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2011年9月

2011年9月26日 (月)

バースデイ・イヴ

今日は人生28年目最後の日だった。

27歳最後の日と言ってもいいよ。

というわけでこの1年をざっと振り返ってみようかなと思う。

本当はこういうのは12月31日とかにやるのかもしれないけど、人間が勝手に1年の終わりと決めた日に1年を振り返るのより、自分が生まれた日の前日に個人的な1年を振り返る方が何か健全な気がする。12月31日には社会的な1年を振り返ればいい。

 

27歳、何があったかな。

まぁ人生においても大きな分岐点であったことは間違いない。

結婚したからね。

まさか俺が結婚するとはねー。

26歳の俺が聞いたらびっくりするだろうな。

 

あとは何だろうな。

震災をきっかけにまた社会に関心を持つようになったな。

さすがに無視してらんないぞ、社会ってな感じで。

政治、ちゃんと見てないと食い物にされるぞ、ってな感じで。

これもまぁ、それなりの変化。

 

あとは何だろうな。そんなもんかな。

相変わらず読書をしたし、音楽を聴いた。

読書でいうと、特に池井戸潤にはまったな。音楽では何と言ってもHEY-SMITH。

運動量はちょっと落ちたかも。これは結婚と無縁ではないね。

あと病気もたくさんした。

これはきつかったな。インフルエンザに喉に首。早く全快したい。

 

終盤はホントに体調不良ばっかだったけど、悪い1年じゃなかった。

明日からは28歳の1年だ。

28歳か・・・。

俺が28歳か。ちゃんちゃらおかしいな(笑)

28歳って、もっとかっこいい大人なんだと思ってたよ。まぁ俺以外の28歳はそうなのかもしれないけどね。

ま、生きてれば誰でも28歳になれるんだから、みんながかっこいいわけないし、みんなが立派なわけないやな。

 

それでも俺は、28歳になる。

あと2時間で。

さ、早く寝よ。

 

 

ではまた。

 

 

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メリットとセットでね

この前民主党の政調会長の前原さんがこんなようなことを言ってたんだよね。

「国民の皆様に増税を仕方ないと思ってもらう」

まーねー、東北を助けるためには増税は仕方ないよねー。

でもさ、東北に直接的な関わりのない薄情者の俺は思っちゃうんだよね。

別に東北救わなくて良くない?

あー、そうするとさ、急に非国民とか言い出す人とかいるんだろうなー。やだなー、非国民とか言われんの。税金払ってるのに。

あー、でも俺とは一切何も関係ない東北のために増税とか嫌だなー。

ん?なに?

俺と東北は関係なくない?

そうなのか!?

なに?東北には日本の工業を支えてる部品の工場とかがあるだって?

てことは東北の復活は巡り巡って俺の豊かな生活に繋がっているじゃないか!?

なんだよ!だったら増税、仕方なくないじゃん!?

やっぱりね。おかしいと思ったんだよ。仕方なく増税なんて、この資本主義社会で許されるわけがないんだから。

ではまた。

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2011年9月25日 (日)

子どもに学ぶ

今日さ、本屋のトイレに行ったんだよ。

本屋にいるとトイレに行きたくなるって説は、いまだ健在だね。

そんでウンコしてたら、小さい男の子とそのお父さんと思われる親子の会話が聞こえてきたんだ。

「まだ我慢できる?」

「うん。まだ、もうちょっとなら」

「こっちはおしっこの方だからね」

「知ってるよ。僕はこっち」

そうなんだよ。ウンコ用の個室は1つしかなかったんだ。

こういうとき子どもの声って凄いよね。

もうね、早く出てあげなきゃって本当に思うんだよ。

まだ我慢できるって言ってたのにだよ。

これが、「あぁ!もう我慢できない!漏れる!」とか言われた日にゃ、もうウンコ垂れ流しながらでもトイレ出なきゃいけないと思うよ。

 

これは教訓っていうか、勉強になるよね。

言葉は純粋に。あるがままに、思うがままに。

悪意のない言葉は人に行動を起こさせるんだ。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月24日 (土)

帰宅困難っていうか、何か色々困難

台風15号の影響で、どうやら全国でまた帰宅困難者が出たようだ。

これが問題なのだそうだ。

ただ電車が止まることが社会問題なのだそうだ。

そうマスコミが言いたくなるのは、要するにそこに困ってる人が集まっているからだ。

新宿駅とかその辺に。

 

問題は都心への集中である。

大勢の人が一斉に困るから、それをいちいち「パニック」などと表現されてしまう。アホなマスコミによって。

これが人口の少ない町の、4両編成の路線の電車が止まった場合だったらどうだろう。1つの駅に5,6人が足止めを食らっている様をパニックなどと言うだろうか。

 

都心集中はすぐにはもう直らないだろう。

だから都心に通う人の行動を変えるしかない。

なるべくさ、歩こうよ。

家まで歩けなくてもさ、ちょっとでも歩いて帰宅困難者の群れから抜け出そうよ。それで社会問題は解決じゃないか。

 

  

んまぁいいや。

あの震災から本当に学んだ人は少ない。生活は変わらないし、政府は相変わらず政治ごっこに夢中だ。

 

しかし、この前の震災のときに陥った帰宅困難者続出の状況と、今回の台風によるそれは全然違うものだ。

あんな地震は事前の予知が難しい。知れるとしても緊急地震速報とかで本当に直前に知れるだけだ。

それに対して台風は、もうだいぶ前から分かっていた。規模、進路、到達時間と通過速度。大体が把握できていた。特に関東は。それなのにこの始末。

これはもうどうしようもないね。

 

俺仕事大好き!!台風なんか来てても関係ねぇよ!俺は仕事が好きなんだ!今日もバリバリ仕事するぜ!

おし!今日もよく働いた!お、もう17時か。上がるか。おうおう、台風、はりきってるじゃないか。俺もはりきって働いたよ。何~!!?電車止まってる!!?帰れねぇじゃねーか!勘弁してくれよ~。

 

ねー、これはもうねー、仕方ないよねー。

ずっと働いとけよ。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月23日 (金)

首の腫れ(9月23日)

ここ2,3日はもうずっと頭が痛く。

なんと表現すればいいのか。

しくしくというのかな。

やんわり痛いんだ。

きっと首の腫れのせいで血流が悪くなってるんだろうなと想像しているが、どうなんだろうか。

いずれにせよ、30日の超音波検査をしないとたぶん正体は分からない。

それまでは治療もできない。

もし症状が急激に悪化することがあれば、病院に駆け込むが・・・。

 

 

以上、本日の記録。

 

 

ではまた。

 

 

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異動します。

そういえば、10月1日から部署を異動することになった。

入社以来4年と半年、商品開発の方で仕事をしてきたけど、今度は営業へ行く。

作ったものを売る側の立場になるわけだ。

(実際の仕事はまだ分からない。でもどうやら、直接的に売るという仕事ではなさそう)

 

異動は希望によるものだ。

もちろんこんな中途半端な時期に異動をしたいとは微塵も持っていなかった。

作りかけのものはたくさあるし、着手したばかりの企画もある。

 

ただまぁ仕方ない。来年度は異動したいと言っていたのは僕自身だ。時期は早かったが、この時期は嫌だ!とは言えない。ていうかどんな事情があれ、サラリーマンだ。与えられた仕事をやるのが基本だ。(まぁ地方へ行けとか言われたら迷わず辞めるが)

 

結婚式前で忙しい時期に仕事が変わるのはちょっと不安だし、よりによって体調が悪い。不安要素満載での異動となるが、頑張ろうと思う。会社を変えて新しい仕事をするのは大変だが、こうして会社内で違う仕事をさせてもらえるのだから、有難い。

 

 

以上、報告。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月22日 (木)

全身腫れ男

俺は腫れた首を触って電車に乗ってたんだよ。

ドアの側に立ってぼーっとしてさ。

あぁ、なんで首腫れてんだろうな、なんて思ってたよ。

そしたら目の前の優先席にデブが乗ってきたんだ。

デブは足を投げ出して二人分のスペースをとっていたよ。

そのとき思ったんだ。

全身腫れてるよりマシだなって。

俺ってポジティブ。

 

 

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月21日 (水)

台風の日に体調の話

今日は台風接近に伴い会社から帰宅を促されたので、16時頃に家に帰ってきた。

しばらくネットをしたり本を読んでいたが、やがて体がだるいことに気付いた。本当にわずかだが。

一応と思って体温計で熱を計ってみると、37.1度だった。

微熱中の微熱だ。

でもこの前のフットサルの練習後の発熱のことがある。

あのときはもっと熱が出たが、寝ているうちにみるみる下がっていって、翌朝にはすっかり熱は引いていた。こんなことは初めてだった。

そして今日の微熱だ。

 

もしや、疲れると発熱するのか?

 

原因は分からないし、台風のせいで気温が下がったからちょっと風邪を引いただけかもしれない。

でも一応、記録として残しておく。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月20日 (火)

溜めても良いことなんて大体ない

病院に行ってきた。

結論を先に言えば、今日だけでは首の腫れの正体は分からなかった。

医者は、「どこが腫れてるのかも分からない」とさえ言った。

 

 

近くの日赤病院に行った。

紹介状がないと診察代とは別に3150円取られるのが痛かったが、仕方なかった。

受付を済ませると、看護士の人からの簡単な問診があった。そこでも看護士は、「内科か耳鼻科、どっちかね~」と言ってきて、「どう思う?」と言ってきたもんだから、「耳鼻科じゃないですか」と言った。

僕の意見が通り、まずは耳鼻科で診察を受けて、次に内科を受けることになった。

 

耳鼻科の医師は酷く滑舌が悪かった。いや、それはどうでもいい。

一通り問診をし、患部を触り、喉を覗き、さらに鼻からカメラを入れて内部を診て、血液検査をしないと分からない、と言った。ちなみに鼻カメラは初めてじゃなかったが今回のはめちゃくちゃ痛く、僕はまた涙を流すことになった。しばらく鼻の中がヒリヒリしていた。

というわけで血液検査をすることになった。さらに超音波検査をすることになった。血液検査はその日にできるらしいのだが、超音波の方は予約が必要らしく、最速でも9月30日になるということだったから、その日に予約を入れてもらった。

医師の話だと、何らかの炎症かばい菌が悪さして膿が貯まってるかなどの可能性があるということだった。もちろん血液検査次第なのだが・・・。いずれにせよ30日までは様子を見なければならない。もしそれまでに腫れが引かなければ超音波だけでなく、直接患部に針を刺して細胞を取って検査するということだった。それは怖い、と思ったが、それまでに腫れが引いてたらむしろ超音波検査もいらないんじゃないかと思った。でもそれは口には出さなかった。行くか行かないかは僕が決めればいい。

 

その後耳鼻科の受付で30日の検査についての説明を受け、そして受付の人は「次は内科に行ってください」と言った。「血液検査は最後でいいので」とも言っていた。

 

だもんだから内科に行った。

端的に言ってしまえば、内科の医師はなす術がなかった。「血液検査の結果がないとね~」と言っていた。今のままだと首だけに影響があるものなのか、全身に関係するものなのか分からないということだった。もしかしたら先に血液検査を終えて、分かる範囲の結果だけでも出てから内科に行けば少しは実りのある診察が受けられたのではないかと思ったが、もはや手遅れだったので言わなかった。

もう僕は言葉を飲み込んでばかりだった。飲み込んだ言葉が首に溜まっていってるんじゃないかとさえ考えたほどだ。言葉を飲み込む度に首に溜まり、腫れていくんだ。たしかに昔ほど、言いたいことをすぐに言わなくはなっているとは思う。オナラとウンコならアホみたいに出るのに。

 

とにかく、内科の医師は「もし30日までに凄く腫れてくるとか痛みが出てくるようだったらすぐに来て」とだけ言った。

実は病院に最近何度も行くようになって知ったのだが、弱っているときは何気ない言葉がとても嬉しかったりする。「これは痛かっただろうね」とか、「痛くなったら我慢しないで」とか。医師の大事な仕事の一つなんだろうな、と思う。

 

内科の診察の後で採決をしてもらって、帰ってきた。

お昼を過ぎてしまい、これから会社に行くことも可能だったが思い切って休みをもらうことにした。どうしても会社に行く気分ではなかった・・・。

これから1週間ちょっとの間、得体の知れない腫れと付き合わなければならないと思うと、とても憂鬱だ。でもすぐに検査できないのであれば仕方ない。もし血液検査の結果がとてもよろしくないものだったら病院から連絡があるだろう。

 

 

というわけで僕の体調の記録はまだまだ続きそうだ。

ネットで僕の症状を調べてみるととても不安になるのだが、今は一旦気にしない振りをするしかない。

 

 

ちなみに診察代はトータルで1万円弱だった。

おそろしい・・・病院。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月19日 (月)

首の腫れ姿

病院に行ってきた。

今朝になったら熱はすっかり下がっていたのだが、一応行ってきた。

 

ところが診察結果は、「耳鼻科と内科がある大きな病院で検査した方がいいね」だった。今日行った病院では何もしなかったということだ。そこでも血液検査とかCTなどの検査もできたのだが、そこには耳鼻科がないため検査のやりっ放しになる可能性があるからやらなかった。

ただ、悪性の腫瘍とかだともっとポッコリ膨れるらしく、僕のはなだらかに膨れているから、おそらく悪いものじゃないだろうということだった。

まぁただ、念のために明日日赤に行って検査をしてもらおうと思う。

 

まったく。病院に何回行くんだよ、俺は。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月18日 (日)

また体調の記録

喉が完治し、咳と鼻水も止まったと思ったら、今度は首のあたりにしこりができてきた。右側の顎のすぐ下といったところ。

気付いたのは14日(木)。朝起きると首に違和感があり、最初は寝違えたんだと思った。
でも触ってみるとしこりがあって、その回りの筋肉が硬直しているのがわかった。

でも特に痛みなどはなかっのでとりあえずは気にしないことにしていた。


ところがしこりは全然なくならず、むしろ大きくなっていった。しこりというよりは、腫れという状態にまでなった。
見た目にも右側かふくらんでいるのが分かるくらいだ。


そして今日、フットサルの練習中に、体の節々が痛み出した。もしかしたら熱が上がっているかもと思ったら案の定そうだった。

37.7度。

それほど苦しくはないが、首のことがあるから気になる。
ただの風邪なのかどうか。喉に溜まっていた膿との関連性はあるのか。

何か最近おかしい。そんな病気するタイプじゃなかったのに、すっかり貧弱キャラだ。


一応また病院には行こうと思う。腫れた首がやはり気になる。

ではまた。

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2011年9月17日 (土)

意思vs論理2

論理というのは、意思がないところでのみ働く。

意思あるところでは、論理なんて圧倒的無力なのだ。

なぜなら、論理なんてものはクソくらえだからだ。

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分散推奨

昨日会社で、インタビューを受けた。

インタビューと言っても、芸能リポーターやカメラマンがやって来て、「野田内閣についてどう思いますか?」とか、「濱田岳さんの凸凹婚についは?」とか聞かれたわけではなく、外部のコンサル系の会社の人が来て、業務のプロセスについて質問されて答えるというものだった。

どうやら無駄な業務をなくしたいというのと、僕たち社員の能力を向上させることがミッションらしい。

 

その中で一つ気になる質問があった。

「社員の能力が落ちてることについてどう思いますか?」という質問だ。

僕は、「そんなこと言われても、何を根拠にそう言っているのかよく分からないから、何とも言えない。業績が落ちてるとか、商品評価が落ちてるとか、何かそういうのがあればこちらも反省できるが」と言った。

すると相手は、「要するに外部に頼りすぎていませんか?ということなんです。例えば震災とかで外部スタッフが被災したら、仕事が回せますか?」と言ってきた。

だから僕は、「あぁそういうことですか。量的には難しいかもしれませんが、能力的にできないということはないんじゃないでしょうか。時間は掛るができるとは思いますよ。でもそれで外部委託の量を減らすっていうのはどうかと思いますね。だってそういう有事のことを想定してのことなんだったら、打ち手としては『もっと全国各地に協力してくれる外部スタッフを確保する』となるべきなんじゃないでしょうか。これは日本全体に言えることですけど、集中していることのリスクをもっと考えるべきですよ。外部委託を減らして社員で何でもかんでもやってれば、うちの会社が被災した場合アウトですよ。それこそもう何もできなくなる」

とは言わなかった。あの場は議論の場ではないからだ。僕は、時間は掛るができるんじゃないか、というところだけを言った。ただ、「外部委託を続けていることで社員の能力が低下しているという指摘なら、そういうことは十分に考えられると思います」とは言った。

だってそりゃそうだ。

でも僕はそれでも別にいいとは思っている。要するにこれはただの分散だからだ。昔は社員に業務量も能力もあった。それが今は、業務量も能力も外部に分散させている。だから社員が入れ替わっても商品の質をある程度担保できる。有事の場合のリスクヘッジにもなる。

それを考えずにただ中のことだけを見て、「私たちはもっと凄かった!お前たちはダメだ!」とか言われても、「そういう計画だったんじゃないんですか?」としか言えない。

ただ単に、「もっと苦労しろ!」という典型的な年寄り発言としか思えない。

 

バブリーな時代を経験した人たちの発想ってのはたまに、全く以てついていけない。

 

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月15日 (木)

ごきげんよう、お久しぶり

タイトルから分かる通り、今日はもちろんゴキブリの話だ。


僕が勤めている会社にはゴキブリがいる。


たぶんほとんどの社員が気付いてないが、B階段と呼ばれる階段に奴はいる。1階と2階との間に。

踊り場の隅っこでじっとしている。ここ2日くらい。何度通っても奴はそこにいた。


死んでるんだと思った。しかし、『死んでるんだと思った』と書いた時点でゴキブリのが実は生きていたことが確定している。奴は生きていた。


今日の仕事終わり、帰るために階段を降りていると、左手の手すりに動くものを見つけた。もちろん奴だ。

奴は僕が近付いても逃げなかった。ちょっと動いただけだ。

たぶん奴は弱っていた。自然界とはかけ離れた会社のクソ真面目空気に侵されたのか、福島からはるばるやって来た放射性物質をたまたま取り込んでしまったのか原因は特定できないが、たぶん奴は階段に閉じ込められてろくに食糧も確保できずに衰弱したんだろう。
まぁゴキブリがそんな簡単に衰弱するのかは知らないが、しぶとく生きるのといつまでも元気に生きるのは違うから。世界一しぶといと認識されているゴキブリのが衰弱したってべつにおかしくはない。


とにかく奴は弱っていた。あまり使われない、ドアによって閉ざされた階段で、孤独に衰弱していった。
食糧といえば埃に潜むダニくらいだった。たまに埃を求めて移動し、また元の位置に戻ってきてじっとしていた。

たまに彼は息子のことを思い出した。あいつらは立派にやってるだろうかと、散り散りになって誰一人行方が分からない息子たちのことを思った。


もちろんそうしている間にも人が通った。助けを求めることはできたが、しなかった。人間には何を言っても無駄、というのは世界の常識だった。人間界においてさえそれは常識だった。
だからゴキブリは、誰が来ても決して動かず、じっと壁だけを見つめてやり過ごした。

しかし常識というのは切迫した場面ではいつでも役に立たないものだ。やがてゴキブリは、人間に助けを求めるしかないことを悟った。生きるためには。

ゴキブリは意を決した。まずは人間に話し掛けてみようと思った。いきなり見返りを求めなければ、人間だって聞く耳を持つんじゃないか。


ゴキブリは動いた。ゆっくりと踊り場を横切り、階段を5段ほど上った。そのまま細い柱をよじ登り、手すりに乗っかった。
そこに僕が来たもんだからゴキブリは言った。

「ごきげんよう!お久しぶり!」

そして僕は驚いて、その場を走り去った。


よくもまぁこんなくだらない話を書いたもんだ。

ではまた。

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2011年9月13日 (火)

意思vs論理

人は本当は意思に従いたい。でも論理に打ち負かされることはよくある。そしてそれがストレスとして蓄積する。だからできるなら、極力意思を尊重するべきなんだ。

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2011年9月10日 (土)

放射線汚染瓦礫は燃やしちゃダメ

福島原発事故瓦礫焼却で、放射能再拡散とのこと。

「福島原発再臨界!米NRC 証明会見 8/21」

 

 

うーん。これはまずいな。

この人が言ってること、説得力はある気がするし・・・

本当にとにかく政府のことは信用してはならないな。

本当にさ、国民が武装してでも政府を止めなければならない時が来るかもしれないよ。

命の問題だから。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月 9日 (金)

スマートフォンについて

そういえばブログには書いていなかったが、携帯電話をスマートフォンに変えた。

これまたブログには書いていなかったが、僕は街中で電車の中でスマートフォンをいじる人達を見て、「俺はスマートフォンなんぞにするものか」と思っていた。

そもそも僕は携帯電話でインターネットを使うことはほとんどなかったから、スマートフォンにするメリットがなかったんだ。
それに、流行りを追いかける趣味もないし、道具について言えばデザインを重視する趣向もない。

何ならスマートフォンを使っている人を、どこか軽蔑の目で見ていた。

彼らの言う「便利」が、どこかくだらないものだと思っていた。どうして自分からわざわざ情報に埋もれようとするんだろうと、思っていた。


でも結局僕も、スマートフォンに変えた。

理由は、インターネットをいつでも使いやすい環境にするためだ。

なぜインターネットをいつでも使えるようにする必要があるかというと、マスコミが流さない情報を取りに行かなければならなくなったからだ。

もちろんきっかけは原発の事故だ。政府や大企業の隠蔽体質が明らかになり、それにマスコミが言いなりになっている以上、僕らが本当に必要な情報はなかなか世には出てこない。

インターネットの世界を除いて。


インターネットにある情報量は本当にすごい。そして今は、Twitterというハブ機能が存在しているから、Twitterを経由して色々な情報を取りに行ける。


それが有事の際にも役立つ。


だから僕はスマートフォンに変えた。
Twitterも始めた。


もう僕たちは、テレビや新聞を情報収集の軸に据えるのをやめなければならないんだ。


これは絶対に。


ではまた。


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ワイドショーが世界を動かす

出た。

大臣が変わると絶対に出てくるこの動き。

 

失言バッシング。

 

今回は経済産業大臣の鉢呂吉雄の「死のまち」発言が槍玉に上がった。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/noda_cabinet/?1315561439

 

くだらない。

実にくだらない。

 

「死のまち」という発言はたしかに不適切かもしれない。

ただ、それに対する批判は、そこに住んでいた人たちだけがするべきもので、それ以外の人たちが真っ先に「被災者の気持ちを考えろ!」というのは実に馬鹿馬鹿しい。

結局は、政局争いのネタにしているだけ。

みんなの党の渡辺代表なんかはこの「死のまち」発言について、「国会で糾弾すべき」とも発言している。

アホ丸出し。

この発言こそ失言。

国会という貴重な議論・決議の場で、こんなくだらない問題について話し合おうと提案しているのだから。国会を何だと思っているのか。国民の代表として国家の話し合いの場の席に着いているという認識があまりにも欠けている。

みんなの党。信用できない。「みんな」とは誰のことか。

 

一体なぜ政治家たちがこの失言ばっしんぐをやめないか。

それは、世論調査に原因がある。

こういうことがあるとどこぞのバカテレビ局とかが「世論調査」なる詐欺まがいの電話調査をやる。

昼間の時間に、ワイドショーを観ることが生き甲斐の人たちに聞く。

 

「最近失言の問題とかありましたよね?ところで今の内閣を支持しますか?」

 

アホ丸出しのクソ調査。

そして出た結果を大々的に報道し、それを見た国民は、「へぇ、支持率また下がったのか。もうダメだな」などと短絡的に思って、本当に支持率が下がってしまったりする。

それに味をしめて、クソバカ政治家どもは失言バッシングをやめられないというわけだ。

 

まったく、くだらない世間だよ。

政治家とマスコミがタッグ組んじゃってるから、もうどうにもならないんだよね。

 

頼りはインターネットの力だけだよ。

本当に。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月 7日 (水)

鼻水ってやつ

鼻水が止まらない。

かんでもかんでも出てくる。

一体この鼻水はどこから出てくるんだろう。

あんな量の液体が、鼻だけに隠れられるとは思えない。

そう考えると、鼻水って何だ、と思えてきた。

 

鼻水(はなみず)は、から出る流動性あるいは半流動性の液体鼻汁(はなじる、びじゅう)、(はな)ともいう。鼻水から水分が抜け固体となったものは鼻糞(はなくそ)という。

鼻水は、鼻腔内の鼻腺杯細胞などから分泌された粘液、および血管からの浸出液などの混合物である。鼻から吸った空気に適度な湿り気を与えたり、気道の粘膜を病原菌から保護するために常に分泌されているが、通常は無意識のうちに飲み込んでいる。

~Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BC%BB%E6%B0%B4)より~

 

うーん。何だかよく分からんが、要するにいろんな液なんだな。

いろんな液が風邪の菌を洗い流すために次から次へと出てくるってわけだ。

んまぁそれくらいは想像できてた。

体から液が出るってことは、そういうことなんだ。

体温が上がりすぎれば汗が出るし、目に異物が入れば涙が出るし、火傷をすれば液が出て水ぶくれになる。

自己治癒の象徴みたいなもんなんだ。

 

そう考えると、鼻をかむという行為は、治癒から反対の方向性にあるものなのかもしれないな。せっかく塗った薬を剥がすようなものだ。

例えば今、かさぶたができない絆創膏があるが、あれは体から出る液を活かして自然治癒力を高めることで治療しようという絆創膏(ハイドロコロイド素材)らしい。

きっとそういうのが大事なんだろうな。

鼻水も、ただひたすらにかむんじゃなくて、活かせばいいんだ。

 

よし、なるべく鼻水かまない。

でも飲み込むのも喉とか食道に悪い気がするよな。

かまずに飲み込まずに留める。

これしかないな。

 

 

やんねーけど。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月 6日 (火)

でもたぶん世界を救うのはバファリン

今日の昼休みは一人でマクドナルドに行って昼食を食べた。まだ正午前だったので店は空席だらけだった。その様子に安心して、カウンターに向かう。オーダーは決めていた。

朝から続く偏頭痛を治すために血糖値を上げたかったから、てりやきマックバーガーのセットに飲み物はジンジャーエール、さらに単品で純粋なハンバーガーを頼んだ。

会計は690円だった。

僕はまず財布の小銭入れのポケットから90円を出し、続いて1000円を出した。 店員の女はお金を受け取ると声に出して金額を確認し、レジにお金をしまってレジを閉め、レシートを僕に渡した。

「あの、お釣りは?」

僕がレシートを受け取りながら言うと、店員ははっとした顔になり、「すみません!」と言った。

どうやらマクドナルドのレジは一度閉めると、次の会計を打ち込まない限り開かないらしく、店員の女はその場の責任者らしく他の店員とは違う制服を着た、やはり女の店員にレジを開けてもらっていた。

僕は無事に400円を取り戻し、天下のマクドナルドに対する債権を失った。

 

食事を終え、会社へ戻ろうとした。

ちょうど駐輪場の脇を通り過ぎようとしたときだった。自転車を出そうとしていた一人の青年が、僕の存在に気づかずに自転車を出した。そして思い切り、後輪を僕にぶつけた。

僕は思わず、「おい」と言った。

青年はすぐに、「あ!すいません!」と謝った。

僕は治らない片頭痛のせいでとても苛立っていたけど、謝る相手に何かを言う気にもならず、そのまま自転車を避けて通り過ぎた。

青年は律儀に、僕を追い抜くときに会釈をして行った。僕は自分の行動を後悔した。そしてその後悔の大きさ以上に、頭痛を恨んだ。頭痛は僕を不幸にするだけでなく、ただ視野が狭いだけの誠実な青年をも不幸にしたのだ!

 

そして僕は会社に戻り仕事に精をだし、頭痛に苦しみながら一日を耐え抜いたのだった。

 

 

一日を終えて思うことは、「謝る」という状況が一切この世からなくなればいいのになということと、頭ってやっぱ大事な部分なんだなということだ。だから頭痛を止める薬は、自分で自分のことを“優しい”などと言えるのだ。人間だったらとんでもないことだ。一発で嫌われる。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月 4日 (日)

体調の話終わり

やっと体調が回復に向かってきた。

まだ鼻づまりと咳が残ってるけど、昨日までのだるさとか頭の重さはかなり良くなった。

たぶん明日は普通に会社に行けるだろう。

病院にも行かずに済みそうだ。

 

たぶんもう体調のことを書くことはないと思う。

いやー。

お騒がせしました。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月 3日 (土)

健康第一ってのは本当

いやーもう、絶不調だ。

風邪が治らない。

熱は37度もないくらいなのに、どうも熱っぽい感じがする。

頭が重い。

咳が止まらない。

風邪ってこんなにだるかったっけ?

 

鏡で自分の体を見たら、すごい痩せてることに驚いた。

もともと痩せてるわけだけど、あばら骨の浮き出方が完全に病人(笑)

喉が痛くてあまり食べれなかったからか・・・。

 

ホント、なんでこんな状態になってしまったんだ。

 

体調悪いときは、本当に無理しない方がいいよ。

長期化したら本当にもったいない。

 

これは教訓にしなきゃな。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月 2日 (金)

今度は風邪

ちょっとまた体調の話。

 

喉の調子はだいぶ良くなった。

腫れは完全に引いたし、薬の副作用によって乾燥したのも治まってきた。

ところが、

今度は風邪を引いたっぽい。

鼻がつまり、咳が出るようになった。

どんだけ弱ってんだと、我ながら思う。

 

正直、薬にやられた気がしないでもない。

けっこう強めの薬を何種類も飲んだから、体がバランスを崩したような気がするんだ。

実に感覚的な話だけれど。

 

喉の薬(抗菌剤)も、もうそろそろなくなるし、あとは薬なしでゆっくり休養しようと思う。

やっぱ自然治癒が一番だろうからね。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年9月 1日 (木)

無視

会社の帰りだった。

駅に向かう道を歩いていると、赤信号に引っ掛かった。

ここはそれほど車の通りが多い交差点ではない。

3台の車をやり過ごすと僕は左右を見て、もう車が来ていないことを確認し、まだ赤信号が点灯している横断歩道を渡った。

そのときだった。


「あー!信号無視だー!」


後ろから声がした。

振り向くと、3人の小学生が僕を指さして騒いでいた。

僕はまた横断歩道を渡って彼らのもとへ行き、こう言った。


「おし、よく聞け少年。俺は信号を無視したわけではないぞ」

「嘘つくなー!オレたち見たぞ!」

「お前らが見たのは何だ?」

「信号赤だったのに渡ったじゃないか!」

「だから信号無視か?違うな。俺は赤信号を無視してない。背いたのさ。俺は信号を見た。しっかりとこの目で。あの赤々と光る美しい信号機を、俺は見た。それをなきものなどにはしない。そして俺は知っている。大学出てるからな。赤信号が発している指示は、『今は渡るな』だ。しかし俺は渡った。それは、赤信号に気付かなかったわけでも、気付かないふりをしたわけでもなく、判断したからだ。今こそ渡るとき!とね。お前らには聞こえなかったのか?渡りながら叫ぶ俺の声が。『赤信号!お前の判断は間違っている!』」


「何だよ。じゃあ赤信号でも渡っていいってことかよ」


「少年、それは違うぞ。カレーを食った後に『じゃあウンコも食える!』と思うのと同じくらい違うぞ」

「どういうことだよ」


「俺が赤信号を渡っていいのは、俺が大人だからだ。カレーは食えてもウンコは食えないことを知っている大人だからだ。大人と同じ権利を得ようなんて10年早い!お前らはせいぜい『いくらもらえたらウンコ食うか』とか一生懸命話し合ってろ。気が付けば信号は青に変わってるさ」


そして僕は、再び横断歩道を渡って駅に急いだのだった。

嘘だ。


ではまた。

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