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2010年6月10日 (木)

死ぬということ

ビルの6階にある飲み屋の窓から転落して死ぬという事故が起きた。

落ちた人は死んだ。

その光景をなぜか、とてもリアルに想像できる。そして思う。人はとてつもなくあっけなく死ぬ。何の前触れもなく、突然、死ぬ。そこにはドラマも何もない。ただ、死ぬ。

そう考えると、明日はわが身だと思う。

実際、この事故の状況を聞く限り、僕がそこにいたら僕が死んでいただろうと思う。

 

残された人たちのことを思うと本当に辛いだろうなと思う。

遺族、一緒に飲んでた同僚、窓を開けた店員、ビルの管理者。

みんながそれぞれ、怒りとか悲しみとか後悔の念を抱くんだと思う。

このことで幸せになる人は一人もいない。そういう意味では、テロよりも戦争よりも、不幸な出来事だ。

 

きっとこういうことがあると、色々なことが改善されると思う。

床から50センチの高さにあった回転式の窓は間違いなく直されるだろうし、店の対応も変わるだろう。

でも僕たちがちゃんと分かっていなきゃいけないことは、死は避けられないということのような気がする。死ぬときは死ぬ。それこそ、事故とか病気とか通り魔とか、自分ではどうしようもない死がたくさんある。

誤解を恐れずに言うなら、この事故について、僕は誰も責められなければいいと思っている。もちろん、法的な刑罰は然るべき人が受けるべきだが、個人的な恨みが生まれないで欲しいと思っている。

どんなに配慮しても、どこかで事故ってのは起きるものだと思うから。もちろん改善は大事だと思うけど。

 

あー。何ていうか、ホントにこの事故の関係者たちがこれから幸せになれればいいと思う。

自分が今の両親の元に生まれたことや、今の性別に生まれたことを受け入れたように、死もまた、人生で一度きり、絶対に受け入れなきゃいけないことなんだともう。

 

 

ではまた。

 

 

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