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2010年8月28日 (土)

あるなし疲労

「疲れが残ってる」とかいう表現がある。

前日に何らかのことを過剰にやり過ぎたときに使う表現だ。

これから分かることは、疲れとは“ある”ものだということだ。

少なくともそういう認識で僕らは疲れを捉えている。

 

でも実は、疲れってのは“ある”ものじゃなくて、何らかのものが“ない”ことなんじゃないかと思う。すごいどーでもいいことなんだけどね。世界には戦争とか資源とか色々な問題があるのに、僕は疲れなんてものについて考えてる。お叱りはあって然るべきだと思うよ。でもね、僕を叱るお前は何をしてんだって話だよ、まったく。

すっかり話が反れたけど、疲れってのはたぶん、栄養とかエネルギーとかホルモンとか、そういった類のものは欠如した状態をいうんだと思うんだよね。だから疲れってのは、“ある”というよりは“ない”側のものなんだと思うんだよね。

もし幸せじゃない状態を不幸というなら、不幸と疲れは似ている概念だね。

 

でもまてよ。もしかしたら疲れってのは“ある”のかもしれないな。例えば筋肉に溜まると言われている乳酸。あれはもしかしたら、疲れの“ある”側を支持する象徴的なものかもしれない。あとはストレスとか。でもストレスは実体がよく分からないから無視しよう。

 

 

思い出した。

疲れを取る手段に、「休息」というものがあるけど、これには2種類あるんだった。「積極的休息」と「消極的休息」。前者は軽い運動などを行うことで体を休める方法で、軽い筋肉痛のときなどに行うべき休息。後者はとにかくじっとしとけっていう休息。

休息に2種類あるってことはつまり、疲れにも2種類、あるいはそれ以上の種類があるってことだ。

大事なのは、その疲れをちゃんと見つめて分析し、適切な休息をすることだ。“ある”側の疲れならそれをなくせばいいし、“ない”側の疲れならないものを補充すればいい。

 

僕たちは言語を獲得して以来、色々な言葉を細分化してきた一方で、色々な概念を面倒だからといって一元化してきた。その弊害がこれだ。疲れには色々あったのだ。疲れこそ分解してみなければいけない概念だったのだ!!

疲れた疲れたとほざいているそこのあなた。

その疲れの正体は、一体なんなのだね。

“ある”のかい。“ない”のかい。

 

 

ではまた。

 

 

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