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2011年7月

2011年7月30日 (土)

昨日の読者へ

前回のブログは忘れてくだされ。

酔っぱらっていたんだ。

 

 

ではまた。

 

 

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いけいけどんどん

いつでも大事にしなきゃいけないことは、仕事上の付き合いの人を批判しない方がいいということ。

仕事は仕事。

日本人のほとんどはそう思ってる。

どれだけ見た目で頑張っていせても、どうでもいい。

見た目でそれなりに言えればそれでいい。

 

でも地方性が出るとそうはいかない。他の地域との明確な差が出る。

そういう差が出たんじゃないのか、

本当に、どうでもいいけど。本当に、

どっかいけー。

 

 

ではmた。

 

 

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2011年7月26日 (火)

最低な日記

今日は高円寺で飲んで帰ってきた。

帰ってくる中央線の電車で、中学・高校と同じだった同級生と会った。

実に5年ぶりくらいの再会だ。

奴は彼女がいると言っていた。

それまで僕は、奴の彼女の存在を、話としてだけでも聞いたことがなかった。

それだけに驚いた。

でも酔っぱらっていたからそれほど驚かなかった。

彼女は職場の人だと、奴は言った。

なるほど、と僕は思った。

ってことは不細工な女だ、と僕は思った。思うどことか、僕は言った。そう、奴に言った。

どうだ?最低な奴だろ、俺は、と奴に言った。

奴は否定しなかった。

彼女は不細工なのだ!

見たい!

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月25日 (月)

かぞつく

なぜか家族について書きたくなった。

 

僕が両親に結婚しようと思ってることを報告したとき、母は僕に言った。「うちはあまりいい家族じゃなかったから、健太はきっと結婚なんてしたくないんだろうなと思ってた」って。

きっと母は口には出さずとも僕たち子どものことを気にしていたんだろう。

特に僕は他の兄妹よりも親に対して反抗的だったから、特に僕が家族を持とうとしていることが意外だったのかもしれない。

でも僕は、「家族なんていらない」とか「結婚なんてしたくない」などと思ったことはない。(彼女なんていらねぇよ!と投げやりに思ったことは100万回くらいあるが)

 

僕はむしろ、早く結婚をして、子どもをつくって、自分の家族を持ちたかった。

いつからそう思うようになっていたかは分からないが、会社員になるころには思っていた。

 

母が心配していたように、僕は僕の家族がそれほど好きではなかった。というよりも正直、とても嫌いだった。詳細を語る気はないが、とにかく好きではなかった。今でこそそんな風には思ってないし、両親のもとに生まれて良かったとも思えるが、10代の頃はとにかく家を出たくて仕方なかった。

あるいはだからこそなのかもしれない。僕が自分の家族を欲しがったのは。

生まれたときから一員だった家族ではなく、自分の手で、自分の選択によってつくる家族。自分の愛情で、自分の経済力で、自分の価値観に基づいてつくり上げていく家族。そういうのが欲しかったのかもしれない。ていうか、たぶんそう。

思い当る節がある。

高校のテニス部。僕はたぶん、先輩たちに不満を持っていた。弱い。ぬるい。やる気がない。はっきりとは覚えてないが、たぶんそんなことを思ってた。

だから部長をやろうと思った。変えたいと思った。自分でつくりたいと思った。

そういう傾向が、僕にはたぶんあるんだと思う。

 

僕は人を反面教師に見る癖がある。癖というよりも、必ずといっていいほどそういう目で見ている。たぶん、尊敬についての僕の考えとリンクしている。

僕には尊敬する人はいない。尊敬したいとも思わない。僕は誰かにないたいと思わない。その代わりに、こういう風にはなりたくない、というのが結構ある。

人間だれにでも欠点がある。その欠点を見つけては、俺はこうはならない、などと思ってしまう。あまりいい趣味とはいえないが、意識的にやってるわけじゃない。いつの間にか、そういう風に僕が出来上がっていたんだよ。

だから僕は、自分の家族(両親が築いた家族)の欠点を見て、こういう家族じゃない家族をつくろうという考えがどこかにあったのかもしれない。

 

ただ、ブログでも何回か書いたが、僕は両親の教育をそれほど否定的には振り返っていない。ほとんど放任だったと思うが、それもいいと思うし、やりたいことを否定しない姿勢とかは見倣いたいと思う。もちろん、両親のようになりたくないと思う面もたくさんあるから、そこは真似をしない。

 

何の話だっけ?

あぁそうだ、僕がどんな家族をつくっていきたいかを書くつもりだったんだ。

 

 

僕はね、最強の家族をつくるんだよ。

 

人数は多い方が強いから、子どもはたくさんつくるし、男の方が強いから男が多い方がいい。でも男だけだとアホだから女の子もいた方がいい。スポーツで体と頭を鍛えて、三鷹を中心に仲間をたくさんつくって、楽しくたくましく生きていくんだよ。

ほんで僕が死んだ後に息子が言うんだ。

 

 

「あんな父親に俺はならない」

 

 

ってね。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月24日 (日)

27時間テレビに感動

いやー、フジテレビの27時間テレビ、良かったな~。

最後泣きそうになっちゃったよ。

やっぱ日テレのつくられた感動何かより全然いい。くらべものにならないね。

矢部のヒーローぶらない感じも良かったし、スタジオが感動のフィナーレを迎えようというときに、宮城・福島ではそんなの関係ねぇとばかりにそれぞれの役目を果たしていたのも良かったし、佐野アナウンサーに「佐野!映るんじゃねぇ!そこはナインティナインでいいんだよ!佐野!歩くんじゃねぇ!」と言い続けた仲居くんも良かった。

ホント、感動的だった。

 

 

グッジョブ、フジテレビ。

 

 

ではまた。

 

 

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グリーンカーテン

グリーンカーテン
嫁がやりたいというので始めたが、なかなかいい感じになってきた。


最初はなかなか上に伸びてくれなかったんだけど、無理矢理にネットに絡ませて上に向けたらちゃんと上に伸びるようになった。


たぶん今1m50cmくらい。カーテンにしては短いしボリュームも少ないが、8月半ばにはそれなりのものになってる予感。

だから何だって感じだろうけど。

ではまた。

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2011年7月23日 (土)

いやそれは

いやそれは
ダメでしょ

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2011年7月19日 (火)

試練

何かデッカい台風がゆっくりと太平洋側海岸線を進んできているみたいだ。

会社にいても雨がビルを打つ音が凄かった。

四国だかどこかでは観測史上最高の雨量を記録したとか。

 

もうなんか、試練だな。

試練の年だ。今年は。日本にとって。

 

大地震。

大津波。

原発事故。

東日本中にまき散る放射線。

そして何より、全ての邪魔をする政治家ども。

その上この台風だ。

 

 

2011年。

何だかいろんな意味で境界線になりそうな一年だ。

こんな年に何も変えようとしない人は、もう何かあれだな。どっか行ってほしいな。

そしてきっとこれからの日本を生きる子どもたちは、バブル世代とも、僕たち不況世代とも違う価値観を形成していくんだろうな。

 

 

たくましく生きやがれ。まだ見ぬ子孫ども。

悪事を隠し、利権を守り続けるクソじじいどもをぶっ飛ばして。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月18日 (月)

なでしこジャパン世界一

なでしこジャパン、W杯優勝!

ヘロヘロになりながら本当によくやった!

サッカーの試合観て泣きそうになったのははじめてだ。

女子ということで見方がいつもと違ってたということもあるだろうけど、あの頑張りと劇的なタイミングでの同点ゴール。

本当に感動的だった。


女子とはいえ、日本がサッカーで世界一。

続け、男子。

ではまた。

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2011年7月16日 (土)

あてはめ節電

駅の階段を上っていた。

六本木の大江戸線から遥か遠くの地上目指して。

地下の駅構内はとても涼しくて全然苦じゃなかった。


なのに併設されているエスカレーターで悠々と地上を目指していた一人のお婆さんがこう言った。


「節電して偉いわね」


たぶん僕を高校生だか大学生だと思って声を掛けたんだろう。


残念ながら僕は27歳のくそサラリーマンだ。

僕は言った。


「俺が節電をしてるんじゃない。あなたが電気を使ってるだけですよ」


何でもかんでも節電に当てはめようとする人が多くて、最近ちょっとウンザリする。


社会問題をブーム的に捉えようとする日本人の姿勢が僕は嫌いだ。


ではまた。

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2011年7月15日 (金)

おばさんミステリー

すげーどうでもいいんだけどさ、「え?なんで?」って思うことってあるよねー。

本当にどうでもいいんだけどね。

今日、帰りにバスを待っていたんだよ。

そしたらたまたま僕が列の先頭になってさ、並んだわけ。

そしたらね、一人のおばちゃんが来たんだよ。

おばちゃんは時刻表を見たんだよ。

何やらじっくり見てたね。

んでね、おばちゃんはそのまま僕の前に並んだんだよね。

後ろ見たら他には1人しかいないわけ。

なんで?って思うよねー。

だって別に2番目でも座れるわけだからさ。

でもそれでもおばちゃんは、先頭に並びたかったのかなー?

でもそれでも僕も素直に2番手に退くわけにはいかないよね。

別に無理に先頭を奪い返そうだなんて思わなかったけど、だからって譲るっていう形にするのも・・・ねぇ。

だからもう二人で変なポジションになったよね。

明らかに先頭のポジションはおばさんなんだけど、僕も変な位置になってるわけ。

言うなら1.5番目みたいな感じ。

ほんでバス来たよ。

まぁ僕ははじめから決めてた通り、おばさんを先に行かせてあげたよ。

その争い何の意味もないからね。

おばさんが乗り、席に座り、僕もその後で乗り、席に座った。

これ別に、順番逆でもお互い望む席に座れたと思う。

しかしまた「え?なんで?」って思うことがあった。

おばさんが次のバス停ですぐに降りたんだ。

いや、もうね、本当にいいんだけど、すごくね、どうでもいいんだけど、なんで?って思っちゃったよね。

 

 

自転車で右車線走ったり、電車で降りる人を待たずに乗り込んだり、もうね、不可解な人が多すぎるね。

 

別にいいけどさ。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月13日 (水)

菅の脱原発宣言

菅が、脱原発を宣言した。

まずは依存度を下げていき、最終的には原発がなくてもいい社会を目指すんだそうだ。

まぁ原発ありきの社会を考えていないだけマシかもしれないが、原発の問題は一刻を争うという意識がどうも薄いような気がする。

再稼働なんて言葉が出てくる時点でちょっとずれてるんだ。

 

この、大きな地震が日本列島で頻発している事態を、菅はどう考えているのか。福島原発は運が悪かったとでもまだ思っているんだろう。

浜岡原発は東海地震の恐れがあるから止める。それだけでいいのか。

地震はそこらへんで起きてるじゃないか。

 

もう、原発はない前提でやるべきなんじゃないのかね。

 

今すぐに脱原発!

これしか考えられない!

 

 

しかし、いくら菅の考えが脱原発だとしても、また政権が自民党に戻ったり、あるいは新しい政治の問題が出てきたら(たとえそれがスキャンダルみたいなくだらないことだとしても)、原発のことなんてうやむやになっちゃって、結局原発残りました、なんてことにならないだろうな・・・。

十分あり得る。

 

 

ではまた。

 

 

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バイバイマネー

この前、財布を家に忘れて会社に行ってしまったことがあった。

でも僕は、何も困らなかった。

バスはPASMOにチャージされている電子マネーを使って乗り、電車は定期券を使って乗った。昼食は社員証のEdyにチャージされている電子マネーを使って社員食堂で取れば問題なかった。

現代においては別になんてことのない、普通の生活だ。

その証拠に、この段階まで僕は財布を家に忘れたことに気づいていなかった。

財布を忘れたことに気づいたのは会社の帰り。

昼休みに本を読み終えたから新しい本を買おうと本屋へ行ったときだった。

前から狙っていた『スリーピング・ブッダ』というハードカバーの小説を手に、レジへ行ったときだった。

本来なら大ピンチだ。財布を忘れたのでやっぱいいです、とか格好悪いセリフを吐いてレジを後にしなければいけない事態のはずだった。

しかしその本屋はPASMOでも支払いが可能だった。僕は記憶を辿って、チャージ金額がまだ十分だったことを確認し、何もなかったかのように「PASMOで」といって、シャラーンと電子マネーで支払ったのだ。

 

直後、僕は何だか気持ち悪さを覚えた。

財布を忘れたのに、それにも気づかず自然と“お金”を使って生活していたことに。

僕の意識の中で、お金は財布にあるもの。でも使っていた“お金”は、財布には入っていないお金だった。

もう僕には、あまりお金を使ってバスに乗ったり電車に乗ったりご飯を食べているという感覚がないのかもしれない、と思った。

27歳の僕でそうなのだから、これから育っていく子供たちはもっとこの傾向は強くなるはずだ。

きっとそのうち、田舎に旅行に行ったときにでも「ねぇ、何で物を買うのにお金を払わなきゃいけないの?」とか言い出す都会っ子が出てくるかもしれない。

目に見えないお金の恐怖だ。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月12日 (火)

原発を国有化してどうする

菅さん、今度は原発の国有化を視野に、ですってよ。

これは何かね。

議論のすり替えかね。

原発の有無を議論させないために、現在の原発の在り方をあえて自己批判して、論点をずらす。

政府がよく使う手だ!

クソが!

 

しかも国営化の理由が、「事故のリスクの大きさを考えたときに、民間では手におえない」だそうだ。

とうとう事故前提になっちゃったよ!

そこまで認めておいてなくすとは言えないのか。

 

原発への依存度を下げていくとは言っているが、一体どういうつもりなのか・・・。

 

 

よくわからん!

 

 

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ストレステストストレス

ストレステストをやるとか言ってるけど、結局それも「再稼働が前提」のテストなんだろうな~。

日本独自の基準を設けてやる、とか言ってる時点でやる意味ねぇんだよ。

ただの形式的ストレステスト。

 

お前ら原発不安なんだろ?

じゃあテストしてやるよ。

それクリアしたらもう文句ないっしょ?

 

これが言いたいためだけのストレステスト。

ストレステストをクリアした原発も、結局は前と同じように事故とか不良で稼働率は5割くらいなんだろうな。

あほか!!

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教育の独立を

ずっと教育が国主導のままだったら、本当の社会問題は隠され続け、当然今回の原発事故も本質的な問題は指摘されず、何なら原発がないと困りますね、という教育しかされず、問題を解決する人材はいつまで経っても育たないんじゃないか。

 

教育は独立させるべきなんじゃないだろうか。

 

チェック機関であるべきマスコミが腐りきっている今、その役割を教育に求めるしかない気がする。

だから文部科学省は、潰れてしまえばいい。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月11日 (月)

原発再稼働という政府の統一見解

原発再稼働・・・・・・・・・・・。

マジふざけんな。

何も変わらない。

原発がない世の中を想像させて脅し、結局は原発ありきですべてを進めていく。

変える気がない。

そして僕らも、結局はクソ政府の言いなりだ。

終わってる。

この国はもう、終わってる。

救いようがない。

ウンザリだ。

 

 

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2011年7月10日 (日)

じゃぱにーず

本当に日本という国では、人と違うことをすると大変な目にあうところで。

 

昨日、会社の人と学校の先生方との飲み会だった。

酔っぱらった僕は、相変わらず色々なことを主張してまわった。

普通なら先生を前に自分の意見を言ったりはするべきではないのかもしれない。先輩社員の方々の態度を見ているとそう感じたが、別にそんなのは関係ない。

色々と主張している中で仕事の話になり、その中で僕は、「僕は極めて優秀な社員ですよ」と言った。

それは僕としては自虐的な意味で言ったつもりだった。仕事とは関係のないことではこんだけ主張できるくせに、仕事では決められたことをやるだけのつまらないクソサラリーマンだ、という自虐を含んだつもりだった。

でもこの発言でとんでもないことになった。

 

それをみんなに聞こえるように言ってみろと言われ、僕は起立してもう一度全員に聞こえる声で「僕は極めて優秀な社員ですよ」と言い、なんと飲み会の締めの挨拶まで、「じゃあうちの優秀な社員の・・・」と僕に振られたのだ。

もういいや、と思った。

言ったろと。

僕は一言酔っぱらって失礼なことを言ったことを一言形式的に謝罪したのちに、「僕はフラットな状態で言いあえる関係で先生方と付き合っていきたい」と言ったった。僕は人類全員対等論者なのだ!

それに僕は学生のとき、ゼミの先生と議論するのが好きだった。その名残か、先生とはやっぱり議論したいのだ。お伺いを立てる一方の関係性なんてつまらない。特に酒の場でさえそうなるなんて、まっぴらごめんだね。

 

 

しかしその後僕が、「大物」とか「のちの編集長」とからかわれたのには、少しウンザリした。人と同じようにしていればこんなことにはならなかったな。

まぁいいけど。

 

静かに生きたい人は気を付けた方がいいっすね。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月 8日 (金)

論理より倫理

原発をやめない理由。

きっと賛成派に言わせればたくさん出てくるんだろうな。

コストが安いとか、環境にいいとか、自家(国)発電だとか。

でも実は建設コストは高くないらしいし、何より稼働率が低い。環境にいいといっても放射線に汚染された廃棄物が大量に出て、手の届かないところで保管しなければならない。それに、材料のウランを結局は輸入しているから、石油を輸入してやっている火力発電の優位をそれでは説明できない。

でも原発反対の理由をあれこれ挙げる必要なんてあるんだろうか。

 

 

倫理。

 

 

これで片付けちゃダメなのかな。

倫理的にNG。理屈いらない。メリットもデメリットも関係ない。倫理上の問題。

 

核融合は人間が踏み込んではいけない領域。

だってコントロールできないんだもの。

 

医療の問題ではよくこの倫理って言葉が出てくるよね。

よくってほどでもないのかな。

でもクローンの技術とかが出てきたときに、倫理的にNGという言葉が出てくる。

それと同じではダメなのかな。

 

そう考えるとさ、原発を進めてきた自民党ってのは実に非倫理的な奴らってことになるんだ。

倫理的に問題のある奴らが政治を行っている。

 

問題超ありだ。

 

 

ではまた。

 

 

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論理は短くね

論理ってやつはまったく完全でない。

論理的とか、筋が通ってるとかいうと、あたかも論理によってたった1つしかない正解を導き出したように聞こえるが、そんなことはまったくない。

価値観、経験、環境などによって、論理は色々な方向に行く。


もしそうやって論理が曲がっていくものなら、長ければ長いほど、論理の行き着く先は見当違いになる可能性が高くなる。

長たらしい論理は信用できないということだ。複雑すぎるシステムが怪しいように。

だから論理は、短くなければならない。


ではまた。

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2011年7月 4日 (月)

蚊の対処の仕方

人は人のことをなかなか考えられないものだと思う。

人の可哀そうな境遇を自分のことのようには捉えられないし、自分がよければ他人の幸せなんて後回しにしてしまう。

 

 

蚊も同じだと思う。

 

蚊だって、自分のことが大事だろう。むしろ人間よりもその傾向は高いと思う。他の蚊が苦しんでいるのを見たって、きっと何も思わない。学べない。

きっと、他人(他蚊)のことを考える知能がない。

 

 

そう考えてみると、蚊との付き合い方を変えた方がいいな、と思った。

もう蚊が出てくる季節だ。

昨日のフットサルの練習中も、もの凄い刺された。

しかしここでいつも通りに、手で叩いて潰したところで、何も変わらない。だって蚊は、他の蚊が殺されるのを見ても何も考えないからだ。仲間が殺されたすぐ後に、自ら危険に近づいて殺されたりする。

だから人間は、次から次へと立ち向かってくる蚊をすべて殺さなければこの戦いは終わらな。でも、すべての蚊を殺せるわけじゃない。すごい数なんだ。僕は蚊を殺し続けなければならない。

そんなのはウンザリだ。

だから僕は、刷り込むことにした。

 

「人間には近づかない方がいい」

 

そう、刷り込むことにしたのだ。

具体的にどうするかというと、殺さないで追い払うということだ。

手でもタオルでも何でもいいが、とにかく潰さずに、生かしてビビらせる。あわよくば即死しない程度のダメージを与える。

そうするとどうなるか。

もちろん想像だが、その蚊は学習する。

学習して、この体毛がないくせに頭頂部付近にのみ大量の毛がある二足歩行をする動物には近づかなくなる。

そしてその蚊が子孫を残す。

すると遺伝子情報として「あの動物には近づくな」が残され、代々の子孫に受け継がれていく。

こうして蚊は人間に近づかなくなる。

 

 

どうでしょう!?

ならないでしょうか!?

刷り込み!できないでしょうか!?

 

僕は一人でも実験してみます。

来年、うちの近くの蚊が僕に近づかなくなったら、実験成功です。

僕自身が実験の存在を覚えているかどうかは別にして。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月 3日 (日)

原発にははっきり反対だ!!!

節電節電って言ってるけど、節電って何のためにやってるのかな。

おそらくその理由と言うか原因が、原発事故にあることは共通認識だと思う。

問題は、

 

原発をやめるために節電をしているのか。

原発はやめないけど、さし当りの電力がどうやら不足しているらしいから節電をしているのか。

 

僕たちに知らされる情報が混乱しているから、僕たちは一体何を目指して節電をしているのか、実はよくわかっていない気がする。

ただ、節電はした方がいい気がする、くらいの感じでいる。

 

僕は正直節電はしていない。

エレベーターもエスカレーターもエアコンも使っていないが、節電はしていない。そんなのはいつものことだからだ。これ以上に僕は、節電のために何かをしようなんて思っていない。これからも必要な電気は使うし、不必要な電気は使わない。それだけだ。

 

僕はとても感覚的にでしかないけど、原発が使えないから節電をしなきゃいけないなんて、到底思えない。

 

そしてこの前読んだ本によると、火力発電を全力で稼働させれば原発なんていらないらしい。僕の感覚とピッタリきた。

本に書いてあることが真実とは限らない。でも今回の福島原発においていえば、政府とか政府お抱えの専門家なんかが言うことはもう信用しない方がいいことくらいははっきりしている。

だから僕は節電なんかしない。

節電のために熱中症になる人が増えているのだとしたら、本当に馬鹿げている。

東電は、計画停電とかいうクソみたいな節電で死者を出し、多くの国民に迷惑をかけ、さらに人々を熱中症に追い込んでいる。

それが本来必要でない節電のためだとしたら、こんな悲しいことはない。

 

 

さっさと原発を廃止して、他の発電に全力を注ぐべきなんじゃないか。

ブレーキのない車には、いつまでも乗っていられない。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年7月 2日 (土)

改善の工程

自分って人間はつくづく改善のできない人間だなぁと思う。

ここ3回くらい立て続けに、飲んで帰るときのバスで寝てしまい、必ず吉祥寺まで行ってしまうのだ。

そこから歩いて帰る。

徒歩45分。

酔っぱらって眠い時間にこの歩きは正直きついし、帰る時間が遅くなるから嫁が怒る。

 

でも飲んでしまった時点でこうなることは決まっているも同然なのだ。

いくらバスに乗ってから頑張ろうとしても無理なのだ。

どうしても寝てしまうのだ。

 

だから改善するなら、酒を飲んでいる時点での改善が必要。

あまり飲みすぎないとか、遅くなり過ぎないとか。

改善ってのは、どの工程での改善をするのかが大事なんだな。

 

でもさ、バスで寝ないように酒を飲むだなんて、つまらないよね。

だから僕は、いつまで経っても改善のない人間だってんだ。

 

 

仕方ないねぇ。

 

 

ではまた。

 

 

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