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2009年11月23日 (月)

神様が残したもの

朝起きると、ベッドの下で知らないおっさんが寝ていた。おっさんの顔は髭でそのほとんどが隠れていて、紺色の汚いジャンパーにカーキー色のズボンを履いていた。コタツに足の先っぽだけを入れて、寝息も聞こえないほど静かに寝ていた。

ほとんど「気をつけ」の姿勢だった。そういえば、最後に「気をつけ」をしたのはいつだろうと、僕は思った。

僕は混乱したわけではなかったけど、状況のすべてを理解したわけでもなかった。とりあえずもう一度布団をかぶり、仰向けに横になった。この状況を落ち着いて考えてみようと天井を見上げていると、視界の左側に何か起き上がるものがあった。

おっさんだ。おっさんが、起きた。

「おはよう」おっさんは、まるで僕の親戚の人みたいな気軽さで、言った。

「だれ?」僕は当然思うべき疑問を、やっと口に出した。

「あぁ、驚かせたか。悪いな」

「いや、別に驚きはしないけど。とりあずさ、おっさん誰よ」

「まぁそうくるよなぁ。う~ん、何て言ったらいいのかな。いつもさ、そうくるんだけどさ、こう、しっくりくる答え方ができねぇんだよ」

なに言ってるんだこいつは、と思った。いつもって何だ。でもここは一旦聞くべきだと思った。

「まぁ、分かりやすく言うとさ、あれだよ。本当はこういうのも正確な話じゃねぇんだけどよ」

「なに?」僕はちょっとイライラしながら続きをうながした。

「神様だよ」

は?

「ほら、お前俺の寝てる姿見ただろ?どうだった?すげぇいい姿勢で寝てただろ。あんな姿勢で寝てるやつなんか見たことあるか?ねぇだろ。それが神様なんだよ。神様はさ、すげぇいい姿勢で寝るんだよ」

“神様”はそういってトイレに入った。トイレの電気のスイッチの位置も知っていた。洗面所と風呂場とトイレの電気のスイッチが一箇所に集まっているにもかかわらず、神様はトイレの電気を一度でつけた。

僕はきょとんとした。それ以外に、僕のあるべき状態はないように思えた。どんな思考もできない。できないなら、きょとんとしていようとすら思えた。それくらい思い切ってきょとんとできた。

神様はすぐにトイレから出てきた。水を流す音がしなかった。

「トイレで何してたの?」

「何ってお前、トイレですることなんて一つしかねぇじゃねぇか。ウンコだよ、ウンコ」

「流した?音聞こえなかったけど」

「流したよ、流した。神様だからな、そうなっちまうんだよ。聞こえねぇんだ」

ふ~ん、と思うはずがなかったが、それ以上突っ込む気にもならなかった。

やがて神様は冷蔵庫を開け、食材をいくつか取り出して朝食を作り始めた。僕はそれを特に止めなかった。神様のやることに文句をつけてはいけない、と思ったわけではなかったが、神様には、有無を言わせない何かが確実にあった。

食パンを2枚焼き、ハムエッグを2つ作り、熱い紅茶を2つ入れた神様は、それを一人で全部食べた。

「じゃあ、邪魔したな」

神様はそう言い残すと、そそくさと玄関のドアを開けて出て行った。それからしばらく、というよりも神様がそこにいたときからずっとだけど、僕はベッドから出れずにきょとんとしていた。

10時くらいに、やっと僕は体を動かすことができた。とにかくベッドから出て、今日をはじめなければならない、と思ったのだ。テーブルの食器を流しに片付け、顔を洗い、トイレに入った。

トイレには、ウンコがあった。でっかくて、真っ黒で、硬そうな、ウンコが、あった。

 

 

 

 

嘘だ。

 

 

ではまた。

 

 

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