« 村上春樹『1973年のピンボール』 | トップページ | イルミネーションのジレンマ »

2009年12月 2日 (水)

誤解介護

認知症の人は何度も同じ話をしたりするという。

それに対して、「認知症患者の話を何度でも聞いてあげることが大事」という説がある。

人間は、自分の記憶力がおかしいと思ったら、ますます記憶力は低下するそうだ。

それを防ぐためでもあるのだろう。

自分が認知症であることを自覚させない、ということだ。

でも、同じ話を何度も聞くという行為はものすごい負担だ。

その精神的負担は、やがて話を聞く側を追い込む。

「介護疲れ」

そういった現実があることも考えなければならない。

認知症の人に対して「その話はもう聞いた」と言ってはいけない、というのは、介護する側の負担についての視点が欠如してしまっているような気がする。

誰かの犠牲の上に誰かの幸せを築くなんて、よろしくないのだ。

WIN-WINという関係性は、ビジネスなんてものの上にはなくていいから、介護の現場に成り立つべき考え方だ。

お互い頑張り過ぎない。これ大事。犠牲になんてなるな。

 

なんつって。

 

 

ではまた。

 

 

|

« 村上春樹『1973年のピンボール』 | トップページ | イルミネーションのジレンマ »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/146160/32459783

この記事へのトラックバック一覧です: 誤解介護:

« 村上春樹『1973年のピンボール』 | トップページ | イルミネーションのジレンマ »