジョー。女優は蒼井優。

この映画では、とある兄弟の絆というか関係性が実に微妙に描かれていた。

兄弟とは実に微妙なのだと思った。

友達よりは仲良くないが、いざというとき頼ってしまったり、でもあまり深い話をするには恥ずかしい。実に微妙な関係なんだと思う。

そんな微妙だから、僕達は少なからず演じなければならない。

「兄」「弟」「姉」「妹」。

それぞれの役割を演じる必要がある。

例えば僕は3人兄弟の真ん中で、兄と妹がいるが、妹は二人の兄を立てるためなのかどうかは分からないが、馬鹿っぽくなる必要があった。

彼女は馬鹿なのではなく、馬鹿を演じているんだ。本当に馬鹿っぽく見えるし、本当にそうなのかもしれないが、少なからず演じている部分はあると思う。

兄も演じているんだと思う。

弟がこんなだから、常に冷静でいる兄を。たぶん。少なからずは。

僕はどうだろうか。僕も、手の掛からない優秀な次男を演じていたのかもしれない。

上とも下とも違う自分。

ある意味で僕達は騙しあっていると言えるかもしれない。

騙すなんて言葉で表現すると、なんか上辺だけの家族のように思われるかもしれないが、そういうことじゃない。僕はそんなことが言いたいのではなく、兄弟とはそういう、微妙な関係なのだということが言いたい。

僕は兄も妹も好きだよ。

きっと僕たち兄弟にも、妬んだり恨んだりはあっただろうし、今ももしかしたらあるのかもしれないし、これからもあるんだと思う。

微妙なんだ。

「ゆれる」を観て、そう思った。

 

揺れちゃうんだよ。微妙だから。

 

ではまた。

 

【微妙<びみょう>】

①美しさや味わいが何ともいえずすぐれているさま。みょう。玄妙。「―な調べ」

②細かい所に複雑な意味や味が含まれていて、何とも言い表しようのないさま。「―な関係」

                   ~広辞苑より~

 

 

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2009年1月24日 (土)

成長ではない、ただの変化

Photo_2 今日は夕方から大学で所属していたゼミの現役・OB・OG懇親会がある。

そこで今日は学生時代を思い出してみようと思った。

きっと帰ってきたときには酔っ払ってしまって何も書けないだろうから。

 

 

僕は早稲田大学スポーツ科学部でスポーツ組織論のゼミに所属していた。

そこで僕はリーダーシップについての卒業論文を書いた。

あの頃は自分自身が日常生活で「リーダーとは何か」「理想のリーダーとは」を自問自答し、悩んでいたから、自分の悩み解決のために論文を書いたといっていい。

 

いわゆる「リーダー」というポジションに、僕はある意味で慣れている。

小学校の頃から集団を仕切るのは好きだったし、体育でチーム分けしてスポーツをする時には必ずキャプテンに立候補していた。そしていばり散らかしていた。

中学では学級委員を1年生の前半を除いてずっとやっていたし、高校のテニス部では部長をやっていた。

分かりやすいリーダーのポジションはそれなりにたぶん経験してきた。

でも大学に入り、同時に地元でフットサルクラブROONEYSを作り、僕は悩んだ。今までのリーダーシップスタイルでは通用しない部分がたくさん出てきたから。

今までは結局は、組織に守られた中でのリーダーシップだった。

例えば学級委員なら、クラスの生徒達は学校からは逃げられないので、僕の仕切り方が気に食わないといっていなくなることはなかったし、高校でのテニス部だって同じようなことが言えた。

いや、テニス部の場合、僕が原因で退部した部員は確かいたはずだからちょっと事情は違うが、それは僕にとってはダメージではなかったんだ。

部の存続が危ぶまれることはなかったし、テニスは基本的には個人競技だったし、顧問の先生がいた。

だから僕はただ自分のやりたいようにやることができた。

でも地元で作ったROONEYSはそうはいかなかった。

僕がやりたいようにやる、つまりはスポーツは勝ってなんぼみたいな考え方で練習をしたりすると、どうしても付いて来れない、あるいは来ない人が出てきてしまって、それは直接的にクラブの存続に影響した。

だから僕は考えなければならなかった。

 

僕はどうあるべきなのか。

 

メンバーのニーズに合せるのか、何が何でも自分のスタイルを貫くのか。

僕は本当に迷走していた。

練習中にうんざりしてしまうことなんか何度もあったし、メンバーに怒り散らすことなんてしょっちゅうだった。

その頃を思うと今の僕は変わった、そう断言できる。

変わったのか、変えたのか、今となっては分からないし、それを成長なんて詐欺用語でまとめる気もないが、今の僕はあの頃よりもイライラしていない。

 

僕は非営利組織のリーダーシップを学んだ。

色々な論文や書籍を読んだ。

僕の悩みは、みんなの悩みだった。実に一般的なリーダーの悩みだったんだ。

人間とは不思議なもので、自分の悩みが解決したわけではないのに、悩みを共有している人がいると思えるとそれだけで救われた気がするんだ。

僕も例外ではなかった。

だから僕は卒論を書くのがちょっと楽しかった。

 

ただおそまつなもので、僕が論文の中で出した結論というかまとめは、「結局非営利組織のリーダーはできるだけ長い期間、一人で頑張らなければならない」というものだった。

何だよそれと思うだろう。

僕も、きっとこれが他人が書いた論文だったらそう思うと思う。

でも僕はそう答えを出した。

会社のように賃金などの報酬によってメンバーのモチベーションを上げることはできないし、社会的地位を与えることもできない。

だからメンバー(リーダーに対してはフォロワーという)にそれなりの成果を期待する時、それなりの期間が必要になるし、報酬以外でのモチベーションアップについて考えなければならなかった。

それはメンバーの誰かにやってもらえることではなく、僕がやるしかなかった。しばらくは。

といってもそんな難しいことをやってきたわけではなく、ようはROONEYSにいることが楽しいと思ってもらえればよかった。それが一番なんだ。

僕は昔から、人が生まれてきた時から分かっているようなことを、ねちねちとこねくり回し、他人の4,5倍の時間がかかってから分かることがよくある。

 

今のROONEYSは、僕以外にも色々やってくれる人が増えて、かなり安定した活動ができている。

ここで僕が書いた論文を出せればいいんだけど、僕はもうデータを消してしまっていた。

だけど、今のROONEYSの現状は、僕が論文を書いているときに目指していた姿に向かっている。僕は間違っていなかったと思える。そう、思い、たい。

 

あー何か色々と思い出してきた。

ゼミではいつも必死で議論に参加していたな。たぶん僕のことをウザイと思ってた人はたくさんいるんだろうな。

僕は議論では絶対勝たないといけないと思っていたし、よく平穏な空気を乱していた。と思うから。

今の僕を見たら丸くなったね、とか言うんだろうか。

僕は矛先が変わっただけだと思っているが、実際、丸くなったと言われたことはある。

僕は自分以上の権力を持つ人だけを批判しようと心がけているだけだ。心がけている。そう、心がけている、つもりだ。

まぁ角とか丸とか、あまり意味のある言葉ではないからどうでもいいんだけどね。

左翼と右翼みたいなもんだ。

 

 

さて今日は盛り上がるかな。うまく溶け込めるかな。僕は大勢の飲み会は苦手だから。

面白い話できる人がいればいいな。いずれにしても楽しみだ。

 

 

ではまた。

 

 

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サンバ

Photo 今日は朝から会社へ行き12時頃外出して14時頃に仕事が終わり会社へは戻らずそのまま帰ってきた。

 

今日は仕事で声優さんと会って、音入れ(MAというらしい)に立ち会わせてもらった。

もちろん声優さんに会うのも初めてなら、スタジオに入るのも初めてだった。

声優さんはすごかった。声を起用に使い分け、テンションも自由自在だ。

演者ってのはすごいんだなって思った。

それに声優さんはみんな気さくでいい人たちだった。きっと楽しんで仕事できているんだろうなと思った。

知らないけど。

 

 

家に帰ってからは、会社の先輩に頼まれた映像制作をやっていた。

知人の結婚式の披露宴で使うらしい。

これが実は僕を困らせている。

なぜなら僕は、その結婚する人も知らないし、結婚式の披露宴にも今まで一度も出席したことがなく、場の雰囲気などが分からないのだ。

ただ、映像は会社での壮行会などで作っていたので、まぁ大丈夫だろうと思ったし、好きな先輩からの頼みごとだから引き受けた。

でもこれがかなり難しい。

たぶん一番の問題は音楽だ。

前は僕が好きな歌、もちろんパンク・ロックをバシバシ入れて、それに合せて画像を入れたりしていたんだけど、今回は使う曲やタイミングが指定されている。

これに合わせるのがめちゃくちゃ難しい。

一旦作ってみたけど、全然良いと思えない。どうしよう。どうしよう。

誰か教えてくれ。

「お嫁サンバ」と「マツケンサンバ」の活かし方。

 

 

ではまた。

 

↓zebrahead「Blur」

 

 

 

 

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2009年1月21日 (水)

村上春樹は面白いのかどうか、分からん

Photo 今日は朝から会社へ行き15時頃外出して17時頃に出先から直帰した。

 

今日は昼休みにCDを視聴した。

新しいバンドのアルバムがそこにあった。

INNERLOGICSというイタリアのバンドの「Modern Hero」というアルバムだ。

これがいい。

BETTER LUCK NEXT TIMEと同じような雰囲気を持っている。

ポップでスピーディー。いい感じだ。

僕は外出の時に寄って買おうと決めた。そして外出の際に5分ほど早く会社を出てCDショップへ行った。

今聞きながらブログを書いている。

やはりいい。

たまに視聴機の音質の良さに騙されることがあるけど、今回はそんなことはなさそうで安心した。

 

 

帰りには本を買った。

「死刑囚の記録」(加賀乙彦著)という新書だ。

東京拘置所の精神科医官の目から見た死刑囚たちの記録のようだった。

死刑について考えてみようと思って買った。

もちろん人生の役には立たない。だから何だ。

 

そうそう。新しい本を買ったということはまた一冊読み終わったということ。

村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル 第1部泥棒かささぎ編」を読み終わった。

僕にとって初めての村上春樹だったわけだけど、よく分からなかった。

なんか文章とか、登場人物の思考とかは面白いと思ったんだけど、全体で見て結局何なんだろうという感じで、正直面白いとは思えなかった。そのわりにすんなり読めたのは何でなんだろう。

この作品は3部作らしいんだけど、何かもういいかなって気がする。だから一旦続きを買うのはやめた。

ただ、2部にはこれまでの話を伏線に色々な展開があるような気もする。ていうかきっとそうなんだろう。じゃなきゃ本当に駄作で終わってしまうからね。

だからこの新書を読んだ後には第2部買おうかな。ま、その時の気分に任せることにしよう。

最後に面白いと思った一文の1つを紹介しよう。

 

黙って他人の家の庭に入ったりするようなときには、好奇心と勇気は一緒に行動しているように見える。ときによっては、好奇心は勇気を掘り起こして、かきたててもくれる。でも好奇心というものはほとんどの場合すぐに消えてしまうんだ。勇気の方がずっと長い道のりを進まなくちゃならない。好奇心というのは信用のできない調子のいい友達と同じだよ。君のことを焚きつけるだけ焚きつけて、適当なところですっと消えてしまうことだってある。そうなると、そのあとの君はひとりで自分の勇気をかき集めてなんとかやっていかなくちゃならない。

~「ねじまき鳥クロニクル 第1部泥棒かささぎ編」(村上春樹、1994)~

 

ではまた。

 

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戯言

今日は朝から会社へ行き17時半まで働いて飲んで帰ってきた。また酔っ払い状態だ。

 

会社ではまた課長が体調不良で休みだったため、今日唯一の会議がなくなりノー会議デーとなった。

課長の体調は本当に心配だ。

ずっと悪い。トップのコンディションが良くないというのは、組織的には結構良くない。そもそもトップのコンディションが悪くなるような組織にしてしまった、もっと上の人の責任だと思うわけだが。

 

 

飲みは、またいつもの先輩とのサシ飲みだった。

数少ない話せる先輩だ。しかもうちの会社で定時に退社して飲みに行ける人は僕の知る限りこの人だけだ。

僕は人を尊敬しない人だけど、この人はすげーと思う。

僕よりも忙しい課にいて、僕よりも1つ上の年次だからたぶん仕事も僕よりは忙しいはずなのに、忙しいとかは言わないし、忙しいなんて言ったら終わりだ、という僕と話が合う。

今日も色々な話をした。何を話したっけ。

死刑制度。森達也。アフガン戦争(これは結局二人ともよく分からなかった)。政局争い。OJT。裁判員制度。

こんなもんだろうか。

18時くらいから飲み始めて、23時半くらいまでだからもっと話した気もするが、いかんせん覚えていない。

覚えていないなら意味がないと言うだろうか。

そんな奴は僕の前から消えてしまえ。

 

 

今日は本当は帰ってやるべきことがあった。

でも物事には優先順位をつける必要がある。あれもこれもはできない。時間は有限で、僕の体力・気力も有限だ。

何を基準に優先順位をつけるかが重要だ。

仕事なのか。趣味なのか。本能に基づく欲求なのか。

僕はトータルで考えて、何が人生を楽しくするかをいつも大事にしている、つもりだ。

せっかく日本に生まれたのだから、楽しく生きようと思っている。

一旦、世界平和の思想はやめている。

今日は先輩とのサシ飲みが僕の人生を楽しく、豊かにするという確信があったからそっちを選んだ。

当初しようと思っていたことは決して約束ではなかったし、まーいいだろうと思った。

明日でもできることだ。

そういう、自分の中で物事の順位をつけることはとても大事だと思う。

じゃなきゃ人は簡単に道を踏み外し、目的地を見誤る。

なぜなら人はみな下を向いて歩いているからだ。

つまずくような石ころはないか、あるいは先人の通った轍を見失わないように。

そうして人は目的地を見失う。

石灰でラインを引くあれを使ったことがあるだろうか。あれだ。

あれは遠く、つまり自分が引くつもりである線分の先端を見つめて歩くと上手く直線が引けるが、直線を引こうとするがあまりその直線ばかりを見て、つまりは下ばかりを見て歩くと、気が付けば歪んだ直線、時には目的地からは遥に反れた地点にたどり着いてしまったりするんだ。

下を見ていると視界は狭まり、その視界に入ってきた順に優先順位をつける。

だから変な方向に行くんだ。

大学在学中にそれを思った僕は、会社に入ると色々なリスクが多くなると思い、過剰くらいにそれを意識していた。

僕はまだ道を誤っていないと思う。

僕は大事にすべきものを大事にしている。

誰も幸せにしないものなどを、自己満足のために大事に抱えるようなことはしていない。

と思う。

 

また何を書いているのか分からなくなってきた。

そりゃそうだ。今宵も僕は酔っ払いだ。

 

 

ではまた。

 

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2009年1月20日 (火)

太陽の輪郭

Photo 今日は朝から会社へ行き、19時頃まで働いて飲みに行って帰ってきた。僕は今酔っ払っている。

 

朝の通勤途中、僕は太陽を見た。

太陽を見たんだ。

僕はこれまでの25年間で、「太陽を見た!」と思ったことは初めてだった。

太陽は僕たちにとってあまりに当たり前の存在だけど、まったく特別な存在ではないけれど、僕は今まで、太陽を見たと実感したことはなかった。

でも今日、今朝、それを実感した。

それは以外なことがきっかけだった。

雲だ。

今朝はけっしていい天気ではなかった。つまり、晴天ではなかった。

うっすらと雲がかかっていた。

空をまんべんなく覆うように、雲がかかっていた。

太陽はそれに隠れていた。いや、透けていた。そう、透けていたのだ。

太陽は透けていた。僕たち人間にとって、直視するにちょうどいい光が地上に届いていた。

だから僕は太陽を見ることができた。太陽の輪郭をだ。

太陽は球だと信じていたけど、それを見たことはなかった。

今まで見た太陽はその形をはっきりさせないほどに眩しかった。見ていられなかった。

でも今朝は雲があった。直視できた。

そしたら輪郭が見えた。

障害があるからこそ見えるものは、太陽だけなのだろうか、と思った。

 

 

飲み会は僕が今まで経験したことがないような場だった。

5人中、男が僕一人で、かつ、お酒を飲んでいるのが僕一人なのだ。

うちの会社は女性社員が多く、それゆえなのかお酒を飲む人が少ない。

乾杯が烏龍茶は当たり前だ。

でも僕は自称KYだから、遠慮なく飲んだ。

そしてお金を払わず先に帰った。

なぜなら帰っていいと言われたからだ。

僕のKYは「空気を読めない」ではない。「空気を読まない」だ。

空気はビシバシ感じている。

でも行動に表さないのだ。

空気を読まない僕は、「帰ってもいいよ」も発言の空気を読んだ。

あれは間違いなく「お前帰れよ」というメッセージだったのだ。

だから僕は帰った。

僕の存在価値をこんなにも感じなかったのは久しぶりだ。

まぁ飲み会の趣旨的にそれは仕方のないことだったんだけれども。

 

要するにどうでもいいんだ。そこで生きて、そこで死に。また誰かが生まれて誰か死ぬ。

結局はそのルーチングからヌケダサネナッか。

 

 

しまった。またやってしまった。ここまで書いてまた眠くなって寝てしまった。なんだあの2行。文脈がまったくないではないか。

酔っ払ってブログを書くのはやっぱり控えた方がいいだろうか。

 

 

ではまた。

 

 

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2009年1月18日 (日)

できること、できないこと

Photo 今日は朝から家で読書、ゲームで過ごし、本を読み終わったので昼過ぎに新しい本を買いに行き、15時からはフットサルの練習に行ってきた。

 

朝起きてから読書にふけり、昨日買ってきた「視点をずらす思考術」を読み終わった。

とても面白かった。やっぱ森達也は面白い。

僕が常々思っている考え方が書いてあることもあったし、知らない知識も獲得できたし、新しい考え方も知った。

例えば僕は死刑制度について、もう一度考えてみようと思った。

僕は断然死刑制度賛成派だったんだけど、あまり考えずにそういう結論を出していたなと実感した。

死刑制度があることで犯罪が抑制されるということはないらしいし、死刑判決を下されたものの中には冤罪も多く含まれているだろうことを僕はまったく考えていなかった。

それに死刑制度ってのは、政府が何かを闇に葬り去るのにもってこいの制度ではないか。

都合の悪いやつは司法が裁いて死刑にして、闇に葬り去ることができるのだ。

政府はそういうことができてしまう。

アメリカでは暗殺→犯人自殺or警察が射殺というプロセスで闇に葬り去るけど、死刑制度ってのはそれと同じようなことができてしまうのではないかと思う。

とまぁ、一冊の本を読んだだけですぐに考え方を180度変えるのは面白くない。

だからもうちょっと調べて、考えてみようと思う。

 

【死刑<しけい>】

生命を絶つ刑罰。斬首・絞首・火刑・銃殺などの方法があるが、現行法では絞首。監獄内で執行。生命刑。「―囚」

                      ~広辞苑より~

 

新しい本は、村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」を買った。

村上春樹は平成を代表する作家だと聞いたので買ってみた。

やっぱ平成を生きる僕が、将来子供たちに「村上春樹ってどんな?」とか聞かれたときに答えられないのも・・・ね。

江戸時代のことは知らなくてもいいから、平成のことは知っときたい。

それに、mixiの伊坂幸太郎コミュニティで、伊坂好きの人は村上春樹も好きっぽいようだったので、それなら僕にもはまるかもしれないと思った。

確かに知的な感じがして良さそう。

とりあえず全部読んでみることにする。

 

 

フットサルは2週間ぶりだったんだけど、なかなかいい動きができた。

やっぱフットサルは面白い。

絶対あと15年は動ける体を維持するぞ。

40歳までは。

 

 

そういえばさっきフジテレビの「ジャンクスポーツ」を観ていたら、ビーチバレーの試合をやっていた。

浅尾・西尾ペアvs浜田率いるジャンクスポーツ軍団という組み合わせで、ジャンクチームはコートに6人入る特別ルールだった。

試合は進み、セットカウント1-1となり、最終セットも終盤に差し掛かった時、ジャンクスポーツに助っ人として何とかっていうバスケット選手とK-1選手のセーム・シュルトが入ってきた。

その時点からジャンクチームはコートに8人が入るというさらなる特別ルールになったが、結局負けていた。

僕がとても残念だったのは、ジャンクチームが負けたことでも、助っ人として参加していたバレーボール日本代表の竹下がチームメイトのあまりの必死さに引いていたことでも、こちらも助っ人で参加していたバレーボール元日本代表の大林が大人気なくボコボコとスパイクを決めていたことでもなく、セーム・シュルトの運動神経が気まずいほどに悪かったことだ。

ただ誰もセーム・シュルトには文句言えない。絶対言えない・・・。浜田でも言えない・・・。

日本語通じないし。

セーム・シュルトアーメン。

 

アスリートの中には、どんな競技をやらせても上手い人と、その競技しかできない人がいる。

特に、格闘技などには多そうだけど、体のデカさにものを言わせて活躍している選手は、他の競技をやらせちゃダメなんだ。

マジで気の毒だから。

 

 

ではまた。

 

↓MY CHEMICAL ROMANCE「Welcom To The Black Prade」

 

 

 

 

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2009年1月17日 (土)

読書、映画、音楽、ゲーム、土曜

Photo 今日は午前中から出かけて本を買って映画を観てCDとゲームを買って帰ってきた。家では音楽を聞きながらゲームをやったり、本を読んで過ごした。

 

本は森達也の「視点をずらす思考術」という新書を買った。

昨日、それまで読んでいた宮部みゆきの「蒲生邸事件」という小説を読み終わったから、今度はノンフィクション(というか小説以外)を読もうと思って。森達也は好きだし。

森達也の本は以前、「王様は裸だと言った子供はその後どうなったか」を読んでいてとても面白かったが、今度の本も面白そう。

いきなりの冒頭で、「僕はKYなのだ」と告白し、日本人はもっとKYになっていいと言っていた。

どうしても多数派から外れてしまうとも言っている。

僕をスケールアップさせると森達也になるのかもしれないと思った。

もしくはあれが将来の僕の姿か?

いいんだか悪いんだか。

 

 

映画は吉祥寺のバウスシアターで「チェ 28歳の革命」を観た。

1958年前後のキューバ革命で活躍したアルゼンチン人の革命家、チェ・ゲバラの話だ。

映画館はとても混んでいた。

バウスシアターには何回も行っているけど、こんなに混んでいるのは初めてだと思う。

それほどチェ・ゲバラは人気があるのだろうか。

僕はほとんど彼について、あるいはキューバについての知識はなかったため、この映画の人気も全然知らなかったから驚いた。

僕なんてキューバで思いつくのはキューバ危機とガルベスくらいだ。

 

それにしても混んでいる映画館は嫌いだ。いや、映画館に限ったことではないんだけど。

案の定、今日は実に落ち着かない上映だった。

僕より前に座っている人だけでも3人上映中にトイレに立った。

そのうちの一人、僕の隣の隣に座っていたおばさんに関しては、トイレから戻った後その隣に座っている友人に、トイレに行っている間に進んでしまったストーリーを聞いていた。しかもあろうことか笑い出した。

 

笑うシーンなんて1つもないわっ!!

 

次の瞬間、僕の隣、すなわちそのおばさんの隣にいたおじさんが「静かにしろっ!」と怒った。

空気を読むってのも大事なことなんだなと思った。

まったく最近のおばさんは。ルールも守れないのかね。

なんつって。

 

そうそう。肝心の映画の感想は、別に面白い映画ではない、という感じ。

キューバ革命に興味がある人は面白いのかもしれないけど、僕は別に面白くなかった。

せっかく革命の話なんだから、もっと思想とか主義とかを語るシーンとかが欲しかったなと思う。

結局ゲリラ戦のシーンがほとんどで、僕にとってはそこらの戦争映画を観ているのと同じ感覚だった。

キューバ革命に特別な思い入れがあるわけでもないし、興味があるわけでもないから。

戦争を描いた映画は基本的に好きだから、つまらないとか駄作だとかは思わなかったけど、なんかしれーっと上映が終わってしまった印象で、続編もあるみたいだけど、まぁ観ないな。

 

【キューバ<Cuba・玖馬】

 (スペイン語名クーバ)

①カリブ海、西インド諸島中最大の島。

②キューバ島を中心とする共和国。米西戦争の結果、1902年スペインから独立するが、アメリカ合衆国に従属。59年フィデル=カストロを指導者とする革命が起り、61年には社会主義政権を宣言。主要産業はサトウキビとタバコ。面積11万1千平方キロメートル。人口1104万(1995)。首都ハバナ。

                      ~広辞苑より~

 

映画の後はCDとゲームを買った。

CDはGREEB DAYの「nimrod」というアルバム。

ポップ・パンク好きの僕だけど、元祖とも言えるGREEN DAYは今までそんなに好きじゃなかった。

それよりも次世代系っていうか、最近の若いバンドが僕は好きだった。BETTER LUCK NEXT YEARとか、もっと速いやつが。

でも最近は元祖もいいなと思い出してきた。

それでGREEN DAYのアルバムももうちょっと聞いてみようかなと思って。これで僕にとってGREEN DAYのアルバムは3枚目だ。

今のところどれもいい。

NEW FOUND GLORYやALLISTERを越えることは有り得ないと思うけど、どの曲も安定していい。

最近のメロディック・パンクとかエモと言われる若いバンドの曲はひどいのが多過ぎるから、それに比べるとかなりいい。

CDは中古で780円だった。

 

ゲームはDSの「ヴァルキリープロファイル 咎を背負う者」というシミュレーションRPGを買った。

このシリーズは一度やったことがあるんだけど、けっこう面白いんだ。

話が濃いっていうか黒いっていうか、人が死にまくる。

今作も、まず主人公が親友を殺さなければ話が進まない。

僕はどうしてもそれが嫌で、なんとか違うコマンドを入れようとするのだが、「ブブッ」とか言って選択させてくれないんだ。

やむを得ず親友を殺して話を進めた。

いわゆる悪を倒して世界を平和にする王道ではない。

そもそも誰が悪なのかさえ分からない戦いが、始まりもそのきっかけも曖昧なまま始まる。

まるで人間の戦争だなと思う。

最後にはどんなエンディングが用意されているのか楽しみだ。

 

 

ではまた。

 

↓GREEN DAY「Nice Guys Finish Last」

 

 

 

 

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2009年1月16日 (金)

政治家のキャパシティ

Photo_2 テレビの討論番組みたいなので政治家の人を見かけることが多いけど、そういうのを観る度に思う。

政治家のキャパの狭さ。

みんな必死過ぎだろ。

いや、必死はいいんだけど、何ていうんだろう。テレビなんだからさ、みんな観てるんだからさ、それをもっと意識した方がいいんじゃないかな。

選挙に勝てなくなっちゃうよ。

だってそうでしょ。芸人相手に必死で反論してるんだから。

そんな政治家を信頼しようってのも難しいと思う。

しかもその反論の仕方が、芸人では反論しにくいところ、例えば超細かい法律や一般人では知りえないようなところで行なわれている議論を根拠にした意見を武器に反論したりしている。

法律を変えようって意見に対して、今の法律で反論したりもしちゃう。

醜さが画面を通して伝わりまくり。

さっき観ていた太田総理では、猪口という自民党の議員が出演していたんだけど、あの人はテレビに出て損してるタイプだと思う。

決して頭がいいような印象は与えないし、何より相手の発言を聞いている時の表情がいかにも相手をなめているような笑顔で腹立たしかった。

その癖反論は必死。そして困ると半笑いで逃げる。

わりとテレビに出てくる政治家に多いパターンだと思う。

もちろんテレビに出て得をしている政治家もいっぱいいると思う。

民主党の原口議員とか、自民党の佐藤ゆかり議員とか。

あの人たちは人の話を聞くことができるし、意見も冷静に言えるし、ちゃんと人の目を気にしている。

僕は好きだな。

政治家には必要な資質なのだとも思うし。

 

 

とにかく、政治家の喋りがテレビで観られるのは有難いけど、あまりがっかりさせないで欲しいな。

こんな奴が日本の政治を動かしてるのかよ、と。

せっかくのテレビ出演なんだから、もっとユーモアを持って発言して欲しい。

伊坂幸太郎の引用だけど、深刻なことほど明るく伝えなきゃいけないんだよ。

 

本当は不況のニュースも、もっとユーモアを持って伝えられたらいいのにな。

不安ばっか煽るからもっと不況になるんでしょ。

 

ではまた。

 

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サシで飲めるかどうか

Photo 今日は朝から会社へ行き19時頃まで働いて先輩と飲んで帰ってきた。

 

一緒に飲みに行った先輩はよく一緒に昼飯を食べたりしていて、仲良くしてもらってる人だ。

語れる数少ない知り合いの一人でもある。

今日もサシ飲みだったから色々なことを話した。

人間の進化。ノーベル。「忙しい」について。社内で一番かわいい人について。

酔っ払ってしまったから覚えていないけど、他にもくだらない話から真面目な話まで色々話したと思う。

 

この前の湯河原で語った友人もそうだけど、ふざけることも真面目な話もできる人ってのは本当に貴重だ。

どちらかだけではつまらないから、どっちもいける人は本当に大事。

そういうのはサシ飲みでしか分からなかったりする。

大人数でいるときは面白いけど、サシになるとつまらない人ってのは、決まって真面目な話や深い話ができない人だったりする。

だから色々な人とサシ飲みをすると面白くて、僕はサシ飲みが好きなんだと思う。

 

何だかまた誰かとサシ飲みをしたくなってきた。

今までサシで飲んだことない誰かと。

 

ではまた。

 

↓MxPX「Chick Magnet」

 

 

 

 

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2009年1月14日 (水)

自由と責任

人は、押し付けには我慢ができないが、与えられた自由には不安がる。

責任は、ないと物足りないが、背負ってみると決まって重過ぎる。

責任を望まないなら、自由をある程度放棄しなければならないのかもしれない。

 

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2009年1月13日 (火)

悲しいこと

この世の悲しいことは、人の心から誤解がなくならないことと、世界から戦争がなくならないことと、「ごちそうさま」を言ったのに牛丼屋の店員に無視をされることだ。

 

 

 

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2009年1月12日 (月)

湯河原へ

Photo 昨日、今日と湯河原に行っていた。ROONEYSのメンバーの両親の別荘が湯河原にあり、そこにメンバー9人ほどで遊びに行った。小田急線と東海道線を乗り継ぎ、湯河原に着いたのは昨日の午後3時くらいで、それから昨日は別荘で飲んで食べてWiiしてカラオケして人生ゲームしてケツ出して語った。今日はお昼くらいから温泉に行き、足湯に行き帰ってきた。

 

別荘はかなりいいところだった。

広いし、暖房も効いているので快適だし、大きなテレビはあるし。

それに近所迷惑をかける心配がないから騒ぎ放題だった。

そりゃケツも出すさ。サザエさんのテーマ大合唱してしまうさ。

一日目は大体深夜2時くらいまでみんなで飲んだり遊んだりしていたが、それからは徐々にみんな寝始め、最終的には僕とF君だけが残った。

僕らは高校からの付き合いで、飲み会の度によく語っていた。

最近は語る機会も少なくなっていたんだけど、今回はとことん二人で語った。

とてもいい時間だったと思う。

景気。お互いの仕事。就きたい仕事。貧困。鎖国。非正規雇用者。

とにかく色々なことについて語った。

二人とも酔っ払っているから、次から次へと話題は変わっていき、何か結論のようなものが出たテーマは1つもないが、それが全く気にならないし、何よりも話したいことをお互い自然に話せるような空気があった。

「お前くらいしかこういう話できる奴がいない」

僕らは恥ずかしげもなくお互いにこんなことを言っていた。

もし会話を録音したものがあり、シラフでそれを聞いたら笑ってしまうんだろうな。

 

二日目には初めて足湯を経験した。

9種類の湯があり、順番に巡っていった。

足湯のイメージは足だけを湯につけて座り、ゆっくりとした時間を過ごすイメージだったけど、そこは混んでいて座る場所はほとんど空いていなかった。

だからちょっと慌しい感じで9箇所を回ったんだけど、足はかなり温かくなってそれなりに気持ちよかった。それなりにだけど。

 

馬鹿して、その直後には超真面目に語って、その次の日には温泉と足湯で癒されて、かなり色々楽しめた旅行だった。

是非また行きたい。湯河原。

 

ではまた。

 

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2009年1月10日 (土)

侮辱会議

Photo 昨日は朝から会社へ行き17時半すぎまで働き、その後係長と飲みに行った。

 

会社で今変なプロジェクトが動いて、部の全員が参加している。

外部の会社の人が入っており、その人にいいように扱われている気がしていて、僕はこのプロジェクトが好きではない。舐められている気がする。

昨日その会議があったんだけど、実に居心地の悪い会議だった。

数年後のお客さん像を構築するという目的の会議で、具体的なお客さん像を思い描き、その人になりきって特徴なり考え方なりを作っていくというワークをやった。

僕は最初、架空の人物を作り上げようと思ったが時間がかかりそうだったのでやめて、名波になりきることにした。名波浩。引退したサッカー選手の将来像を想像した。

他の会議出席者が作り出したお客さん像とは全く違うものだった。

僕だけ明らかに違っていた。

きっと出席者の少なくとも一人は声には出さずともこう言っただろう。

「KY」

他の出席者の人は実にきれいな答えを用意していた。

きれいにまとまっていて、まるでテストの問題の正解を導くような人物像を描いていた。

「Aという性格の人はA'という行動を取る」という、論理的に見える人物像だ。

なんて面白くないんだろうとずっと思っていた。

キレイ好きな人が掃除道具にこだわるわけではないし、逆に全然掃除をしない人が通販やらで便利な掃除道具を購入したりする。

太っている人が必ずしも痩せたいと思っているわけでもない。

せったく具体的にお客さん個人をイメージするんだから、色々な人物像を出せばいいのに、出席者のほとんどが同じような感じの答えを出してきて、僕はとてもつまらないなと思った。

「だって実際のお客さんはこういう人なんだもん」と、誰か言うだろうか。

僕は名波がうちのお客さんであっても全然おかしくないし、実際にお客さんである可能性はあると思っていたから、なんか裏切られた気がした。

だから僕は会議への参加を途中からほぼ完全に放棄した。

くだらな過ぎた。

その後それぞれが作り上げた人物像を、出席者全員で一人の人物像にまとめていったわけだが、そうして出来上がった人物が実につまらない人間という感じの人で、お前らはこういう人にお客さんになって欲しいのかよと思った。

無欲。安定志向。保守的。

誰かを侮辱する会議なのかと勘違いしたほどだ。

もし実際に僕がこれを声に出して意見したらきっとこう返ってくるんだろうなとも思った。

「お客さんになって欲しい人じゃなくて、どういう人がうちのお客さんになるかでしょ」

それもなるほどと思う。

でも僕は、誰に使って欲しいかとかを考えていた方がよっぽど仕事は楽しいのではないかと思う。

僕は名波がお客さんならちょっとは張り切るはずだ。

 

 

係長とは初めてサシで飲んだ。

係長と言ってもまだ28歳の女性で、偉そうな雰囲気やいわゆる上司っぽい感じは出さない人だ。

係長にも先のプロジェクトでの一件を話してみた。

係長は面白いことを言った。

「みんな自分の将来を想像したんだよ。職業で派遣社員を想定していた人が多かったのは、今の仕事をずっと続けるのは辛いって知ってるから、派遣とかならいいかなって思ってるんだと思う」みたいなことを言った。

そうなのかと思った。

みんな自分の将来にはあまり希望を持っていないのかな。

実在する他人になり切ってしまった僕はどういうことなんだろうか。

よく分からん。

最近はもう何もかもよく分からないことが多く、僕は係長にも意味の分からないことをたくさん言った。

係長はしきりに言っていた。

「健ちゃんって面白いね~」

 

 

ではまた。

 

↓zebrahead「HMP」

 

 

 

 

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2009年1月 8日 (木)

時間があれば音楽を聴く奴ら

Photo 今日は朝から会社へ行き17時半まで働いて、その後本屋で小説を買って、さらにスーパーで夕飯の食材を買って帰ってきた。

 

朝出勤途中、やっと小学生達が近所に姿を現した。3学期が今日から始まったらしい。

ちょっと観察してみると、黄色い帽子をかぶった1年生と思われる子供はしっかりランドセルを背負っていたが、ちょっと大きい子たちは「手さげ袋」を持ち、ランドセルを背負ってなかった。

きっと2学期最後の日に、「先生、始業式の日は手さげでもいいですか」と質問した生徒がいたんだろうなと思った。

懐かしい。

今の先生は何と答えるのだろうか。

やはり人権の時代だから「ダメです」とは言えないんだろうか。

僕が教師なら絶対こう答える。「自分で考えなさい」。

 

会社では一つもどかしい思いをしている。

編集者という仕事柄、「デザイン」というものに関わるわけだが、それの良し悪しが判断できない。

デザインするのはデザイナーさんなんだけど、それを良しとするのか、もっと違うデザインにするのかは編集者の判断だ。

だから僕はその判断をしなきゃいけないんだけど、僕の独断というわけにもいかないのが会社ってやつで、上司がNOだとそれはNOになってしまう可能性が高い。

もちろん上司を説得することもできるが、そうしないでデザインを直すことも多い。

そして今僕がぶち当たってる壁は、僕がいいと思っても、上司や周りの編集者がいいと思わないデザインがあるってことだ。

入社から今まではあまり悩まず、デザイナーさんが上げてくれたものがすんなり通っていたんだけど、今僕が担当しているあるページがなかなかOK出ない。

上司の言うとおりに直すこともできるんだけど、上司が正解とは限らないし、僕はデザインに関してはプロのデザイナーさんの意見を最優先したいと考えてる。

だからこっちの好みってだけでせっかくデザイナーさんが考えたデザインに手を入れるのはどうも気が進まないんだ。

デザインに関する判断はなかなか厄介だ。

 

【デザイン<design>】

①下絵。素描。図案。

②意匠計画。生活に必要な製品を製作するにあたり、その材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画。「建築―」「衣服を―する」

                           ~広辞苑より~

 

昼休みは久しぶりにCDショップに行き視聴をした。

目新しいCDはなかったけど、昼休みに聴く音楽はやっぱいい。

まず視聴機の音がいいし、仕事の合い間に音楽を聞いているというシチュエーションにたぶん僕はちょっと悦に入っているんだと思う。

CDショップは僕のオアシスってわけだ。

でも長く視聴をしていると勝手に電源が切れるシステムだけなんとかして欲しい。

途中で何らかの操作をすれば大丈夫なのだが。

 

 

帰りに買った小説は「魔王」。

伊坂幸太郎の作品で、ドラマ化もされている。

今日の行きの電車内で「死神の精度」を読み終わったから、さっそく次の伊坂作品に手を伸ばした。

まだちょっとしか読んでいないけど、面白いに決まっている。絶対。

 

「死神の精度」はタイトルからも想像がつく通り、死神が主役の小説だ。

死神は人間界の音楽を「ミュージック」と呼び、こよなく愛しているらしい。

ロックでもジャズでも、ミュージックならなんでも好きらしいが、たぶん一番好きなのはパンク・ロックだと思う。

ロックが好きってのは書かれていたし、「チルドレン」で陣内はパンク・ロックをやっていたから。

とにかく死神は、人間界に仕事をしに来る8日間は、時間があればCDショップで視聴をしているらしい。

CDショップの視聴機に異様に熱心に聞き入っている男がいたら、ひょっとしたら死神かもしれない、らしい。

 

らしい。

 

 

ではまた。

 

↓YELLOWCARD「Space Travel」

 

 

 

 

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2009年1月 7日 (水)

実際よりも良く見えること

Photo 今日は会社へ行き16時まで働き、その後外出して17時半まで打ち合わせをしてそのまま帰ってきた。

 

今日の打ち合わせでも取引先の人に言われたし、学生時代からちょいちょい言われていたことなんだけど、僕はどうやらベテランに見えるらしい。

まだ入社2年目だが、雰囲気がベテランなのだそうだ。

そういえば塾講師をやっていた時、働き始めてまだ一週間程度しか経っていないのに、僕よりも遅く入ってきた新人講師に「今いる講師の中でもベテランの人かと思ってました」と言われたことがあるし、コンビニでバイトをしていた時には社員さんに「年上と話してる気がしてくるよ」と言われた。その社員さんは28歳だった。

今日の打ち合わせでも、「仕事のやり取りや電話でのコミュニケーションをみると、他の部署で何年かやって、最近今の部署に異動してきた人なのかと思っていた」と言われた。

僕は「喋り方が偉そうだからそう思われるんですよ」と言ってみた。

大学4年の時、卒業論文制作のために僕がインタビューをしている音を録音したことがあるんだけど、僕は目上の人にインタビューをしているにもかかわらず、ずいぶん生意気な話し方をしていた。

丁寧語は一応使ってはいるが、何か生意気なんだ。

僕はそれが人の心理に影響を及ぼし、僕があたかもベテランであると思わせていると思っている。

あと、僕は慣れるのが他の人よりかなり早い気がする。

新しい環境に置かれてもすぐに慣れてしまうんだ。

新しい仕事、取引先にもすぐに慣れてしまう。

その「慣れ」の雰囲気が相手に伝わっているとも考えられる。

 

【ベテラン<veteran>】

その方面について経験豊富な人。老練な人。

                    ~広辞苑より~

 

あ、でも中には嫌味で言ってる人もいたのかもな。

暗に「生意気」と言いたいだけの。

そういうのは気にしない。

 

ただ、「2年目とは思えない」と言われて基本的に嫌な気はしない。というよりかなりいい気分だ。

きっと僕はそんなことを言われ続けたら調子に乗る。

次の選挙で自民党が負けるくらいの高確率で、きっと僕は調子に乗る。

でもまぁ、調子に乗ってる時の人生は面白いから、乗っていられる間は乗っていることにしよう。

いえい。

 

ではまた。

 

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当たり前ってやつ

Photo 今日は会社へ行き18時くらいまで働いて同僚と飲みに行って帰ってきた。

 

同僚との飲み会は実に深いものだった。

サシ飲みだったんだけど、まー深かった。

いや、僕が勝手に喋った時間が長かった気もするが、浅く何もないサシ飲みではなかった。

 

詳しいことを書く気はないけど、僕はこの最中に思いついたことがあった。

それは「当たり前」ってやつについてだ。

人は知らないうちに当たり前に基づいて行動をしている。

僕が朝歯磨きをするのは当たり前だからだ。

スーツを着た人が革靴を履くのは当たり前だからだ。

21時に退社するのはみんながそうしているから。つまり、それが当たり前だからだ。

人は当たり前に基づいて行動してんだと思った。

 

だったらその当たり前を自分基準で作ったらいいんだよな。

17時半退社を当り前にすれば、いくらかはそれが実現しやすい。

そういうことだよな。

他人なんて知らないっつーの。

周りとの比較が一体何になるってんだ。

自分の哲学に優先する問題はない。

自分最高。

まー僕は今酔っ払ってるよ。

 

【当たり前<あたりまえ>】

①そうであるべきこと。当然。「そんなことは―だ」

②ごく普通であること。なみ。「―の服装」

                    ~広辞苑より~

  

ではまた。

 

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2009年1月 5日 (月)

くだらない若僧ミュージック

New_found_glory 今日は会社へ行き17時45分くらいまで働き、帰りに小説を買って帰ってきた。

 

久しぶりの会社はとても疲れた。

二日酔いのせいもある。というよりもほとんどそれが原因だけど。

二日酔いのせいだけではなく体調が悪い気もしてくるが、そういうのは大抵気のせいだ。

ただの二日酔いだ。

ただ胃が荒れていてずっと気分が優れなかった。

残業せずに済んでよかった。

念のため実家から持って帰ってきたみかんをたんまり食ってさっさと寝てしまおう。

 

小説は「死神の精度」を買った。

もちろん伊坂幸太郎だ。

確か映画化されていたはず。観てないけど。

休みの間はほとんど一日一冊のペースで本を読んでいたけど、さすがにそのペースは落ちるだろうな。

 

そうそう。

「死神の精度」の前に読んでいた伊坂作品「チルドレン」で、「パンクとは立ち向かうことだ」と言っていた。陣内って奴が。

パンクってそういう意味なのかと思った。

僕はパンク・ロックが好きで、買うCDはほとんどパンク・ロックだ。

といっても僕が好きなのは厳密にはポップ・パンクというジャンルのようで、政治的な詩は少なく、明るく自分の悲劇を歌ったりしているものが多い。

だからたまにエモと呼ばれるジャンルのものにまで手を出して、家に帰って聞いて後悔することも多い。

軽っ!って。

それはどうでもいいか。

 

【punk】

―名

1 《主に米略式》くだらない人間;若僧;ちんぴらやくざ(young[little]~);同性愛の相手の少年.

2 《まれ》くだらないもの[こと]

3 《古》売春婦

4 パンク調;=~ rock; =~ rocker.

―形

1 [限定]《米俗》低俗な,くだらない.

2 《米俗》気分がさえない.

3 [限定]<服装などが>パンク調の.

                  ~ジーニアス英和辞典より~

 

「若僧」ってのはいいね。パンクって感じがするし、すごい納得感がある。

「くだらない」ってものいいな。

自分で聞いてても思ってたんだ。

「若いな」って。もしくは「青い」。

実際、若い頃の自分を歌った歌も多い気がする。

僕が好きになるもの頷ける。僕は若いからね。それにくだらない。

いつになったら僕はくだるんだろうか。

パンクを聴かなくなった時かな。

くだるってなんだよ。

 

ていうかパンクが立ち向かうっていう意味はどこにいったんだ。

まぁ結局は陣内の言う事だ。いい加減なんだ。

32,3歳にもなってパンクやってんだ。

いい加減な人間に決まってんだ。とんだ若僧だ。

でも陣内はめちゃくちゃ面白い。

 

ではまた。

 

↓New Found Glory「Ballad For The Lost Romantics」

 

 

 

 

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2009年1月 4日 (日)

日本人口もっと減れ

Photo 昨日は新宿に映画を観に行き、家に帰ってからはいつも通りサカつくと読書をしていた。

 

映画は新宿武蔵野館で「バンク・ジョブ」を観た。

実際にロンドンで起きた銀行強盗の事件を元にした話らしい。

映画そのものは全く面白くなかったけど、あれが実際にあったと思うとすげぇと思った。

ただ同時に、実際にあったことをそのまま映画にするとあまり面白くないということも分かった。

せっかく映画なんだから面白おかしくしなきゃ。

しかし新宿はお正月だというのに人がたくさんいた。

しかもお正月気分のせいで、セールをやってる店の客寄せの声とか、その他諸々がいつもよりもうるさかった気がする。

すかさず僕はイヤホンから流れる音楽の音量を上げた。

 

【人込み<ひとごみ>】

人の込みあうこと。また、その場所。雑踏。「―にまぎれこむ」

                           ~広辞苑より~

 

人込みって書くのか。

「人ゴミ」だと思ってた。

主観入り過ぎか。

 

 

家ではこの前買った「日本人はどこまで減るか」を読んでいた。

まだ全部読んでないんだけど、結構興味深いことが書いてある。

今日本人口は減少を始めているんだけど、これはほとんどの動物が持っている「個体数抑止行動」によるものだということらしい。

つまり、「もうこれ以上増えると今を生きている俺たちが危ない!」という危険意識から、これ以上子供は生まないとか、生まれてきた子供を殺すとか、そういう行動に出ることだ。

今の日本に見られる行動は、「子供ができると生活が苦しいから子供は作らない」とか、「一人で暮らした方が質の高い生活ができるから結婚しない」とかそういうものだ。

ただ不景気だからってわけではない。

食料、国土、政策など、あらゆる要素が関係している。

そういうのを全てひっくるめてもうこれ以上日本には人間は住めないということなんだ。

ちなみに、その限界のことを「キャリング・キャパシティ」というらしい。

 

人間以外の動物の個体数抑止行動には実にユニークなものがある。

コクゾウムシという昆虫は、個体数がある程度まで増えると交尾頻度を落とすらしい。

魚のグッピーや哺乳類のハツカネズミは、生息密度(ある面積にどれだけの個体が生息しているか)が上限を超えると、親が産まれたばかりの子供を全て食べてしまい、さらに適当な生息密度になるまで親同士が共食いをするらしい。

野生のノウサギは驚愕だ。生息環境に限界が出てくると、胎児をなんと子宮の中に戻すらしいんだ。なんて離れ業だ。

他にも、個体数が増えると群れを分断して移住する動物もいるし、そういう工夫をしながら動物は個体数が増えすぎないように制御している。

人間も動物だから本来そのシステム(本能)が備わっているはず。

でも人間は文化・文明を持ったから、本能よりも先にまずそちらが発動するのかもしれない。

そっちでどうにかしようとする。

だから子供が減ったといって、子供をたくさん生めるような社会にしようとする。

時に人間は本能に逆らい、間違える。

今の人口減少が無意識の本能による個体数抑止の結果だとしたら、人口を増やそうとする政策はそれの逆を行くものだ。

すでに限界が来ているのに増やしてどうするということだ。

この本によると、人口容量(どれだけの人間が生きていけるか)というのは以下の式で表せる。

 

人口容量=自然環境×文明 / 人間一人あたりの生息水準

 

自然環境の向上というのは、食料とか国土とかで、文明っていうのは人間が作るあらゆるもの。これが分子にくる。

生息水準ってのは、まぁ生活の質と置き換えて問題ないと思う。これが分母にくる。

つまり、もし人口を増やしたいならまずは自然環境もしくは文明の向上が先。あるいは人間一人あたりの生息水準の低下が先なんだ。

子供が減ったから子供を産めというのは実に安易で意味のない政策だと思う。

産みたくなれば勝手に産むよ、みんな。

だから一旦人口を減少させるのもいいんじゃないか。本能がそう言ってんだよ。「今は産むな」って。

きっと政府は、外国との競争力を懸念しているから人口が減るのはヤバいと言っていると思うんだけど、それが僕にとってはくだらな過ぎて仕方がない。

そんなくだらないもののためになんで無理矢理人口を維持しなきゃいけないんだよと思う。

そもそも今の人口が異常なんだということに気付けよ。

こんな小さな国に1億2千万人もいるんだぞ。

そりゃ自殺者も減りませんよって話だ。

もしかしたら自殺とか殺人とかは、個体数抑止行動かもしれないぞ。(根拠はない)

 

もしどうしても人口を維持したいなら、せめて今の一都市集中の型を変えなきゃ。

もっと空いている地方に人口が分散すればいくらかマシだろ。

動物の生息にとってストレスってのは大きいんだ。そして他の個体との接触密度はストレスと大いに関係していると思う。

人ごみなんて、大抵の人は嫌いでしょ。ストレスたまるでしょ。

そりゃ音量も上げるわ。

 

 

でもまぁやっぱり僕の主張はこれ。

人口は減っていい。

そして鎖国する。

そしたら日本は、あるだけの資源で工夫して、そして生きられるだけの人間が暮らす幸せな国になる。

食料を輸入してその半分を捨てるなんて意味のないこともできなくなるし、意味の分からないODAもあげなくて済むよ。アメリカの堕落に追随しなくなる。

 

あ、でも音楽とスポーツだけは交流有りで。あと映画も。

(あと軍隊が必要になってしまうな・・・)

 

ではまた。

 

↓vanilla sky「wasting all my time」

 

 

 

 

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2009年1月 2日 (金)

僕らももっと日本を大事に

Photo 今日は年賀状を書き、出すついでにTSUTAYAに行ってDVDを借り、さらに新書を買った。家ではサカつくDSをやりながら漫画をひたすら読んでいた。

 

DVDは「ガンジー」を借りて観た。

あのガンジーの生涯を描いたドキュメント映画。

僕はガンジーという人物を何となくしか知らなかったから、この映画を観てよかったと思う。

歴史の授業などで名前を知っている人は多いし、「非暴力」とかも有名だと思う。

でも実際にどのような人で、どのような活動をしていたのかって実はよく知られてないのではないか。

少なくとも僕はあまりよく知らなかった。

それで借りてみたってわけだ。

感想は、ガンジーも人だったんだなって感じ。

もちろん常人離れした哲学とそれを貫き通す意志を思っているんだけど、若い時には怒ったりもしていたようだし、上から物を言うようなところはあったように僕には見えた。

教科書の写真やそれに載っている文面だけだと、ガンジーはまるで神様のような気がしていたから、ガンジーも人間なんだと思えたことが良かった。

それに、「変化」がもたらす混乱ってのも分かりやすく見ることができた。

何かを変えるとき、必ず反対勢力ってのは出てくるはずだけど、それでも勢いに乗って変化を進めることができる時期はある。

でもそのまま終わることはたぶん稀で、また新しい問題が生まれ(その問題は変化の本質とは関係のない部分でだったりもする)、それによってまた新しい反対勢力が出てきて、変化の妨げとなる。

何かを変えるってのはすげぇ難しいんだと思う。

ガンジーは自分の哲学で説き伏せるだけでなく、しっかりと戦略を練って臨んでいた。

これも教科書だけでは分からなかったガンジーの意外な一面だった。

そして国民が勝手に暴動などを起こしてガンジーの手にも負えなくなると、「暴動が収まるまで私は断食に入る」と、自分を人質に取った脅しまがいなことをやって国民に暴動をやめさせようとした。

ガンジーを笑うわけではないけど、これは「別れるんなら死ぬ!」と剃刀を手首に当てて彼氏を脅迫する女と同じではないか。

非暴力という言葉からかなりきれいなイメージのあるガンジーだけど、目標を達成するためには様々な手を尽くしていたみたいだった。

もしかしたら結構子供っぽい人だったのかもと想像できる。

もちろん映画を作った人のガンジーの解釈や、映画自体の僕の解釈によって事実はかなり変わると思うから、実際ガンジーがどういう人だったのかは結局は分からない。

まぁヒントになる程度ってことかな。

あと、英国から買った服を捨ててインドで作った服を着ようという運動や塩を自分達で作った運動は、今の日本は大いに見習わなければならないと思った。

最近は何かと中国の労働力を使う日本企業が多いけど、日本の就業率は気にしなくていいのだろうかと思う。

安い中国の労働力を使えば企業は得をした気になるだろう。

でもそれで将来的に貧しくなるのは日本だと思う。

もちろんそれは「格差」という形で現れてくると思うので、「勝ち組」は関係ないというスタンスで良しとするなら問題はないんだろうが。

他にも食料自給の問題においても、英国から禁止されていたにもかかわらずインド洋で塩を作った当時のインド国民を日本は見習うべきだと思う。

どこぞの外国の金持ちを喜ばせるために、自分の国の、しかもそれほど裕福でない人たちを苦しめるなんてあっていいはずがないんだ。

 

【ガンディー<Mohandas Karamchand Gandhi>】

インドの政治家・思想家。インド国民会議派の指導者で、インド独立の父とされる。イギリスに学び、弁護士を開業。初め南アフリカでインド人に対する人種差別政策の撤廃運動に従事。1915年インドに戻り、非暴力・不服従主義によりインド民族運動を指導。また、不可触民制の除去、農村の復興に努力。イスラム教徒とヒンドゥー教徒の融和に腐心したが、インド独立後まもなく狂信的ヒンドゥー教徒に射殺された。インド人はマハートマー(大聖、偉大な魂)として讃仰。ガンジー(1869~1948)

                                ~広辞苑より~

 

新書は「日本人はどこまで減るか」ってのを買った。

まだ全く読んでないので面白いかどうかは分からないんだけど、日本人(人間)はもっと減るべきだと何となく思っている僕としては面白そうなタイトルだったので買ってみた。

これから読もうと思う。

 

 

漫画は「BECK」を全34巻を一気に読破した。

とあるバンドのサクセスストーリーだ。

特に学ぶことがある漫画ではないし、ラストへの慌しさは最低なんだけど、何か魅かれるものがある漫画だと思う。

キャラクターかな。

確かに主人公のコユキと真帆のカップルはとてもいい味だしているし、バンドメンバー達も個性的で面白い。

ただ34冊はさすがに疲れた。

 

 

さて明日こそは外に出掛けようかな。

さすがに2日連続で引きこもる気にはなれない。

 

ではまた。

 

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2009年1月 1日 (木)

ゼロで割ると世界はおかしくなっちゃう

Photo 今日は昼から実家に帰ってきて、20時頃自分の部屋にまた戻ってきた。

 

実家ではお雑煮、おせち料理をたらふく食い、家族でテレビを見たりしながらゆっくりと過ごした。

やがて全員がまったりし出したので僕は昨日買った小説、「陽気なギャングが地球を回す」を全部読んだ。

数学の話を持ち出して、割り算はゼロで割ってはいけないことから、「ゼロで割ると世界はおかしくなっちゃう」と言うくだりがあった。

ここで中学生のとある登場人物が、だからいじめはなくならないと言った。

いじめられる役が必要だということだ。

実に興味深かった。

そしてその子は自分がそれになろうとしていた。

なんて格好いいんだ。

 

 

それにしてもお正月のテレビ番組は本当にくだらないものばっかだ。

ただでさえ最近質が落ちてると思われるバラエティ番組が、さらにくだらない企画ばっかやってんだ。

観る気も失せてサッカー天皇杯やNHKの自然番組を観ていた。

まぁいずれにせよだらだらと過ごした元旦だった。

 

といっても、明日も明後日も特に予定はない。

正月って映画館ってやってんのかな?

もしやってたら何か映画を観に行こう。

面白そうなのなかったらDVDでも借りに行って、またDVDと読書とサカつくで過ごすか。

最近体の鈍りを感じるから夜は走ろう。

 

 

あ、そうそう。

さっき実家から自分のアパートまでの道を自転車で走ってる時に思った。

「私案外面倒臭いこと好き~」とか言っちゃう人たま~にいるけど、これっておかしいよな。

頭痛が痛くないって言ってるようなもんだと思うんだけどな。

好きなことならそれは面倒臭いことじゃないだろ。

面倒臭いことが好きとか言って、献身的とかボランティアスピリッツがあるとか思われたいだけだったんだろうな。

面倒臭いことは嫌にきまっているっ!!

 

ではまた。

 

↓BETTER LUCK NEXT TIME「TGI Good Bye」

 

 

 

 

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KYってやつ

Ky 「KY」って言葉がわりと最近何者かによって生み出されたけど、僕はあの言葉が大嫌いだ。

空気を読まない奴、みたいな意味の言葉だ。

まず「空気を読む」の意味が分からない。

空気って何だよと思う。

そんなもの読むもんじゃないだろと思う。

空気とは吸ったり燃やしたりするものだ。

 

「KY」って、本来なら「気持ち(K)を読む(Y)」とか「心(K)を読む(Y)」っていう意味であるべきだと思う。

今一緒にいる人(たち)の気持ちを察するということだと思う。

気持ちってのは個人の所有物だ。

それを「空気」なんて言葉に置き換えて、あたかもみんなが共通して所有しているもののようにしてしまっているのが「空気を読む」という言葉だ。

気持ちなんてみんな同じなわけないのに。

みんな自分の感じ方や意見、気持ちに責任を持っていないんだ。

だから「空気」なんてものに逃げて、「私があなたを嫌いなんじゃない。あなたが場の空気に適していないの」ってことにしてんだ。

ようは無責任主義なんだよ。

みんな責任を取ることを極端に嫌がっている。

だから自分では声を出さず、“空気”に代弁させている。しかも本来バラバラであるはずの複数人の意見を無理矢理統一させて。

 

他人の気持ちを察することができない人はダメだと思う。

つまり僕はダメってことなんだけど、それってつまりは想像力が足りていないから。

自分の言動が何を生み出すのかがちゃんと想像できていないんだ。

もちろん他人の気持ちを察するなんてそう簡単にはできることではないし、そこまで敏感になる必要もないとも同時に思っているんだけど、でももし「KY」という言葉を使って誰かを批判したいのなら「私(もしくは誰か個人)の気持ちを読めていない」という意味でするべきだと思う。

あくまで個人が個人を批判すべきで、そこには責任が伴わなければならないと思う。誰かを批判するんだから当然だ。

「空気」に責任を負わせるなんて、お前は一体誰なんだ!

 

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【空気<くうき>】

①(air)地球を包んでいる無色透明の気体。地上から高度80キロメートルまでの水蒸気を除いた組成はほぼ一定で、体積比で酸素20.93、窒素78.10、アルゴン0.93、二酸化炭素0.03のほかに、ネオン・ヘリウム・クリプトン・水素・キセノンなどを微量に含んでいる。大気。<ヘボン(初版)>

②その場の気分。雰囲気。「邪悪な―」

                                     ~広辞苑より~

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まぁ「KY」なんてもう死語になりつつある言葉だから今さらこんな風にわめく必要はないんだろうけど、結局僕がしたいは無責任主義(責任転嫁主義といってもいい)の批判だ。

KYがそれを象徴する言葉のように思えたから書いてみた。

 

ではまた。

 

↓ELEVENTYSEVEN「FIGHT TO SAVE YOUR LIFE」

 

 

 

 

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