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2011年9月15日 (木)

ごきげんよう、お久しぶり

タイトルから分かる通り、今日はもちろんゴキブリの話だ。


僕が勤めている会社にはゴキブリがいる。


たぶんほとんどの社員が気付いてないが、B階段と呼ばれる階段に奴はいる。1階と2階との間に。

踊り場の隅っこでじっとしている。ここ2日くらい。何度通っても奴はそこにいた。


死んでるんだと思った。しかし、『死んでるんだと思った』と書いた時点でゴキブリのが実は生きていたことが確定している。奴は生きていた。


今日の仕事終わり、帰るために階段を降りていると、左手の手すりに動くものを見つけた。もちろん奴だ。

奴は僕が近付いても逃げなかった。ちょっと動いただけだ。

たぶん奴は弱っていた。自然界とはかけ離れた会社のクソ真面目空気に侵されたのか、福島からはるばるやって来た放射性物質をたまたま取り込んでしまったのか原因は特定できないが、たぶん奴は階段に閉じ込められてろくに食糧も確保できずに衰弱したんだろう。
まぁゴキブリがそんな簡単に衰弱するのかは知らないが、しぶとく生きるのといつまでも元気に生きるのは違うから。世界一しぶといと認識されているゴキブリのが衰弱したってべつにおかしくはない。


とにかく奴は弱っていた。あまり使われない、ドアによって閉ざされた階段で、孤独に衰弱していった。
食糧といえば埃に潜むダニくらいだった。たまに埃を求めて移動し、また元の位置に戻ってきてじっとしていた。

たまに彼は息子のことを思い出した。あいつらは立派にやってるだろうかと、散り散りになって誰一人行方が分からない息子たちのことを思った。


もちろんそうしている間にも人が通った。助けを求めることはできたが、しなかった。人間には何を言っても無駄、というのは世界の常識だった。人間界においてさえそれは常識だった。
だからゴキブリは、誰が来ても決して動かず、じっと壁だけを見つめてやり過ごした。

しかし常識というのは切迫した場面ではいつでも役に立たないものだ。やがてゴキブリは、人間に助けを求めるしかないことを悟った。生きるためには。

ゴキブリは意を決した。まずは人間に話し掛けてみようと思った。いきなり見返りを求めなければ、人間だって聞く耳を持つんじゃないか。


ゴキブリは動いた。ゆっくりと踊り場を横切り、階段を5段ほど上った。そのまま細い柱をよじ登り、手すりに乗っかった。
そこに僕が来たもんだからゴキブリは言った。

「ごきげんよう!お久しぶり!」

そして僕は驚いて、その場を走り去った。


よくもまぁこんなくだらない話を書いたもんだ。

ではまた。

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