ローレンス・ブロック『HIT PARADE(殺しのパレード)』
を読んだ。
久しぶりに外国の小説を読んだけど、やっぱりイマイチだった。
やっぱ言語の違いってのは、単に翻訳しただけじゃ乗り越えられない何かがあるね。
簡単に言えば殺し屋の男が色んな人を殺す話。別に悪くないんだけど、良くもなかったという感じ。
そもそも購入のきっかけは、帯の一文だ。
「ローレンス・ブロックからはあからさまに影響を受けていますし、『殺し屋ケラー』シリーズは僕が書きたいものの到達点であるような気すらします。 伊坂幸太郎」
こんなものが目に入ったらそりゃ買ってしまうよ。
でもまぁ、後悔はない。いつでも面白い本ばかりに出合えるわけではないのだ。むしろ、つまらない本があるからこそ、面白い本に出合えたときの感動があると思えば、面白くない本も悪くない。
人生と同じだ。
谷があるから山があるのだ。そこに山しかなければ、僕たちはそれが山だと気づくことができない。
考えることと行動することは別だ、とケラーは自分に思い出させた。体がするべきことをしているかぎりは、頭には好きなだけ考えごとをさせておけばいい。
~ローレンス・ブロック『HIT PARADE(殺しのパレード)』より~
これは殺し屋のケラーがターゲットのことについて、ターゲットが殺される理由や人柄について考えてしまうシーンでの一文。結局ケラーはきちんと仕事をすることになるのだが、頭の中では実は色々な葛藤(あるいはそれに似たもの)がある。
これはとても共感できた。
僕はたぶんかなりきっちり仕事をやるタイプの人間だ。あれこれ文句は言うし、仕事が好きなわけでもないし、頭の中では職場での将来よりもそれ以外の将来を想像することの方が断然多い。でも仕事はきわめて誠実にきっちりやる。誠実というのは、決められた時間内、予算内で、目的を達成するということだ。
あるいは僕には殺し屋の素質があるのかもしれない。誠実に仕事を実行するという点において。
ではまた。
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