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2009年6月

2009年6月30日 (火)

酔っ払いの戯言

人は、嫌いな人を放っておけない生き物なのだ。嫌いなら接触しなければいいのに、接触しないだけでは飽き足らず、被害を及ぼさないと気がすまないのだ。そういう生き物なのだ。

 

これは例えば日本人の一部のいじめだけに言えた話ではなく、全人類に言えることなのだ。嫌いな人に話し掛けては、その人の批判を繰り返すのだ。そしてその人が反省をして、それを見て悦に入るのだ。それが人間だ。馬鹿な猿と人間は同位だ。一緒に死んでしまえ。

 

人間とは本質的に、個人の幸せや快楽を追求するものであり、総和としての幸福を追求し得るものではないのである。じゃあ周囲に期待させずに死ねや。

 

 

ではまた。

 

 

※この記事は、筆者上杉が酔っ払って昨夜のうちに書いていたものを、翌朝になってから消そうかどうか迷った挙句、「自由気ままーん」「ありのままーん」の精神に則りそのまま掲載したものである。

 

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2009年6月27日 (土)

映画『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』

I_come_with_the_rain を観た。キムタクが出ている映画だ。

 

つまらなかった。超が付くつまらなさだった。完全に僕が嫌いなタイプの映画だった。抽象的な映画。言葉で語らずに画や音楽で感じさせる映画。僕が苦手な映画。最近の映画でいうと、オダギリジョー主演の『悲夢』のような感じ。よく分からない上に、気持ち悪い。グロイシーンもたくさんあった。いいところは一つも思い浮かばない。まぁただ時間潰すためだけに観た映画だから別にいいんだけどね。

 

ではまた。

 

 

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重松清『ビタミンF』

を読んだ。

 

家族とか夫婦とか友達とか親子とか、色々な人間関係を描いた短編集だった。

正直、あまり面白くなかった。重松清は初めて読んだんだけど、ちょっとガッカリ。映画がとても良かった『青い鳥』を書いているということで、しかもこの『ビタミンF』は直木賞を獲っているということで、けっこう期待していたから、残念だった。たぶん30代の男性が読んだら共感できたりするんだろうなという気はするが、あいにく僕は20代のど真ん中。感動もしなければ共感もしなかった。文章も特に魅力的でなかったし、僕の好みではないのかもなぁ。アーメン。

 

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ではまた。

 

 

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2009年6月25日 (木)

迷子

Photo 昨日、僕は迷子になった。こんな事を言うと、またこいつは「僕は人生の迷子だ」とか言い出すに違いない、と思うだろうけど、全然違う。僕は実際に迷子になったのだ。物理的に、地理的に、迷子になったのだ。

 

昨日は朝からずっと会議だった。そしてその会議で使う資料作りのために、僕は連日残業をしていた。一昨日は3時間くらいしか寝ていなかった。これは僕にとっては致命的な状況だ。普段は少なくとも6時間は寝ている。だから僕は疲れていた。会議も疲れたし、それ以前の疲労も溜まっていた。その状態で、会議の後飲み会に行った。一次会、二次会と、僕は楽しくお酒を飲んだ。そして酔っ払った。二次会の記憶は、あまり残っていない。たぶん終電で、僕は最寄り駅に帰って来た。

昨日の朝はひどい雨だったから、普段なら駅まで自転車で行くところを、僕はバスで行っていた。でもそのことをすっかり忘れていた僕は、いつも通り駐輪場に向かった。駐輪場には当たり前のように僕の自転車はなかった。僕は混乱した。そして、「盗まれた」と思った。でもちゃんと「あ、今日はチャリで来てないわ」と思い至った。もうバスもないから、歩いて帰って、途中でタクシー拾えたら拾おうと思った。僕は歩き始めた。そして僕は、意識を失った。意識の喪失。

 

意識の回復。気が付いたとき、僕は歩いていた。そこは、全然知らない場所だった。見当もつかない場所だった。どうやら意識がないまま歩き続け、なぜか帰り道から外れてしまったらしかった。でも僕は酔っ払っていて気が大きくなっていたから、焦りはなかった。ただ、「ここは知らない場所だ」とは思った。でもとりあえず僕は歩き続けた。どの方角に向かっているのかさえ分からなかったけれど、とにかく歩いた。悪化した踵が痛かった。でも、歩かないわけにもいかなかった。歩いて、歩いた。真っ直ぐに進み、左へ曲がり、右へ曲がった。僕の歩きは報われた。やがて僕は、川に出ることができた。この川には見覚えがあった。僕の実家の近くを流れる、『野川』という川だ。この川を辿れば帰り道に出ることができる。僕は川を上流に向かって歩き始めた。足がとにかく痛かった。それでも歩き続けると、やがていつもの帰り道に出ることができた。なぜあんなところまで歩いて行ってしまったのか、僕にはまったく分からなかった。でも何にせよ、僕はいつも自転車で帰る道を、たらたらと歩いた。

途中で、あまりに疲れたから、もうバスが来ないバス停のベンチで寝た。足が痛かったし、眠かった。もう絶対家までたどり着けない、と思ったのだ。だから誰もいないバス停で寝るのは、当然だった。どれくらい寝たのかは分からない。僕は一度たりとも時計を見なかった。数分だとは思うが、もしかしたら数時間だったのかもしれない。とにかく僕は一度寝て、起きた。ちょうどその時、目の前にタクシーが止まった。中年男性がタクシーを降り、すぐさま僕はそのタクシーに乗り込んだ。これほどまでにタクシーをありがたいと思ったことはない。きっと、これからも、ない、だろう。運命的遭遇。

家の目の前までタクシーで行き、タクシーを降りた。降りるときに運転手のおじさんが、「ここ真っ直ぐ行けば(大通りに)出れるよね?」と聞いてきた。真っ直ぐ行けば大丈夫です、と僕は答えた。ドアを閉めると、タクシーは走り始めた。なぜかは分からないけれど、僕はそのタクシーを見つめていた。タクシーは、ほんの少しだけ真っ直ぐに行って、すぐに左折した。どの通りにもつながっていない、ただ住宅地に出るだけの道へタクシーは入っていった。感染的迷子。

 

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

Hey kid, where are you running off to?

~zebrahead『JAG OFF』~

《訳》よお、お前はどこへ行こうっていうんだよ?

 

 

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2009年6月21日 (日)

金持ちは飛べない

死ぬまでにどれだけ身軽になれるかが重要だ。

だって天国は上で、地獄は下。そう決まっている。

だから身軽にならなきゃ、天国には行けない。

金なんか貯めたって、地獄に近づくだけだ。

札束抱えて天国に旅立つ姿が想像できるかね。

 

 

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復帰

Photo とうとうフットサルに復帰した。実に1ヶ月とちょっとぶりだ。踵の調子はまだ本調子ではないけれど、そろそろ動かないとダメだと思った。体が鈍るし、生きる気力が底をついてきたのだ。やっぱ僕は動いていないと死んでしまう生き物なのだ。根っからの“動物”なのだ。生まれる時代を間違えた残念な動物なのだ。

でも足はやっぱ痛かった。なるべく踵に気をつかい、踵を強く地面に着かないようにしていたが、スポーツをやっている以上、そうならざるを得ないときはどうしてもあって、やっぱり僕はまた踵を痛めた。それでもフットサルは最高に楽しかった。完治への時間は余計にかかってしまうかもしれないけど、僕はもうフットサルを休んだりしない。僕は生きるのだ。

ROONEYSを1ヶ月も離れるなんて、実は初めてのことだった。怪我は今までに何度もしているけど、それでも練習には行っていた。ただ見学しているときもあったし、軽くやったりするときもあったけれど、とにかく顔は出していた。だから実は復帰するにあたりちょっと心配していた。僕がいない間にクラブがガラっと変わってはいないか、とか。でもよく考えたらもう6年もやってきたクラブだ。6年の内の1ヶ月なんて、なんてことはない。1ヶ月ぶりのROONEYSは、僕の知っている、今までやってきたROONEYSだった。僕はとても安心した。例えば恋人や友人はやがて去って行ってしまったりするけれど、ROONEYSはきっと僕のもとを離れたりしない。僕が求め続ける限り、ROONEYSはそこにあるのだ。学校が変わっても、住所が変わっても、恋人ができても、恋人がいなくなっても、結婚しても、離婚しても、子どもができても、ありとあらゆる状況が変わっても、ROONEYSはずっとそこにあるのだ。僕の理念は、6年間ずっと健康的に生きていたのだ。感動的だ。

あるいは怪我をして良かったのかもしれないな、と僕は思う。これぞまさにsupernovaだ。

 

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

For you I used to carry the never ending light

~vanilla sky『SUMMER COMES』~

《訳》君のために、僕は輝き続けたんだ

 

 

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村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』

を読んだ。

 

面白かった。最後の終わり方が良かった。感動的だ。朝が来ること。隣に誰かがいること。それらが確実に繰り返されること。あらゆるものをいつ失ってもおかしくない日常において、これらのことは感動的な出来事なんだ、と思った。これから僕は思うだろう。毎朝、目覚める度に思うだろう。

「また朝が来た。感動的だ」

 

ではまた折り目を付けたページから一部を紹介。

 

(前略)

「そうかもしれないけど、君はとてもよくやっている」

五反田君は首を振った。「よくやっている人間がこうして際限なく愚痴を言うものかな?そして君に迷惑をかけるものかな?」

「そういう時もある」と僕は言った。「我々は人間について話をしているんだよ。等比数列の話をしているわけじゃない」

~村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(下)』より~

 

「等比数列の話をしているわけじゃない」。面白い表現だ。僕たちの人生に規則性なんてない。バラバラだ。専門家はすぐにそこに規則性を見出し、法律的、経済的、医学的な“何か”を作り出すけれど、そんなものに意味はない。数列が1つ伸びればたちまち成り立たなくなる規則性なんだよ。

結局誰もがよく分かっていない。社会のこと、経済のこと、何もかも。自分自身のことだって。だから踊り続けるんだよ。それしかできることがないんだ。ステップを踏み続けるんだよ。ダンス。ダンス。ダンス!

 

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ではまた。

 

 

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2009年6月20日 (土)

やれやれデー

Photo_2 今日は映画を観て買い物をしてきた。

 

家でどの映画を観ようか調べていたら、ちょうど原作・伊坂幸太郎の『ラッシュ・ライフ』が公開2週目だったから観ようと思った。上映している映画館が新宿のバルト9だけだった。やれやれ、と僕は思った。新宿か。できれば行きたくないな、と思った。でも僕は出掛けた。欲しいものがそこにしかなければ、そこに行くしかないのだ。

新宿に着くとまず、HMVへ行き日本のパンク・バンドのCDを2,3枚視聴した。なかなかいいものもあったんだけど、ヴォーカルが好みでなく、それらは買わなかった。その代わりに、先日探しても探しても見つからなかったガガガSPのベストアルバムを買った。

次に映画を観るためにバルト9に向かった。新宿などの都心に行くといつも思う。秩序がない。歩き方が分からないのだ。どのように歩くのが正解なのか、どうしても分からないのだ。右端を歩けばいいのか、左端を歩けばいいのか、あるいは真ん中なのか。歩くペースも、どうしても安定しない。もしかしたら僕以外のみんなは、秩序やらルールやらマナーやらを知り尽くしていて、実はそれに則って歩いているのかもしれない。確かにみんな、すごく自然に歩いているように見える。知らないのは僕だけなのかもしれない。でも知らないものは、僕にとってはないことと同じなのだ。秩序はないのだ。

『ラッシュ・ライフ』を観ることはできなかった。観ようと思っていた16時25分の回がすでに満員だったのだ。その次の回は時間が離れすぎていて面倒だったから、僕は結局あきらめることにした。映画館には、本当にたくさんの人がいた。やれやれ、と僕は思った。

次はどうしようかと思った。このまま帰るのもどうかと思った。本を買おうと思った。紀ノ国屋へ行き、新書と文庫のコーナーを物色した。新書で1冊面白そうな本があったので買おうと思った。ところが僕は、それもまたあきらめた。レジに行列ができていたのだ。やれやれ、と僕は思った。何もここで買う必要はない。僕は本を棚に戻し、外へ出た。

やっぱり映画を観ようと思った。空いている映画館で。僕は武蔵野館へ向かった。正直、観たい映画は1つもやっていなかった。どの映画も、観る前から面白くないと予想できるものばかりだった。『幸せのセラピー』、『トワイライト 初恋』、『鈍獣』、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』、『スラムドッグ$ミリオネア』。どれも観たいとは思わなかった。でも人生には、“まし”を選ばなければならない時もある。“まし”は『鈍獣』だな、と思った。もちろん映画は、予想通りにつまらなかった。やれやれ。

つまらない映画にちょっと腹を立てて、僕は駅に向かった。駅の改札前には、日本の全ての若者が集合していた。きっと徴兵制度ができたんだな、と僕は思った。元気な若者を集めて、鬼退治へ出かけるのだ。幸い僕は赤紙を受け取っていないようだったし、電車に乗って帰ることにした。そして地元の本屋で、戦地では買わなかった本を、全く同じ本を、1秒も並ばずに買った。おかしな世の中なのだ。やれや・・・。やめた。

 

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

I've got weak constitution

~+44『LILLIAN』~

《訳》俺は弱い気質の持ち主なんだ

 

 

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映画『鈍獣』

を観た。

 

とてもつまらなかった。一体何の映画なのか、僕にはさっぱり分からなかった。笑えるシーンもなければ感動もしない。完全に観て損する映画だ。

 

Photo  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈍獣アーメン。

 

 

ではまた。

 

 

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2009年6月18日 (木)

村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(上)』

を読んだ。

 

やっぱり村上春樹は面白い。あらすじは紹介できない。ストーリーの説明のしようがないように思えるから。それでも面白いのは、たぶん僕は村上春樹の文章が好きだからだろう。ストーリーというよりも、言葉遣いとか、そういったもののあらゆる表現が気に入っているんだと思う。それに要所要所にみられる風刺のようなものも共感できる。だからいいんだ。

では折り目をつけたところから一部紹介。

 

「気をつけるんだよ。殺されたくなければ、気をつけた方がいい。戦争というのは必ずあるんだ。いつでも必ずある。ないということはないんだ。ないように見えても必ずある。人間というのはね、心底では殺しあうのが好きなんだ。そしてみんなで殺し疲れるまで殺しあうんだ。殺し疲れるとしばらく休む。それからまた殺しあいを始める。決まってるんだ。誰も信用できないし、何も変わらない。だからどうしようもないんだ。そういうのが嫌だったら別の世界に逃げるしかないんだよ」

~村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス(上)』~

 

この話、上巻を読み終わってもラストの想像が全くつかない。まぁ大体の村上春樹作品がそんな感じのような気もするが、『ダンス・ダンス・ダンス』は特にそうだと思う。

下巻もまた楽しみだ。

 

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ではまた。

 

 

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立派な小学生とダメリーマン

Photo 今日は朝から会社へ行き20時まで働いて帰って来た。

 

今日の午前中はずっと頭が痛かった。頭の中に石ころか何かが入ってるんじゃないかというくらいに、頭が痛かった。体の中に石のようなものができる病気があるというし、僕の頭の中に、石ころができたのかと思った。しこり。でも実際にはそんなことはなく、午後に入りしばらくすると痛みは消えていた。とにかく甘いものを摂取したのだ。僕はこの頭痛に糖分が効くことを経験的に知っているのだ。もう20年近い付き合いになる頭痛だ。物心ついた頃から僕たちは一緒なのだ。一緒に歳を取り、一緒に腐ってきた。頭痛が僕に付きまとうように、僕もまた頭痛に付きまとっているのだ。主体の問題だ。だから僕は、僕の頭痛のあらゆる性格を知っている。糖分が彼の天敵であることを、僕は知っているのだ。

こんな日に20時まで残業すると、とても疲れた。仕事が終わったから帰るのではなく、完全に頭が働かなくなったから、僕は帰った。時間も有限なら、僕の頭の体力だって有限なのだ。僕が限られた世界で生きている限り、仕事があるからといって働き続けるわけにはいかない。どうしても、そういうわけにはいかないのだ。

今日は家から駅まではバスで行っていたので、帰りもバスに乗らなければならなかった。帰りのバスをバス停で待っていると、前にも同じ場所で見かけた小学生がいた。時刻は20時半。きっと塾の帰りなのだろう。このバス停で母親が車で迎えに来るのを待っているのだ。彼の一日は、朝から学校へ行き、授業を受け、一旦家に帰り、学校の宿題を片付けお菓子を食べ、予習を済ませてから塾へ行き、また授業を受け、夕飯のお弁当を食べて帰るのだ。これは経験に基づく想像ではない。僕は塾というところへ通った経験が一度もないのだ。学校以外で授業を受けたのは、大学受験に失敗した上に高校を卒業してしまったがために行き場を失った僕を受け入れてくれた大手予備校だけだった。でもきっと当たらずも遠からずだと思う。そんな小学生と僕を比較すると、たぶん小学生の方が大変だろうな、と思った。でもそれは、僕には全く関係のないことだった。僕は、他人がどうだから僕もそうなるべき、とか、そういう考え方がとても嫌いなのだ。才能のある人。頑張ってる人。夢や希望に満ち溢れている人。そういう人を基準に世界を動かしてはいけない。そういう人は地球がなくてもやっていける。フワフワと宇宙を漂うこともできるし、月に住むこともできる。彼らに地球は不必要だ。重力から開放された彼らは、地球はただの球体でしかない。そんな人を基準に世界を動かすわけにはいかない。地球は、地に足をつけていないと生きられない人のためにあるのだ。重力に縛られた僕のためにあるのだ。リュックサックを背負った坊主頭の、西郷隆盛そっくりの小学生を見て、そんなことを考えた。

同時に僕は思った。僕にいつか子供ができたら、絶対に塾になんか行かせるもんか、と。僕は一度も塾には行かなかなかったのだ。「俺のようにはなるな」なんて教育はクソ食らえだ。

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

your style seems worthwhile

~THE OFFSPRING『VULTURES』~

《訳》おまえのスタイルは価値がありそうじゃないか

 

 

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2009年6月17日 (水)

臭いは感染する

Photo 今日は朝から会社へ行き18時まで働いて帰って来た。

 

うちの会社はたまに臭い。どういう時に臭いか、僕は知っている。掃除をした後だ。普通、掃除をした後は清潔になり、嫌な臭いなんてしないと思うだろう。たしかに普通はそうなのかもしれない。でも、それはある場合を除いての話なのだ。ある場合とは、掃除に使う道具自体が臭い、という場合である。臭いモップ。臭い雑巾。そういうもので拭いた後の床や壁は、とても臭いのだ。

おそらく、掃除道具の管理がなっていないんだろう。あの臭いは間違いなく黴だ。濡れた掃除道具を、陽の当たる場所に干したりせず、そのままどこかにしまっているんじゃないだろうか。黴の繁殖する条件。もちろん僕は、管理の仕方までは全く知らないのだけれど。でもあの臭いは、小学校から高校までかぎ続けた雑巾の臭いを思い出す。干すことを怠り、バケツに濡れたまま放置されたあの雑巾の臭いだ。

掃除というのは基本的には感謝される行為だ。見方によってはただの仕事の1つでしかないのだけれど、掃除には「いいこと」というイメージがある。でも臭くしてしまっては台無しだ。いいことをしているのにちょっと迷惑。これは勿体無い。報われない。でも、解決策はとてもシンプルじゃないか。

雑巾・モップを洗って干したまえ。

 

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

Being wrong never felt so right

~NEW FOUND GROLY『SUCKER』~

《訳》いけないことがこんなにいい気分だったことはない

 

 

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2009年6月16日 (火)

雷様

Photo 今日は朝から会社へ行き20時過ぎまで働いて帰って来た。

 

昼休みに外に出たときはまだ雨は降っていなかったのに、帰るときには豪雨となっていた。僕は雨が嫌いだけど、なぜかこの雨は嫌な感じがしなかった。さしている傘の外から雨が吹き込み、肩や背中が濡れても、歩くたびにズボンの裾が濡れても、不思議と嫌ではなかった。洗い流す雨。自分でもよく分からないけれど、これは洗い流す雨だ、と思った。何を洗い流すのかは知らない。罪。失敗。汗。よく分からない。でもなぜか、すっきりとする雨だった。

でも雷は余計だと思った。雷は怖いのだ。子供の頃は雷を怖いだなんて思ったことはなかった。怖がる妹をからかったりもしていた気がする。でも今の僕は雷が怖い。なぜなら、圧倒的だからだ。あの圧倒的なエネルギーの前に、僕はあまりにも無力で、もし打たれようものならたぶん簡単に死んでしまうだろう。何の抵抗もなく、僕は死ぬのだ。抵抗もなく、予測もない。無防備なまま、打ち抜かれるのだ。究極的には暴力に対抗する術がないように。こんな夜には、僕たちの命は雷に依存しているのだ。そうか。雷はやっぱり神だったのか。

 

なんてことはない。

 

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

I'm better late than never

~MXPX『MY LIFE STORY』~

《訳》遅刻するほうがすっぽかすよりマシだろ

 

 

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2009年6月15日 (月)

さよなら さよなら さよなら

Photo 何故かは分からないけど、急に悲しくなることがある。何故かは本当に分からないし、それは実際に、理由のないことなのかもしれない。とにかく僕は仕事中に悲しくなった。だから、まだやるべき仕事は残っていたような気もしたけど、帰った。荷物を、といっても僕が会社で鞄から出すものは手帳だけだから、手帳を鞄にしまってフロアを出た。すると突然、無性に音楽が聴きたくなった。音楽はいつも聴いているけれど、いつも聴いている英語の歌詞の外国人の歌ではなく、日本人の、日本語の歌が聴きたくなった。そして僕は具体的に思い浮かぶことができた。ガガガSPが聴きたいと、僕は思った。ガガガSPはもうずっと昔に聴いていたバンドだけれど、何故急にこの名前が思い浮かんだのか、これに関しては理由ははっきりと分かった。つい1ヶ月ほど前に、友人と行ったカラオケで歌ったからだった。『卒業』。昔の僕にとってはいつしか聴き飽きてしまった歌だったけど、時間が経ってからまたいいと思うことは、音楽に限らずよくあることだ。僕は10Fから2Fのロビーに降りる階段を急いだ。急いでCDショップに行く必要がある、と思った。

CDショップにガガガSPはなかった。よく行くCDショップだけれど、日本人のバンドがどのようにグループ分けされ、どこにどの棚があるのか、僕は知らなかった。それに、ガガガSPがどのジャンルに属する音楽なのか、たぶんパンクだとは思ったが、はっきりとは分からなかった。だから色々なコーナーを探した。とはいえ、実際は色々と探すほどのことはなかった。まずはJ-POPのコーナーを探したが、なかった。するともう、探すべきコーナー名はなかった。日本のバンドのほとんどは、J-POPに分類されるのだ。あきらめようとしたとき、「LOUD」というコーナー名が書かれた棚が目に入った。あり得なくは無い、と思った。「か」の列を探すと、あった。確かに「ガガガSP」と書かれたタブのようなものが、棚から飛び出て見えていた。しかしそこにCDは一枚たりともなかった。ガガガSPと書かれたタブの横には、すぐにまた違うバンドの名前が書かれたタブがあり、その隣にもまた、違うバンドの名前のタブがあった。きっと以前なら、そうたぶん僕がガガガSPを聴いていた頃なら、そこにCDが3,4枚は並んでいたのだろう。そしてその隣にもまた、タブを挟んでCDが3,4枚あったはずだった。でも今はすっかりなくなってしまったのだった。

僕はがっかりした。気に入った女の子に見向きもされなかったあの気持ちに似ているな、と思った。僕はいつもの、パンクとエモとメタルが入り混じった視聴コーナーに立ち寄って一枚のCDを聴いた。全く何も期待しないでヘッドフォンをつけたのだけれど、思いの他そのCDは良かった。まさに僕が好きなポップ・パンクという感じの音楽だった。僕はすぐさまCDを手に取り、レジに向かった。輸入版だったので1800円もしなかった。

帰りにもう1軒CDショップに行ってガガガSPを探してみたけど、やっぱりなかった。そこでは、もはや名前すら見つけることができなかった。もともと品揃えがおかしなCDショップなのだ。GREEN DAYとマドンナを、「ROCK&POP」などといってひとまとめにしている店がまともなはずがないのだ。

家に帰ってさっそくCDをかけた。そこから流れてきた音楽は、CDショップで聴いたそれとは、全く違っていた。それは実際に違っていた。僕は記憶を辿った。確かに僕が視聴機で聴いていたのは「No.3」のCDだった。そしてまた確かに、僕が手に取ったCDは「No.4」だったのだ。あきれて“腹筋”を何回までやったかを忘れてしまった。僕は音楽を消した。

君は今どこにいるっていうんだい。

 

 

 

さよならガガガSP。

 

 

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2009年6月14日 (日)

映画『リリィ・シュシュのすべて』

を観た。DVDを借りて観た。

 

感想を言うのが難しい。いい映画だったことに間違いはない気がするんだけど、何か、どう表現していいのかが分からない。苦すぎる青春。社会問題の凝縮。とにかく、描き方がとてもきれいだと思った。岩井俊二監督。なかなかやるな。

若い頃の市原隼人、蒼井優が出ていた。二人ともとても良かった。同時に、市原隼人はこういう寡黙な役の方が合っているんじゃないかとも思った。ROOKIESの安仁屋役は僕はどうも好きになれないんだよなぁ。まぁ別にいいんだけども。

 

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ではまた。

 

 

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だらしないってやつ

Photo 昨日は府中に映画を観に行った。

 

映画に行く前に、TSUTAYAにもう5日間ほど延滞していたDVDを返しに行った。日曜日に「当日」で借りていたのを、すっかり面倒になってしまい返していなかったんだ。延滞なんてほとんどしてなかったから驚いた。延滞料金が1500円くらいした。もう延滞なんてするもんか。

その後実家に寄った。安く買える映画のチケットの購入を母に頼んでいたので、それを受け取りに。普通1800円する映画のチケットだけど、そのチケットは800円なのだ。映画館がTOHOに限られてしまうけど、この半額以下の値段はおいしいので僕は年に何回か母に頼んで買ってもらっているのだ。母の会社つながりで買ってくれるのだ。買ってくれるといっても、お金はちゃんと僕が払っている。そんなわけで実家に寄ると、父が「この前TSUTAYAから電話あったぞ」と言っていた。TSUTAYAの登録の住所変更をしていないから実家に電話がいったのだ。たぶん延滞のことだろう。「あぁ、たぶん延滞のことだね。さっき返してきたよ」と言うと、母が「何?あんた延滞なんかしてるの?」と言ってきた。

「あぁ、何か面倒になってね」

「あんたはだらしがないねぇ」

映画のチケット4枚を受け取り、3200円ちょうどなかったので3500円を「釣りはいらねぇよ」の捨て台詞とともに母に払い、僕は映画を観に行った。

 

映画を観て、家に帰って僕は思った。「だらしがない」ってどういう意味だ。「だらし」って何だ。これ以上僕にないものって何だ。

 

【だらし】

(「しだら」の倒語という)しまり。ひきしまり。しだら。

~広辞苑より~

 

あぁなるほどねぇ。たしかにないねぇ。

 

ちなみに、「だらしがない」という言葉を広辞苑で引いても出てこなかった。正しくは「だらしない」だ。格助詞「が」はいりましぇーん。

 

【だらし無い<だらしない>】

《形》しまりがない。節度がない。また、体力がなく弱々しい。「―・い服装」「金に―・い」「これ位でへこたれるとは―・い奴だ」

~広辞苑より~

 

そういえば少年野球時代、イニングの初めに言ってたな。

「しまってこーぜー!」「おー!」

 

大人になって思う。人々はちょっと“しまり過ぎ”だ。しまり過ぎで疲れちまってる。だから僕はあえて言おう。

 

「だらしてこーぜー!」

 

 

ではまた。

 

 

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2009年6月13日 (土)

映画『ハゲタカ』

を観た。府中のTOHOシネマズで。

 

中国ファンドが日本の自動車会社を買収しようとするところを、日本のファンドが阻止しようというお話だった。面白かったけど、感想が持ちにくい映画だな、と思った。金融資本主義の批判みたいな思いはもちろん持っているが、この映画を観たからといって新しく何かを感じるってことはなかった。正直、「今さら」って感じがしてしまった。もちろん、映画としてはとても良かったとは思う。

主演の大森南朋は良かった。自信満々な感じとか怪しげな感じとか、すごく良かった。特に僕が「おぉ!」って思ったのが、最後の方の留守電メッセージを聞くシーン。あの微妙な表情と動作は絶妙だと思った。大森南朋はやっぱいい。

 

『ハゲタカ』。まぁそんなめちゃくちゃ面白いってことはないけど、観て損するってわけでもないと思う。

 

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ではまた。

 

 

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宮台真司『日本の難点』

を読んだ。

 

久しぶりの新書。社会学者の著者が、人間関係について(第1章)、教育について(第2章)、幸福について(第3章)、アメリカについて(第4章)、日本について(第5章)つらつらと書き綴っていた。

なかなか面白い部分も多かったが、全体的に学問的過ぎるというか、表現がいちいち専門的な言い方になっていてうっとおしかった。専門家ってのはわざわざ難しい言い方に言い換えるんだ。きっとその分野の人間にとってはその方が便利なこともあるんだろうけど、僕にはさっぱり分からない表現も多くて困ってしまった。

でも本当に良いことを言っている部分もたくさんあった。例えば「いじめ」についての部分。

 

人の「尊厳」を傷つけ、そのことで「自由」を奪ってしまうのが、なぜいけないことなのか。それは「理屈」ではありません。「社会の中で人が生きる」ということを支える前提です。なぜそんな前提があるのか、誰にも分かりません。

だから「ダメなものはダメ」なのです。「みんなが言うからダメ」とか「誰かをいじめれば君もいずれはいじめられる」なとど説教するのはクダラナイ。

~宮台真司『日本の難点』より~

 

僕はいじめっ子であった経験があるけど、いじめをやめた理由は、「先生が怖かったから」だ。正義に目覚めたわけでもなければ、本気で反省したわけでもなく、もうこれ以上、先生に説教されるのが嫌になったから、僕は人をいじめるのをやめた。

もちろんこれは当時の思いで、今は心の底から当時の僕の愚行を反省しているけれど、でも小学生とか中学生はそんなにいい子じゃない。いくら論理的に説き伏せようとしたところで、そんなの関係ねぇと言わんばかりに先生を無視していじめを続行するんだ。だからそんな奴らにしてやらなければならないことは、ガツンと上から言ってやることなんだと思う。「なんでダメなんですか?」って言ってくるだろう。それに論理的に答える必要なんてない。「ダメなものはダメ」でいいんだ。論理なんてクソ食らえだぜ。

僕の当時の先生はそういう先生だった。論理で説き伏せるなんてことはせず、自慢の巨体で相手を圧倒し、何も言わずとも悪い事をした生徒が反省してしまうような雰囲気があった。それはまるで脅しているようにも見えたかもしれない。でもきっとあれが正しい姿勢だったんだ。どんな手を使ってでも、守るべきは弱者なのだから。

 

あともう1つ紹介したい。これは「なるほど」と思った。

 

社会学者の二クラス・ルーマンは「おかしなことは何も起こりません」という期待を「慣れ親しみ(安心)」と呼び、「いろいろあっても大丈夫です」という期待を「信頼」と呼びます。「安心」は脆弱ですが「信頼」は強靭です。対面コミュニケーションは「信頼」をベースにするべきです。

~宮台真司『日本の難点』より~

 

薄っぺらい、表面的な友人関係ってのはこの世界には溢れていて、とてもつまらない。ただ携帯電話のメモリーに登録されているだけの友人。中身のない会話。とりあえず「あの子と仲良いよ~」と言っておく。くだらない。きっとそういう関係は、「一緒にいてくれる」という安心だけのために維持されているもんなんだ。「いろいろあっても大丈夫」という信頼はそこにはないんだろう。何かが起これば崩れる。でもそんな関係の間に、“何か”が起こることなんて、もしかしたらないのかもしれないけどね。

幸い僕は友人が少ないから、広く浅くタイプにはなりようがない。意図しなくても狭く深くになっていき、それは「信頼」を築きやすいということだ。だからきっと僕の人間関係は強靭なはずだ。

みんなが「信頼」に基づいた人間関係を構築することができれば、年間3万人以上の人が自殺するこの社会を変えることができるんだと思う。どうやってそれを実現するかは知らないけど。携帯電話禁止令でも出すか。

 

つまらない部分も多かったけど、全体的にはそれなりに面白い本だった。まぁお勧め。

 

日本の難点 (幻冬舎新書) Book 日本の難点 (幻冬舎新書)

著者:宮台 真司
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ではまた。

 

 

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2009年6月12日 (金)

梅雨入り済み

今日は朝から会社へ行き18時過ぎまで働いて帰って来た。

 

今日は梅雨入りしたばかりだというのにいい天気だった。それほどジメジメもしていなかったし。日が落ち始めた頃の空は、うっすらと渦を巻いた雲に夕日が当たってとてもキレイだった。今が梅雨と表現される季節なんて信じられないなぁ。

なので今日はとても気持ちよく仕事ができた。帰りのチャリも爽快だった。パンツ一丁でブログを書いている今も、開け放った窓から涼しい風が吹き込んで全身に当り、とても気持ちが良い。

こんな日が続けばいいのになぁ。

 

【梅雨・黴雨<つゆ>】

6月(陰暦では5月)頃降りつづく長雨。また、その雨期。さみだれ。ばいう。「―に入る」「―が明ける」

~広辞苑より~

 

梅雨ってのは案外、晴れのありがたみを感じるためにあるのかもしれないな。

 

 

ではまた。

 

★☆本日の英語☆★

Son, take it from me it's in the little victory's that keep you from shaking hands with defeat

~LESS THAN JAKE『SETTING SON』~

《訳》息子よ、俺の言葉を信じてほしい 小さな勝利があれば、敗北と手を握らないですむ

 

 

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2009年6月11日 (木)

へでいく

Photo 今日は朝から会社へ行き18時くらいまで働いて帰って来た。

 

今日の朝は雨だった。僕は天気の悪い日の大抵は頭が痛い。頭が痛いってのは仕事が憂鬱とか借金が返せないときに使う表現ではなく、実際に頭が痛いのだ。よく低気圧が空を覆っている日に頭が痛くなる、という人がいるけど、まさしくそれだ。どんよりと曇っている日などは後頭部がガンガンガンガンしている。

でもなんで低気圧だと頭が痛くなるんだろうか。なぜ高気圧ではなく、低気圧なのだろうか。なぜ膝ではなく頭なのだろうか。なぜなんだ。

というわけでまたネットで検索してみた。「頭痛 低気圧」、検索。

やはりこの悩みを抱えている人は多いらしく、掲示板などに多くの書き込みがあった。何かどれもうそ臭い分析だが、一応挙げてみると、

 

・低気圧によって頭蓋内の組織(悩・血管・末梢神経など)が圧迫されるため

・低気圧によって空気中の酸素濃度が下がり、血管が膨張するため

・人の持っているエネルギーは右回りで、低気圧のエネルギーは左回りだから

 

とまぁ、ざっとこんな感じ。

低気圧になることで体内の何かが膨張するってのは理解できるな。飛行機の中でスナック菓子などの袋がパンパンになることでお馴染みだ。人間界と違って自然界では、モノは高いところから低いところへ流れるのだ。で、なんで頭だけ痛むのかというと、頭は硬い頭蓋骨に覆われているから。膨張に対して形を変えることができないから内部が圧迫されて痛みを感じるのだ。

おお。何か納得できた。低気圧で頭痛がするのは自然の摂理なのだ。低気圧で頭痛になる人とならない人がいるのは頭蓋骨の硬さに差があるかららしい。柔らかい頭蓋骨はある程度変形することができるから内部が圧迫されにくいんだろう。

まぁとにかく、エネルギーの向きは関係ねぇってこったぁ。

 

 

ではまた。

 

★☆本日の英語☆★

I've picked myself up and let myself down for what seems like more than a decade

~the jv allsters『Stick up for yourself』~

《訳》自分を奮い立たせたり、落ち込ませたり そんな事を何年も繰り返してきた

 

 

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2009年6月10日 (水)

水の節約はエコなのか

Photo 水の節約がなんでエコ活動になるんだろう。家計のためっていうんなら分かる。水道代が安くなるから。でも、地球のためってのはよく分からない。だって水は循環するじゃないか。たとえ水道を出しっぱなしにしても、地球から水が減るわけじゃない。一時的に人間が使える水が少なくなることはあっても。

ネットで「水の節約」と検索して色々と見てみると。どうやら水の節約は、人間の生活用水の確保のため、という目的が大半であることが分かった。エコというと、環境保護活動と経費削減がごっちゃになることが多いけど、水の節約は後者だ。

とはいえ、水の節約が環境保護活動としての一面を持っていないわけではない。どうやら蛇口をひねって水を出すにも電気を使うらしいから、水を使わないことは電気を使わないことにもなり、それは二酸化炭素排出量の削減につながりはずだから、エコだ。同じように下水の処理システムも、処理する水の量が減れば電気の消費量も減るだろうから、水の節約はきっと電気消費量の削減につながっているといえる。でも、一体誰がそんなことを考えて水の節約をしているんだろうか。きっと人は盲目的に、「水の節約はエコだ」と思って水を節約するんじゃないだろうか。

別に水の節約なんてする必要ない、って言いたいんじゃない。エコには、実はエコになっていないものがあることや、経費削減してるだけ、つまりは自分のためのくせに、偉そうに「地球にためにやってる」なんて思うなってことが言いたいんだ。

 

水の節約については触れられていなかったけど、環境問題を考える人に是非読んでもらいたい本がある。これは本当に僕にとって衝撃的な本だった。盲目的に「エコ、エコ」と叫んでいた僕は、この本がきっかけで考え方を変えた。

 

偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書) Book 偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書)

著者:武田 邦彦
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エコを疑いたまえ。

例えば、割り箸をやめた松屋を疑うのだ。そのことで何か賞もらったみたいだけど、あれが本当にエコなのかどうか、実は僕たちは知らない。少なくとも割り箸は、環境を破壊するものでは全くなかったはずだ。

他にもきっと、営利目的や利権絡みのエコが世界には溢れている。たぶん。

そもそも、「エコ」と聞いただけで「環境にいいもの」とイメージしてしまう時点で、「エコ」という言葉が危ない言葉であると、思わなければならないと思う。

気をつけなはれや。

 

 

ではまた。

 

★☆本日の英語☆★

This city's burning.

"It's not my burden."

~GREEN DAY『LETTER BOMB』~

《訳》街が燃えているのに 「それは私の責任ではありません」だと

 

 

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2009年6月 9日 (火)

超一時的かつ局所的ブーム

Photo 今日は朝から会社へ行き20時過ぎまで働いて帰って来た。

 

今日は遅くなってしまったので外でご飯を食べた。なか卯というお店に入って、食券を買い、空いている席に座った。料理を待っていると、カウンターの向かい側に座っている中年男性に料理が運ばれてきた。「カツ丼お待ちどお様でした」。そのすぐ後に僕にも料理が運ばれてきた。「カツ丼お待ちどお様でした」。それとほぼ同時に学生らしき男性が店に入ってきて、食券を買い、僕の隣の隣の席に座った。店員さんがお茶を運んで来て、食券をちぎりながら言った。「カツ丼1つでよろしいでしょうか」。

 

【カツ丼<カツどん>】

(「カツレツどんぶり」の略)丼飯に、豚カツと葱類を甘辛く煮て卵でとじてのせたもの。

~広辞苑より~

 

 

広辞苑にも載ってるんかーい。

 

 

ではまた。

 

★☆本日の英語☆★

I always knew that I could never live a lie

~ELEVENTYSEVEN『YESTERDAY'S GLUES』~

《訳》偽りの人生を生きることなんてできない そういつも感じていた

 

 

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2009年6月 8日 (月)

共通言語の喪失

今日は朝から会社へ行き18時過ぎまで働いて帰って来た。

 

今日の朝は全社朝礼だった。ほとんど寝ていたが、たまに僕はメモを取った。意味の分からない言葉ばかりを、メモしてみた。

 

「大変ストレッチした目標を持っています」

「大型契約のキャンセレーション」

「ハイブリッド・リソッド」

「世界共通のプラットホーム」

「マーケットソリューションをディベロップする」

「コモンインストラクチャーとして開発していこう」

「チャレンジングな目標」

 

まるで字幕なしで洋画を観ているようだった。

誰か訳してっ!

 

 

コミュニケーションは、相手とレベルを合わせることから始まるんだぜ。

 

 

ではまた。

 

★☆本日の英語☆★

Take another example from an understanding that you'll find by giving up on someone and the loss of value just to help you pass the time

~BETTER LUCK NEXT TIME『Forgive and Forget』~

《訳》君が時間を潰せるように 例をあげてごらん 誰かを諦めたときに気付く発見と 価値観の喪失

 

 

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2009年6月 7日 (日)

嬉しいこと

Photo こうやってブログを続けていると、たまに嬉しい出来事がある。いきなり意味不明なアクセス数を記録したときや、自分でも良い記事書いたな、なんて思う時は何かテンション上がるが、一番嬉しいのは、知らない人からコメントをもらうことであり、それが僕の意見を肯定的に捉えてくれたものだと凄く嬉しい。批判的なコメントも歓迎するけれど、やっぱ自分を認めてくれる方が嬉しい。人間だもの。

僕はご存知の通りこんな人間だから、コメントにはどちらかというと批判的なものが多い。極端な意見ってのは決まって論理的じゃないから批判が簡単だし、批判したくなるんだと思う。そんで実は、そういうコメントに僕はちょっと傷付いたりしている(笑)もちろん反省もするときも多い。だからこそ、たまーーーーーーに頂く肯定的なコメントには感動すら覚えるんだ。僕のことを認めてくれる人もいるんだなぁって。こういうことがあると、ブログを続けていて良かったな、と思える。だから今日頂いたコメントは本当に嬉しかった。何ていうか、誰かの力になれたり、助けることができるって、嬉しいことなんだなって思った。

 

そうそう。今思い出した。ココログに引っ越してくる前はexciteでブログを書いてたんだけど、その時に、7,80歳の人から、コメントではなく、メールを頂いたことがあった。確かその頃は僕は大学生で、太平洋戦争に関心を持っていた。でたぶん、そういう記事ばかり書いていて、それに共感したらしくメールをくれたんだ。確かその後も何回かメールのやり取りをさせてもらった。こういうこともブログをやっていたからあった交流だし、そういう意味でもブログは面白いなぁ、と思う。

 

大勢の人にとってはしょーもないブログだけど、これからも続けていこうと思う。いつかまた、誰かに届く記事が書けることを信じて。

 

 

 

 

なんつって。

結局書くのはその時の僕が言いたいことだけさ。

テーマはいつでも「自由気ままーん」。

 

 

ではまた。

 

★☆本日の英語☆★

We made our start from scratch

~ALLISTER『SCRATCH』~

《訳》オレ達は何もない所から始まった

 

 

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映画『サウスバウンド』

を観た。

 

かつて全共闘の過激派だったある男が、家庭を持っても、沖縄に移住しても、結局いつまで経っても権力と戦うことをやめなかったお話。

面白かった。まず主演の豊川悦司がかなりいい。そしてそのキャラクターも良かった。堂々と権力に立ち向かう姿は、映画とはいえかっこよかった。僕もああなりたい、と思った。

あと、トヨエツ含む家族4人の感じも良かった。強い家族だなぁと思った。やっぱ親がしっかり立ってる家族ってのは強いんだ。うん。僕もそうなろう。なるほど。目指すべきはトヨエツだったのだ。

たまに「あばよ」とか「達者でな」とか、他にも何だよその台詞、と言いたくなるシーンがいくつかあったが、あれがユーモアなのかどうかの判断が難しかった。でも、そういうのを含めて、面白い映画だった。おすすめ。

 

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ではまた。

 

 

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恩田陸『ユージニア』

を読んだ。

 

とある大量毒殺事件を、様々な証言を基に再構築していく話だった。

とても面白かった。恩田陸は本当に引き込む力が凄い。またまたどんどん読めてしまった。この小説では、例えば登場人物などの説明があまりなく、読み進めていくうちに分かったり、はっきりとした明言がないからこっちで想定しながら読まなければならず想像力が掻き立てられる気がした。ミステリーなんだろうけど、結末ははっきりしないままだった。あとがきでも恩田陸本人が、「グレーなものを書きたかった」と言っていた。まさに結末はグレーだった。一体何が事実なのか分からない。まさにこの世界みたいだ、と思った。

 

事実は、ある方向から見た主観に過ぎません。

~恩田陸『ユージニア』より~

 

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ではまた。

 

 

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2009年6月 6日 (土)

映画『ブッシュ』

を観た。

 

ブッシュ前アメリカ大統領の、大統領になる前からイラク戦争くらいまでを描いた映画。ところどころ本当の演説シーンなんかもあった。

感想は、つまらなかった。といっても、僕には「つまらない」と言う資格はないのかもしれない。なんせほとんど寝てしまって観ていないからだ。しかも前半の半分を寝たとかではなく、寝ては起き、寝ては起きの繰り返しだから、話が全然分からない。でもたぶん、あまり面白い映画ではないはずだ。だって面白かったらあんなに寝たりしないはずだもの。

 

 

ではまた。

 

 

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勘違いボーイ

世界は勘違いと思い込みで動いている。複雑すぎるシステムや理解不能な人間の感情を、そうやって何とか処理しているんだ。

 

 

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お金の使い方が雑

昨日は朝から会社へ行き19時過ぎまで働いて飲んで帰って来た。

 

僕は最近、赤字続きの一人暮らしをどうにかしようと、飲みに行く回数も減らし、自炊も再開していたのだが、昨日の飲み会でパーになった。2軒行って、結局いくら払ったのか覚えていないが、まぁ2軒行ったんだからそれなりだろう。そして何より、終電を逃し、会社の駅から家までタクシーで帰ったそのタクシー代がハンパなかった。

 

8000円。

 

最近の僕の自炊生活、おいしくもない手料理たち、アーメン。

 

チーン。

 

 

ではまた。

 

 

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2009年6月 4日 (木)

これが本当の勝ち組だ

今日は朝から会社へ行き、お客さんの家に商品に関するヒアリングをしに行って帰って来た。

 

今僕がお邪魔させてもらっているお客さんのとこには男の子が二人いるんだけど、もう本当に良い子達で、毎月僕はこの仕事が楽しみで仕方ない。今日も、ヒアリングが終わった後も、子どもがおもちゃや習っているダンスを見せてくれたりしてなかなか帰れなかった(笑)しかも二人で同時に喋るからどっちの話を聞けばいいのか難しい。でもそれがまた楽しい。

この子達はいわゆる“お行儀の良い子”ではない。でも僕は彼らが大好きだ。あの、人の話を聞かない感じも、自分の言いたい事をぶわーって喋る感じも、僕は気に入っている。活発なのはいいことだ。

そして何よりもいいのは、その子達をお母さんが笑って見守ってあげていることだ。もちろん注意もするんだけど、その注意の仕方が絶妙でとても上手い。怒っているようには見えないが、決して甘いわけではない。注意することをあきらめもしない。このお母さんがいれば、きっとあの二人はこのまま素晴らしい人間に育っていくんだろうな。それほどいいお母さんなんだ。

あと今日は驚いたことがあった。最近の子どものませてることませてること。小2のお兄ちゃんの方は彼女が二人いるというし、幼稚園児の弟はヒアリングの最中にお母さんに向かってこう言った。

 

「お母さん、かわいいよ」

 

 

一年限定のお付き合いであることがもったいないと思えるほどのナイスな家族だ。

僕もあんな家庭が築けたらいいなぁ。それだけで人生勝ち組だぜ。

 

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

Here comes my chance should I swing

~zebrahead『SWING』~

《訳》さあ俺のチャンスがやってきた、スィングするべきだな

 

 

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2009年6月 3日 (水)

上がり続ける水準にうんざりしてみる

Photo Eメールってのはとても便利なもので、これができたおかげで、留守中にもメッセージを受信・保存することができるようになったし、携帯電話のメール機能では、電話ができないような状況、例えば電車の中などにおいてもコミュニケーションを取ることができるようになった。しかも安いからお金の心配をせずに連絡を取り合うことができる。なるほど。メールがコミュニケーションの中心になってきたことは納得がいく。

でも僕にとっての問題は、メールの“質”が問われるようになってきてしまったことだ。ただ連絡を取る手段としてだけではなく、相手に感情をも伝えたりする手段となってしまったメールのやり取りには、明らかに技術が必要になってしまった。直に話すときとは違う言葉遣いにしたり、絵文字を使ったり、疑問文でメールを終わらせたり。あるいはメールを送るタイミングなんかも重要らしい。生きていると様々なメールテクニックを耳にする。最近ではデコレーションメールなんてものもあって、きっとそれを使いこなせないと駄目なんだろう。

技術が必要という事は、そこには“差”が生まれるということだ。格差といってもいい。教育格差、経済格差、メール格差だ。メールにおいても、優れた人と劣った人が生まれていて、恋愛や仕事において差が生まれている。メールはもう、一つの評価基準になっているのだ。コミュニケーションツールであり、スキルなのだ。もともとはただ便利だっただけの道具が人を殺すようになるのだ。

ターミネーターかよ。

 

僕はメールが苦手だ。大学時代には、なんと男友達から「健太のメールは冷たい」と怒られた。その時は、「メールくらいでつまんねぇこと言ってんなよ」とか反論していたが、どうやら時代の流れに沿っていたのは彼の方だったらしい。まぁでも別にいいか。どうせメールなんて滅多にしないし、たまにしたとしても、僕がこういう人間だって分かってる奴らだもんな。機械にこっちが振り回されるなんてまっぴらごめんだ。

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

You're on the line where honesty stops and then your life starts

~vanillasky『CUT AWAY』~

《訳》君が歩んでいる道。思い切って立ち止まってみれば、そこがスタートになるさ。

 

 

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2009年6月 2日 (火)

仕事が楽しいときもある

Photo 今日は朝から会社へ行き17時半まで働いて、本屋で本を買って帰って来た。

 

今日は珍しく、仕事中に嬉しくなる出来事があった。出来事ってわけでもないんだけど、とにかく思わずニヤけてしまった。僕が担当しているページの出来が、最初に想像していたのよりも断然いい感じになって出てきたのだ。これはもう、仕事をお願いしたイラストレーターさんとデザイナーさんのお陰なんだけど、編集担当の僕としてはやっぱり嬉しかった。こういう瞬間はさすがの僕でも仕事が楽しいと思ったりする。想像以上のもの、言い換えれば期待値を上回るものにはやっぱり興奮してしまうもんだ。小説でも映画でも音楽でも。仕事も同じなんだ。だから今日は一日気分良く仕事ができた。気分が良すぎて時間の経過を忘れ、会議に遅刻したほどだった。

 

ただ切ないことは、こういった自分の手応え的なものと周囲の評価が必ずしも一致しないってことだ。鼓動も重力も評価基準も、誰一人として同じじゃないんだな。

 

 

ではまた。

 

☆★本日の英語★☆

In a perfect world the future wouldn't make a dent

~+44『155』~

《訳》完璧な世界だったら将来はへこみをつくったりしない

 

 

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恩田陸『六番目の小夜子』

を読んだ。

 

これはかなり面白かった。何か学ぶものがあるとか、感心するとか、そういった類のものではなかったんだけど、ストーリーにもの凄い引き込まれた。とにかくスラスラ読んでしまって、あっという間に読み終わってしまった。

話は、とある高校の「サヨコ」という奇妙な伝統についてのもので、その伝統を例年通り実行する者と、ちょっと波乱を起こそうとする者と、この奇妙な伝統を解明しようとする者の思惑が入り混じって、とてもミステリアスな感じになっていた。どうやらすでにドラマか何かで映像化されているようなんだけど、小説読みながら映像が浮かんでくるほど、想像力を掻き立てられる作品だ。僕にとって2つ目の恩田陸作品だったんだけど(ちなみに1作目は『夜のピクニック』)、これもかなり面白かった。いいよ、恩田陸。

『六番目の小夜子』、お勧め。

 

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ではまた。

 

 

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朝、後悔

しまった。酔っ払ってブログ書いてしまった。何だ「逆襲予告」って。誰に対する逆襲だ。僕自身か。こりゃ、怪我によるストレス結構溜まってるな、実は。とりあえず足動かさずにできる筋トレとかしとくかな。

 

今日は天気がいい。

 

ではまた。

 

 

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逆襲予告

マジで。足が治ったら暴れてやるからな。見てろよ。俺はこんなもんじゃないぞ。なめんなよ。今のうちだぞ。なめんなよ。俺のスピード、見せ付けてやるからな。なめんなよ。お前らなんかケチョンケチョンだかんな。

 

 

 

 

 

なめんなよ。

 

 

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