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2011年8月15日 (月)

左目ボンバー

昨日、眼科に行った。

目を怪我したからだ。

怪我といっても、サッカーボールが左目に当たって赤くなっただけ。

ただ、目がかすんだり、いつまでたっても視界の下の方が黒かったり、目薬さしてみたらすげーしみたりしたから、一応病院に行ってみた。真っ赤だったし。

 

診察はまず視力検査からだった。

「これには何の意味があるのですか?」とよほど聞いてやろうかと思った。僕にはただ、金を巻き上げるためだけの無意味な、形式的な検査に思えたからだ。ところがその次の医師による診察では、「視力は問題なさそうですし」というようなコメントがちゃんと入っていて、別に無意味な検査ではなかったことがわかった。視力検査で全然見えていなかったらそれが今回の怪我が原因ということも考えられ、そうなると検査の内容も変わって来ていたんだろう。僕の場合幸い視力には問題なく(まぁもともとの視力を医師は知らないわけだから、あくまでメガネをした状態でこんだけ見えてるってことは、まぁ怪我をする前とあまり変わっていないだろう、という推測しかできないわけだが)、念のため行った水晶体の反応検査(?)みたいなのも問題はなく、表面的な炎症(赤くなる原因)と内部の血流の一時的な悪化だけだった。医師は、「打撲による一時的なものと考えます」と言った。

 

診察・検査代は3000円だった。高い!

されるがままに検査をして請求されてまるで国民の義務のような感覚で支払う。

なぜ検査の選択のチャンスが与えられないような仕組みがここまでまかり通っているのだろうかと思う。

 

「これから視力の検査をしますが、これは●●という狙いのもとで、もし××という結果が出た場合には△△の可能性を疑います。費用は■■円です。やりますか?」

「次は水晶体の検査を行います。これは●●という狙いのもとで、もし××という結果が出た場合には△△の可能性を疑います。費用は■■円です。やりますか?」

という発言があってしかるべきだと思う。

 

僕は水晶体の検査のために目薬をさされて「これで30分くらい経ってから見ます」と言われて待っているときに、なぜ俺はここまで受動的に動いているんだ?と思った。

そこで最後に、ささやかな、ほんのささやかな主張をしてみた。主張と言ってもそれは、主張を匂わせる程度だったわけだが。

それは医師が、「これで診察は終わりですが、念のため経過を見たいので1週間後くらいにもう1回来てください」と言ったことがきっかけだった。

「出た、『念のため』」と僕は思い、言った。

 

 

「ねぇ先生、それは、今は一時的な症状だと思われる炎症や血流の停滞が本当に一時的なものだったのかどうかを確かめるということですか?」

 

 

医師は、「その通りです」と言った。

無論僕は、「お前はここまで言う必要があるんじゃねぇのか」というメッセージを込めたつもりだ。

そしてももちろん僕は、念のためにもう一度病院に行くなんて気は、さらさらないのであった。

また痛くなったらお願いします。

 

 

ではまた。

 

 

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