« 人生には理系も文系もねえぞ | トップページ | 勝った奴は偉そうに何でも言えるが、別になんてことはない。 »

2010年12月14日 (火)

ゴムゴムの細分化

今日は会社の帰りに本屋へ行った。

本を持ってレジに並ぶと、僕の前に並んでいた少年の番になった。制服を着ていてお母さんが付き添っていたからおそらく中学生なんだろう。

彼はポイントカードを2枚もって、「これ合体できますか」と言った。

レジの店員は「はい、できます」と言って2枚のカードを受け取った。

レジでなにやら操作を始めたが、明らかに何らかのエラーを告げる音がレジから響いて生きた。店員の胸には「研修中」と書かれたバッヂがつけられていた。

しかしこの店員は賢明だった。すぐに助けを呼んだのだ。キョロキョロするでもなく、堂々と仲間を呼ぶボタンを押した。

店内に爽やかな音楽―それがSOSの合図なんだろう―が鳴り響き、もう一人の店員がやってきた。

 

彼の胸にも「研修中」の文字があった。

 

しかし彼は堂々と、こなれた手付きでポイントカードを見事に“合体”させた。

同じ「研修中」でも、違うもんだな、と思った。

 

それもそうか。僕が卒業した小学校では、水泳の級を示すのに帽子を用いていた―赤帽→白帽→紺帽の順に進級していく―が、それぞれの帽子の中でも級が別れていた。それにはゴム線を用いていた。赤帽なら、白線1本→2本→3本→黒線1本→2本→3本を経て、白帽に進級するのだ。

ただの赤帽(線なし)と赤帽黒線3本とでは、かなり技量に差があった。

それと同じで、「研修中」も決して同じではなかったということだ。

 

これは会社でも同じことがいえる。

大体会社員は、初対面の人であれば年次でその人の技量に“アタリ”をつける。経験というものは実に偉大なものだから、妥当な手法だとは思う。しかし実際に仕事をしてみると、帽子しか見えていなかった状態からゴム線が見えるようになってくる。そうすると、「あ、この人は赤帽の黒線2本だな」とか、「まだまだ赤帽白線1本だな」とか、最初につけたアタリを調整したりするんだ。

たぶんどんなシーンでもそうだ。

まずはその人の帽子が何色なのかを見る。そして徐々に目を凝らしてゴム線を見ようとする。そうやって人はなるべく人を細分化し、個人として見るようになるんだ。

 

 

とはいえたまに、ゴム線を見ようとしない人はいる。

帽子の色だけの分類にすべての人を当てはめて、「あいつは赤帽だから」とか「お前はもう紺帽だろ」とか、何かと決め付けてかかるんだ。

二人目の「研修中」を見たときに、「お前もかいっ!」と思った僕も、あるいはそういう人種だったのかもしれないな。

ならば改めようじゃないか。

目を凝らしてゴム線を見つけようじゃないか。

 

 

ちなみにこれは、人のランク付けを推奨するものではない。

一括りにするなということが言いたいだけだ。

 

 

ではまた。

 

 

|

« 人生には理系も文系もねえぞ | トップページ | 勝った奴は偉そうに何でも言えるが、別になんてことはない。 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/146160/38080666

この記事へのトラックバック一覧です: ゴムゴムの細分化:

« 人生には理系も文系もねえぞ | トップページ | 勝った奴は偉そうに何でも言えるが、別になんてことはない。 »