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2009年10月22日 (木)

酔い

昔からもどかしく思っていることがある。

それは僕が「人を見下してる」だの、「人に厳しい」だのと言われることだ。

たしかに、それこそ高校時代までと、大学1,2年まではそうだったかもしれない。自分とちょっと価値観の違う相手を見れば批判し、排除しようとしたし、論点のずれた議論をする人間を見下していた感じはあったと思う。

でも僕は意識的にそれを変えたつもりだった。

きっかけはたぶんROONEYS。自分のやりたいことだけでは駄目だと知り、押し付けるのをやめようと思ったときから、「人を尊重しよう」が僕の課題になった。そこから僕は変わったつもりだったし、現にROONEYSのメンバーの結成メンバーなんかは僕のことを変わったという。たまに、丸くなった、と言って、僕の怒りを買う。それほど僕は変わったと思う。僕のことをよく知る奴らがそういうのだから、僕はある程度そうなんだと思える。

でもそれからも僕は「人を見下してる」だの、「人に厳しい」だのと、他人に言われ続けた。変わったつもりでいた僕は、実はとても辛かった。なぜ辛かったかというと、僕の思想というか哲学というか、そういうものは真反対を向いていたからだ。他人に優しく、特に弱者に優しく、生きやすい社会を作りたい。

でも、同時に、仕方ないとも思った。僕がどういう人間かというのは実は、僕が僕のことをどう思っているかに依存しているのではなく、他人が僕のことをどう認識しているかに依存しているからだ。認知論だ。他人が僕をどう思っているか、なのだ。

「我思う、故に我あり」もそうだけど、「奴思う、故に我あり」だ。

自分がどう思うかなんて全然関係ない。世間とはそういうものだ。他人の評価なのだ。他人を関係ない、と言えるまでになるには、相当大変だ。地位、もしくは自信が必要だ。そんな風になれる人は滅多にいない。

もちろん僕はそんな人間ではない。他人の目を気にするし、他人の認知の中で生きている。社会の保証の中でしか生きられない、脆い存在だ。

 

 

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