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2009年12月27日 (日)

行間を読み違うことほどつまらないことはない

部屋を掃除していたら、入社当時の自己紹介文が出てきた。たしか僕の年は、「好きなこと」「得意なこと」「先輩社員へのメッセージ」みたいなお題が与えられていたんだと思う。

みんなが真面目な自己紹介文を書いている中、僕はすごくいい加減な文を書いていた。

 

好きなこと:フットサル

得意なこと:カウンターを受けたときの戻り

サッカー部に入るのが楽しみです!

あ、仕事も頑張ります!

 

これが僕の自己紹介文だった。

先ほどはいい加減と言ったが、それほどふざけたわけじゃなかった。まだ配属も決まっていない中、一体誰に向けてメッセージを送ればいいのか分からなかっただけだった。だから僕は、もうすでに面識のあったサッカー部の人たちのことを想像して書いた。それだけだった。

でもどうやら配属先の人たちの中には、快く思わない人もいるようだった。「あ、仕事も頑張ります!」を、「仕事はサッカーの次」と解釈したのだろう。僕が配属された日に頂いた先輩方からのメッセージカードの中には、そのことについての嫌味臭いメッセージが1,2個あった。

でもよく考えてみて欲しい。「サッカー部に入るのが楽しみです!あ、仕事も頑張ります!」という文章には、仕事よりもサッカーを優先するという意味は含まれていない。むしろ、サッカーと仕事は並列的な関係である、と読まなければならない。

でもなぜ誤解が生じるのか。

それは、行間を読むからだ。

行間を読むという行為は、普通、高等で良い事とされる。でもたまにそれは、勝手な解釈を生み、それが誤解となることもあるということだ。

僕は今の会社に入って3年近くになるが、どうもこの「行間」を読みすぎる人が多い気がする。そして時に、言葉以上のものを勝手に読み取って、僕の言葉ではなく、勝手に読んだ行間の方を批判してきたりする。これはたまらない。それは僕が思っていることではなく、あなたが、“僕が思っている”と思っていることだろ、と思う。

「行間」は、あくまで文章の解釈を手助けするために読むべきだ。

そこに人間の深層心理があるとか、宇宙の法則が隠れているなんて、思わない方がいい。

 

 

ではまた。

 

 

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