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2009年3月 1日 (日)

思いやりってやつ

Photo 思いやりってやつは、ないよりあった方がいいと思うし、人が人を思いやらない社会はうまく機能しないと思う。

いくらシステムを整えてみても、結局社会を支えているのは信頼とか信用とか思いやりとか、そういうものだと思うから。詐欺がなくならないのがいい証拠。

でも人を思いやるってのは、僕にはとても難しい。超苦手分野だ。

僕の得意技は、『相手の気持ちを考えずにズケズケと言いたい事を言う』だし。

 

といっても、思いやりっぽい行為をしたことがないわけではない。

バスや電車で席を譲ったことはあるし、道を聞かれて教えたこともあるし、同級生に勉強やスポーツを教えたこともある。

でも僕のしたこれらの行為は、きっと思いやりに基づくものではなかった。

席を譲るのはそうしないと僕が気まずいからだし、道を聞かれたら教えるのはただの反射だ。熱いものを手に近づけられるととっさに手を引っ込めるあれと同じことだ。

人に勉強やスポーツを教えるのは義務感か自己満足に対する欲求に基づいていたと思う。

だから僕の行為はあくまでも“思いやりっぽい”だ。

 

こんな僕だからよく分からないんだけど、人を思いやれる人は、何か行動をする前にその人の気持ちを考えるのかな。それとも、何も考えずとも行動ができるのかな。

もし考えるのだとしたら、行動を起こすかどうか、どのような行動を起こすかの判断はとても難しそうだ。

『小さな親切大きなお世話』なんて言葉もあるくらいだし。

思いやりにもリスクが付きまとう。

 

あぁそうか。そういうことか。

思いやりは時に思いやりと認識されない。それが怖いから僕は思いやりという表現を避けているのかもしれないな。

僕がとった行動はもしかしたら、意識的にせよ無意識的にせよ、思いやりに基づいた行動であったことはあるかもしれない。でも僕はそう表現はしてこなかった。

それは相手にとって僕の思いやりは、思いやりではなかったかもしれないからだ。

 

なるほど。

じゃあ僕は今のままでいいな。

別に思いやりを『思いやり』と表現してやる必要はないんだ。

もっと思いやりのある人間になりたいと思っているし、そうしようと努力してみるけど、それを自分で『思いやり』なんて言葉で表現しないし、他人に『思いやり』を強制もしない。

僕の超レアな思いやりによって誰かが幸せになり、僕も幸せになれれば、それが思いやりかどうかは問題ではない。うん、一切問題ではないんだ。

そういうことだ。

 

【思い遣り<おもいやり>】

①思いやること。想像。

②気のつくこと。思慮。

③自分の身に比べて人の身について思うこと。相手の立場や気持を理解しようとする心。同情。「―のある人」

④モテ要素の一。

                     ~広辞苑に一部追記~

 

思いやりってやつが何かなんて、実はどうでもいいことだった。

辞書的な意味も、もうどうでもいいや。

 

 

ではまた。

 

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