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2010年4月

2010年4月30日 (金)

垣根涼介『午前三時のルースター』

を読みました。

 

んー、まー、それほど面白くはなかったですね。てか垣根涼介読みすぎですね僕。

これは旅行代理店に勤める主人公が、とある常連さんに頼まれてその孫をベトナムへ連れて行き、そこでその孫の父親を探すというお話です。垣根涼介なのでやっぱり物騒な人がたくさん出てきます。

何ていうんでしょう、成長期を終えた日本に対する批判めいたものも含まれていたんだと思います。

 

 おれは、山の手の住宅地から市内へと続くゆるやかな下り坂を戻り始めた。眼下に旧市街の密集したネオンがキラキラと瞬いていた。冬の澄み切った大気が張り詰めている。

 眠らない街。眠らない灯。昼夜に闇はなく、暁への兆しもない。予定調和の明日は、常に一定の光の下に晒されている。

~垣根涼介『午前三時のルースター』より~

 

とりあえず、読みやすい小説、ということは言えそうです。

 

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ではまた。

 

 

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この雑な扱い

GWの初日である昨日は、新宿で飲んでいました。

3時間くらい飲んだ頃でしょうか。次はカラオケに行こうということになり、店を出ました。

店を出たところで、「ここから近いカラオケってどこだろうね~」と呟くと、新宿って凄いですね、すかさず“お兄さん”が近づいてきました。

「カラオケお探しですか?1時間飲み放題つきで2000円で行けますよ。1500円でもいいです」

何も言ってないのに値切りまで勝手にやってくれました。

まぁどこでもいいか、ということでそこに行くことを伝えると、お兄さんが店に確認の電話をかけました。そしてあろうことか、NGが出ました。満室だというのです。

しかしそこは新宿凄いです。すかさず他のお兄さんが寄ってきてバトンタッチ。先ほどのお兄さんは「こちらも同じ系列なんで」と言って去っていきました。僕たちにとって同じ系列かどうかは全く関係がない、ということは置いといて・・・。

そして次のお兄さんも同じ条件で店に確認の電話をしました。そしてまた同じようにNGを出したのです。満室だと。

そして結局僕たちは、すぐ隣にあったカラオケ館に入ったのでした。

まったくこの新宿という街は・・・。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月29日 (木)

僕らは中央線で繋がっているのよ

昨日は、新しい職場での新しい取引先へ、初めて仕事の依頼をしました。

その方は吉祥寺で仕事をしている方だったので、僕が吉祥寺へ出向き、依頼後そのまま直帰しました。

その方はこんな若いクソ編集者の僕にもとても丁寧に、誠実に接してくれて、僕も依頼がとてもしやすかったです。正直なかなか時間が作れなくて会いに行くのしんどいな、と思っていたのですが(直接依頼したいと言ったのは僕ですが笑)、やはりお会いして顔を合わせて依頼できて良かったなと思います。

とはいえ、今回の仕事はそんなに多くの説明を要するものではなく、依頼自体は結構早く終わりました。後はずっと雑談。特に僕は、その方がうち以外の仕事でどういうことをやってきたのかに興味があり、質問しました。僕なんかが一生関わることがないようなお話が聞けて、とても面白かったです。知らない世界の話を聞くのは面白いですね。

そのことが結果的にはその方の経験値を知ることにもなり、僕の仕事にも生きてくるってことには後で気づきました。

あとはいつから吉祥寺にいるのか、という話をしました。するとその方は、ずっと吉祥寺にいるわけではないが、阿佐ヶ谷・西荻窪・三鷹などを転々として、吉祥寺に落ち着いているというようなことを言いました。僕はこの地名の並びを見てテンションが急上昇。この中央線の渋い駅のオンパレード。あぁ、この方とはきっと気が合うに違いないと思いました。中央線のこの辺りの雰囲気を好きってだけで、もう最高です。

よく釣り好きに悪い人はいないとか言いますが、僕はこう思います。

 

中央線が好きな人に悪い人はいない。

 

何かこう、かっこつけてない感じというか、アットホームというか、気軽。それが中央線の良さ!

中央線ネットワーク、どんどん広げていきたいです。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月28日 (水)

垣根涼介『ゆりかごで眠れ(下)』

を読みました。

 

いやー、面白かったです。でもやっぱ、“ミニ・ワイルドソウル”の感が否めなかったですね。内容もやや薄めだし・・・。

それでも面白いのは、垣根涼介の書く文章とか登場人物の気持ちよさなのだと思います。思い切りがよく、清々しい。モヤモヤさせない感じ。モヤモヤする小説もいいですが、気持ちのいい小説もいいです。垣根涼介は後者の魅力を持っているような気がしますね。

それに、言うことにいちいち納得感があるんです。「そうそう」とか「なるほど」だけでなく、「お、それかっこいいね」と思えるシーンや台詞がたくさんある。その辺が伊坂幸太郎や垣根涼介にはある。しかもかなり分かりやすい形で。

 

あとラストも良かったです。何ていうか、軽くショックでしたが、こういう終わり方で良かったんだろうなと思えました。ネタバレするので詳細は書きませんが・・・。

『ワイルド・ソウル』には及びませんが、まぁ読んで損はしないのではないかなと思います。

 

昔、リキは言った。

ヒトの運命の半分は、その属性によって決まる、と・・・・・・。

どんな土地で生まれたのか。どんな種類の人間の中で育ったのか。その生活の中で、どういう世界の見方を覚えてきたのか。それで生き方の半分は決まる、と。

~垣根涼介『ゆりかごで眠れ(下)』より~

 

その通りだと思いました。いや、半分どころか、ほとんど決まるんじゃないかとさえ思います。例えばスキージャンパーが滑走して踏み切った後は、もうそれほど修正ができないように。

 

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全部読み終えてこのタイトルを見ると、ちょっとジーンときます。

 

 

ではまた。

 

 

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残念な大人

残念な大人っていますよね。

「仕事をするのは食うためだ!」とか「仕事なんてしないでずっと趣味に没頭していたい」とか言っちゃったり、酔って暴言吐いたり飛び降りて怪我したり、勝手に上がったり下がったりしたり。

ああ俺か。
 

 

たまに女の人で、「少年のような心を持った人が好き」とか言う人いるでしょ?

あれ嘘だよ。

みんな残念な大人は嫌いだ。

 

 

ではまた。

 

 

ブログ学園

ブログネタ: 【ブログ学園】あなたが思う、残念な大人は?参加数拍手

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2010年4月26日 (月)

垣根涼介『ゆりかごで眠れ(上)』

を読みました。

 

やっぱり垣根涼介は面白いです。

これは戦後、コロンビアへ移民した日本人の二世の男が、両親を殺され、引き取られた家族まで殺され、やがてコロンビアのギャングになり、さらに浮浪児を引き取り・・・という話です。『ワイルド・ソウル』にかなり似た話です。

とはいえ、まだ上巻。正直これからどうなっていくのか、まだまだ全然見えません。『ワイルド・ソウル』のような強烈なキャラクターは出てこないのですが、でもやっぱり何故か読ませるんですよね。コロンビアで繰り広げられる話なんかは、横文字の地名や固有名詞がたくさん出てきて、たまに戻ったりしないと分からなかったりするのですが、それでも何故か苦痛ではないんです。

まぁ僕がすでに垣根涼介ファンになってしまっているせいなのかもしれませんが(笑)

 

これは僕の勝手な想像ですが、垣根涼介は『ワイルド・ソウル』では書ききれなかったのではないかなと思います。だから同じような題材でこれを書いたのではないかと。

でも「何だよ!同じじゃねぇかよ!」とは思わないんです。

素晴らしいですね。垣根涼介、素晴らしいですね。ますます好きになっちゃいますよ。下巻も楽しみです。

 

では最後に気に入ったところを紹介。

 

ある人間が言った。

金がなければ、たいていの人間は助け合って暮らしていく。

 

 

惨め、という感情は比較の中でしか生まれてこない。

 

~垣根涼介『ゆりかごで眠れ(上)』より~

 

 

垣根涼介は、一環して発信しているメッセージがある気がしますね。

しかもそれ、すげーいいんす。

超オススメの作家です。

 

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ではまた。

 

 

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2010年4月25日 (日)

「幸」ってやつ

まさか爆笑レッドカーペットを見ていてこんなことを知ることになるなんて。

「幸」という字は、上下を逆さにしても「幸」なんだって。

(真ん中のあたりの斜めの縦棒のことは大目に見て)

ダイノジがネタの中で言ってました。

知らなかったっす。

 

ダイノジは、「幸せの反対は幸せだ」「幸せじゃないと思ってたって、実は幸せなんだよ」と言ってました。

 

おぉ、なるほど。

 

とはなりませんが、面白い字ですね、「幸」。

 

 

ではまた。

 

 

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いるいない神様

神様はいるのか、いないのか、という議論があります。

ふと思ったのですが、別にどっちでもいいんじゃないでしょうか。

いずれにせよ、神様は何もしてくれないんだから。

 

こんなこと言ったら怒られるのかな。

でもきっと神様は、怒りさえしない。

怒るのはいつでも人間。

もし神様がいるなら人間を見て苦笑いしていますよ。

 

「あ~俺別に気にしてないのに~」

 

 

ではまた。

 

 

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ELLEGARDEN『supernova』

supernovaだけどバンプじゃないよ。

エルレのsupernovaもいいんだ!

 

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2010年4月24日 (土)

映画『ONE SHOT ONE KILL  兵士になるということ』

を観ました。

 

これは以前観た(ブログでも書きましたが)『アメリカ ―戦争する国の人びと―』の藤本幸久監督の、最新2作品の内のもう1つの方です。

アメリカ海兵隊に入隊する若者の、12週間のブートキャンプを撮影したドキュメント映画です。髪を剃るところから始まり、格闘訓練、射撃練習など、素人の若者たちがどのように兵士になっていくのかを追いかけています。

正直面白くなかったです。もちろん藤本監督の意図や志は賛同しますし、こういう映画が増えることで反戦の意思を僕たちがより強くできれば素敵なことだと思います。

でも映画としてはつまらなかった。そもそも僕はこの映画の存在を知り、実際に観るまで、「なんで軍隊の中を撮影できるんだ?」と思っていました。

そして実際に映画を観て分かりました。これは軍隊公認の映像なのです。つまり、何かを暴くとか、軍隊の実態を見ることはできないということです。そこは僕たち視聴者に“読み取るべきもの”として一任されています。

それは仕方のないことだと思います。その条件でしか存在しようのない映像なのですから。でも僕はドキュメント映画の醍醐味は、まさに何かが起きているところを映すことだと思うんです。“その何か”が映っていないのであれば、本で訴えればいい。

とはいえ、この映像が貴重なのは確かです。例えば僕はこの映画を観て、「あぁ、アメリカ軍って地上戦弱いんだろうなぁ」と思いました。これは軍事費などをいつまでも睨んでいても持てない感想です。まぁそんな感想持ったところで何にもなりませんが・・・。

それとやはり若者は、大学へ行きたいがために軍隊に入るのは間違いなさそう。もちろん色々な事情がありますが、そういう人は多そう。来るぞ、日本にもそういう時代が。貧困を止めないと。あるいは人口増加を止めないと。

 

あ、話は変わりますが、この映画は渋谷のアップリンクというところで観たのですが、ここもまぁ小さな映画館で、ポレポレ東中野と似た雰囲気でした。悪くなかったです。

ただどうしてでしょう。

ああいうところに来る人はおじさん、おばさんばかり・・・。大学生とかが興味持っても良さそうな映画だと思うのですが・・・。

みんなデートとかで忙しいんすかね。

死ねばいいのに。

 

 

ではまた。

 

 

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上から目線

「上から目線だな~」って、よく言われます。

別にそんなつもりは一切ないのに、どうしても出てくる言葉が上から目線の言葉になっちまうんです。

一体何なのでしょうか、これは。

僕はどのような言葉を選べばよかったんだ。

 

この前あったのは、上司のアウトプットに対してコメントを求められ、「良くなったと思います」と、思った通りのことを言ったら、周りの人から「上からだな~」と言われ、上司は苦笑いでした。

確かに自分でも上から目線に聞こえる言葉だなとは思いました。

でも同時に、じゃあどう言えば良かったんだ?とも思います。

僕はそのアウトプットが、以前のものよりも良くなったと思ったら、「良くなったと思います」と言ったわけです。言葉の意味をそのまま取れば、本来上から目線の発言ではないようにも思えるのですが、でもどこか偉そうな感じは否めませんね。

じゃあ「前よりも良いと思います」が良かったかというと、それはそれで、前のものが駄目だったみたいなニュアンスが含まれてきて結局生み出すものは苦笑いだったような気もします。

じゃあ「前のも良かったですが、今度のはもっと良いと思います」とか言えば良かったですかね。なんかどこかの引越し屋さんのCMみたいですね。

 

 

とにかく僕はもうパニックです。

気にせず上から目線キャラでいつも通り行ってしまえばいいのかもしれませんが、僕は今、とにかく仕事で全然貢献できていないクソ社員なので、それも気が引けます。

あー、日本語難しい。

生まれ変わったら絶対貝になりたい。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月23日 (金)

田無タワーを見上げれば

皆さんは当然、田無タワーをご存知だと思います。

「東京タワーより田無タワー!」

でお馴染みの田無タワー。正式名称「スカイタワー西東京」。

このタワーには秘密があったのです。

 

まずはこの写真をご覧ください。

 

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違いますよね~違いますよね~。

光り方、その色、違いますよね~。

なんとこのタワーは、翌日の午前中の天気予報を「晴れ」=紫色、「曇り」=緑色、「雨」=水色で表示しているのです!

良くないっすか?なんか良くないっすか?

ここを通る人は田無タワーを見上げて、「あ、明日は晴れだ」とか「明日は雨か~」などと思うわけですよ。それはまさに、空を見上げているよう見えるわけです。空を見上げて天気を判断する。いいですね~。

テレビの天気予報で明日の天気を知るよりも、100倍ロマンチックです。

どうせライトアップするなら実用的なものに、ということだったのかもしれませんが、そこにはロマンがあったわけです。

いいな~田無タワー。

 

やっぱり東京タワーより田無タワー!!

 

 

是非一度行ってみてください。

ガッカリしても僕のせいにしないでください。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月22日 (木)

村上春樹『1Q84 BOOK 3<10月-12月>』

を読みました。

村上春樹は本当はいないのに。

 

1Q84の3巻です。これで完結なのか・・・?という感じでしたが、かなり面白かったです。とにかく続きが読みたくなり、読み始めてから読み終わるまで、とてもスムーズに読み進められました。

BOOK 2の感想について以前僕は、この小説はハッピーエンドであってほしい、というようなことを書いたと思います。記憶は時に、ていうか度々、頻繁に僕を裏切りますが、この記憶は正しいのではないかと思います。調べろよって感じでしょうが、それは面倒なので記憶に頼らせていただきます。

とにかく、ハッピーで良かった。これは愛の小説です。

正解じゃないかもしれません。村上春樹はそんなつもりで書いたんじゃないかもしれません。でもそんなことはどうでもいいです。僕は、作者がどんなつもりで書いたのかという“正解”にはまったく興味がないのです。道端に落ちている犬のウンコの方がまだ興味があります。なので僕は勝手に語りますが、これは超が付く純愛の話です。だから僕はハッピーエンドを望んだんだと思います。

真剣に、誠実に人を愛する人が、そしてそれを手に入れられない人が、いつまでもそれを手に入れられないなんて、悲しすぎるじゃないですか。

だからこの物語は、絶対にハッピーエンドでなければならなかったのです。

そして実際に、この物語はハッピーエンドになった。

今のところ。

これに続きがなければ。BOOK 4がなければ。

ありそう。

もしかしたらネット検索すれば噂や公式発表が出てくるかもしれませんが、それはよしときます。続きが出れば絶対買うし、出なければ絶対買わない。

それだけですから。

いずれにせよ、僕は満足ですから。

『1Q84』は、村上春樹の中で一番好きな作品となりました。

『ダンス・ダンス・ダンス』越えです。

 

では最後に、いつものように気に入ったところを紹介します。

 

「(前略)苦痛というのは簡単に一般化できるものじゃないんだ。個々の苦痛には個々の特性がある。トルストイの有名な一節を少し言い換えさせてもらえば、快楽というのはだいたいどれも似たようなものだが、苦痛にはひとつひとつ微妙な差違がある。(後略)」

~村上春樹『1Q84 BOOK 3<10月-12月>』より~

 

これはなるほど、と思いました。思い返して見ると、喜びを共有したことは何度もあったけど、苦痛を感じているときはいつも一人のような気がします。同じ苦痛の境遇にいる相手がいても、愚痴を言い合ったりするなど、実際にそれを声に出して言語化でもしない限り、苦痛の共有ってできていないような気がします。実に感覚的な話ですが。

だからこそ人は、自分の味わった苦痛を人にも味わわせたくなるのかもしれません。自分の苦痛は自分にしか分からないから、だからお前も味わってみろ、と。

おっかないですね。

だったらもう、世界平和への道は一つしかないです。これから誰も、苦痛を経験しないことです。

・・・あ、何か危ない宗教みたいだ。やめよ。

 

 

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ではまた。

 

 

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2010年4月21日 (水)

いらっしゃいサマー

今日は暑かったですね。

僕の言った通りになりましたよ。

冬の次は夏でした。

春なんてもうね、はじめからないんですよ。ないっていうか、昔からなかったんですよ。

でも日本には桜という素晴らしい木があるから、せっかくだからその桜が咲く季節には特別に名前を付けたいってことで「春」と命名したわけです。そうに違いありません。

ただのデブをメタボリックシンドロームと名付け、働きも勉学に励みもしない若者をニートと名付けたのと同じようなものです。

ただ桜が咲く時期を「春」としただけで、実は本当は冬と夏の間にそれとは別の季節なんてないんですよ。

だから本当は春一番なんてものはないし、青春なんてものもなければ、売春なんてものもありません。春雨もないし、村上春樹もいません。

えぇ、どうやら僕は頭がイカれちまったらしいっす。

 

あー暑い暑い。

とりあえず暑いんで蕎麦食べます。

縄文時代からのロングセラー、蕎麦食べます。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月20日 (火)

大事なのは対等であると“考える”こと

今日は反省することがあります。

いや、別に今日に限らず、僕が反省しない日なんてないわけですが。いや、ありますが。

でもとにかく、今日僕はやってはいけないことをしたなと思いました。

それは、新入社員からの挨拶を無視してしまったことです。

 

僕が勤めている会社は、社内の清掃などをグループ会社に委託しているのですが、今年から新入社員の研修の一環として、そのお仕事を手伝うというものが追加されているようです。

スーツの上にエプロンを着けた新入社員たちが、トイレやフロアを清掃したり、書類の配達をするのです。

そういう研修が行われることは知っていたのですが、今まで見かけたことがなかったので油断していました。あるいはまだ行われていなかっただけなのかもしれませんが、いずれにせよ僕は、完全に油断していました。

 

午後2時くらいでしょうか。僕はトイレに行きました。

フロアを横断(縦断?)しトイレのある廊下に出ると、今となってははっきり分かるのですが、スーツの上にエプロンを着けた女性が立っていたのです。男子トイレの前で、彼女はただ立っていました。

僕は「誰だろう、この人は」と思うのに必死で、そりゃもう必死で、彼女の「お疲れ様です」に答えることができなかったのです。

そしてそのままトイレに入り、用を足していると、今となっては彼女が何でトイレに入ってきたのかがはっきりと分かるのですが、そう、彼女がトイレに入ってきたのです。女子が男子トイレに。

ここで僕ははじめて気づいたのです。あぁこれが噂の新入社員の研修か、と。

 

さらに僕は、その直後もそのこと、つまりは無視してしまったことを気にせず、あくせくと仕事に励んだのですが、帰りにバスを待っている時になってやっと自分のやったことの残酷さに気づいたのです。

きっと彼女は不安とか怒りとか、あまり抱いて気持ちの良くない感情をたくさん抱えて研修を受けていたのだと思います。きっと「お疲れ様です」だって、別に言いたいわけじゃない。でも彼女は「お疲れ様です」を言うことがルールだと思っているし、トイレ掃除もしなければならないと思っている。だから言うし、やる。正直嫌々でしょう。僕なら嫌々です。

そんな中、たまたま通りかかったこんなクソみたいな社員にシカトされたのですから、そりゃもうたまらんでしょう。あるいは殺意さえ抱いたかもしれません。逆の立場なら僕は、「シカトしてんじゃねぇよ。これだから“社会人”って奴は嫌いなんだよ。偉そうに。大体お前らなんて俺よりちょっと早く生まれただけじゃねぇか」なんて思っていたことでしょう。

もし彼女がこのようなことを思ったのだとしたら、無視という行為はなんと悪なのでしょう。

無視という行為が善であるときはもちろんありますが、例えばアメリカが世界のありとあらゆる出来事を無視できれば世界は平和になりますが、新入社員を無視して世界が平和になることはないのです。世界に一つ、新しい殺意を芽生えさせるだけなのです。

 

だから今度研修中の新入社員の人を見かけたら、ちゃんと声を掛けてあげようかと思っております。なんか中学生の反省文みたくなってしまいましたが(笑)

 

あ、ただ一つ思うのは、若い女性に男子トイレの掃除をさせるのはどうかと思います。おばちゃんならこっちも割り切れるのですが・・・。(おそらくおばちゃんも割り切っている・・・?)

これは人権的に問題のある発言なのかもしれませんが、こういうのは感情の問題だと思うので、いくら「おばちゃんはよくて若いコが駄目なんて、平等じゃありません!」などと言われても、気持ちが悪いものは気持ちが悪い。それはきっとお互いにとってのことでしょう。若い女の子だって男子トイレなんて入りたくないはず。

 

まぁいずれにせよ可哀想なのは新入社員。まったく意味のない研修だとは思いませんが、まぁこんな研修に意味はほとんどないですよ。

きっとこの研修の狙いは、「自分たちが気持ちよく仕事ができるのも、掃除をしてくれる人がいるからなんだ」ということを肌で感じさせることなのだと思いますが、こういう考えはどうも差別的で僕は好きではありません。ていうか嫌いです。とてつもなく、極めて、異例的に、嫌いです。

僕らの仕事もトイレ掃除も、どちらも一仕事として対等に捉えていればこんな考えには至らないはずなのです。僕は常にそういう風に考えるようにしています。もちろん、感情として「トイレ掃除なんてしたくない!」というのは持ち合わせています。だって臭いんだもの。だから僕の中に差別的な思想がないとは言いません。ただ僕は、「善」を装って、あるいはあまりに浅はかな考えによって差別的な行動を堂々と行うことに対して、なんだかなぁと思うわけです。僕らは僕らの仕事をし、彼らは彼らの仕事をする。それだけのことじゃないか、と思うわけです。お互いがお互いの仕事で報酬を受け取っている。お互いがお互いを必要としている。極めて対等。平等ではなく、対等。

 

とまぁいつも通りよく分からない話になってきたので終わりますが、これからは新入社員に気を使ってあげたいなと思いました。

大体の会社員は新入社員に気を使わせるのが超得意なんですけどね。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月19日 (月)

アピールの失敗と直後の悲劇

今日、夕飯を食べるためにとある定食屋に入ったときのことなんですけど、近くのテーブル席に若い男女6人がいました。男女といっても、男女比は5:1です。

おそらくそこの近くの大学生だと思います。何となくの雰囲気。でも間違いないと思います。

おそらく1年生で、必修のクラスが同じになったとかそういう関係なのでしょう。どこかまだぎこちなく、頑張っちゃってる奴とその逆の奴とが入り混じっていました。ただ例外なく言えることは、男はみんな、女の子と喋ろうと必死だったということです。

まぁそりゃそのシチュエーションじゃそうなりますよね。男はみな、男と話すよりも女の子と話したいものです。

 

じっと観察していたかったのですが、僕も自分のご飯を食べなければなりませんので、そのうち気にしないようになりました。

しかし僕はまたすぐにそのグループを見てしまうのでした。

そこでは一人の男が何やら左手を出してみんなに見せていました。いや、みんなというよりは、彼の隣にいた女の子に、です。その女の子の方に、執拗に左手を差し出して見せていました。どうやら親指の間接がどうのこうのということなのだったと思います。女の子はずっと苦笑いでした。

たぶん男は、彼女とスキンシップを取りたかったんだと思います。声は聞こえなかったですが、きっと、「ほら、俺の親指変なんだよ。この間接。ほら、触ってみ」みたいなことを言っていたはずです。

しかし彼女は永遠に苦笑い。

やがて男はあきらめたのか、女の子の方へ出していた手を、テーブルに中央に差し出して、あたかも「俺ははじめから皆に見せていたんだよ」と言わんばかりでした。

まぁその方向転換は悪くなかったと思います。普通であれば。

彼の本当の誤算は、隣の女の子が自分の手を触ってくれなかったことではなく、機転を利かせてテーブル中央に差し出した手を向かいの男が間髪入れずに触ってきたことだったのです。

見てるこっちが鳥肌もんでした。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月18日 (日)

恋愛の化身、ゴキブリ

今日はフットサルの練習と、友達のサッカーチームの練習試合でした。

前日のサッカーの筋肉痛で全身張りだらけでした。おかげでフットサルはもう全然練習になりませんでしたね(笑)

でもサッカーの方はそれなりに体が動きました。フットサルで一度体をほぐせていたことと、やはり試合になると「動かなきゃ!」という意識が働くのでしょう。運動量もスピードも、いつも通りのものが出せたのではないかと思います。

点も獲りました。

右サイドからのスルーパスを中央で受けて、ちょっと浮いていたボールを右足インサイドで前目に出すようにトラップしました。スピードを殺さないためです。でも右からきたボールを右足のインサイドでコントロールしたせいで、ボールがちょっと左に流れてしまいました。正直ミスで、もしかしたら「やべっ!」と声を出していたかもしれません。でもちょうどそれがキーパーとの絶妙な距離感を作り出すことになり、僕はキーパーが出てきたところを左足でシュートし、得点しました。

今年はどうやら、点が獲れる年らしいです。運が向いている気がします。

 

でも僕は思うのです。

別にサッカーの運はいらねー。

サッカーは勝手に頑張るから、運はいらないんです。

むしろ僕は、女性関係の方で運に頼りたいです。

もうね、女の人とどうやって接したらいいのかが完全に分からなくなりました。

サッカーやフットサルは頑張ればいいプレーができるけど、恋愛は頑張ればいいってもんじゃない。むしろ頑張った方が駄目な場合もあったりする。

あぁ、なんて気持ち悪いんだ。

まるでゴキブリだ。

ひょいと現れたかと思ったら、さささっといなくなる。じゃあ初めから現れるなよ!ってなもんです。

 

誰か僕に恋愛運を。

もう運だけでどうにかしたいんだ。

 

まぁ、彼女いなくてもフットサルとサッカーがあるおかげで退屈はしてないですけどね。

しかも、スポーツを通じて色々な人と知り合えるし、まぁ一人身ってのも悪いものではないですね。

負け惜しみですけどね。

 

 

ではまた。

 

 

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泥んこサッカー

昨日は会社のサッカー部の練習試合でした。

雪のせいでグチャグチャのグラウンドで、泥まみれになりながらやりました(笑)

20本1本を5本くらいやって、合計スコアが3-5だったと思いますが、とにかく負けました。

やっぱ泥の中を走るのは脚への負荷がハンパじゃなかったです。

おかげで久しぶりに攣りました。しかも両足。

裏へ抜け出して右足でシュートを打った時にまず右足を攣り、そしてそのすぐ後のプレーで同じように裏へ抜け出し、今度は左足でシュート。左足を攣りました。

もうそれからはヘロヘロパーでした。

もう裏へ抜けるプレーは封印し、相手を背負うプレーばかり。でも相手ももうヘロヘロだったので、それでも何とかできました。

しかも最後の一本では得点もできました。

右サイドからアーリー気味にクロスボールが入ったのですが、当然僕はそれに反応することができず、しかもボールはGK目がけて飛んでいったので、僕はそのボールをただ眺めていたのですが、どうやらそのボールが面白そうだったので、面白そうというのは、何か起きそうなボールだったので、何か起きそうっていうのは、GKが弾くとか、バーに当たるとかが起きそうということですが、まぁそんな感じのボールだったので、それとな~く詰めてみました。そしたら案の定起きたのです。素人のGKだったのでしょう。GKがボールを弾き、僕がそれに詰めてゴールに押し込みました。

 

【棚から牡丹餅<たなからぼたもち】

思いがけない幸運がめぐってくることのたとえ。

~広辞苑より~

 

 

その後は顔やら脚やら腕やらにこびりついた泥を温泉で洗い流し、飲みに行きました。

今回の練習試合には今年度入社の新人も二人参加していたのですが、彼らも飲み会に参加してくれて、楽しかったですね。この新人の一人がサッカー結構できる奴で、戦力としてかなり期待されるのですが、初参加にもかかわらず先輩に対してめちゃくちゃコーチングするなど、精神力もかなりの大物でしたね。楽しみな逸材です。

 

さて、今日は15時から18時でフットサルの練習をして、その後は友達のサッカーチームの練習試合に参加します。

もうね、これくらいしかやることねーの。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月16日 (金)

神様の宣言

いや~寒いですね。

何なんでしょう、この気候は。

きっとこれは、「今年は春なし!」ってことなんだと思います。

たぶんこの寒さが明けたら、めちゃくちゃ暑くなるに違いありません。

冬の次に夏が来る年に違いありません。

今年は、春はなし!

あ、去年もその前も確か春はなかったから、今年“も”か・・・。

 

あ~、寒い寒い。

明日も雨だったらサッカーできないから嫌だな~。サッカーしたいな~。

週末晴れたら、サッカー→フットサル→サッカーだもんな~。

楽しいのにな~。

 

あ~疲れた。

 

 

ではまた。

 

 

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北方謙三『二人だけの勲章』

を読みました。

 

北方謙三という名前は知ってはいましたが、作品を読んだのは初めてでした。

なかなか面白かったです。

話としては、3年前のとある事件の復讐をするために帰ってきた男と、それを止めようとするかつての友人、逆にサポートする友人、なぜか巻き込まれる若者が、それぞれ様々な事件を起こしながら、しかし確実に復讐へ向かっていくというもの。結末がなかなかいい味出してたと思います。

わりと読みやすかったし、悪くなかったですね。

とはいえ、それ以上に特に感想もないっす(笑)

 

Book 二人だけの勲章 (角川文庫)

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ではまた。

 

 

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カイワ

会話って大事だなと思います。

大事って、別に仕事のためとか夫婦円満のためとか、そういうのじゃありません。

他の目的なしで、会話って大事ってことです。

それはまさに、会話のための会話。

会話が目的の会話。

だから着地点はなく、いつどこへ飛ぶか分からない。

仕事の話をしていて、「泣く」というキーワードが出て、そこに何か思うことや新鮮なネタがあればそこへ話題を転換する。「泣く」で話しているうちに今度は「戦争」という言葉で出たら、今度はまた「戦争」で話題転換する。

話題が次々と変わるから飽きないし、何より楽しい。

この、「楽しい」こそが大切なことだと思います。

何も残らなければ意味がないなんて言う人がいるなら、なら人間はなぜ生まれ、なぜ生きるのか、ということになります。

未来も大切ですが、今も大切です。未来を創造するための会話も大切ですが、今を楽しみためだけの会話もいいものです。

 

最後に、この「会話のための会話」を知らない人の口癖を教えましょう。

 

一.「で、結局何なの?」

一.「オチは?」

 

この人たちは、自分が“会話”を拒否しがたゆえに会話が成り立たなくなり、結果つまらなくなったことに気づいていないアホどもです。

ちゃんと会話が出来ることは、やはり大切なことです。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月14日 (水)

shanghaied in Shanghai

僕の好きなバンドにMXPXというのがいます。

アメリカの3人組ポップ・パンク・バンドです。

このMXPXの最新アルバム『LEFT COAST PUNK EP』を先日購入したのですが、その中に面白い歌がありました。

その名も『SHANGHAIED IN SHANGHAI』。

その歌詞に、「I was shanghaied in shanghai.」というのがあるのですが、和訳の歌詞カードを見てみると、「上海でハメられた」となっています。

なんと「Shanghai(上海)」には、そういう意味があるようなのです。

一応辞書でも調べてみました。

 

【shanghai】

1 《古》(酒・麻薬・暴力で)・・・の意識を失わせて船に連れ込んで水夫にする。

2 ・・・に(無理に・だまして)〔・・・を〕させる(force)〔into〕.

~ジーニアス英和辞典より~

 

ありましたね、「騙す」って。

ていうか他にも酷い意味もありましたね(笑)

一体イギリス人(アメリカ人?)は上海でどんな目に合ったというのでしょうか。

shanghaiが街を指すだけでなく酷い意味を持つようになった経緯というか、由来が気になります。

ということでネット検索してみました。

「shanghai 由来」

 

出てきたのは『Yahoo!知恵袋』という掲示板でした。

そこの書き込みによると、どうやら二つの説があるようです。

1つは、「由来は清朝末期の上海でそのような事件が多発して、さらわれた人の殆どがアメリカに送られたから」という説。

もう1つは、「19世紀アメリカ西海岸の港町(サンフランシスコ・ポートランド・シアトルなど)で多発し、連れ込まれた商船の目的地が上海であることが多かったから」という説。(この書き込みをした方はこっちの説が一般的であると主張)

もし後者の説が本当に一般的なのだとしたら、上海からしたらいい迷惑ですね。まるで、上海は危ない街だ、みたいな印象を与えてしまってますからね。

現にMXPXの『SHANGHAIED IN SHANGHAI』では、「上海でハメられた 拉致られて水夫にされたんだ」と歌っています。

これはまさに前者の説のことではないですか。

MXPXがあえて間違えているのかもしれないので何とも言えませんが、いずれにせよ、上海の人からしたらあまり気持ちの良い意味ではないですよね。

 

Shanghai(上海)みたいに、もしTokyo(東京)にも意味を持たせるとしたら何でしょう・・・。

「過労死する」とかですかね。

 

I tokyoed in Tokyo.(俺は東京で過労死した)

てな感じで。

(edのつけ方合ってるかな・・・)

 

 

他にどんな都市名に意味が持たされているのか、調べてみたら面白そうですね。

あるいは自分で作ってみる。

もう東京は「過労死する」で決まりなんで他の意味付けちゃ駄目です。

 

あ、もう1個思いつきました。

 

I was bangkoked in Bangkok.(俺はバンコクでハメられた)

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月13日 (火)

イヤホンの礼儀

世間にi-podが広まってから、街で見かけるイヤホンはすっかり「前で二股に分かれるタイプ」ばかりになりましたよね。

今までは「左側で二股に分かれて右側のやつは首の後ろを回り込むタイプ」だったのに。

実は僕もここ3ヶ月くらい、「前で二股に分かれるタイプ」を使っています。以前使っていたやつが壊れてしまったからです。

正直このタイプを買うのは嫌でした。でも、その時は一刻も早くイヤホンが欲しかったし、その店には「左側で二股に分かれて右側のやつは首の後ろを回り込むタイプ」が置いてなかったのです。だから仕方なく、「前で二股に分かれるタイプ」を使っているというわけです。

 

で、使ってみて改めて分かったことがあります。それは、「前で二股に分かれるタイプ」のイヤホンは不便だということです。コンビニなどでレジに行くときや、誰かとばったり会って即座にイヤホンを外さなければならないときなど、外したイヤホンの行き場がないのです。もし両耳ともイヤホンを外して放っておけば、二つのイヤホンはぶら~んとなってしまって、地面に着いてしまいます。片方だけを外せば平気ですが、それは相手に失礼ですし。

その点、「左側で二股に分かれて右側のやつは首の後ろを回り込むタイプ」は優秀でした。両方を外しても、ちょうどネックレスをするようにコードが首に引っ掛かるからです。実に合理的なスタイルだったと思います。

 

ところが、その合理的で便利なスタイルが、過去のものとなってきています。それはなぜか。それは、「左側で二股に分かれて右側のやつは首の後ろを回り込むタイプ」が「前で二股に分かれるタイプ」よりもダサいと考えられるようになったからだと思います。

「前で二股に分かれるタイプ」のイヤホンといえばi-podの象徴的なものでした。そしてi-podといえば音楽鑑賞のツールでありながらファッションアイテムみたいなところがあったので、当然イヤホンの形も「前で二股に分かれるタイプ」がおしゃれだと思われだしたということだと思います。

便利で礼儀を重んじるタイプよりも、不便で無礼だがおしゃれなタイプが選ばれたということです。

なんてこった。

 

これは大学生のときにやっていたコンビニバイトの時も思っていたことです。レジに来てもイヤホンをしたままの客はみんな、「前で二股に分かれるタイプ」のイヤホンをしていました。こっちが「お箸付けますか?」とか「お弁当温めますか?」とか聞いても聞こえない。ムカつく。

 

とにかく、あのタイプのイヤホンは禁止すべきですね。今は僕も使ってしまっていますが、なるべく早く元のタイプに戻そうと思っています。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月12日 (月)

The体現止め

この中央線のクソ下り電車。

さっきからもう20分は止まってる吉祥寺駅のホーム。

どうやら何かあったらしい武蔵小金井。

破裂寸前僕の膀胱。

酔っ払い居眠りサラリーマン。

絶対ジョニー・デップ意識してる目の前の男。

まだ動かないこのクソ下り電車。

ではまた、いつものお約束。

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新年度のスタート

今日はROONEYSの新年度初練習でした。

この前の大会での惨敗を受けて、僕は、個人の実力が上がったからといってチーム力が上がったわけではないと感じ、今年度からはちゃんと練習をしてフットサルの動きができるようにしていこうと思っていました。サッカー経験者が多いけど、それも関係ない。サッカーが上手いからといって、フットサルが上手いわけではない。今まではそこが割りきれないでいましたが、ちゃんとすることにしました。下手なものは下手。改善すべきものは改善する。そういう気持ちで新年度をスタートしました。

今までやっていた練習も、改めて動き方を説明し、ポイントを説明しました。

そうすると、練習はいつもよくも緊迫感を持って、いいものができたと思います。一時、僕が練習を外れることがあったのですが、その時はあまりのいい加減さに幻滅しましたが、それ以外は基本的にはいつもよりもいい練習ができたのではないかと思いました。

 

ゲーム形式の練習も、いつもは毎回チームを変えてやるのですが、今回は、僕が戦力を均等になるようにチーム割して、チームを固定しました。そして、1本ゲームを終える毎に、反省会をするようにしたのです。どこが良くて、どこが悪かったのか。そして、次のゲームで意識すべきは何なのか。そこを明確にすることを各チームに求めました。僕がいるチームは、毎回改善に成功し、かなりいい練習ができたと思いましたが、後の飲み会で分かったことは、他のチームはそれほど効果が得られなかったということです。まぁ僕が見ていて思ったことは、あれこれ言いすぎだと言うことです。そりゃ改善ポイントはたくさんあります。でもそれを全部改善することは不可能。だから本当は、ポイントを絞って改善しなければならなかった。目標は妥当でなければならない。遠くても近くても駄目。実現可能で、でもそれなりの努力と工夫が必要な範囲にしなければならないのです。その点で、僕がいなかったチームはあまりいい反省会ができなかったのかなと思います。

でもこれは新年度の一回目。上手くいかないのが当たり前。だからむしろ、僕のチームが毎回改善点を克服できていた方が出来すぎと言えるでしょう。

僕はむしろ、これはコミュニケーション機会の創出として考えていた側面が大きいので、本当に戦術的な改善が行われてびっくりしているくらいなのです。

 

僕は今年のROONEYSがとても楽しみです。この調子で練習をしていけば、きっとフットサルの動きも定着できるのではないかと思っています。

いつも、ROONEYSは僕に希望を与えてくれる。何をしたら何が改善されるのか、それが分かりやすい。

人生とはこうあるべきだと、僕は思います。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月11日 (日)

山下貴光『HEROごっこ』

を読みました。

 

なかなか面白かったです。

とある男子大学生が、たまたま隣で講義を受けていたイケメン大学生と知り合いになり、車泥棒をすることに。しかしそこから話は急展開。盗もうとした車からは手足を縛られ、目隠しをされた美少女が。彼女を助け出し、さらに彼女を誘拐した犯人を捕まえてヒーローになろうという話。

最近僕は青春小説ばかり読んでますね。何でだろう。そういう年頃なのでしょうか(笑)

 

僕にとっては、『屋上ミサイル』に続いて2作目の山下貴光の小説でした。

『屋上ミサイル』もキャラクターが最高でしたが、それはこの『HEROごっこ』でも同じでした。イケメンの成宮が最高でした。知的で堂々としていて、あたかも自分は世界の全てを分かっているんだ的な態度。でも誠実で優しくて、さらにイケメンっていう。そんな奴現実にはいねえよ!と突っ込むことは簡単ですが、これは小説。現実で起こることを描いたって面白くないですからね、これくらいが心地いい。

そういうことだったのか!というどんでん返しもあります。ミステリーとしても、それなりにいいのではないかと思います。

オススメです。

 

ではまた気に入った部分を紹介します。

 

「いいか、本間。働き者で知られる蟻も、本当は八割の蟻がサボっているんだ。二割しか働いていない」成宮がだるそうに頭を掻いた。「なぜだか分かるか?」

「いや、分からない」

(中略)

「働き者ばかりだと世の中は争いごとだらけになる。皆が必死になって動き回っている世の中を想像してみろ。そんな世の中に平和が存在するか?しないだろ?だからサボりは必要なんだ」

~山下貴光『HEROごっこ』より~

 

いいですよね、この台詞。

「サボりは必要なんだ!」

会社で言いてぇ~(笑)

いや、でも真面目に、サボるって大事なことだと思う。成宮が言うとおりの理由で。

みんな働く時期をずらしたらどうでしょう。お前は4~9月働くことな。で俺は10~3月働く。みたいな。そうしたら何かみんな幸せになれそうな気がしません?イメージ。うん、いつかそういう時代が来てもおかしくないな、これは。覚えていることにしましょう。

 

「時は金なり、って言うけど、あれは的外れだ。俗世間的な金と、世俗とは関わりなく流れている時間とを、同列に考えること自体、ナンセンスだ」

~山下貴光『HEROごっこ』より~

 

これも同感です。お金なんて、しょせんお金ですよ。絶対的な存在ではありませんからね。大事だけど、しょーないものです。それに比べて時間は、もう宇宙ですね、宇宙。よく分からないから宇宙。比べ物になりません。

 

 

さてさて、何かこう青春小説を読むと、僕も負けてられないなという気になりますね。恋愛しようとか夢に向かって何かしようとか、困っている人を助けようとか。まぁ僕が単純なだけなのかもしれませんが。

でも何か、こういうものに触れていればずっと若いままでいられる気もしてきます。てか僕はそこらの26歳よりもすでにだいぶ若いとは思いますが(笑)

 

とにかくカッコよく生きるのよ、僕らは。

~山下貴光『HEROごっこ』の帯より~

 

HEROごっこ Book HEROごっこ

著者:山下 貴光
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とりあえず募金でもしようかな。

 

 

ではまた。

 

 

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「たちあがれ日本」だって・・・

新党が結党されました。

その名も、「たちあがれ日本」。

日本はいつのまに寝転がっていたんだ、あるいは座っていたんだ、などと思いましたが、まぁそれは別としても、僕は何だかウンザリしています。

このウンザリの正体は何なのか。

まず、また政党増えんのかよ、ということ。もういい加減訳分からなくなりますよ。何チャラ党、ほにゃらら党、何々党・・・。お前らの違いは何だって感じです。そりゃ厳密に言えば違いがあるから別の政党なのでしょうが、選挙後に連立とか言い出すくらいですから、別に大した違いなんてないんですよ、きっと。また一つよく分からない政党が増えると思うと、ウンザリです。ていうか自民党なんじゃないの?って(笑)

 

あとネーミングもウンザリ。「たちあがれ」って。抽象的過ぎませんか。まぁ政党名なんて全部抽象的なんですけど、何か押し付けがましいというか、とにかく今の政権を潰せればいい、みたいな雰囲気がする。その点では、テロリストと同じかも。気に食わない奴らを潰すことが目的。どういう日本にしていこうというのは一旦置いといて、現在の状況をぶっ壊すことが目的。現にこの新党は、堂々と「打倒民主党」を掲げています。怖い怖い。慎太郎いるし・・・。

 

さてまず代表の平沼さんとかいう人には、「たちあがる」とは一体どういうことを意味するのかを、具体的に説明してほしいですね。打倒民主党を掲げるのは別にどうでもいいので、打倒してどうするのかを語って欲しいものです。いい加減、足の引っ張り合いは見飽きました。なんで仕事をしない人たちにお給料上げなきゃいけないんだ。政権を獲ることは仕事じゃないっす。それはあんたらの都合だ!

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月10日 (土)

映画『アメリカ ―戦争する国の人びと―』

を観ました。

 

これは藤本幸久監督のドキュメント映画で、ベトナム戦争や湾岸戦争、イラク戦争に行った兵士は、なぜ入隊したのか、なぜ現地派遣を拒否したのか、派遣されて帰ってきた兵士はその後どうなったのか、などを、当事者や関係者の証言をメインに描いていました。全8編からなる8時間14分の超長編ドキュメント映画です。

大学へ進学するための学費を稼ぐために軍隊に志願し、でも結局奨学金など得られる者はほんの一部の者だけで、多くのベトナムやイラクへ派遣された者は精神的・肉体的疾患を抱えて帰国し、働くことも教育を受けることもできず、また、医療費も払えず、ホームレスになる。このような帰還兵が100万人はいるとされているようです。映画の後のトークショーで藤本監督が言っていました。ベトナム戦争の帰還兵の中にはもちろん、60歳とか70歳の人もいます。

この現実を僕たちはどう受け止めるべきか。

アメリカはアメリカ?

そんな悠長なことは言っていられないと思います。今日のアメリカは明日の日本です。(このままでは)

自衛隊に入る人は、なぜ自衛隊に入るのか。仕事がないから、という理由はこの日本には本当にないのでしょうか。自衛隊に入って食いつなぐとか、もしかしたらアメリカのように、学費を貯めるために入隊する若者もいるのではないでしょうか。知りませんが。

僕は危機感を持つ必要があると思っています。自衛隊への志願が増えれば、自衛隊に仕事を与える必要がある、と防衛省は考えるかもしれない。そうなれば、何かをきっかけに「戦争」ということにもなりやすい気がするのです。

「考えすぎだよ」

そこら中から声が聞こえる気がします。戦争や貧困については、考えすぎくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか。あ、いや、別に不安や恐怖を煽っているわけではありません。ブッシュじゃないんだから。

ただ、今の日本のままの日本なら、アメリカで起こったことは日本でも起こるぞ、ということです。

だからアメリカを知ることは、日本にとってとてもいいことだと思います。特に、何かと反面教師にしてしまう僕にとっては。

ああはなるまい、ってね。

 

今日から、同じく藤本監督の『ONE SHOT ONE KILL ―兵士になるということ―』が渋谷のアップリンクというところで上映開始されたらしいです。

これは若者たちがどのようにして兵士になっていくかを描いた作品だそうです。新兵を徹底的に疲れさせ、痛めつけ、圧迫して思考を停止させ、徹底的な訓練によって、考えることなく敵を殺せるようにする。そのプロセスを描いているようです。

たぶん観ればげんなりする内容だと思います。でも僕は、時間があれば観てみようと思います。つまり、必ず観ると思います。きっと勝手にへこんで、死にたくなるんだと思います。頑張ります。

 

 

ではまた。

 

 

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無意識には勝てねえ

「アジアっていいよね」とか、「私、動物好きなんだよね〜」とか言うけど、僕たちもアジアだし、僕たちも動物なんですよね。

僕たちは知らず知らず、他者と自分を無理矢理に区別し、見下すよう教育されていたのだなぁと思います。


なんてこった!


ではまた。

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伊坂幸太郎『オー!ファーザー』

を読みました。

 

なかなか面白かったです。所謂、伊坂幸太郎っぽい作品だったと思います。

これは、4人の父親を持つ高校生の話です。全然タイプの違う4人の父親が、一人の息子を愛し、干渉するお話です。それぞれの特性を活かしながら息子を助けるのです。ある者はクイズ番組で1000万円を獲得し、またあるものは鞭で高圧線を滑り降ります。どうです、ワクワクするでしょう。これが伊坂幸太郎。『陽気なギャング』シリーズと同じ雰囲気を持つ作品だったと思います。

やはり魅力はキャラクター。この個性的過ぎる父親4人に、どこか冷めた主人公。このバランスが絶妙でした。また、主人公の友人たちもいい感じの味を出すのです。何度もクスクス笑いさせられました。

キャラクターの良さに関連して、この作品では伊坂幸太郎らしく、格言めいた台詞がたくさんありました。気に入ったものをいくつか紹介します。

 

「俺たちは賭け事が好きなだけで、負けたら負けたでどうにか楽しめるもんなんだ。選挙だとか政治に躍起になってる奴らは絶対に負けたくないみてえだからな。いかさま使ってでも、勝ちたがる。負けを許容できない奴らってのは、品がねえよ。

~伊坂幸太郎『オー!ファーザー!』より~

 

これはギャンブル好きなアホ親父の言葉。

「負けを許容できない奴らってのは、品がねえよ」

まったくその通りだと思います。だからこの世界は品がないんですね。

 

 

『人が生活をしていて、努力で答えが見つかるなんてことはそうそうない。答えや正解が分からず、煩悶しながら生きていくのが人間だ。そういう意味では、解法と解答の必ずある試験問題は貴重な存在なんだ。答えを教えてもらえるなんて、滅多にないことだ。だから、試験にはせいぜい、楽しく取り組むべきだ』(後略)

~伊坂幸太郎『オー!ファーザー!』より~

 

これは大学教授のアホ親父の言葉です。

もし万が一、僕に将来息子ができて「試験なんて何で受けなきゃいけねぇんだ!」とほざいたら言ってやろうと思いました。

 

 

「あのな、大人の役割は、生意気なガキの前に立ち塞がることなんだよ。煩わしいくらいに、進路を邪魔することなんだよ」

~伊坂幸太郎『オー!ファーザー!』より~

 

これはまたギャンブル好きなアホ親父の言葉です。

アホっぽいでしょ?でも僕はけっこうこれ、その通りだと思います。ていうか、そうするべきなんじゃないかと。子どもの意見を尊重するから教育が乱れる。子どもに人権を与えるから授業が成り立たなくなる。そういう面も少なからずあると思います。

また、ちょっと違う話をすると、僕に万が一金田一、息子ができたら、絶対に負けません。何をするにも絶対に勝ちます。本気で勝負して負ける日が来るまで、負けません。そんな決意をしています。「大人なめんな!」ってことです。

 

 

(前略)

「でも、高齢化が進むと、俺たちみたいな若い奴らの負担が増えるらしいじゃないか。年金もそうだし、不安なことばっかりだ」

「そうだな」悟があっさりと認めた。「おまえやその次の世代はきっと大変だろうな。いいことなしの、負担ばっかりだ。ただ、そのうち落ち着く。由紀夫の次の次の次の世代くらいになれば、住みやすくなっているかもしれない。人口密度も落ち着いて、社会保障のバランスも整っている。このまま人口が増え続けるよりは、健全だ」

~伊坂幸太郎『オー!ファーザー!』より~

 

これは大学教授のアホ親父と主人公の会話です。

人口密度をもっと小さくしたい僕とまったく同じ意見だったので、さすが悟さんだ、と思いました。

 

 

こう、自分で付けた折り目を辿ってみると、 格言めいたことをいうキャラは決まっていたのですね。ギャンブル好きなアホ親父の鷹と、大学教授のアホ親父の悟。女好きなアホ親父の葵とガタイ良すぎ中学教師のアホ親父の勲はあまりこういった台詞はなかったのですね。でもあの二人は雰囲気が良かったです。

いずれにせよ、この4人の親父は大活躍します。アホっぽいストーリーだけど、楽しめます。

そしてやはり伊坂幸太郎が描く家族はいい!こんなへんてこりんな家族なのに、なぜかいい!

心温まる小説です。オススメ!

 

オー!ファーザー Book オー!ファーザー

著者:伊坂 幸太郎
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ではまた。

 

 

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2010年4月 9日 (金)

ずっといた感

昨日、また言われました。

「前からいた人なのかと思ってた」的な発言。

僕はこの4月から今の課に異動してきたのですが、同じくこの4月から異動してきた方に、「あれ?上杉君も異動者なんだっけ?」って言われたのです。

新人時代にも、僕が新人であることを知らない外部の方から、「ベテランの方かと思っていました」などと言われたことが何度かあるし、大学生の時に塾講師のアルバイトをしていたときには、僕がバイトを始めた一週間後くらいに入ってきた新人講師にもやはり同じようなことを言われた。僕もまだまだ新人だったのに。

これは一体何なのだろうと思います。

別に嫌な気持ちになるわけではありませんが、一体なぜそう思われるのか、よく分かりません。

まぁ心当たりがないわけではありませんが・・・。

僕は良く言えば「物怖じしない」、悪く言えば「偉そうで生意気で殺意を覚える」、そんな態度をしているのでそう思われるのだと思います。そういう雰囲気を醸し出しているのです。そう、つまりこれは「ずっといた感」なのです。何かずっとそこにいた気がする感じ。ずっといた感です。

5月には僕の課にも新人が一人配属されますが、きっと彼(彼女)も僕を見てこう思うでしょう。「あぁ、この人はきっとずっとこの課にいた人なんだな」と。

なぜなら僕には、「ずっといた感」があるからです。

これは一つの才能と思うことにしました。

僕が新しい環境にあまりビビらないのは、きっとこの才能のおかげなのでしょう。

どこへ行ってもそれなりに大丈夫な気しかしない。

なぜなら僕には「ずっといた感」があるのですから。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月 8日 (木)

またしても環境の変化

会社のPCが変わりました。入社以来3年間、あのクソ遅いノートPCを使ってきましたが、やっとお別れできました。

今度のはデスクトップです。処理速い速い。もうこれからは、漢字変換の度に1秒待ったり、エクセル開くのに10秒待ったりせずにすみます。

きっとこれで僕の仕事効率は格段に良くなることでしょう。

そして何より、新しいPCになって気分がまた一新されました!セットアップに時間かかってイライラしましたが、これから巻き返します。

どうやら僕はこれから今までに無いほど仕事をする気がしてきたので、本当に頑張ります。頑張って、倒れそうになったら倒れた振りして休みます(笑)

意味不明な決意表明でした。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月 7日 (水)

異動の戸惑い

やっぱ異動ってそれなりに大変ですね。

まず引き継ぎやら何やらで会議だらけ。何か落ち着いて仕事ができません。

それに、新しい所での会議にはほとんど付いていけていません。分らない用語は出るは、知識レベルは違い過ぎるわで。

 

でもまぁ、初めはこんなものかとも思います。いきなり全部できるわけがない。

・・・なんて思うのですが、やっぱり、早く慣れて一人で仕事ができるようになりたいですね。そして自分のペースで仕事がしたいです。

まずは3ヶ月。

3ヶ月でそれなりに働けるようになる。

 

おし。

まずはPUNKSPRING以来痛い首を治そう。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月 6日 (火)

湯浅誠『反貧困 ―「すべり台社会」からの脱出』

を読みました。

 

新書です。内容はタイトルから想像してください。

たくさんの困っている人が紹介されていました。「貧乏」ではありません。「貧困」です。

ただお金がなくて困っているだけでなく、病気だとか怪我だとか学歴だとかで働けないなど、お金もないし助けもないし、もう自分ではどうにもできないような人が日本にもたくさんいることを知ることが出来ます。

僕は特に、「貧困は自己責任だ」という意見に対する批判に共感できました。なるほど、と思ったところを紹介します。

 

なぜ貧困が「あってはならない」のか。それは貧困状態にある人たちが「保護に値する」かわいそうで、立派な人たちだからではない。貧困状態にまで追い込まれた人たちの中には、立派な人もいれば、立派でない人もいる。それは、資産家の中に立派な人もいれば、唾棄すべき人間もいるのと同じだ。立派でもなく、かわいくもない人たちは「保護に値しない」のなら、それはもう人権ではない。生を値踏みすべきではない。貧困が「あってはならない」のは、それが社会自身の弱体化の証だからに他ならない。

~湯浅誠『反貧困 ―「すべり台社会」からの脱出』より~

 

僕はこの考え方、目から鱗でした。貧困問題についてはいつも、「あの人たちは仕方がなくああなってしまったんだ。かわいそうだから助けるんだ」みたいに考えていました。「貧困がある社会は弱いから駄目なんだ」と考えたことは一度もありませんでした。もし国民全員がこのように考えることができれば、誰もが貧困問題の当事者になることができ、解決のスピードは圧倒的に早まると思います。

例えばホームレスの中には、自ら望んでそれをやっている人もいると聞きますが、実はそれすらも許してはならないのです。そこを許すと、ホームレスは全部が自己責任ということになってしまい、大半の、本当に貧困ゆえにホームレスをやっている人が救われなくなるのです。

貧困のある社会は嫌だ!かっこわるい!だから貧困をなくすのだ!!

かわいそうとかそういうことじゃなくて、自分の生きてる社会がそんなかっこ悪い社会であってなるものか!

そういうモチベーションを持てればいいなぁと思います。

 

反貧困 反貧困

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貧困問題は、貧困でない誰かが取り組まないといけないから解決が難しいのだと思います。当事者たちはその日の暮らしでいっぱいいっぱいなので、社会問題を解決するなんてパワーはまずないと思うのです。

僕も何か力になれればいいのですが。貧困とは遠いところにいる僕だからこそ。

結婚もしてないし彼女すらいないし、ていうか友達すら少なくてかなり自由な僕だからこそ。

ある意味貧困な俺アーメン。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月 5日 (月)

金を立て替えるということは、世界に債務者と債権者を生み出すことなのだ

今日の昼休みは先輩2人と3人で昼食をとりました。一人はしょっちゅう昼飯に行くA先輩で、もう一人の先輩は4月から同じ部署になったB先輩です。

会社のビルを出るや否や、B先輩がA先輩に言いました。

「悪いんだけど金貸してくれね?」

どうやら財布を忘れたらしいのです。そしてA先輩は言いました。

「おう、いいよ」

さらにA先輩は続けました。

「健太、金貸してくれね?」

 

 

 

結局僕は3人分の昼食代を支払ったのでした(笑)

フロアに帰ってすぐ、同じフロアが職場のB先輩はすぐにお金を持ってきました。A先輩は持って来ません。

こういうことがあって、ちょっと考えたことがあります。

 

まず前提として、僕はお金の貸し借りが基本的には好きではありません。貸すのも、借りるほどではありませんが、好きではありません。

でも今回のように、お金を貸すことはあります。もちろん借りることもあります。

そこで考えたのが、これをお金の貸し借りとしなければいい、ということです。

 

どういうことかというと、B先輩のようにお金を僕に私に来た場合、これは完全に「借金の返済」になってしまいます。お金を返すことで、そこに借金があったことを認めているのです。

ところがA先輩の場合、これは今のところですが、お金を返していません。返さなければ、それは借金ではありません。何言ってんだ、金を貸した時点で借金だろうが、と思うでしょう。でも、違う形で返せばそれは借金ということにはならないと思うのです。

A先輩とはもう何度かそういうことがありましたが、どちらかにお金がなくて食事代を立て替えたら、それを現金で返すのではなく、いつかの食事のときに逆の人が二人分払うのです。これは結果的には、「奢り」が2回発生しているだけになるのです。借金は、こうすることで借金ではなくなります。

金の貸し借りが嫌いな僕は、立て替えるときなどはなるべく、「じゃあ次のとき払ってよ」とか、たまには奢るつもりで「いつでもいいよ」と言います。それは相手を気遣って言うのではなく、僕が是非そうしたいというわけなのです。

 

とはいえ、B先輩の行動が嫌なわけではありません。すぐにお金を返してくれた先輩は、実に誠実だと思いますし、実は僕がB先輩の立場であれば、同じ行動をしていたと思います。お金を借りているという状態はできるだけ短くしたいですからね。

 

 

僕の好きな映画に『ペイ・フォワード』があります。これは、受けた恩を、相手に返す(恩返しする)のではなく、他の誰かに受けた恩を渡すことで世界を平和にするという話なんですが、お金も恩も同じです。お金も、ただ返すのでは誰も幸せにできませんが、奢ってもらったという経験を、他の誰かにさせてあげるというように恩を前に進めれば、幸せになる人が出てくると思うのです。

 

結局何が言いたいのかというと、友人間の金の貸し借りはなるべくするなということと、どうしてもするなら、結果的に金の貸し借りではなかったことにしろ、ということです。そうしたらやがて世界は平和になるのです。 

まぁなんないっすけどね。

 

 

ではまた。

 

 

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超ハードな週末

今までにこれほどまでにハード且充実した週末があったでしょうか。あったかもしれませんね。

土曜日、まず壊れかけた携帯をどうにかするため、ていうか機種変更するため、auショップへ。そこで携帯電話本体の値段にびっくり。一番安い奴で、と言ったのに26800円。びっくり。

仕方なくそれで機種変更して、玉川上水の花見へ遅れて参加。着いたのは14時半くらいで、次の予定のためドロンさせてもらったのが18時半くらい。滞在時間4時間か・・・。セーブしながらですが、まぁそれなりに飲んだという感じでした。

そして1時間ほどマックで酔いを醒ましてから渋谷での飲み会へ。これが超楽しかったです。思わず終電を逃す人が出たので吉祥寺へ移動して朝まで飲むことに。結局朝5時まで飲んでました。ここでびっくりするのが、何もなければ22時に寝てしまうこの上杉という男が、おそらく一度も欠伸をすることなく朝まで過ごしたのです。楽しすぎで、気がついたら朝という感じでした。

その後みんなと別れて帰宅し、3時間弱寝て幕張メッセで開催されるPUNKSPRING2010へ!起きたときはまだお酒も残っていたし、眠かったし、正直きつかったですが、何とかシャワーを浴びて朝ごはんを食べて出掛けました。待ち合わせた友人にいきなり「お前酒臭い」と言われ、一生懸命ミンティアを食べました。

会場に着いたのが13時半くらい。荷物を預けて、いざお祭りへ!

最初は一番小さなGREEN STAGEで、knotlampという日本のバンドを観ました。知らず知らず前の方に行っていたらしく、演奏と同時に始まったモッシュにびっくりしました。そして完全にビビって一旦後ろへ退きました(苦笑)でもknotlamp、結構良かったです。ELLEGARDENみたいな。

その次は同じGREEN STAGEでHIT THE LIGHTSを観ました。これはもう、正直覚えていません(笑)でもたしか、イマイチだった気がします。これは最初から後ろの方で観ていました。

その後はLOW IQ→THE STRANGLERS→RELIENT Kの順で観ましたが、どれも後ろで軽く揺れながら観る感じでした。

そしてお目当てのバンドの一つ、ELLEVENTYSEVENで僕はモッシュデビューを果たすのです。後ろの方で観ててもあまり面白くないと思い、思い切って前に出ました。これがめちゃくちゃ楽しかったです。たまに酸欠になりそうで大変でしたが、それでもやっぱ後ろよりも前の方が楽しいですね。

NEW FOUND GLORYのときも前に行って飛び跳ねました。すごい楽しかったです。ただヴォーカルのジョーダンは噂通り声が全然出ておらず、最後の方なんか観客のカラオケみたいになってました(笑)あれは楽曲がいいから許されるけど、普通の感覚で言えば駄目ライヴでしょうね。楽しかったからいいですけど。

あとは最後にzebraheadを観ました。正直この頃にはもう疲れてしまっていて、前に行く元気がなかったです。でもzebraheadはMCも演出も面白かったです。あれだけの大合唱を生み出せるってすげーと思いました。

 

とまぁ僕のパンクライヴデビューはこんな感じで終わりました。

耳はキーンとするしふくらはぎがやや張りましたが、かなり面白かったです。あとこの疲労感。2泊3日の旅行に行っていたかと思うくらいの感じが帰りの電車ではありました。でもこれは充実感ともいえます。

本当に楽しい週末でした。

これが毎週とかは無理ですけど(笑)

 

2010

 

 

 

 

 

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月 3日 (土)

警鐘

僕ね、26歳にして凄いことが分っちゃいましたよ。

たぶんまだ誰も気づいていないことだと思うんですけど、

 

 

 

 

 

 

携帯が壊れるとすげー困る。

 

 

これは現代を象徴していますよ。

便利になった社会は、けっこう脆い。簡単に混乱する。

気をつけなはれや。

 

 

ではまた。

 

 

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2010年4月 1日 (木)

目がないってやつ

今日、仕事中の雑談で「目がない」という言葉を使いました。

「僕はかわいい女性には目がないですよ~」みたいな感じで。あ、もちろんふざけて言ったんですよ?笑

そして言った直後に思ったわけです。目がないってどういうこと?って。目、あるしって。

 

 

【目が無い<めがない>】

①心を奪われて思慮分別がない。度を超えて好きである。「酒には―」

②鑑識力・洞察力がない。見る目がない。

~広辞苑より~

 

 

あー、2つ意味があるんですねー。しかも全然違う。

一般的には①の方で使われている気がしますし、僕も①の意味で使いました。

①の意味では、好きすぎて盲目的になるということから「目が無い」ということになったのでしょう。

あ、でも、例文のように「酒には目が無い」といった場合には、酒なら何でもいい、という意味で、「見る目がない」ということになるのかも。となると①と②は全く違う意味というわけでもないのかもしれませんね。

 

ためになったね~。

 

 

ではまた。

 

 

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