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2011年1月

2011年1月31日 (月)

本屋大賞2011ノミネート作品

が発表されてた。

あまりこういうのは気にしない方なんだけど、ちょっと気になってHPを覗いてみた。

2011のノミネート作品は以下の通り。

 

■『悪の教典』
著/貴志祐介(文藝春秋)

■『錨を上げよ』
著/百田尚樹(講談社)

■『神様のカルテ2』
著/夏川草介(小学館)

■『キケン』
著/有川浩(新潮社)

■『叫びと祈り』
著/梓崎優(東京創元社)

■『シューマンの指』
著/奥泉光(講談社)

■『ストーリー・セラー』
著/有川浩(新潮社)

■『謎解きはディナーのあとで』
著/東川篤哉(小学館)

■『ふがいない僕は空を見た』
著/窪美澄(新潮社)

■『ペンギン・ハイウェイ』
著/森見登美彦(角川書店)

 

この中で僕が読んだことのある本は、『錨を上げよ』と『ストーリー・セラー』。まぁどちらも大賞を取るほどのものじゃないと思う。

悔しいのは『ペンギン・ハイウェイ』が入っていること。

なぜ悔しいかというと、書店でみかけてから、そのタイトルだけで読んでみたいとずっと思っていたにもかかわらず、今の今まで読まずに来てしまった本だからだ。それが僕の知らないところで人気になっていて本屋大賞にノミネートされてしまっている。もし読んでれば、「俺は売れる前から知っていた」とか言えたのに。

まぁ別にそんな自慢がしたいわけじゃないけど、やっぱ面白い小説だったのかと思うと悔しい。今からでも遅くないか。読む本がなくなったら買うことにしよう。

 

それにしても有川浩が2つも入ってるのが凄いな。何個か読んでるけど、僕はあまり好きじゃないんだよな。軽すぎるっていうか何て言うか・・・。女の読者に人気出そうな感じかも。知らないけど。

 

あと貴志祐介がよく売れてるみたいだね。僕はまだ1つも読んだことないんだけど、悪くないらしい。いつか読んでみようと思う。

 

さてどれが獲るのか本屋大賞。もし『ペンギン・ハイウェイ』が獲ったらウキー!ってなる。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月30日 (日)

アジアカップ2011決勝「日本対オーストラリア」

今日の日本は全然ダメだな。

現在前半23分。ここまでの日本を3文字で表現するなら「ビビリ」につきる。

必要以上にオーストラリアを警戒している気がする。そこまでビビる必要があるのかな・・・?

動きもめちゃくちゃ悪い。本当はどんどんどんどんボールと人が動かなきゃいけないのに、すげー止まってる。人もボールも。持ってから考えるシーンばかり。今のところ崩せる気がしない。

ディフェンスも相変わらず不安定だ。今日も失点は避けられないんじゃないか・・・。

でもこの大会、僕が言ったことは必ず外れるようになっているから、この試合もしかしたら失点しないでいけるかもしれない。

 

前半27分。

言っても仕方ないけど、香川がいないのはやっぱり痛いな。藤本はいい選手だと思うけど、やっぱ全然馴染んでない。緊張もあるのかもしれない。いや、緊張は藤本だけじゃないな。なんか日本チーム全体がフワフワしてる。これ誰かビンタでもしてきてあげた方がいいんじゃないか。

 

前半31分。

ケーヒルのポストプレーからキューウェルのシュートまで持って行かれる。オーストラリアはやっぱ上手いな。連携も抜群だし、もちろん技術もある。運動量もある。いいチームだよなー・・・。

 

前半34分。

日本がやっといい感じでボールを回し始めているようにも見えてきたが、まだまだ。ポジションずれないまま足もとで回してるだけだから、それじゃ崩せないだろ。入れ替わるとか追い越すとかしないと。結局内田がミスってボールを奪われた。内田は本当に今大会酷いな(笑)そして、その酷い内田を出さなきゃいけない選手層の薄さが悲しい・・・。

 

前半44分。いい感じで突破しているのに本田シュート打たず。

なんか今大会の本田おかしい気がする。全然シュート打たない。ボールの持ち方も何となく気になる。言い方変だけど、かつての中村俊輔みたいな感じ。俺がラストパスを出すんだ、みたいな。溜めすぎだし、持ち過ぎ。得点のことばかり考えてたかつてもギラギラはなくなり、何かつまらない選手になってしまってる。と思う。

 

とか言ってるうちに前半終了。

何とか0-0。

後半どうやって立て直すか。まぁいったん選手は入れ替えないかな。内田と藤本変えたいけど、替えの選手がいない。まぁ柏木出してもいいと思うけど、柏木も全然フィットしてない上に、気合が完全に空回ってたからな。この前。だからここはいったん交代なし。ザッケローニはそんなにすぐに選手変えるタイプの監督じゃない気がするし。

 

さて後半だ。交代はなし。

さっそくオーストラリアの攻勢だ。あのふんわりとしたクロス嫌だろうな。先に触ったとしても大きくクリアできないし。

そのふんわりとした右からのクロスボールが直接ゴールに入りそうになった。なんとか守った。危ない。

ここで岩政が準備を始めたという情報。交代は今野か?

いや、藤本だ。いや、交代取り消しだ。パニック。ベンチパニック。

 

後半10分。どうやら結局藤本に代えて岩政。

今野を中盤に上げるのか?3バックになるのか?

今野が左サイドバックに入り、長友がその前。岡崎がやや真ん中に入ったらしい。さてどうなる。

 

しかし本田も今日調子めちゃくちゃ悪いな。香川がいないからやる気出ないのかな。全然前行かないしボール取られるし、まったく怖さが感じられない。本田も早めに代えてもいいかもしれないな。でも奴は持ってるからな。とりあえず出しとけばいつかやってくれる感じはあるよな・・・。

 

後半15分。長谷部が前向きにボールをカットして速攻。ペナルティエリアに日本の選手がなだれ込む。長谷部がボールを入れる。前田が胸でコントロールしながらゴールへ向かうがシュートまで行けず。

 

後半20分。

長友が左サイドでボールを持つ。うちにゆっくり切れ込みながら、一度右足でボールを持つ。いったん中に返すかと思った瞬間、永友は縦に一気に突破した。すかさず左足でクロスボールを上げる。中には前田と岡崎。前田がニアに突っ込む。ディフェンスがつく。ボールは前田を越えて岡崎へ。フリー。ボールを擦るようにヘディングをして、ボールはファーポストへ。枠にいったかに見えたシュートは、惜しくも外へ切れていった。今日一番惜しかったシーンだ。

鍵は長友の左サイドか。内田に可能性を見いだせない以上、攻撃の中心は左サイドにならざるを得ないし。

 

もう後半24分だ。早い。これは90分間での決着はないか?

スタジアムの観客がウェーブをつくっている。なぜこの展開でウェーブなのか、まったく理解できない。ははん、さてはカタール人、どうでも良くなったな?

日本がウェーブに気を取られたのかどうかは知らないが、スルスルっとキューウェルが抜け出しスルーパスが通った。キーパー川島と1対1。絶体絶命のピンチ。ところが、これまたキューウェルがウェーブに気を取られたのかどうかは知らないが、キューウェルのシュートは川島が止めた。

 

後半28分。日本のミスからカウンターを食らいそうになるが、岩政がクリア。しかしそれがコーナーキックとなってしまう。コーナーも事なきを得たが、こうも簡単にコーナーキックをやっていい相手じゃないぞ、岩政。セーフティークリアもいいけど、もうちょっと最善のプレーを選択してもいいと思う。

 

後半30分。日本のコーナーキック。もしここで取れたらデカい。

が、ダメだった。全然ダメだった。

 

さて徐々にお互い攻撃が目立つようになってきた。こういう展開になるとたまに、両チームから「延長でいいか」という雰囲気が漂うことがあるけど、どうやらそうはならないらしい。深夜1時半という時間を考えても、延長試合方が僕としてもありがたい。奇跡的に日本点取らないかな・・・。

 

前田・・・。打てよ、いい加減。全然シュート考えてない人間の動き方じゃん。それはダメだよ。基本的には劣勢の中で、フォワードがボール持ったらまずシュートだろ。

 

後半43分。日本のピンチが続く。混戦から取られるのは韓国戦で見たぞ。頑張って体脹れ、日本!そして前田、お前はもうシュートのことだけ考えろ。周りを使おうとか思うな。みんな疲れてるんだから。お前がやるんだろ!

 

ロスタイム2分。

あっという間に終了。0-0のまま延長戦へ。

もう一枚交代枠使いたいな・・・本田代えたいなー。李入れたい。

でも代えないだろうな。

もうこうなったらがむしゃらにやるだけかな。でもがむしゃら勝負ならオーストラリアに完全に分がありそうだよなー・・・。完全に終盤強いイメージあるし。

 

さて延長戦。終盤は内田のサイドも使えるようになってきたから、両サイドバックにはガンガン行っちゃって欲しいね。

 

延長前半6分。

お、李が入るらしい。誰と代える!?前田なのか!?

・・・前田だ。まぁ仕方ないか。微妙だったからな。

 

延長前半13分。

オーストラリアが右サイドを崩し、クロス。これをヘディングしたボールが日本のゴールマウスを捉える。が、これを川島ナイスセーブで掻き出す。次に日本のカウンター。長友が左サイドを突破し、最後は本田のミドルシュート。これはわずかに右に外れる。

うーん。どちらも気が抜けない状況だ。

延長前半終了。

 

後半、4分。

きた!!李スーパーゴール!!!!!!!!!!!

すげー!!!!!!!!!よく決めた!!!!!

長友のクロスをドフリーでボレー!お見事!!!

 

さあこのまま終われ!あわよくばカウンターでもう一点取っちまえ!!

さあ6分。フリーキック。絶好の位置。遠藤!枠に行くもキーパーキャッチ。

 

後半9分。

オーストラリアのコーナーキック。相変わらずふんわりとしたボールを入れてくる。ヘディングされるが川島キャッチ。オーストラリアの17番が悪質なファールをしたがイエロー出ず・・・・・・。

 

後半11分。またしてもオーストラリアのコーナー。ふんわりキックからボールはファーに抜ける。キーパー川島出てしまっている。が、何とか跳ね返す。危ない。怖い。

あと1分。伊野波が用意。交代は内田。もうとにかく守る時間だ。

ロスタイム1分。オーストラリアが急ぐ。長友が蹴りだす。スローイン。岡崎がカットしたと思われたが、これがハンドになる。ペナルティエリアすぐ外でオーストラリアのフリーキック。どうなる。外れろ!外れろ!

混戦になるがクリア!!!!

そして試合終了!!!優勝!!!!!!

素晴らしい!!!

よく勝った!!オーストラリア強かった!!日本パフォーマンス高いとは言えなかったけど、よく頑張った!!ザッケローニ素晴らしい!!

 

おやすみ!!!!

 

 

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2011年1月29日 (土)

心ってやつ

今、内海文三の『僕が愛したゴウスト』という小説を読んでる。

これは主人公の11歳の男の子が突然、「尻尾と腐卵臭があり、心がない世界」に行ってしまう話だった。

読みながら僕は、心について考えてしまった。なんと面倒くさい性格か。

 

「心はどこにありますか?」という質問に対し、比較的欧米人は頭を指し、日本人は心臓を指すということを聞いたことがある。

きっと欧米人は心を「思考」と捉えるんだろうと思う。例えば誰かを好きになるとか、誰かの不幸を悲しむとか、そういった際の考え方。

それに対し日本人は、そういった考え方が体に及ぼす影響の方を心と考えているんだと思う。心と言われたときに心臓を指すのは、ようするに心拍の変化に敏感であるということなんだと思う。思考するのはもちろん脳だから、思考それ自体が心なら心は頭にあるが、日本人はその先にある体内の変化に注目をするんだ。さっきも言ったように心拍数が上がって心臓の鼓動が早まるとか、恥ずかしくて顔が赤くなるとか、興奮して体が熱くなるとか。

他者はその変化を見てその人の心を探る。「あ、この人今怒ってるな」とか「恥ずかしいんだな」とか。

そう考えると、日本人の心っていうのは他人があってはじめて成り立つものなのかもしれないな。

何となく、日本人らしい気がして、僕はいいと思う。

心は心臓でいいよ。

思考なんてただの電気だぜ。

 

【心<こころ>】

(禽獣などの臓腑のすがたを見て、コル(凝)またはココルといったのが語源か。転じて、人間の内臓の通称となり、更に精神の意味に進んだ)

❶人間の精神作用のもとになるもの。また、その作用。

①知識・感情・意志の総体。「からだ」に対する。「―の病」

②思慮。おもわく。「―を配る」

③気持。心持。「―が変わる」

④思いやり。なさけ。「―ない仕打ち」

⑤情趣を解する感性。

⑥望み。こころざし。「―にまかせぬ」

⑦特別な考え。裏切り、あるいは晴れない心持。「―を晴らす」

❷(比喩的に用いる)

①おもむき。風情。

②事情。

③趣向。くふう。「絵の―を味わう」

④意味。

⑤わけ。なぞ解きの根拠。

⑥(歌論用語)内容。歌の主題・題材・発想などをいう。

❸①心臓。胸。むなさき。

②物の中心。

~広辞苑より~

 

出た。意味多過ぎ語。

 

ではまた。

 

 

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2011年1月26日 (水)

ノロノロの冬

冬は寒い。

そのせいか最近、自転車の空気の抜けが早い気がする。

寒いと空気の体積が小さくなり、タイヤがしぼむのが早いんじゃないかと思ってる。

だから自転車で走るスピードは落ちる。

きっとこれは僕だけじゃないだろう。多かれ少なかれ、冬はみんな自転車のスピードが落ちているはずだ。

空気だけの問題じゃない。

筋肉にしてもそうだ。スポーツ選手がウォーミングアップをするのは、筋肉を温めるためだ。温めると、動けるからだ。

だから冬の自転車は、筋肉(運動)の面からみても遅いということが考えられる。

さらにこの筋肉ということでいえば、落ちるのは自転車のスピードに限るわけがない。歩行にしても、車の運転にしても、何でも、冬ってのは運動を鈍らせるんじゃないだろうか。

だとしたら日本は、四季によって人の動きが違うということになる。もちろん日本に限った話じゃなけど。

でもみんなが一斉に動きを鈍らせるから、相対的な差は生じない。だから変わらないように見えるのかもしれない。

天から見下ろしてる神様はこの季節、活発にちょちょろ動き回るオーストラリア人と、ノロノロと動く日本人どもを見て楽しんでるのかもしれないな。

面白いな。

 

 

すげーどうでもいいけど。

 

 

ではまた。

 

 

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アジアカップ2011準々決勝「日本対韓国」

いやー凄い試合だ。

日本は最初からテンション高くて、選手一人ひとりの動きが良かった。

先制こそされたけど、前半のうちに同点に追いついたのが素晴らしかったね。しかも取ったの前田。前田最高。あそこ、ファーでいったんディフェンスの背後で溜めてから前に入る動き。そしてブロックしながら右足。もちろんその前の崩しも完璧だった。

後半の終盤は体力的に日本の方がきつくなってしまい韓国に押される時間が多かったけど、何とか持ちこたえて延長戦。

逆転も前田絡んだね。いったんキープして左サイドへ流れ、急にスピードアップしてディフェンス一人を置き去り。そこからパスを1本2本つないで、最後は本田から岡崎へスルーパス。ブロックされた岡崎が倒れそれがPK。正直韓国には気の毒な判定だったけど、仕方ない。日本も1本取られてるし。しかし本田はPK危ないな。ちょっと苦手意識芽生えてるんじゃないのか?笑 知らないけど。とにかく、本田のPKは止められ、こぼれを磯貝押し込む。素晴らしかったね、磯貝。顔嫌いだけど。

そのあとはもう気迫の戦い。こういう試合は楽しいね。

しかし岡崎いいね。超走ってるね。嫌いだけど。

あと松木さん、内田に厳しいね。まぁ確かに内田はこの大会しょぼいけどね。でもこの試合で言わなくてもいいんじゃないかな。気持ちはわかるけどさ。あとさ、ライン上げろ!とか叫んでも聞こえないしね。

あと審判笛吹き過ぎだね。勝ってるチームがコーナーに逃げて囲まれてる時に普通なかなかディフェンスファール取らないけどね、取ってたね。何回もね。韓国が可哀そうだったよ。バスケかよってくらい、接触を許さなかったね。

あとさ、やめてほしいよね。平日の深夜の試合で延長とかするの。

んでさ、韓国追いつくのとかやめてほしいよね。PKじゃんか。

もうすでに明日、ていうか今日だけど、会社行きたくないよね。

・・・まぁいいや。とにかくPKだ。本田は蹴らない方がいいだろうな。あれ見る限り。

全体的にも疲労度は日本の方が上だから、PKきついだろうな。

それにしても今大会は苦労ばっかしてんな(笑)

 

さて一人目だ。本田じゃんか。これはすげープレッシャーだろうな。

 

んで決めてるしな。すげーなやっぱ奴は。

 

韓国一人目。

 

んで止めてるし。すげーな日本。何か今日、持ってるな。今日っていうか、今大会か。

 

二人目、岡崎。

決めた。よくあんな浮かす勇気あるな。何気いい選手だな、岡崎。嫌いだけど。

 

韓国二人目。

 

止めてるし(笑)すげー川島。

 

三人目、長友。このしたり顔が!

 

外したー。

なんかバッジオを思い出させる失敗だな。

 

韓国三人目。

 

外してるし(笑)

どうなってんだよ、まだ誰も決めてねー。やっぱ持ってるな。

 

さあ決めれば勝ち。四人目、今野。28歳の誕生日だって。俺の1個上かよ。

 

決めたー!!!!!!!!!!

勝ったー!!!!!!!!!

おやすみ!!!!!!

 

 

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2011年1月24日 (月)

ベッドの下の住人

僕は疲れ果ててベッドに入ることにした。

二段ベッドの二段目に上がって手足を伸ばす。電気はまだ消さない。寝ようと思って寝るための行動、歯を磨くとか寝室に移動するとか布団を敷くとか、そういった行動をすると眠気が一時的に冷めることは仕方のないことだ。だから僕はベッドに入りながらもすぐに寝ようとはせず、すぐそこにある天井を何を思うでもなく見ていた。

すると一段目のベッドから「上杉さん」と呼ぶ声がした。僕は上半身をベッドから乗りだして下を覗いた。するとそこには、会社の後輩がいた。彼女は両腕を布団から出し、片方の肘で上半身を支えるようにして身を起こしてこちらを見ていた。今は冬だから、腕に何も付けていなかった彼女は裸だったのだろう。

「何してんの?」と僕は言った。自分でも驚くほどに冷静だった。

彼女は僕の質問には答えずに、「実は私●●くんと付き合ってるの」と言った。彼女の後輩とも同期とも言える男の名前だった。僕も彼を知っているが、最近聞かない名前だったから妙に懐かしい感じがした。

「△△はどうしたんだよ。いいのかよ」と僕は言った。

「はい、彼はもういいんです。それよりも、●●くんが好きなんです」

僕は彼女のことが好きだった△△のことを思い、落ち込んだ。

落ち込み過ぎるあまりに、意識を失った。

意識を失う寸前、部屋のドアが開き、一人の爺さんが入ってきた。

 

 

 

 

 

という夢を見た。

僕の家に二段ベッドはないし、電気を消さずに布団に入ることなんて滅多にない。

ただ、二段ベッドは僕は大学の途中まで兄と一緒に使っていた二段ベッドに似ていたし、いやたぶん同じだったし、登場人物は実在するものだったから起きた時気持ちが悪かった。そしてその内容も、あり得ない話ではなかっただけに一層気持ちが悪かった。思わず裸で登場した後輩に事実関係を確認しようと思ったほどだ。しなかったけど。

 

そういえばこの前会った人に、夢には絶対に意味があると言われた。その人が言うのは、その意味を解読せよ、ということではなく、その意味を考えることに意味がある、ということだった。夢に正解があるわけではなく、自分なりに解釈してみるといいってことだった。

この夢はどうなんだろう。

この夢が意味することは?△△に「あきらめるな!今なら間に合う!」と言えとでもいうのか、逆に、「もう手遅れだよ」と諭せというのか。

いずれにせよ僕はそんなこと言わない。

いや、あるいは、これは「ベッドの下には誰がいるかわからない」ということが言いたかったのかもしれないな。

確かに、最後に出てきた爺さんに、見覚えは、全く、ない。

 

 

 

 

こえ~なおい。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月22日 (土)

アジアカップ2011準々決勝「カタール対日本」

なんかすごい試合になってきた。

現在後半の29分。2-2の同点だ。

前半の早い時間帯にカタールが先制し、前半のうちに日本が香川のゴールで追いつく展開だった。しかし後半にDFの吉田が自陣深い位置でファールを犯し2枚目のイエローカード。退場。そしてそのフリーキックで失点。壁の位置は酷かったし、GKの川島はゴールラインを超えたところでセービングを行ってしまった。色々と違和感だらけの失点だった。

数的不利で1点のビハインド。もうダメかなと思ったが、相手ペナルティエリア付近の混戦から香川が抜け出し再び同点ゴール。お見事というしかない素晴らしい同点ゴールだった。

さて後半33分になった。どやらこう着し始めたらしい。香川が左サイドに出てくる機会が増えた。吉田の退場に伴いFWの前田がDFの岩政に代わったから、単純に考えれば攻め手が一人減った。その穴を埋めようと、遠藤が前に出てくるようになっている。

カタールがロングシュートを打った。シュートは大きく弧を描き、ゴールマウスの中へ。川島が自身はゴールラインの中に入りながらも、ボールはラインを越えさせないようにして防いだ。何か川島に違和感を覚える。自信を失ったか?

それにしても岡崎がいい。やっぱりアジアは岡崎だ。平瀬、大黒、岡崎だ。

 

さあカタールがまた攻め込んできた。カタールは思い切りがいいのが良い。シンプルにつないで、ゴールに直結するようなプレーばかりをする。ちまちまとボールだけを回す日本とは対照的だ。

後半38分。カタールのコーナーキック。ショートコーナーからクロスを入れる。いや、シュートだ。枠に行くが川島セーブ。うん、やはりどこか危ない感じがする。

カタールが乗ってきた。これは日本はいったん凌ぐしかないかもしれない。90分の勝負はあきらめて、延長、あるいはPKを考えるべきかもしれない。

しかし伊野波が酷いデキだ。まともなクロスを一本も入れていないし、ディフェンスも実に微妙だ。

後半42分。長谷部が倒されフリーキックを得た。距離はどれくらいだろうか。エリアからはちょっと遠い。キッカーは本田か。しかし本田は今大会当たってない。外れた。無回転を狙うも、左上にボールは反れた。

ここで突然の逆転ゴールだ。僕の予想なんてどこそこ。本田が倒され、遠藤が倒され、岡崎が倒され、香川が倒され、最後にこぼれ球をフリーの伊野波が決めた。そう。今僕が批判したばかりの伊野波だ。よくやた、伊野波。

さあまだ終わらない。ロスタイムは4分。

点差は1。人数差も1。この4分は長い。

残り2分。カタールのコーナーキック。ここで香川に代わり永田が入る。永田が間に合わない間に始まるが、何とか耐える。危ないシーンが続く。あと1分。コーナーキックが続く。放り込むカタール。跳ね返す日本。カタールのシュートがニアのサイドネットを外から揺らした。日本のゴールキック。これでボールを前に進めることができる。束の間の休息。ボールを奪ったカタールが再び日本のゴール前に迫る。ボールを放り込む。競り合いが起こる。ボールがこぼれる。遠藤が蹴り上げる。試合終了。

日本勝利。逆転勝利。お見事。

決して強さを感じさせる試合ではなかったけど、面白い試合だった。

次は25日の準決勝。

観なければな。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月21日 (金)

堂場瞬一『チーム』

を読んだ。

 

やっぱりスポーツ小説はズルいな。絶対に外れない。やっぱり面白かった。僕の場合、どうしても外れを避けたければスポーツ小説を読めばいい。もうこれははっきりした。

これは駅伝の物語だ。しかも箱根駅伝。三浦しをんの『風が強く吹いている』と重なるところがあるが、題材が違う。三浦しをんのは、弱小チームをゼロから立ち上げて箱根駅伝を目指す物語だったが、この『チーム』は、箱根駅伝に出場できなかった大学のランナーで構成される学連選抜が題材なんだ。

ただでさえ予選落ちした直後でモチベーションを上げればいいか分からないランナー達が集まってくるのに、寄せ集め感はどうしても拭えない。とてもこんなものはチームとはいえない。そこからスタートする。

キャプテンの苦悩、監督の苦悩、エースの傲慢と軋轢。そして怪我。さまざまな問題を抱えながら学連選抜がトレーニングし、議論をし、チームになっていく様を描いている。

レース中の描写も、展開も、とても良かったと思う。

感動的な話ではないが、読んでよかったと思う。

少なくとも来年の箱根駅伝は、いつもと違った目線で学連選抜チームを見ることだろう。

 

小説ってのはいいなと思った。

物語を読むことで、他人の人生を想像することができる。色々な人がいることを知れば、たぶん人は優しくなれる。

小説家は偉大だ。

 

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ではまた。

 

 

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2011年1月18日 (火)

慣習もやもやーん

自分の問題であるなら、それを納得しないで進めることに凄く違和感を覚える。

「人がこう言ってたから」とか「普通こうするらしいよ」とか、そういうだけじゃ納得できない。でも、そういう理由しか出てこないものって結構あるんだと思う。特に、古くからの慣習ってやつらにおいては特に。

 

Aという慣習があるとする。そのAは古くから伝わってきている慣習だ。僕たちはその慣習の意味や出来た背景を知らないが、何の意味もなく生まれる慣習なんてない。だからきっとその慣習には、出来た背景・意味・そして効果があるんだと思う。背景Bとか意味Cとか、効果Dとか。

ところが時代が変わって人々の生活が変わり、価値観が変わった。背景Bはもうないし、意味Cはそれ自体が意味がないかもしれない。効果Dにおいてはもはや逆効果である可能性だってある。もちろん変わらないものもあるだろうが、変わるものもある。

なのに慣習と呼ばれるものには、BやCやDは忘れ去られているのにAという表面的なものだけが残っている場合が多い。みんな、よく分からないままやっている。BもCもDも遠い昔にしかないものなのに、Aだけを現世に残す。

理解できない。

でも僕たちは納得できない・理解できないという理由だけでその慣習を無視するわけにはいかない。一人で生きているわけではないからだ。僕が慣習を無視することで、怒る人が出てくるからだ。もちろん怒る理由は、「みんなやっているのに何故お前はやらないのか」に他ならない。あるいは「昔の伝統を無下にする気か!」。これがまた気持ちが悪い・・・。

 

これは以前述べた葬式の問題と似ている。これだけの大金を、なぜみんなよく分からないままに出せるというのか。僕は到底納得できない。何でもいい。意味が欲しい。だから僕は、かなり僕の価値観には合わなくても、納得できないまでも無理矢理に理由づけをすることで慣習が存在する意味を理解しようとするしかない。これをやってもまだ気持ち悪さは残るわけだが、もうそこは仕方がない。さすがに僕も、全員を敵に回すほどの気力をこんな問題には持てない。だからよく分からない慣習にも仕方なく従うが、人に言われたからとかでそうするんじゃない。そんな理由は糞だ。僕はそこまで思考を停止させる気はない。それだけは自分自身も間違えないようにはっきり言っておきたい。おかしいものにはおかしいと言っておきたい。

 

 

あとついでにもう一つ言いたい。

男女平等を口にするやつほど信用できないやつはいない。そういうやつらがやっていることは、男に負担させてきたところはそのままにして、女の立場を向上させようということだけだからだ。まぁそうじゃない人もたくさんいるんだろうけど。知らない。「平等」なんて反則的にクソきれいな言葉を使うからには、ちゃんと男女のすべてにおいての平等を目指すべきだ。それができないなら、あるいは目指してないなら、他の言葉を口にするべきだ。平等なんて死んでも言うな。

 

 

ではまた。

 

 

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和田竜『小太郎の左腕』

を読んだ。

 

あの『のぼうの城』の作者の二作目だ。今回も戦国時代を描いた時代小説だった。

読む前から、あの作者なら外れはないだろうと思っていたけど、その通りだった。面白かった。はっきりいって『のぼうの城』には遠く及ばないけれど、面白かった。

タイトルにある小太郎とは、猟師の子で、悪魔が宿ったような種子島(鉄砲)の腕を持っている。もちろん左利きだ。

「左構えの種子島」

小太郎がこれを手にしてその腕を世に知らしめた時、戦局が変わりそれぞれの人生が変わる。そこで繰り広げられる策略や心の迷いが描かれていて、ラストの生々しさと清々しさは何ともいえないものがあった。

 

とはいえ、正直物足りなさもあった。何となくだけど、中盤以降はどうも物語の展開を急ぎ過ぎているような感じがした。描写が少なくなり(もともと少ない人なんだろうけど)、どんどんどんどん話が進んでしまう。もっと心理描写をしたり、進行にあまり関係ないエピソードとかもあったらもっと面白かったろうにと思った。偉そうに。

 

でも和田竜。面白い。

ちなみに竜は、「りょう」と読むらしい。

ずっと「わだりゅう」って言ってた俺アーメン。

 

小太郎の左腕 Book 小太郎の左腕

著者:和田 竜
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ではまた。

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2011年1月16日 (日)

約束しないと会えない関係なんて大した関係じゃないぞ

昨日は夜、ROONEYSのメンバー4人で飲んだ。

僕が夜突然飲みたくなり、メールをして集まった。メールから30分後には吉祥寺に集合して飲んでいた。

こういうのっていいなと思う。

これって近くに住んでいないとできないし、暇じゃないとできない。

色々な人と浅く広く付き合っているような人は、いつでも週末には事前に予定が入っていて、こういう思いつきみたいな行動にはどうしても付き合えない。

でも僕たちはなぜか暇な奴が多いし、近くに住んでいる奴らもいる。まぁたぶん友達が多いタイプの奴が少ないんだよな。身軽だからこういう突然の招集にもフットワーク軽く出てこれる。そうでなくちゃね。

 

昨日行った店は初めて行ったところだったんだけど、かなり良かった。また行くつもりなので、ここでは内緒にしておくことにする。小さめの店で店員さんの対応も誠実で料理も美味しかった。マムシ酒があったり、ちょっと仲良くなった店員さんが水槽に入ったすっぽんを持ってきてくれたり、とても楽しかった。やっぱ中央線だな。

 

ところで僕らは何を話したかな。結婚のこととか仕事のこととか女の子のこととかか。最年長のおじさんが21歳の女の子に10万円貸したって聞いたときは、みんな全力で彼の目を覚まそうとしていたっけ。あれはマジで心配だな(笑)10万貸しちゃダメだろ。おかげでその飲み代を奢ることになった。

まぁそれも含め楽しいからいいけど。色々な奴がいるから話題に困らなくていい。

僕はいい人生を送っているなぁ。

仲間がいるってことは、もしかしたら人生において最も大切なことかもしれない。

と思った。

 

 

ではまた。

 

 

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「なにコイツ馬鹿じゃねw」というコメントに対して

さーて、僕の書いた記事、「自転車に乗る際にイヤホンをするかしないかの結論」(http://ken-chan-blog.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-2846.html)にコメントが付いた。

タイトルにある通り、「なにコイツ馬鹿じゃねw」だ。

ちなみに、wは確か「(笑)」という意味で、たぶん「笑っちゃうよね」ということが言いたいんだと思う。

 

僕は初めて、コメントして頂いた人を攻撃しようと思う。

なぜなら、もの凄く気に入らないからだ。

 

まず、僕が馬鹿なのは重々承知。分かってる。そこを指摘するあなた、名乗り出ていないので何と呼べばいいのか分からないのですが、あなたの指摘はもっともだと思います。

でもまず、名乗らずに人を批判するのは極めて卑怯です。死んでほしいです。ていうか、そもそも名乗っていない時点であなたは生きていないです。僕は、幽霊のいうことを聞くわけにはいきません。

それに、批判が具体的でない点にも憤りを覚えます。言えばいいじゃないですか。僕の意見を馬鹿だと思っているんでしょう?言えばいいじゃないですか?わざわざこんなしょーもないブログを見て、しかもコメントまでして頂いている。その手間を惜しまずに、具体的に記述する手間は惜しむ。僕には理解できません。あなたはもしかして僕の知り合いなのでしょうか。日頃、僕のことが気に入らなくて気に入らなくて仕方がなくて、でも直接言うの憚られるから、こういう形で発言したのでしょうか。まぁ名乗っていない時点で全くの無意味ですが・・・。

 

あー。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月14日 (金)

境界線は曖昧に

テレビ朝日で『ミュージックステーション』のスペシャルをやっていた。何かアイドルと呼ばれる人たちの累計CD売上枚数でランキングを付けて、カウントダウンで紹介している。

見てて思った。

アイドルって何。

AKB48やモーニング娘やジャニーズのグループのような分かりやすいアイドルはいいが、微妙な人たちもたくさんいる気がする。例えばランキングに華原朋美が入っていたが、あれはアイドルだったのか?とか。じゃあ安室奈美恵は?とか。自称していなくてもアイドルに分類される人もいれば、自称しててもアイドルと認められない人もいる。(いるか・・・?)

 

思えば、ロックも一緒だな。本人たちはパンクだと言ってても「お前らの音楽はパンクじゃねーよ」とか言われたり、ロックとか言ってるけど明らかにただのポップスだったり。ある人にとってはパンクだが、ある人にとってはエモだったり。自称と他人の認識は違うってことだな。

本もそうだ。例えばビジネス書とかいうものは、マーケティングとかいう得体の知れないものについて書かれた本もあれば、ポジティブになる方法をつらつらと書いたものもあり、中にはただの政治批判や日本の歴史を語ったものがビジネス書と呼ばれることもあるらしい。こういう場合はもう言ったもん勝ちだ。

 

境界線ってのは、いつでも曖昧なもんだ。

曖昧なものを無理にはっきりさせようとすると、戦争が起きる。

たぶん境界線って、曖昧にしておく方がいいんだろうな。

好き勝手アイドルを自称したりパンクを自称できる世界が、きっといい世界だ。

 

 

ではまた。

 

 

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自転車のライトを下げたまえ

むかつく奴らがいる。結構いる。

自転車のライトを、人の顔に当たる角度にして点灯させている奴らだ。

あれ、すげーむかつく。

やってる奴らは気づかないのかな?対向車が眩しいってことに。

ていうかさ、顔の位置って結構高いぞ。一体何を照らしてるんだろう。

そもそも自転車のライトの目的って何だ?

まず、「道を照らす」だよな。これは道の段差であったり障害物を避けて自分の身の安全を守る目的だ。

次に、「対向車や周囲に自分の存在を知らせる」だ。これは無灯の自転車に遭遇するとわかるが、夜、ライトがないと自転車はけっこう近づくまでその存在に気づかない。これは結構危ない。

あとは「対向車の顔を照らす」。

んなアホな。

 

 

あれたぶん、ほとんどの人が無自覚にやってると思うから(あるいはほとんど考えもせずにライトは顔の位置を照らすもんだ、と思ってる人もいるかもしれない)、一度是非チェックしてみて欲しい。

そして意識的に対向車の顔を照らしているという人は、一度騙されたと思って、ただ道だけを照らす角度に調節してみて欲しい。結構大丈夫だから。大体街灯あるし。

 

というわけで、無灯を取り締まるお巡りさん。

上向きライトも是非取り締まりやがれ。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月12日 (水)

タイガーマスクごっこ

すごいよね、伊達直人現象(っていうらしいよ)。

日本も捨てたもんじゃないよね。

みんな実は、他人に興味あったんだね。

いやまぁ、他人への興味というか、ヒーローへの憧れというか。

まぁいずれにせよこれは一時的なブームなわけだけど。

でも、動機やきっかけが何にせよ、金持ってる人が金持ってない人に金をあげるのは(直接的であれ間接的であれ)当然だよな。先輩が後輩に飯をおごるのはそういうことだからな。

 

でもこれは本当に残念ながらずっと続いていくものじゃないよな。

報道が止まれば、止まる動きなんだよな。

そしてそろそろ、愉快犯が出てくるんだろうな。

変なものをプレゼントとして置いていく奴が出てきて問題になり、やがて「こういうのはやめましょう」みたなことになっていくんだろうな。

 

これはこの伊達直人問題については別にいいとは思ってるんだけど、基本的には自分の名前を偽るってのは、不誠実だからな。

愉快犯を阻止する方法はさ、愉快犯が出てくる前に誰かが名前を顔を隠さずに堂々と寄付をすることだと思う。

そしたら愉快犯は出てきにくいだろうなと思うのだがどうだろうか。

どうでもいいか。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月11日 (火)

体育会系になりたい系の気の毒

会社員にもなって体育会系のノリを前面に出してるような奴は、学生時代に体育会系に引け目を感じていたひ弱君か、ずっとバリバリの体育会系でそれ以外に何の取り柄もない筋肉バカに決まってるんだ。

だって体育会系ってのはね、権力主義の理不尽祭りだからね。

幸い、僕の会社にはそういう人はあまりいない。

 

やっぱ僕は恵まれているなー。

 

ところで、普段バリバリの体育会系の雰囲気出してる奴が運動させてみたら全然走れなかったりするのを見るととても気の毒になるよね。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月10日 (月)

成人の気の毒

今日は会社へ行き映画を観て帰ってきた。

電車で、明らかに成人式直後の団体が乗り込んで来た。

青年たちは、集団を形成した日本人らしく、大声で喋り散らかしていた。

僕はイヤホンから流れる音楽の音量を目盛り3つ分上げて事なきを得たが、きっと周囲の乗客はこう思っただろうな。


「今年の成人も駄目ねぇ」


毎年のことだというのに。きっと20年前の成人も同じだったろうに。

この一瞬だけで、毎年成人は評価されているんだな、と思った。きっと全国各地でその一瞬を狙ったハイエナのようなマスコミどもが眼をギラギラさせていたことだろう。
今夜のニュースが楽しみだ。
まったく、マスコミも暇なもんだ。


ではまた。

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映画『最後の忠臣蔵』

を観た。

久しぶりに良い映画だった。話も演技も良かった。
クスクス笑うところもあれば、ドキドキハラハラするところもあるし、感動するところもあった。
結構お勧めだ。

ただ僕は運の悪いことに、マナーの悪い客の前に座ってしまった。
おばさんだった。

彼女は私語を喚き散らすタイプのおばさんだった。
大声で話すとかずっと話してるとかではないのだが、要所要所でコソコソ喋るのだ。しかもそのポイントが、本当に要所なんだ。大事なシーン。肝心なところ。
その象徴的なのが、役所広司演じる孫左衛門が嫁ぐ可音に、声には出さずに唇の動きだけで「お幸せに」と言うシーンで、なんとこのおばさん、「お幸せに」って言いやがった。
もう台無し。そこ絶対に言っちゃダメだろ。せっかくの役所広司の演技台無し。
マナー守れないやつ映画館来んな。DVD出るまで待て。そしたら好きなだけ喋りながら観ていいよ。

まったく。

ではまた。

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2011年1月 9日 (日)

最近の読書

久しぶりに、最近読んだ本について書いてみよう。

といっても、読んだ本全部について書くわけではない。つまらなかった本の批判はしないことにしている。

 

まず『ワイルド・ソウル(上)(下)』を再読した。垣根涼介の作品の中で一番好きな小説だ。

戦後の移民政策の被害者の2世が、外務省と当時の関係者に復讐する話だ。

復讐の話のくせに、湿っぽくならないところがとても良かった。2回目も変わらずに、楽しく読めることができた。やっぱりお勧めだ。

 

 ワイルド・ソウル 上 ワイルド・ソウル 上
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次は伊坂幸太郎。小説ではなく、河出書房出版の『総特集 伊坂幸太郎』というムックと、『3652』というエッセイ集を読んだ。

僕は今まで、小説に限らず、作り手の思いとか狙いを聞いたり見たりするのが嫌いだった。たまに歌手が歌う前に、「こういう人に聞いてほしいです」とか言ってるのを聞くと、なんか違うなぁと思っていた。だから伊坂幸太郎が語っているのも積極的に読もうとは思わなかった。でも何か手に取ってしまった。一つは、この本を見つけたシチュエーションだ。

立川に、なぜか僕が伊坂幸太郎の新作を見つける本屋がある。僕は雑誌とかネットで新作をチェックしているわけではないから、いつも本屋を徘徊して見つけた本を買うようにしている。だからいつも、たまたま入った本屋でたまたま見つけた本を買うわけだ。この立川の本屋は、そんなしょっちゅう行くわけではないのに、行くとなぜか伊坂作品を見つけてしまうのだ。『フィッシュストーリー』、たとえば『モダンタイムス』、『あるキング』、このあたりはこの本屋で買ったと記憶している。そして最近また行ったときに、この2冊を見つけた。これは買うべきなんだろうと思ったわけだ。今までのポリシーなんて関係なかった。

2冊を読んで思ったことは、伊坂幸太郎って別に普通の人だなということ。なんかありきたりな感想だけど、正直そう思った。別に天才ではなく、ただ小説が好きでだから書くんだろうなぁと思った。

そしてそんな伊坂幸太郎のエッセイを読んでいて、僕もなんか書いてみたいなと思えてきた。一日ちょっとずつでも、書いてみようかな。たぶん書かないんだろうけど。

ちなみにムックの方には、伊坂幸太郎が18歳のときに書いた短編を、当時のプロットをもとに書き直した作品が載っていた。別になんてことない話だったが、18歳のときに物語を作っていたのかと思うと、やっぱり小説家になるべくしてなったのだろうなと思った。

 

3652―伊坂幸太郎エッセイ集 Book 3652―伊坂幸太郎エッセイ集

著者:伊坂 幸太郎
販売元:新潮社
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あと、吉田修一の『パレード』をさっき読み終わった。

男女5人の若者の共同生活を描いた作品で、その設定を見た時点で買ってみようと思った。最初のページを読んだだけで面白そうという感触はあった。そして実際、面白かった。でも、進めば進むほど、小説の印象が変わっていった。ユニークで爽やかなイメージが、こっちの思い違いだったことに気づかされる。川上弘美の解説の初っ端に「こわい」という言葉があったが、僕もそう思った。特に最後の章なんか、もう怖いとしかいいようがなかった。一見ユニークで爽やかで面白そうなのに、その実際は怖い。そんな5人の共同生活。

読んでみてもいいと思う。が、特別推薦したいというわけでは、ない。

 

パレード (幻冬舎文庫) Book パレード (幻冬舎文庫)

著者:吉田 修一
販売元:幻冬舎
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さてこれで読む本がなくなった。

明日は休日出勤をするんだけど、行きの電車で読む本がない。家にある本を読み返すか、調布の本屋で新しいのを買ってから電車に乗るか。

うーん、何となく読んだことないのが読みたいな。

おし、明日新しいの買おう。その時にピンときた文庫を買おう。

 

 

ではまた。

 

 

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けじめってやつ

けじめという言葉がある。

もしかしたらケジメと書くのかもしれないが、どうやら漢字はないらしい。

 

けじめってなんだろう。

民主党の管さんは、「今年は政治とカネの問題のけじめをつけたい」というようなことを言っていた。

この場合のけじめとは、一体何をさすんだろう?

例えば大学受験を2浪3浪している受験生が「今年は受験にけじめをつける」といった場合には、これは一体何をさすんだろう?

 

おそらく具体的な目に見える効果をさす言葉でないことは何となくわかる。

おそらく、自分の気持ちをすっきりさせるというような意味であったり、区切りをつけて違う方向に進む決心をするというようなことなんだと思う。

でも、正しい意味を僕は学んだことがない。だから実際よく分からないし、みんなが同じ意味合いで使っているかも疑問だ。

こういう、ニュアンス重視の言葉や人によって意味が違う言葉は嫌いだ。

だからはっきりさせようじゃないか。

世界にははっきりさせないといけないことが山のようにある。

歩行者は右側を歩くのか左側を歩くのかといったことや、男女は平等なのかということや、日本はいつまで中国にODAを払い続けるのかといったことだ。その中に「けじめ」という言葉の意味をはっきりさせないといけないという項目も入っている。いわば、けじめにけじめをつけるってなもんだ。

 

【けじめ】

①区別。わかち。わけめ。「公子の―」

②道徳や慣習として守らなければならない区別。「長幼の―」「―を守る」

③へだて。しきり。

~広辞苑より~

 

なるほど。気持ちの面だけでなく、道徳や慣習として守らなければならない区別、という意味もあるのか。

慣習か・・・。

大体よく言われる“慣習”って、僕には慣習でない場合が多いんだよな。多くの人が知らない“常識”は常識なのかという議論に似ている。これが実に厄介だ。慣習が慣習でないから、もちろんその慣習として守らなければならない区別というやつも知らない。知らないから、それを知っていて大事にしている人を不快にさせてしまう。

「お前はけじめもつけられないのか」

という具合にだ。

これには本当に困る。誰も教えてくれないし、別に知りたくないし。そして知らないと怒られるんだから堪らない。

 

うーん。

なんか考えてるうちにまた憂鬱になってきたからもうやめることにする。

 

 

ところで、管さんの言う「政治とカネのけじめ」ってのはさ、どうしても「もう政治とカネの問題に取り組むのはやめて、他の問題に国民の関心を向かわせる」という意味合いに聞こえてならない。

だいたい、なんでカネってカタカナなんだよ。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月 7日 (金)

自分の時代を応援しようじゃないか

僕は新しい人が好きだ。

新しい人と言っても、先進的とかそういうことではない。

作家とかバンドとかの、新人が好きということだ。

作家もバンドも、どうも往年の人には魅かれない。忌み嫌っているわけではないんだけど、どうしても新しい人の方が気になる。

なぜか。

たぶん、僕は僕の時代を生きたいと思う。

往年の作家とかバンドってのは、僕の時代じゃない気がして、もうそれは、親の世代とかその前の世代とかが「こいつは俺の時代の作家だ!」とか思ってたはずだから、僕は今さら行けないっていうか、そういう風に思う。

それに対抗するように、「俺の時代にもいい作家がいるぞ!バンドがいるぞ!」という感じで、新しく出てくる人を応援したくなるんだと思う。

 

だが本当のところは、ただ昔のことを知らないというだけなのかもしれない。

 

でも今僕が言った考えは、我ながら素敵だと思う。

僕は僕の時代を生きたいし、つくりたいから。

 

とはいえ、本にしろ音楽にしろ、未来に残るという良さがあるから、昔のものに触れるってのもかなり良いことだと思う。

そこは誤解のないように。

 

 

ではまた。

 

 

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ボクサーと青年と男でいう青年にあたる女

今日は夜から北風が凄かった。

北風は、帰りの僕には向かい風だし冷たいし、嫌になった。

そんな憂鬱な気分で自転車を漕いで車のあまり通らない暗い裏道に入った。

この道はいつも他の道よりも寒く感じる。別に霊感とかではない。単純に日照時間が短いんだと思う。暗いからそういう風に感じる部分もあるかもしれない。

街頭が少ないせいで、この道を通る車はいつでもハイビームだ。だから車とすれ違う時はいつもまぶしくてかなわない。いつもすれ違う瞬間まで運転席を睨んで「眩しいんだよ」と目で訴えるが、たとえその後にライトを下げてももう僕には関係がない。

そんな道でボクサーを見た。

ボクサーは数少ない街頭の下でシャドーボクシングをしていた。グレーのスウェット上下に軍手をして、頭からスウェットのパーカーをかぶっていた。絵に描いたようなボクサーだった。

ボクサーはストレート系のパンチをしきりに繰り返していた。左足が前だったから右利きなのだろう。左ジャブを突き、右ストレートを打っていた。その的が、彼の頭よりもだいぶ上だったのが気になった。頭一つ分くらい上を打っていた。そのボクサーがプロなのかアマなのかは知らないが、彼の相手はどうやらデカいらしい。そしておそらく、ひょろっとしているボクサーに違いない。それだけ身長が高くて同じ階級なのなら、そうあるべきだ。

とそんな風に考えながらボクサーの横をすり抜けようとした。ボクサーは僕の方を見向きもしない。僕はふと2つのことを思った。1つは、もしこのボクサーがただの変質者だったらどうしよう、ということだ。変質者というより、僕が想像したのは新手の通り魔で、ここを通る人を襲って楽しんでいるのではないかということだった。そうであれば僕も油断はできない。

2つめは、僕に気が付いていないがゆえに、急にステップを踏んでターンし、僕の方へパンチを繰り出して来たらどうしよう、ということだった。実際に彼は僕の方を一切見なかったから、油断できなかった。

どちらにせよ僕は、彼の横を通過する瞬間、ギリギリまで彼の足もとを見た。彼の足が動いた瞬間に、僕も何らかのアクションを起こさねばならないと思った。

しかしボクサーは相変わらずシャドーを続けるだけだった。

たぶんボクサーは、頑張ってる自分をわずかな通行者に見てもらいたいだけなんだと思う。大通りではさすがに通報などされても困るし、あからさまに迷惑になるから、人通りの少ないところを選んだのだろう。

なぜ見てもらいたいなどと僕が思ったのかというと、彼が電灯の下でシャドーをしていたこと、そして僕のことを一切見なかったことからそう思ったのだ。ただシャドーをするだけなら暗くてもいいはずだし、普通音がすれば見るだろうに見なかったのだから、気づいていながら見なかったとしか思えない。この暗い道で横を通過する人を見ないというのは異常だ。彼は他人の視線を気にしているがゆえに、そちらを気にしない振りをしていたに違いない。

目立ちたいけど目立ちたくない。

目立ちたくないけど、誰にも気づかれないのは嫌だ。

青春ですな。

ボクサーはおっさんだったけど。

 

まぁそんなことはどうでもいい。

 

その後、二人の高校生と思しき青年と、ちょっと離れたところにやはり高校生と思しき少女がいた。(女性の場合、青年にあたる言葉は何だ?)

きっとお互いがお互いを意識していた。でも決してくっつかない。

青春ですなと、僕は思った。

きっとそのまま何もないまま4人全員が家に帰り、遅くなったことで軽く親に怒られながらも、自分の部屋に入って今日のことを隣にいた同性の友人と電話で話すんだろう。あるいは、怒られたことで本当に気分が滅入り、そのまま寝てしまうんだろう。

あぁ、こいつら、まだ冬休みか。

うらやましい。

 

いや、そんなに別にうらやましくない。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月 5日 (水)

面食いのすゝめ

また面食いの話だけども。

今、フジテレビの『ホンマでっか!?TV』を見ている。

そこで面白いデータを耳にした。

 

「一目ぼれで結婚した夫婦は離婚率が低い」

 

どうやらアメリカの大学やら研究機関やらが出したわりと信用できるデータのようだ。

これを聞いて僕は以前の、「面食いは本能、内面好きは計算」の考え方を改めて確かなものにした。

 

なぜ一目ぼれよりも内面を知った上で好きになった夫婦の方が離婚するのか。

それは、内面を計算したからだ。例えば「私はA型でこの人もA型だから合うわ」とか、「俺はSだから、Mのこの子とは合うな」とかだ。他にも「優しい」であるとか「男らしい」であるとか色々ある。

ただこれらの計算は、環境が変われば変わるものだ。「優しいから好き」とかいう人の場合、その「優しい」の優先順位が下がればたちまち相手は何の魅力もない人間になってしまう。「A型だから気が合う」と思っていた人は、どこぞの研究機関が新しい性格の血液型分析を発表してしまえば崩れてしまうかもしれない。

そもそも内面は変わるということがあるし、内面が変わらなくても環境や社会の価値観、自分の価値観が変われば相手の評価が変わってしまう。だから、好きだった人が嫌いになるなんてことが多くなるんじゃないかと思う。

子供ができると旦那を嫌いになる女の人なんてその典型なんじゃないかと思う。「守ってもらいたい」が、子供ができて「守らなきゃ」になり、旦那に求めるものが変わる。旦那の内面は何も変わってないのに、勝手に嫌われる。「旦那も変わらなきゃいけないのよ」なんて批判は聞かないぞ。今はそんな話をしてるんじゃない。なぜ一目ぼれの方がいいかを話しているんだ。

 

そう一目ぼれだ。内面がどうのこうのに対して一目ぼれは、顔であるとか髪型であるとか体型であるとか、外見で好きになることがほとんど。そこに計算はない。「あ、この人好き!」という100%瞬発力。

「あ、やっぱこの人じゃなかった」という場合もあるだろう。いや、むしろ、内面まで好きになって付き合うパターンよりも多いかもしれない。

でも今は離婚の話だ。離婚するには結婚しなければならない。一目ぼれが結婚までいくような場合には、「あ、やっぱこの人じゃない」という段階は越えている。そうなればもう大丈夫だ。相手の外見が原形をとどめないくらいに変わらない限り、本能は揺るがないんだよ。だから離婚しない。

 

なんだか全然うまく説明できた気がしないが、とにかくデータは面食いの良さを物語っているらしんだよ。

お前の顔が好きだって言って何が悪いんだ!

 

みんな、外見で選んでけ。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月 3日 (月)

なぜダウンジャケットは紫が人気なのか

昨日は鎌倉と江の島に行った。ビール片手に大仏を見たり千手観音を見たり洞窟に入ったりした。

ここで最近気になっていたことに確信を持った。

 

ダウンジャケットには紫が多い。

 

他のコートや春夏秋には見ない紫色が、なぜかダウンジャケットになると途端に多くなる。そう言う僕も紫色のダウンを着ている。

これはなぜなんだろう。なぜダウンになると急にみんな紫色を着るのか。

ちなみに僕は、ダウンだから紫を着ているわけではない。紫色のTシャツも持っているしパーカーも持ってるし、メガネも紫だ。靴ひもに紫を入れたりもしている。つまり僕が紫ダウンを着る理由は、ただ単に「紫が好きな色の1つだから」だ。

じゃあ他の人も同じなのか?他の人も、ただ単に紫が好きだから着ているのか。

でもそれなら、他のコートなどにおいても紫色がもっとあっていいと思うし、他の季節においても紫色の服装の人がもっといるべきだ。だからこの、「紫色が好き」という理由をダウンにおいてだけあてはめるのは違うと思う。

考えられるのは、単にファッション性によるというものだ。

ダウンジャケットというのはふっくらしているから、太って見える。もしかしたらそれを少しでも絞って見えるようにするのが紫なのかもしれない。だから人はダウンを買う時に紫を選び、それに伴って売る側も紫のダウンをたくさん揃えるようになる。その循環で紫のダウンが多く出回るようになったのではないかということだ。

うん、これは十分に考えられる。

ただ僕はファッションとかとても興味がないので、紫色にそういう効果があるのは知らないし、実際的な問題として、紫を着ている人を見て「絞れてるな~」と思ったことは27年間一度もない。だからこの仮説はこのまま仮説としておいておくことにする。

次に考えられるのは、「紫は温かいだ」。

ダウンジャケットというのは、かなり温かい服だ。つまり、ダウンの最優先任務は防寒だ。色もそうあるべきではないだろうか。色に温かさがあるなら、ダウンに適用されるべき色はそれになるべきだろう。それが紫なのではないかという仮説だ。

しかし残念ながら、紫は寒色の一つだ。定説によるなら、紫は寒い色だ。まぁ赤と青を混ぜた色と考えれば単純に寒い色とはいえない気もするが、どちらかというと温かい色ではないんだろう。

ただしこれはイメージの話だ。じゃあ実際の温度的な話ではどうなんだろう。

光には色があって、紫もそれに含まれている。そしてその紫の光の波長は可視光の波長のうち最少波長なのだ。およそ380〜430nmの波長の色として知覚されるという。ここからは完全に僕の想像でしかないが、波長が短いということは、細かく振動しているということでないのか。そして細かく振動するということは、温度が高いということではないのか。知らないが、震える物体は温度が上がる。人が寒いとき震えるのも、温度を上げるためだ。もしこのスーパーウルトラ単なる仮説が正しければ、紫は温かい色であるということになる。

つまりダウンジャケットに紫が多いのは、とにかく防寒を追い求めた結果、色にも防寒効果のある紫を適用したからなのだ!

「紫が好きだから」と僕は自分で言ったが、もしかしたら僕が紫のダウンを選んだのだって、無意識に温かそうなものを選んだ結果なのかもしれない。

しかしイメージとしての紫は先ほど僕が寒い色であると言った。

てことは紫のダウンの所有者が多いのは、単純に市場に出回っているダウンジャケットにおける紫色の割合が多いということなのかもしれない。

 

そう考えると、服を作る人も色々考えてるんだなと感心する。

 

 

ということで、服作る人はすげーという話だ。

誰にも気づかれないのに、人を思いやっているよ。

 

 

ところで、紫の光と、紫色によって反射した光って、たぶん同じじゃないよな・・・。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年1月 1日 (土)

あけおめ

昨日は15時くらいからうちで遊んでそのまま年越しをした。

ここ数年は毎年ROONEYSのみんあと年を越してる。今年(去年?)も楽しかったなー。

wiiして鍋して酒飲んで笑ってはいけないスパイ見て年越して初詣行って寝て起きて酒飲んでトランプやってwiiやって寿司食いに行って帰ってきた。

さて2011年だ。

去年はたしか、「落ち着いたイイ男になる」みたいなのをテーマにしていたと思う。おかげで丸くなったと何度も言われる一年になってしまった。今年はその逆で、「とんがった男になる」をテーマにしていこうと思う。

28歳になる年でそんなテーマかよと思われるかもしれないが、そうしたい。個人的に今年は色々変動の一年になると思うが、そんな中で落ち着いた男なんてテーマを掲げていたら本当につまらない落ち着いた男になっちまう。だから逆にとんがってく。

このブログでも自分の考えや世の中への文句はどんどん言っていこうと思う。

その方針でもまだ「お前は丸くなった」と言われるようなら、その時は本当に僕が丸くなったということだ。素直に受け入れようじゃないか。

 

さあ新しい一年の始まりだ!

また一歩死に近づいたぜ!!

今年も生き残るぞ~。

 

 

ではまた。

 

 

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