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2009年9月 6日 (日)

森達也『放送禁止歌』

を読んだ。

 

やっぱり森達也は面白い。そもそも僕は、この本のテーマである放送禁止歌という言葉さえ長く知らなかった。当然関心もない。でも森達也のマスコミ批判が好きだし、会社の先輩の薦めもあって、読んでみた。

そもそも放送禁止歌とは、不適切な表現が歌詞にあってテレビで放送してはいけないということになっている歌のことである。“いうことになっている”がポイントだ。本当は禁止されているという事実はなく、思考を停止させたマスコミどもが勝手に「この歌は放送禁止だ」と思っていることが、この本を読めば分かる。もしかしたら「事なかれ主義」というある意味国民性といえるものも影響しているのかもしれないが、マスコミの覚悟のなさには驚くばかりだった。

あとこの本では放送禁止歌に関連して、部落差別の話も載っていた。たしか中学校だか高校だかでそういった差別があったことは習っていたはずだけど、もちろん僕の周りにそれを実感するようなものはなく、今まで意識して生きてきたことはなかった。どうやら部落差別ってのは主に関西地方での話らしい。これもこの本を読んだだけの知識なので知らないが、森達也も「僕は東の人間だから」みたいな理由で部落差別には詳しくなかったようだ。正直に言ってしまえば、僕はあらゆる差別の問題に対して当事者意識を持っていない。学生時代には、「差別を撤廃しようとする動きがある限り、差別はなくならないんじゃないか」とも思っていた。なぜなら知識のない僕からしたら、差別はしようがないものだから。「仕方ない」じゃないよ。「しようがない」。つまり、「する術がない」だ。カレーの作り方を知らない人がカレーを作れないように、差別の存在を知らない人は差別をできないんじゃないかと思っていた。いや、これは今も思っている。難しい問題ってことは分かってる。実際に差別が存在してしまった以上、それに対して何もしないわけにはいかない。誰かが運動しなきゃいけないのは分かっているんだけど、その運動のせいで差別の存在を知ってしまった人は、同時に差別をする側になる可能性まで手にしてしまう。もちろんこれはあくまで可能性があるというだけの話ではあるんだけど。でも僕はこの考え方は実は重要だと思っている。文化の継承において、子どもが果たす役割がどこまで重要かは分からないけど、差別の存在を知った子どもは、差別をしてしまうんじゃないかと思う。純粋であらゆることに興味を持ち、誰よりも残酷な子どもは、それをしてしまうんじゃないかと思う。やがて思考することができるようになって、大人になれば、「やっぱり差別はダメだ」ということにもなるだろうけど、いずれにせよ文化(差別を文化なんて言っていいのか分からないけど、便宜上)は継承されてしまう気がする。そういった意味で、差別についての問題の理解を広めることがいいことなのか、僕は判断できずにいる。未だに。

 

話は変わるが、僕の仕事上でも放送禁止歌と似たような禁止事項がある。誰が禁止しているのかも分からないようなことだ。でも何となく、“そういうことになっている”ということで自粛していることがある。例えばこの前は、とある野球少年のイラストについて上司から書き直しを指示された。前髪が長くて片方の目が隠れていたイラストだった。片目の人に配慮したい、ということだった。僕は両目をきっちり見せることが何故配慮になるのか分からなかったし、実をいうと僕は生まれてこの方、テレビなどのメディアを通してさえも、片目の人を見たことが一度もなかった。でも僕は片目しか見せないことに何のこだわりもなかったのでイラストは変えることにした。

こういうのもある。「クリスマスツリーのてっぺんに星を乗せてはいけない」という、これもまた誰が言い出したのか分からないルール。聞くところによると宗教上の問題らしい。キリスト教のどこぞの教派に「クリスマスツリーの上に星を乗せてはいけない」とかいうルールがあるんだろうか。もちろんこれに対しても僕は何のこだわりも持っていないのでクリスマスツリーを誌面に載せるときには星は乗せないようにしている。

こう思うと、僕も思考停止状態なのかもしれないなぁ。はっきりした理由なんて知らないのに禁止している。まぁ会社においてはあえて思考停止させることなんてしょっちゅうだけど。

 

嘘か本当か知らないが、フランスの田舎では線路の踏み切り棒に、人一人が通れるくらいの隙間を開けているという話を以前聞いたことがある。つまり、いちおう注意は喚起したが、それでも通るという意思を持つなら止めはしないというスタンスだ。

~森達也『放送禁止歌』より~

 

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「白線の内側にお下がりください」を連呼する日本の鉄道会社とはえらい違いだ。判断を受け手に委ねている。ホームで電車に轢かれたからって、「誰も白線の外側に入っちゃいけないって言ってくれなかったじゃないか」なんて言うアホはいないだろ。もしいても、そんな奴は無視していいんだよ。放送禁止歌だってそうだ。ちょっとヤバそうな表現があるからって何だよ。それを作った奴がいるんだからそこには何らかの意図がある。その意図を感じようともせずに放送禁止にするなんて何とも短絡的だ。放送して、視聴者に解釈を委ねるくらいのスタンスでいいんじゃないかね。もしそれで抗議がくるなら反論すればいいし、典型的な、ただ文句が言いたいだけのクレーマーなんかは無視すればいいんだよ。僕だって片目しか見えていないイラストを差し替える必要なんて本当はなかったんだ。

 

なんかこう考えると、僕を含めてだけど、世界は思考停止状態に導かれているようだなぁ。どうしようかなぁ。

 

 

ではまた。

 

 

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