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2011年10月

2011年10月26日 (水)

例えば年金の話

いくら1880万円損すると分かっていても、僕らは「えー、マジかよ」としか言わない。
1000万円程の投資をして武装して武力交渉をしてもいい話なのに、しない。


日本人に民主主義と資本主義が合わないことがよくわかる。


ではまた。

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静電気ってやつ

今日久しぶりに、静電気に出会いました。
会社のフロアにあるドアノブを掴んだ瞬間にパチっと。

それが、久しぶりだったからか結構痛くて、「全然『静』じゃなくねぇ!?」って思ったんです。
だって「静」から想像するものって、あんなバチコンくるものじゃないじゃないですか。
少なくとも僕はそうです。

だから思ったんです。
なぜ静電気というのか、と。


でもきっと、“静かに滞留している”電気だからだろうと思ったのでここでやめることにします。

正解かどうかなんてどうでもいいっす。

ではまた。


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2011年10月22日 (土)

名乗らないネットの住人

先日書いた「blink182も終わったのか」という記事(http://ken-chan-blog.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/blink182-517a.html)に以下のようなコメントをいただきました。

本来であれば頂いたコメントをこのような形で載せるのは良くないと思うのですが、このコメントには人格がないので構わないかと判断しました。そして僕のことを分析してくれている貴重なものだったので、自分でも考えてみようと思ったのです。

 

俺はいいアルバムだと思うよ

この記事に納得できなかったので他の記事も読んでみたが、あなたの文章は自分を周りから一段下に置いて逃げ道を作り、様々な意見を認めてる振りをしつつ、実は自己顕示欲の塊のようなものばかりで大嫌いだ

>俺みたいな糞野郎が~
わざわざこういう書き方しなくても文を読めばわかるから

ブログやってる時点でナルシスティックなのだが、それに加えて「押し付けがましさ」を感じる

生まれの卑しさは隠せないもんだね

 

 

名前(ハンドルネームさえ)も連絡先もなしで付いたコメントです。

ちなみにコメントが付いたこの記事は、酔っ払った僕が不必要に汚い言葉でblink-182というアメリカのバンドの新しいアルバムを批判したものです。自分でも酷い記事だなと反省しています・・・。でもこんなコメントが付いてしまったから修正も削除もしません。

 

さて頂いたコメントについてですが、名前がない「俺」というこの方は、僕が批判したアルバムを「良い」と思っている方のようです。だから僕の記事を読んで不快な思いをされたのでしょう。本当に申し訳ないです。

ただこの方はこの記事きっかけで他の記事にも目を通して頂いたようで、そこから僕の人格を分析してくださっています。恐縮です。ワイドショーの“コメンテーター”に分析される犯罪者の気持ちです。

「俺」によると、僕の文章は『自分を周りから一段下に置いて逃げ道を作り、様々な意見を認めてる振りをしつつ、実は自己顕示欲の塊のようなもの』とのこと。

僕はこのコメントを見て、確かにそんな感じだ、と思いました。僕は心がけとしては一歩引いてみるようにしていますし(もともと引いて見れるタイプではないので冷静なときはなるべく)、心がけとしては多様な意見を認めようとしているし(もともと他人の意見なんて糞くらえだと思っているタイプなので冷静なときはなるべく)、自己顕示欲はもともとあるし、ブログに書きたいと思うことは少なくとも自分以外の誰かにも聞いて欲しいと思ってることだから、当然ブログを通して見る僕の人格というのは、自己顕示欲に溢れた愚か者ということになるのだと思います。僕が言っても説得力はありませんが、的確な分析だと思いました。

きっと頭がいい方なのだと思います。

さらに続きます。

『ブログやってる時点でナルシスティックなのだが、それに加えて「押し付けがましさ」を感じる』。

これも的確だと思います。ナルシスティックというのは、「自分自身に酔いしれているさま。自己陶酔的」という意味のようですが、多かれ少なかれ当てはまると思います(笑)自分好きというのは、もはやあまり隠す気もないんです。28年生きて、もうこれは治せない、と諦めたものの一つです。ナルシスティック!

ただ、「押し付けがましさ」というのは自分ではよく分かりませんね。読んで頂いてそう感じたのであればそれに否定の余地は残っていませんが、別に特定の読者を意識しているわけでもなければ誰かからお金をもらっているわけでもないので、まぁこれからも自由に書くだけかなと思います。

 

そして最後。

『生まれの卑しさは隠せないもんだね』

これは頂けませんね。正直怒り心頭です。

名乗れない人間が言っていいことではないと僕は思います。(正直ちょっと意味も分からないのですが)

安全地帯から人を傷つける。

僕が一番嫌いな行為。ネット社会がもたらした大きな弊害の一つ。

少なくとも批判的な発言をするなら、普段名乗るハンドルネームでもいいから、自分を晒すべきだと思います。そしてできるなら、批判した相手に反論の余地を残すために、メールアドレスなどの連絡先を残すべきです。

せっかく頭が良くても、名前がなければもう何者でもないと僕は思います。何者でもなければ、人を批判してはいけないと思います。

 

 

ではまた。

 

 

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NEW FOUND GLORYは終わってなかった

先日、NEW FOUND GLORYの新しいアルバムについて批判的な記事を書きました。

何も引っかかるところがない「クソアルバム」だと(笑)

本当に申し訳ない。

あれから何度か聞いたのですが、全然クソじゃなかったです。

最初聞いたときはイマイチな音楽が、後から良くなってくることはよくありますが、今回もそれだったようです。

まぁ、これまでのアルバムの中では僕の好きな方ではないというのは間違いない気がしますが、少なくとも「クソアルバム」ではないです。

酔っ払ってるときに聞いたからつい表現が過剰になってしまいました。あるいは、NEW FOUND GLORYへの期待が高すぎて、つい勝手に幻滅しすぎました。

反省です。

 

とにかくNEW FOUND GLORYのニューアルバム『RADIOSURGERY』、悪くないです。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年10月18日 (火)

正しい歩行のやり方

この前の日曜日、暇だったから立川へ行ってCDを買い、帰りは三鷹まで歩いて帰った。

歩いて帰ったのは、暇だったからというのも理由だけど、災害などで電車が止まった時に、これくらいの距離ならどれくらいの時間で帰れるのか測ってみたかったからだ。

 

結果、決して最短距離で歩いたわけじゃないけど、4時間かかった。そして結構疲れた。

立川から三鷹までというと、中央線の7駅分だ。4時間は240分だかが、大体1駅分の距離は35分くらいで歩けるということになる。

路線によって駅分の距離というのは大分違うけど、参考にはなるんじゃないかな。

 

 

そんなことより、4時間も歩いていたから色々な人を見た。

子供を挟んで歩く夫婦。犬の散歩をするお爺さん。イヤホンで音楽を聴きながら歩く兄ちゃん。

そんな人たちを見ていて僕が思ったことは、「なぜ左側を歩いたり右側を歩いたりするのだ」ということだった。

酷いときはひとりの人が、左側を歩いたり右側を歩いたりしていた。

僕はそんな人を後ろから見ていると、近寄っていって頭をはたきたくなるんだ。

お前は何を考えてそんな歩き方をしてるんだってね。

 

僕は左側を歩くべきだと思っているけど、交通ルールでは歩行者は右側を歩くことになっているというのを聞いたことがある。

もしルールがそうなっているとしても、僕は歩行者も左側を歩くべきだと思うが、一応調べてみた。

 

 

と思ったらこんなブログにたどり着いた。

http://handasse.blogspot.com/2007/12/blog-post_05.html

 

もうこれを読めば納得。

歩道と車道が別の場合と歩道がない道路の場合とで分けて考えたことはなかったけど、そういうことだったのかと納得できた。

歩道がない場合には右側に寄って歩くのが原則だけど、歩道の場合にはその限りではない。そして右に寄った歩く原則の理屈(理由)で考えれば、左側を歩くのが合理的で安全ということだ。

納得だ。

 

とりあえず僕は、次からはいったんルール通りに、歩道がない道路は右に寄って歩いてみようと思う。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年10月16日 (日)

blink182も終わったのか

無期限活動停止宣言をしていたblink182がアルバムを出したもんだから買ったのだが、NEW FOUND FLORYに続いてこれもクソなもんだから、僕はもうどうしたらいいか分からない。

僕の趣味が変わったのか、彼らの音楽が変わったのか。

もちろん僕からしたら彼らが変わったのだが。

 

とにかく全然面白くないアルバムなんだ。

まるで現代のつまらない方のPOP PUNKに彼らが合わせてしまったよう。

なんの特徴もなく流れている音楽。

残念。

 

あんなに好きだったのに。

音楽って繊細だな。

やる方も大変だ。俺みたいな糞野郎が言いたい放題。

 

 

ではまた。

 

 

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NEW FOUND GLORYは終わったのか

久しぶりにCDショップに行ったら、僕の好きなバンドの一つであるNEW FOUND GLORYの新しいアルバムが出てた。

パンクコーナーでは視聴ができなかったが(結果的には、それはパンクコーナーではなく新譜の視聴コーナーで視聴できた)、買った。

そして今聞いている。

 

感想。

クソだ。これは、クソアルバムだ。

何なんだ、これは。

まるで機械だ。

NEW FOUND GLORYのマネをした機械が演奏して、歌ってるみたいだ。

何も感じられない。機械的。

すごくつまらない。

ただ流れる音楽。通り過ぎていくだけの音楽。つまらない。

 

こんなアルバムを出すようになったか。

原因はわからない。

プロデューサーが代わったのかヴォーカルの声がとうとう本当に出なくなったのか。

ただ間違いなく言えることは、今作はとことん駄作だということだ。

引っかかるところが一つもない。

とても悲しい。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年10月15日 (土)

DEPAPEPE『START』

そういえば名曲たちにこの人たちを加えてなかった。

 

DEPAPEPE。

 

アコギ2本だけで超すんばらしいメロディーを奏でる二人組だ。

特におススメのこの曲をどうぞ。

 

 

 

すんばらしいでしょ。

 

 

ではまた。

 

 

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首の記録最終回(予定)

そういえば首の記録をずっと忘れていた。

 

あれから首の腫れはみるみる小さくなっていき、今ではもうほとんど腫れていない。

血液検査や超音波検査でも悪性のものではなさそうということが分かっていたし、直接細胞を接取して調べてみても良性という結果だった。

しかも腫れていたのはリンパ腺とのことで、いわゆる風邪とかのときにリンパ腺が腫れるアレと同じようなものなんだそうだ。

でも熱は出ないし痛みも別にないし、普通あんなに腫れないから、結局は医者も不思議な顔をしていたが、まぁ癌とかそういうものでなければもうなんでもいい。

後は完全に腫れがなくなるのをただじっと待つだけ。

心配して損したわ。

 

というわけで首の記録はこれでお終いだと思う。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年10月13日 (木)

三鷹の電気無駄遣い

三鷹駅は改札が地面から一段上がったところにあり、そこに上がるには階段かエスカレーターを使わなければならない。


今日は大阪出張のため、早朝に家を出た。

三鷹駅に着いたのは5時55分だ。

なんと、駅に上がるためのエスカレーターはすでに動いていた。

あるいは夜通し動いていたのかもしれない。


僕は愕然とした。

この為に東電が「あなたたちが電気使うから、原発を動かさなきゃならん」と主張できてしまっていると思うと腹が立つ。

この為に東電に電気代を支払わないといけないと思うと腹が立つ。

僕は東電を一刻も早く潰すために、必死に節電するべきだと思うよ。

ではまた。


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2011年10月10日 (月)

コミュニケーションの大前提

先日、嫁と二人でマクドナルドへ行った。

嫁に席を確保させて、僕がレジカウンターに並んだ。

僕は注文をしてお金を払い、“右にずれて”トレイに商品が揃うのを待った。

すると僕の後ろに並んでいたおじいさんが一歩前に出た。

「コーヒー1つ」

とおじいさんは言った。

「以上でよろしいでしょうか?100円になります」

と店員さんが言った。

そしてたぶん、お金をやり取りがあった後に店員さんは言った。

「ブラックでよろしいですか?」

この店員さんの言葉がおじいさんには届かなかったらしく、「ん?」といった顔をした。

店員さんはもう一度、「コーヒーはブラックでよろしいですか?」と言った。

するとおじいさんは、「あ、あぁ、うん・・・」と言った。

そしてすぐにコーヒーが用意されて、おじいさんに渡された。

最後におじいさんは言った。

 

「ミルクと砂糖2つずつちょうだい」

 

 

 

甘党かーいっ!

 

 

 

 

これは、コミュニケーション成立の基本は共通の言語であることがよく分かる出来事。

この二人がコミュニケーションを成立させるためには、このテーマにおける知識レベルが1段上の店員さんがおじいさんにレベルを合わせなければならなかった。

「ブラック」というのではなく、「ミルクも砂糖も入れない純粋で完全な黒いコーヒー」と言わなければならなかったのだ!

 

 

ではまた。

 

 

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2011年10月 9日 (日)

東日本大震災を「3.11」と呼ぶのは反対だ

僕はあの震災を「3.11」と呼ぶことに、とても、非常に、完全に、違和感を感じている。

2001年9月11日のアメリカの連続テロを「9.11」と呼ぶのには違和感はない。

なぜか。

両者の違いは何か。

天災と犯罪。

全然違う。

 

「9.11」。たぶん犯人は計画的にこの日付を狙ったんだと思う。9月11日に意味があるとは思えないが、色々な事情で意図的に9月11日に事を起こした。

だからあの連続テロを「9.11」と呼ぶのは別にいいと思うんだ。

 

でも「3.11」は違う。もしあの地震が地球の運動エネルギーによるものなら、地球は3月11日という日を選んで事を起こしたのではないだろう。だったら「3.11」という日にはもはや何の意味もない。あの地震を「3.11」と呼ぶのにはだから違和感があるし、反対なんだ。

ただ、「3.11」と呼んでもいい時はある。それはまさに、「3.11」が3月11日という日付だけを意味しているときだ。

「3.11以降、日本は新しい時代に入った」とかいう場合には、切り替えポイントとしての日付を意味しているだけだから、別にいい。ただ恰好つけて「3.11」などと言っているだけだから、別に反対する理由もない。

でも「3.11によって日本は深刻な被害を受けた」などと表現する人がいたら、それはもう全然ダメ。ただ大きな出来事のあった日を「●.××」のような呼び方をするブームに乗ってるだけの愚か者だと思う。

 

あのような地震は、いつ起こるか分からない。

「3.11」などと呼んで、その日付に地震を固定化するイメージが怖い。

そういう危機意識もあって、僕は東日本大震災を「3.11」と呼ぶことには反対なのであーる。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年10月 4日 (火)

鉢呂さんへの配慮は欠いていい理由がわからない

今日は会社で本当に驚くことがあった。

それは人権何たら委員会という、人権を考慮した表現を心がけましょうという委員会が主催する講演会だった。

人権とは、要するに、全ての人は無闇に傷つけられなくていい権利のこと。たぶん。

この講演では、こういうことを言うとこういう人が傷つくとかいうことを、別に当事者を交えずに勝手に反省していた。テレビの自主規制と同じ。誰も規制していないし、誰も怒ってないのに、「これを言うと怒る人がいる。だから前から禁止されていたんだ」と思い込み、勝手に禁止ワードを設定する。

そんなことについて、この講演では、人権に配慮しましょうということを繰り返し言っていた。

 

そんな流れの中だった。

最後の締めにと、とても偉い人(もはやそれは、どこの誰だだかもよく分からないのだか)が、自分の『人権論』を語った。

僕が心の底の底の底の底から驚いたのはここだ。

彼女は何と、この人権配慮に欠けた例として、先日の前鉢呂経産相の「死のまち」発言を出したのである。彼は配慮を欠いたと、彼女は言った。会社の、偉い人、彼女は言った。

福島の人のことを思うと、こんな発言は出ないはずだと言った。

僕は驚いた。まさか、会社の偉い人が、大勢の前で、そんなことを言うとは思わなかった。あの発言はどちらかというと、「原発村」の人たちへの配慮を欠いた発言(つまり、原発によって死のまちが生まれたなんて、原発推進派が聞いたら怒るに決まってる。全部隠したいんだから)であり、福島の状況を正確にわかりやすい表現で話した言葉だったからだ。

それを今さら、「あの発言は福島の人を傷つけた」だなんて。野党とワイドショーの“コメンテーター”しか言わないようなことを、会社の偉い人が大勢に対して言った。

僕は本当に驚いた。

覚えてないけど、そのときの僕はきっと、開いた口がふさがっていなかったと思う。

 

 

ではまた。

 

 

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2011年10月 1日 (土)

「ちょっと表出ろ」というのは現実にあるセリフなのだ

何だか面白いことがあった。

面白いというのは、笑えるとかそういうことではなく、滅多にないという意味でのことだ。

 

今日は西荻窪で飲んでいた。

そこのバーは、店主がとても面白く、ついついたくさんビールを飲んだ。

その次に行った店では、もう飲まなくても後は潰れていくのを待つのみという具合で、一人は完全に潰れた。僕は潰れはしなかったけど、前以てトイレで意識的にゲロを吐いていた。

 

そんな飲み会の帰りだった。

我が地元三鷹駅に帰り着くと、僕はどうしても水が飲みたくなった。

だからコンビニに入った。

コンビニに入り、レジの前を横切ってペットボトルの飲み物が陳列している棚のところへ行き、水を手に取ってレジに行くと、男が僕に近づいてきた。

 

「おい、人にぶつかっといて舌打ちしてんじゃねーよ」

 

男は言った。

僕は正直、あまり記憶がなかった。誰かにぶつかった気もするし、そいつが女といちゃいちゃしてる最中に俺にぶつかったから舌打ちをしたという気もする。あるいは、誰にもぶつかっていないような気もしていた。

だからとりあえず、

 

「うん。何言ってるのかわからない」

 

と言った。

ちなみに、ここから書く内容は、あくまで酔っぱらいの僕の30分前の記憶に基づくものである。僕は極めて忠実に再現をしているつもりだが、酔っぱらいという前提を忘れて欲しくない。

 

「当たったんだよ!ちょっと表出ろよ」

「あぁ、はいはい」

 

コンビニの外に出た。今思えば、店員さんはどんな気分だっただろう。少なくとも、いい気分はしないだろうな、いや、「やれ!やれ!」とか思ってたんだろうか。確かに、一向に止めに入りはしなかった。

 

男はまた繰り返した。

「お前、人に当たっといて謝らないのかよ!」

どうやら男は、謝って欲しいようだった。わざわざヤクザみたいな言葉づかいで絡んどいて、要求は謝罪だ。

「うーん、でも当たった記憶もなければ、舌打ちした記憶もないんだよね。それは俺が酔っぱらってるせいかもしれないけど」

「いや、当たったんだよ、俺の右肩と俺の右肩が!」

「あ、そうなの?俺の右肩とあんたの右肩が?こんな感じで?」

僕は男の右肩に僕の右肩をぶつけてみた。

「そうだよ!それでお前は舌打ちしてったんじゃねーか!謝れよ!」

どうやら男の中で舌打ちというのは、どうしても許せない事象の一つのようだった。確かに、舌打ちを特定に個人に向けて行ったとしたら、それなりに悪意を感じる。

「そうか。俺の右肩とあんたの右肩がぶつかったのか。どこでだ?」

「レジの前だよ!」

「レジの前か。レジは入口から見て左側にあるな。俺が覚えてるのは、あんたが女とレジで会計をしていたことだ。俺はその後ろを通り過ぎようとした。もし当たるなら、俺の左肩とあんたの左肩、もしくは、俺の左肩前方とあんたの右肩後方なんじゃないのか」

「それはちゃんと覚えてねぇよ」

「覚えてないのか。おい、覚えてないのかよ。じゃあ俺とあんたは対等だな。記憶が曖昧な同士だ」

「うるせぇよ。マジ、謝らないなら殴らせろ」

「あぁ・・・そいうことね。まぁいいよ。そんなに許せないなら、面倒くさいから殴りなよ。ただ、ちゃんと覚悟しないとダメだよ。覚悟しないで、つまりはノーリスクで人を殴るなんて、あってはならないことだからね」

「じゃあ殴るからな!」

まぁ分かるよね。彼はドラマみたいに殴る振りをして、結局殴らなかった。

あぁ、こういうことって本当にあるんだって、僕は思ったよ。本当に、冗談抜きで、彼は殴る振りをしたんだ。リプレイがあったら見たい。

「・・・殴ったら警察行くんだろ?」

と、殴る振りをした後に男は言った。

「うーん、そうなると傷害罪になるだろうからね~」

「でもお前が当たってきたんだろうが」

「うーん、あんたはさっきから俺が当たったって言ってるけど、何それ?俺があんたに当たったの?俺“と”あんたが当たったんじゃないの?もし謝るならさ、同時に謝ろうよ」

「いや、お前が当たったんだよ!」

「だから、それは何を以て言ってるの?まぁ確かに俺が酔っぱらって覚えてないのは悪いと思うよ。でもあんたがそんなに必死になる理由がよくわからない」

「じゃあいいよ。警察行こう」

「うん・・・じゃあいいよ。行ってどうなるものとは思わないけどね。『お巡りさん!こいつが俺の肩にぶつかって、舌打ちしたんです!』って?」

そうして男は僕を伴って交番に向けて歩き始めた。

といっても、ほんの5メートルほど歩いたところで、彼が立ち止まった。

「お前本当に覚えてないの?」

「だから、俺は酔っぱらってるし、覚えてないよ。当たった記憶もなければ、舌打ちした記憶もない。だから警察に行って判断してもらいたいんでしょ?あんたは」

「・・・もういいよ。さっき謝ってくれたし」

「謝った?あぁ、記憶がないことについてね。確かに、俺はあんたにぶつかった記憶もなければ、スペースシャトルで地球を1周した記憶もないし、地面を掘り進んでブラジルに到達した記憶もないよ」

「もういいよ。水買ってこいよ」

あぁやっと解放されたと思い、僕はずっとレジに放置されていた水の会計をしてもらった。

てっきり店を出ると続きが待っていると思いイヤホンを外した僕だったが、辺りを見渡しても彼はいなかった。

ちょっと周りを探してみたのだが、やはりいなかった。

まぁよく考えれば、彼には連れの女がいた。そこでそもそも誰かに喧嘩を売って謝罪を要求し、残った結果としては殴る振りをしただけってのは、あまりにも不細工だった。早くその場を立ち去るというのは正解だったのかもしれない。

でも僕は、念のためイヤホンをせずに自分の自転車が置いてある駐輪場まで歩いた。奇襲には備えなければならないからね。

でも奇襲はなかった。無事に家に帰り着いた。

 

そういう話。

酔っぱらった時は何かいろんなことに注意だよ。

ぶつかったのが怖いお兄さんじゃなくてよかった。

 

 

ではまた。

 

 

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