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2009年2月11日 (水)

世界は僕の知らないところで勝手に回っている

Photo_3 今日はこれで3つ目の記事だ。書きたい事がどんどん出てくるんだ。

 

今日、吉祥寺で募金活動をやっている団体を見た。

イヤホンをして音楽を聞いていたから声は一切聞こえなかったが、持っていたのぼりに「さくらちゃんに心臓移植を受けさせてください」みたいなことが書いてあった。

心臓移植を受ける手術費の募金活動だった。

僕は勘弁してくれよ、と思った。

ここを素通りしたらまったく僕が悪者じゃないかと思った。僕はこの前、臓器移植を反対したばかりなんだ。募金はできないよ。

きっと移植を待っているのは子供なんだろう、と思った。

感情論になると、移植反対は急に気まずい立場になるな、と思った。

そりゃみんながいい人間で、それによって争いや犯罪が生まれなければ僕だって賛成したいさ。

あ、いや、それも分からない。

そういうことなしに、人間が踏み込んではいけない領域のような気もする。

よく分からない。

 

 

家に帰ってきてテレビを付けた。

最近よくNHKを見る。

さっきニュースで、長崎の原爆で死んだ人の思いを引き継ぐ、みたいな意味を込めた桜の木があるということを言っていた。

そのVTRで、一人の(おそらく戦争経験者)お婆さんのコメントが流れた。

 

「私たちは一生十字架を背負っている」

 

お婆さんはこう言った。

冗談じゃない、と僕は思った。

たとえ戦争を始めたのが日本だとしても、そこは百歩譲ったとしても、広島・長崎の十字架を背負っているのが僕たち日本人であるわけがないだろう。

さらに誤解を恐れずに言うなら、それを僕たち世代にまで背負わせるのは本当に勘弁して欲しい。

なぜアメリカが背負うべき十字架を、僕たちが背負わなければならないんだ。

二度と戦争をしない、ということなら分かる。でもそれは、広島・長崎から学んだことではない。

広島・長崎から学ぶことは、非戦の誓いはもちろんだが、原爆と一般市民の無差別大量殺人の悲惨さではないのか。

僕は勘弁してくれよ、と思った。

 

なんだか今日は疲れた。

どうすればいいのか分からないことが多過ぎる。

世界を回してるのはやっぱ僕じゃないな、と思った。

 

 

ではまた。

 

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