« 愚痴は聞き手次第 | トップページ | 一般市民にも現行犯に対しては逮捕権がある »

2009年3月 6日 (金)

「おくりびと」と「悼む人」で死を考える

Photo 今日は有給休暇だったから、朝から読書をして昼から映画を観に行った。

 

午前中はずっと「あの戦争は何だったのか」という新書を読んでいた。

太平洋戦争を改めて考えよう、という本だ。

以前僕が読んだ本とは違った事実が書かれていて、やはり歴史ってのは難しいな、と思った。

でもいずれにしても、あの戦争のことを考えるのは必要なことだと思う。何も知らずに生きているのは、とても悔しい。

 

午後から立川に映画「おくりびと」を観に行った。

本当は15時スタートの回を観ようと思っていたんだけれど、チケットを買いに行くと、満員です、と言われ、仕方なく次の回の17時35分スタートのチケットを買った。

予定外にも3時間ほど時間が余ってしまったので、カフェに行って午前中の読書の続きをすることにした。

17時くらいになる頃、ちょうど「あの戦争は何だったのか」を読み終えた。

 

まだちょっと時間があったのでカフェを出て本屋に行って新しい本を買った。

伊坂幸太郎の小説「フィッシュストーリー」と新書「9.11ジェネレーション」を買った。

小説などのフィクションと、新書などのノンフィクションを交互に読むのが僕の中のルールなのだ。

次は「フィッシュストーリー」を読んで、その次に「9.11ジェネレーション」を読む。

 

その後に映画館に行った。

「おくりびと」は面白かった。

ちょっと音楽がうっとおしいな、とは思ったけど、僕は映画の最中に「死とは何か」を考えるほどだった。

いい映画を観た後は、なぜかボーっとすることが多いんだけど、僕は帰り道、ボーっとしていた。

 

「死は門だ」というようなことを火葬場の人が言った。

門を通過して旅立つんだ、と。だから、いってらっしゃい、また会おう、と言うんだと。

でも僕は違うんじゃないか、と思った。

ちょっとしたシーンでしかなかったけど、あるお婆さんが死んで納棺されるとき、そばにいた親戚らしき人が言った、「ご苦労様でした」。

僕にはこの台詞の方がしっくりきた。僕の祖母が死んだとき、ずっと一緒に暮らしていた親戚が祖母に向かって同じ台詞を言っていた。

これから旅立つ人に、ご苦労様でした、とは言わない。

なぜ、ご苦労様でした、かというと、もう終わりだからだ。

僕は死とは終わりだと思う。

だから生き残った人が覚えていてあげるんだと思う。

「おくりびと」を観て、僕は「悼む人」を想った。

終わっちゃうから覚えてあげるんだ。

 

 

あ、テレビで「幸せの力」が始まった。

観よ。

 

ではまた。

 

 

|

« 愚痴は聞き手次第 | トップページ | 一般市民にも現行犯に対しては逮捕権がある »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/146160/28500526

この記事へのトラックバック一覧です: 「おくりびと」と「悼む人」で死を考える:

« 愚痴は聞き手次第 | トップページ | 一般市民にも現行犯に対しては逮捕権がある »